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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
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「朱雀阿弥陀」さんに提出したものです。
ヒノエ×望美で、スウィートにしようと思って書き始めたものの……
およそ乙女の夢に応えとらんよという結果に終わったお話^^;
(そんなんばっかりorz)


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  ここには、寄せては返す潮騒の音が、いつも流れている。
  ここには、丈高く繁る森の呼気が、いつも満ちている。
 荒々しいこの地の自然の中で、生まれ育まれ、その血の中に、どんな権力にも屈しない誇りを秘めた彼。私が選んだ熊野の男は、言った。
「おまえに故郷を捨てさせたことを、けっして後悔させない。ここが、そして俺のこの胸が、おまえの故郷だ」


「天の岩戸」


「まぶし……」
 板戸を開けて、朝の光を迎え入れた望美は、思わず目を細めた。ここ熊野の地では、冬でも温暖で、陽光には不足しなかった。ヒノエが、望美のために用意した離れは、季節の花を取り混ぜて植えた庭に面していた。今は冬とて、花も乏しかったが「春になればとりどりの花が咲くよ」と、ヒノエは笑って言った。「俺の花嫁になる日まで、ここでゆっくり過ごして、熊野に少しずつ馴染んでいってくれよ」と。
 そのヒノエは今、何かの交渉のために、遠く九州まで船出している。その旅を終えて帰って来たら、婚礼を挙げることになっていた。
「姫君の婚礼衣装のために、とびっきりの反物や、飾り物を探してくるよ。寂しいだろうけど、我慢して待っていておくれ」
 そう言ってヒノエが旅立ってから、もう二週間になろうとしている。望美は、ふうっと手に息を吐きかけると、ヒノエが「一緒に花を見よう」と言った庭に出て、剣を青眼に構えた。
「はあっ! たあっ!」
 気合い一閃、剣を振り始める。もはや源平の合戦も一応の終結を迎え、熊野を統べる別当の許嫁としてこの邸に迎え入れられた望美が、剣の稽古をする必要は無論ない。だが、この異世界に召喚されてから、源氏の神子として、ずっと戦い抜いて来た望美にとって、剣は我が身と大切な仲間を守る絶対的な手段であり、この世界で生き抜くためのよすがに他ならなかった。
 それに一心に剣に打ち込めば、身も心も研ぎ澄まされる。一度剣を握れば、望美は、不安や迷いをも切り捨てることができた。額に汗がにじみ始めた頃、望美に声を掛ける者があった。
「お食事の支度ができております」
 邸の小間使いの女は、頭を垂れて従順な姿勢を取っていたが、一瞬上目遣いに望美を見た目には、鋭い光があった。
(女だてらに、剣なんか振るって)
 面と向かって口にはしなくとも、そう言いたげな反感が伝わってくる。そしてそれは、この小間使いに限ったことではなかった。邸の女たちが皆、自分に対して非好意的であることを、望美は日々感じていた。洩れ聞こえる陰口から推察すると、熊野別当、そして水軍の頭領であり、熊野の象徴ともいえるヒノエが、よその土地の女を娶ることが、どうも女たちには気にくわないらしい。
 別当の妻は、すなわち熊野の女たちの頂点であり、統率者である。交易に、漁に、時には戦いに、海へと漕ぎだしていく男たちの留守を守る女たちを、まとめる立場である。そんな熊野の女にとって、精神的支柱ともなるべき位置に、よそ者の女を戴くのは我慢がならない、というのが、本音らしかった。熊野の女もまた意地と誇りは強いのだ。
