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「雲の峰」
池の鯉が銀鱗をひらめかせて、跳び上がった。
「鯉はいいなあ。涼しそうで……」
思わず呟いたあかねの額には、玉の汗が浮かんでいる。 あかねが京に来てから、季節は移ろい、夏にかかろうとしていた。 藤姫の館には、むろん冷房はないが、予想していたよりは過ごしやすい。 庭木の緑の繁りや、池を渡ってくる自然の風が、涼をもたら してくれるためだ。
だが、あかねを閉口させるのは、京の衣装だった。 布地が薄くさらりとした物になっているとはいえ、 婦人のたしなみとして、肌を出すわけにはいかない。 襟元をくつろげようとしたら、女房に咳払いされてしまった。
「タンキニと短パンが恋しい」
こっそり袖をたくし上げ、衣の裾をまくりながら、 つぶやくあかねだった。 と、その時、御簾の向こうに人が近づく気配がした。
「神子、少しおじゃましても宜しいでしょうか」
控えめな呼びかけは、永泉のものだった。
「あ、え? 永泉さん? えっと、ちょっと待って下さい」
慌ててあかねは、衣服をただし、髪を撫でつけ、 背筋を伸ばして座り直した。
「どうぞ」
取り繕ったという雰囲気が出ないよう、取り澄ました 声で言うと、永泉はいつも通りの楚々とした身ごなしで、 御簾の内に入って来た。
「ごきげんよう、神子」
汗一つ見せない涼しげなたたずまいの永泉に、 柔らかく名を呼ばれ、微笑みかけられて、 あかねの頬は熱くなった。
「こ、こんにちは。永泉さん」
うわずってしまった声が、不自然に思われたのでは ないかと内心大慌てのあかねを、どう見たのか、 永泉は美しい眉をひそめた。
「あの、神子」
「は、はい〜?」
「お顔が赤いようですが、このところの暑さがこたえて いらっしゃるのでは? いえ、京の夏の暑さは、 慣れない方には、きっと耐え難いものと思いまして」
今、あかねの頬を火照らせているのは、暑さではなく、 永泉の存在なのだが。気持ちを表に出す勇気のない あかねは、その解釈に従うことにした。 暑さにうんざりしているのも、また事実であったから。
「あ、ええと……確かに暑いですね」
あかねの答えに、さもありなんという風にうなずいた 永泉は、携えて来た包みを広げ始めた。
「神子のお役に立てばよいのですが……」
中から出てきた竹の水筒を、そっとあかねの前に 押しやり、勧めた。
「どうぞ。昔から暑気あたりに効くと言われている 清水です」
「頂いていいんですか? ありがとうございます」
暑気あたりうんぬんよりも、自分のためにという 永泉の気持ちが嬉しく、あかねは水筒を押し頂く ようにして、口を付けた。
「あ、おいしい……」
氷を入れているわけでもないのに、しんと冷たく、 柔らかい口当たりなのに、どこか水晶のような硬質の 個性を秘めた水は、全身にすずやぎをもたらすよう だった。
思わず喉を鳴らして、水を飲むあかねを見て、 永泉はほっとしたように微笑んだ。
「よかった……。そのお水は、きっと神子のお体に よいしるしをあらわすことと思います」
「ほんとに、からだの熱がすうっと引くみたい。 ありがとう、永泉さん」
「神子に喜んで頂けるのでしたら、また分けて頂いてき ますね」
「え……? あの、どこかで、わざわざ頼んで、持って来て くれたんですか?」
「ああ、いえ。ご縁のある方が尼になられて、 洛北で庵を結んでいらっしゃるのですが、その敷地内に、 泉が湧いておりまして。そこから水を引いて、誰でも利用 できるように、水汲み場を設けていらっしゃるのです」
「そうなんですか。とにかく、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるあかねに、永泉はにっこりうなずくと、 そろそろと腰を上げかけた。
「あれ、永泉さん?」
「申し訳ありません、神子。今日は、ちょっと所用があり まして。お水だけお届けしようと思って、参りました。 今日は、これにて御前を失礼致します」
「そうですか……。もう、帰っちゃうんですか」