 その辺りの事情を教えてくれたのは、たまたま何かの用事(恐らく諜報活動だろう)で、京から熊野を訪れていた弁慶だったが、彼は例によって、やさしいいような、はぐらかすような笑みを浮かべて言ったものだ。
「そう、ここもどちらかと言えば、排他的な土地柄ですからね。君も苦労するかもしれません。でも、信頼を得るのには、時間が掛かるものです。ヒノエが選んだ、熊野の女神ともなる女性なんだってことが、追々みんなにも、わかってもらえると思いますよ」
 そう言われて、頭では一応納得したものの、陰口をたたかれて嬉しいわけはない。けれど、そういう不安や辛さを訴えるべきヒノエは、今傍にはいない。
 口を聞く相手もいない、味気ない食事を終えると、望美は港の方へ足を運んでみた。入ってくる船、出ていく船。人も物も活発に行き交うこの場所に来ると、邸での孤立感を忘れる気がする。それに港には、戦場で行動を共にした水軍の男たちがそこここにいて、彼らは望美に、親愛をこめて声を掛けて来るのだった。
「姫さん、おはようごぜえます」
「姫さん、今日は宋から船が入って来てますぜ」
 ヒノエが”姫君”と呼ぶからだろう。いつの間にか男たちは、望美を”姫さん”と呼ぶようになっていた。
「姫さん、今度ウチのバカ息子に、剣の稽古をつけてやってくだせえよ。からきしダメな野郎なんで」
 男たちは、戦場での望美の活躍を、目の当たりにしている。見事な剣技で敵とわたりあい、怨霊を美しい光とともに封印していくその姿は、味方にすればこのうえなく頼もしく、ひとたび敵に回せば恐怖の対象となる。
 その望美をヒノエが妻に迎えるとなれば、政治的に難しい立場に立たされることの多い熊野が、いざ戦となっても心強い。かつて源氏の将兵たちが、望美に抱いたのと同様の崇拝を、熊野の男たちも抱きつつあったのだ。
「姫さんが熊野に来れば、百人力、いや千人力だ」
「かわいいだけじゃなくて、ほんとに勇ましい姫さんだからな」
「さすがの頭領も、あの姫さんを嫁にもらったら落ち着くだろう、というより、尻に敷かれるんじゃねえか」
 そんな話が、男たちのこのところの酒の肴になっていた。荒っぽくも温かい熊野の男たちの歓迎の気持ちは、今の望美にとっては嬉しいかぎりだった。だがその反面、女たちの冷たい拒絶を何としたものか。望美は悩まずにいられなかった。
(どうしたら、受け入れてもらえるんだろう? 弁慶さんの言うように、時間を掛けるしかないのかな?)
 悩みで胸がふさがるたびに、思い浮かぶのは、ヒノエの顔だった。戦いの日々の中で、時に望美の気持ちを明るくし、時に切なくさせた、からかうような笑み。飾り立てた言葉の中に差し挟んでいた本音。怜悧に情況を見極めながらも、望美をいつも見つめ続けていた瞳。
『おまえが好きだよ。だから帰したくない』
『俺は熊野を離れられない。けれど、その代わり、俺の命と心をやるよ』
 ヒノエのその言葉と心を、無論疑うべくもない。だからこそ、元の世界に、家族、友人に別れを告げ、この世界に、ヒノエの元にとどまったのだったから。 
しかし、それでも、慣れない環境で冷たい現実に向き合う心細さからは、免れられない。これまでは、辛く厳しい戦場にあっても、常に自分を守ってくれる八葉、朔が、白龍がいた。だが、まだ心を開ける相手のいないこの熊野では、望美の寂しさ、心細さは募る一方だった。
(ヒノエ君……早く帰って来て……)
 熊野のカラスが、数日おきに便りを運んで来たが、一日千秋の思いでヒノエを待ちわびる望美なのだった。

 そんな折りも折り、更に望美を打ちのめす出来事が起こった。
「千波さま?」
「はい。水軍の左の小頭の奥様で、頭領の従姉にあたられる方です。望美さまにごあいさつなさりたいと」
「わかったわ。お通しして」
「はい」
 頭を下げた小間使いの女が、にやりとあまりたちの良くない笑いを浮かべたのに、望美は気づかなかった。身仕舞いを整えて部屋で待っていると、廊下を人が歩いてくる気配がした。
「こちらでございます」
 小間使いの女に案内されて部屋に入って来たのは、大柄で動作のきびきびした、美しい女だった。
「お初にお目にかかります。千波と申します。以後、お見知り置きを」
 千波は、望美の前に、しとやかに手を付いて、あいさつをした。
「はじめまして。春日望美です。こちらこそ宜しくお願い致します」
 あいさつを返すと、千波は顔を上げ、切れ長の黒々とした目で、望美を見つめた。
(う……わ……)
 見つめられて、望美はどきりとした。間近で見ると、千波は単に美しいだけでなく、成熟した女の自信と艶を全身から醸しだして、匂うばかりだった。
 望美の緊張を感じ取ったのか、千波は薄い笑みを唇に刻んだ。
「そんなに緊張なさらなくても、取って食べたりは致しませんよ」
「あ……はい」
「今案内してきたよし乃からお聞きになったでしょうが、私は水軍の左の小頭を務める源左の女房です。先代の頭領が引退してから、今まで私が女房たちを束ねてきました」
ここで千波は、意味ありげに望美を見た。
「頭領が娶られるとなれば、当然女たちの頭は、奥様が務められることになるわけで、私は補佐する立場に下がればいいと思いましたが。どうもまだまだお役御免というわけには、いかないようですね」
「はい?」
「失礼ながら、今日はあなたの器量をはかりに来たんですよ。源平の戦の間、白龍の神子として活躍した姫君だっていうから、どんな方かと。けれど、こう言っては何ですが。あなたは戦場という非常事態では力を発揮するかもしれませんが、熊野の日常の営みを守っていく女房の務めに向いてるとは思えませんね」
「……それって、どういうことですか?」
 望美の言葉に、千波は含み笑いを洩らした。
「いえ、あなたは、聞いたところでは、違う世界から龍神に呼ばれたんですってね。それこそ普通じゃありませんよね。ここの女たちは、何代にも渡って受け継がれてきた流儀に従って、日々の生活の基盤をがっちり支えることで、家族を、熊野を守ってるんです。はっきり言わせてもらえば、”普通じゃない”情況でここへ来て、戦場という”普通じゃない”生活しか知らないあなたに、それができるのかってことですよ」
「……確かに、今はできないかもしれないけど、覚えます!」
「ふっ、そう言うなら、まあやってご覧なさいまし。ただ、熊野の流儀は長い歴史の中で出来上がってきたものです。あまり簡単に考えてもらっては、困りますよ。さあ、随分長居したようだから、そろそろ失礼しますよ。なんでも毎日剣の稽古に打ち込んでらっしゃるそうだから、邪魔しちゃ申し訳ないしね」
 言いながら、千波は居住まいを正し、手を揃えて、一礼をした。
「おじゃましました、白龍の神子様。これからも宜しくお願い致します」
「……」
 きびきびした動作で立ち上がり、退室しようとする千波を、望美は何とも言えない気持ちで見送っていた。すると千波は、去りがてに、追い打ちを掛けるような言葉を投げた。
「……私は、頭領は、私の妹を嫁にすると思ってたんですよ。結構いい仲だったみたいだしね。いえ、もちろん、これは私の勝手な思いこみですがね」
 千波の足音が遠のくのを、望美は呆然とした頭の隅で聞いていた。そして、女の気配が完全に消えると、こらえきれずに泣き伏した。
(……どうしたらいいの? ヒノエ君……!)
後から後から涙が出て止まらなかった。
(私は……熊野の女にはなれないの?)
 胸に打ち込まれたくさびは、あまりにも深く、絶え間なくあふれくる涙でも、その傷を癒すことはできそうになかった。
(ヒノエ君……ヒノエ君……)
 一人残された部屋で、望美はただ一人を求め、泣き続けていた。

 ヒノエが九州から熊野に帰着したのは、それから数日後の夕暮れ時だった。
「お帰りなせえやし、頭領」
「おう、右の小頭。留守中、特に変わったことはなかったか。なかったんなら、俺は恋しい姫君のところに……」
「その姫さんのことなんですが……」
「姫君が、どうかしたのかい?」
「いえ、何でも、邸の部屋に閉じこもったきり、食事もなさらねえとか」
「何だと!? 俺の大事な姫君が、なんでそんなことになってるんだ?」
「いや、どうも、左の女房が、姫さんに何か意見したとかで。それかららしいですぜ」
「千波か!? あの女狐〜! 事と次第によっちゃ、ただじゃおかねえ! って、それは後回しだ。俺はとにかく姫君のところへ行くぜ。後のことは、右の、おまえに任せた」
「合点でございやす。早く姫さんのところへ、行ってあげてくだせえ」
 右の小頭の言葉には、望美を心から案じる気持ちが滲んでいた。ヒノエは、その心遣いに、片目をつぶってみせると、急ぎ望美の元へ向かった。
(ったく〜〜。せっかく口説き落として、熊野に連れてきたってのに、天に帰るとか言わねえよな? 待ってろよ、望美、今、行くからな)

「あ、頭領!」
「いつ、九州からお帰りで」
 足音も荒く踏み入って来たヒノエを、邸の使用人たちは、慌てふためいて出迎えた。
「たった今だよ。聞けば、俺の大事な姫君がすっかり落ち込んでるっていうじゃねえか」
 ここで、ヒノエは一同をねめ回した。
「こんなことになったおまえらの責任は、後でゆっくり追及するとして、だ。姫君はどこだい?」
「あの……お部屋の塗籠の中に」
「塗籠〜? 何だってそんな物を部屋に持ち込んでるんだ?」
「いえ、望美さまが、何日か前に欲しいとおっしゃったので」
「……おまえら、その辺りで気づけよ! 後で覚悟しとけよ〜。それから今から姫君の部屋には、誰も近づくな。このうえ俺と姫君の久しぶりの逢瀬を邪魔しやがったら、容赦しねえからな!」
 縮み上がる邸の者たちを後にして、ヒノエは望美の部屋へ向かった。はたして、部屋の真ん中に塗籠が据えられていた。中からはことりとも音はしない。
(あ〜、もう! 帰ったら、花の笑顔で迎えてくれると思ってたのに、これかよ!)
 ヒノエは、軽く紅い髪をかき回すと、望美を脅かさないように、静かに塗籠に近づき、その戸をほとほとと叩いた。
「姫君、俺だよ。おまえに会いたくて会いたくて、波を蹴って帰って来たよ」
 塗籠の中で、望美が動く気配がした。戸口の近くまでやって来て、こちらの様子をうかがっている気配だった。
「寂しい思いをさせて、すまなかった。それに俺の手下の女房やら、邸の者やらが、おまえに心ないことをしたみたいだね。ヤツらには、二度とおまえを傷つけさせないよう、きつく言っとくから。機嫌直して、出てきてくれよ」
「……」
 望美のいらえはない。ヒノエは、ため息を吐いた。
「姫君……。旅の間も、おまえのことばかり考えて、おまえの笑顔をずっと思い浮かべて、はやる気持ちで帰って来たのに。まるで天照大神だね。俺の太陽が出てきてくれないと、焦がれ死にしてしまうよ。どうしたら、出てきてくれる? 歌おうか? それとも舞おうか? おまえのためだったら、何だってするよ」
 そう言うとヒノエは、扉に口を付けるようにして、恋唄を歌い始めた、甘く、低く、ゆるく。ヒノエの歌声が、塗籠の中に忍び入っていく。
    
   「天から降ってきた乙女に 胸焦がれた
    この胸に抱き締めて けして帰すまいと
    天人の羽衣を奪ったかわりに 
    この世のすべての宝を 捧げよう
    三世に渡るこの思いを 捧げよう……」

 と、その時、塗籠の中から、かすかな声がした。
「が……うの」
 歌いながら、全身で望美の気配を探っていたヒノエは、たちまち反応した。
「姫君、今、なんて言ったんだい? その可愛い声を、おまえの今の気持ちを俺に聞かせてくれ」
 ヒノエの促しに応えて、わずかに目が見えるほどに、塗籠の戸が開けられた。しかし望美の手は、いつでもすぐに閉められるよう、掛けがねにかかっていた。隙間から、ささやくように、望美の言葉は、途切れ途切れに続いた。
「違う…の…。私は天人でもないし、宝物なんかいらない。私が……私が望むのは、ヒノエ君の傍にいて、ともに生きること。姫君だなんて、飾り物のように、ちやほやされて、奉られるのはイヤ。私は……あなたを守り、支える、この熊野そのものになって、生きていきたいの!」
「望美……!」
 その言葉に、矢も盾もたまらず、ヒノエは塗籠の戸に手を掛けると、力ずくで引き開けた。そして、そこに涙を滂沱とあふれさせた望美の姿を認めると、有無を言わさず、抱き締めた。
「ヒノ……エ君……」
 望美の腕が、震えながら、ヒノエの背中に巻き付く。
「ごめん……。ごめんな。俺はさっきおまえのことを疑った。元の世界に帰るって言い出すんじゃなかって。おまえが、そこまでの思いで、俺について来てくれたのに。改めて誓う。一生、おまえを離さねえ。俺のこの胸がおまえの故郷で……おまえはおれの熊野になるんだ!」
「ヒノエ君……!」
 そこから先は、言葉はいらなかった。望美の寂しさも不安も、ヒノエの腕の中でほどけていった。
「会いたかったよ、ヒノエ君……」
「俺もだ……」
 ヒノエの唇が望美の涙を吸い取る。望美は陶然と体重を預けた。その華奢なからだの感触をもっと確かめようとして、ヒノエは、はっとした。
(こんなに痩せて……)
 望美の背中に回されたヒノエの手は、何度もやさしくなで下ろされて、すっかり細くなってしまったからだを温め始めた。やがて安らかな寝息が聞こえ出すと、ヒノエは床を延べて、望美をそっと横たえ、頬に口づけて言った。
「おやすみ、姫君。明日は元気な顔を見せてくれな」


 翌朝、久しぶりに安らかに眠った望美は、床の上で、うんと伸びをした。すると、板戸の向こうから声がした。
「望美さま、お目覚めですか? 頭領が朝餉をご一緒にとおっしゃっています」
「わかりました。着替えたら、すぐ行きます」
(そう言えば、お腹減ったな。このところ、ろくに食べてなかったし)
 そんなことを考えながら、鏡に向かう。昨夜は暗い中だったが、今日は明るい日の下でヒノエに会うのだ。少しでも美しい自分を見せたい。念入りに身仕舞いすると、望美は食事が用意されている座敷へ向かった。すると、すでに席に着いて待っていたヒノエが、嬉しそうに声を上げた。
「おはよう、姫君。朝の光の中のおまえは、一段ときれいだね!」
 楽しく食事を取った後、二人は庭に出て、離れていた間のこと、婚礼のことなどを語り合った。咲きほころんだサザンカの花に触れながら、望美はふっと言った。
「ねえ、昨夜姫君扱いはイヤだって言ったけど……。ヒノエ君に姫君って呼ばれるのは嫌いじゃないの。できれば、ずっとあなたのお姫様でいさせてね?」
 ヒノエは、くくっと喉の奥で笑った。
「あたりまえじゃねえか。おまえは、一生俺の可愛い姫君さ。ばあさんになっても、そう呼んでやるぜ」
「ほんとだね? 約束したよ?」
「ああ。もっともその頃には……」
ヒノエは、望美の瞳を覗きこみ、ふっと真面目な顔をして言った。
「おまえは、熊野を守る女神になってるかもな」
「女神? 何、それ?」
 言いながら、望美は思った。
(弁慶さんも、そんなことを言ってたな)
「熊野そのものになりたいって言ったじゃねえか。おまえが、本気でかかるなら、女神にだってなれる。そうして俺は、熊野三山と、俺の女神に仕えるんだ」
「ヒノエ君……」
「ああ、どこまで言わせるんだ。ここまで俺を夢中にさせた女は、おまえ一人だよ」
「あ、でも、聞いたわよ? 千波さんの妹と、その……」
「なんだ、それ? 千波のヤツ、そんなことをおまえに吹き込みやがったのか? あいつら姉妹は、俺にとって姉弟みたいなもんだよ。第一、千波の妹にしたって、もう言い交わした男がいるってのに。まったく、あの女狐はしょうがねえな」
「なるほど。その件は、一応わかったわ。でも、それ以外にもたくさん関わりのある女の子がいたでしょう?」
「いや、そりゃあ、おまえ、熊野の男にとっちゃ、きれいな花は愛でるのが礼儀……痛ったたた! つねるなって。もう、全部昔の話だよ。今の俺にはおまえしか見えねえよ」
「ほんとだね?」
「ああ、ほんとだよ。……おまえは俺のたったひとりの姫君で、俺の身と心を捧げる女神だ……」
「ヒノエ君……」
 抱きすくめられて、望美はその甘やかな温もりに、身を委ねた。だが、ヒノエが唇の位置を確かめようと、顔を近づけた時、望美はそっと押しとどめた。
「ダメ、誰が見てるかわからないでしょ? それに結婚式が終わるまでは、ね?」
「ちぇー、俺は誰が見てたってかまわないし、そんな形にこだわらなくたっていいじゃねえか」
 ふくれるヒノエを、くすくす笑いながらと見守る。
「ダメよ。私が、正式に熊野の頭領の花嫁になるまでは、ね」
 言いながら、望美はすっとヒノエの腕に寄り添った。
「頑張るからね。千波さんにも、他の女の人たちにも、認めてもらえるように!」
 その肩を抱いて、ヒノエはささやいた。
「ありがとう、望美。一生大切にするぜ」
 ヒノエの声は、時に激しく、時にやさしい潮騒の音に似ている、と望美は思った。この地で、ヒノエの傍で生きていく。誓いを新たにした望美の髪に、梅の花びらが、ひとひら落ちてきた。
 春は、もうすぐそこまで来ていた。

                              (終わり)



ヒノエだったら、もう少し気の利いた歌、歌ってくれると思うんですけどね^^;
ベタになってしまうあたり、書いた人間のセンスのなさを物語っていると申せましょう。


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