がっかりしてうつむくあかねを見て、永泉は戸惑いつつ、 頬を染めた。そして、少しの間逡巡すると、思い切って 言いかけた。
「あの、神子。実はさっきお話した尼君のところに うかがうのです。私の大叔母にあたる方なのですが。 もし、宜しかったら一緒に行かれますか? 尼君は、世を捨てられた方なので、限られた者にしか お会いになりませんが。涼しく、美しい場所ですので、 きっと気分転換になることと思いますよ」
「私も、行っていいんですか?」
「ええ。私の用事の間、少々お待ち頂くことになり ますが」
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて、行こうかな」
「では、私の牛車で参りましょう。お支度ができまし たら、いらして下さいね」
そう言うと、永泉は音もしない優雅な所作で、退出して いった。
「やった〜! 永泉さんとお出かけだ〜!」
小躍りして、しばしうれしさに浸っていたあかね だったが、永泉が待っていることに思いを致し、 慌ててゆるむ頬をはたいた。
「藤姫ちゃ〜ん、ちょっと出掛けるね〜」
そして、小半時—。
「お待たせして、ごめんなさい、永泉さん」
「ああ、神子。お召し替えなさったのですね」
「はい、藤姫ちゃんに話したら、その方がいいって。 おかしくないですか?」
浅葱色の小袿姿のあかねに、永泉は目を細めた。
「いいえ、よくお似合いです」
「よかった」
その衣装を着るに至るまでの経緯を思いだし、 あかねは藤姫の心遣いに、感謝した。
永泉の大叔母のところへ行くと告げると、 藤姫は目を丸くした。
「永泉様の大叔母君といえば、先の帝のお后さまの お一方ですわ。直接お目にかからないまでも、 もし神子様のお姿がお目に触れたら……」
全部言い終わらないうちに、藤姫は数人の女房を呼び、 有無を言わさず、あかねに見苦しからぬ衣装を着付けた のだった。
(永泉さんが控えめな人だから、普段は忘れてるけど……。 皇子様、なんだよね……)
雲上人とも称される、永泉の身分を思うと、 あかねの胸は、きゅんと痛んだ。
「では、参りましょうか」
永泉の後に続いて、下人の助けを借りて、 あかねは牛車に乗り込んだ。美しい織物が敷き詰めら れた内部は、思いのほか広かったが、永泉と間近に 差し向かいであることが、あかねにはうれしくも 恥ずかしかった。
「どうぞ、お楽になさって下さい。 それは、撫子ですね?」
「あ、ええと〜。おいしいお水のお礼をしたいなと 思って、お庭に咲いていたのを摘んで来たんですけど、 余計なことかも、ですね?」
「いいえ、尼君は花がお好きですよ。神子のお気持ちと 一緒に、私からお渡し致しますね」
「よかった〜。あ、永泉さんにも、もちろん、 今日のお礼をしないと。何がいいですか?」
思わず膝を乗り出したあかねだったが、 ふとお互いの息がかかるほど、接近したことに 気づいて、そのまま固まってしまった。
永泉も困ったように、うつむいてしまったが、 先ほどの撫子の茎を、懐から出した紙で包む動作を しながら、さりげなくあかねから距離を置いた。
「あり合わせですが、こんな紙はいかがでしょう?」
「あ? ああ〜、すてきです。花の色が引き立つみたい」
「神子のお気に召してよかったです」
「もしもし、永泉さん? 私より、尼君様に 気に入ってもらわないと」
「ああ、そうですね」
くすりと笑いあい、一瞬止まってしまった時が、 また動き出した。永泉は、そっと心の中でつぶやいた。
(あなたとこうして過ごすこのひとときが、 私には身に過ぎたご褒美です……)
そんなやりとりをしている間に、牛車は目的地に 着いた。
「着きましたよ、神子。ここからは徒歩になります ので」
促されて、牛車を降りてみると、先ほどの永泉の 話にあったように、水汲み場に老若男女が列をなしていた。 一般庶民もいたし、家来が水を汲んで来るのを、 日傘をさしかけた下で待っている貴族らしい姿も あり、ちょっとした市のように、にぎわっていた。
「ここでは身分を問わず、順序さえ守れば、誰でも 水を汲んでよいことになっているのです。 それが尼君のご意向なので」
「じゃあ、永泉さんも、ここで並んであのお水を 汲んで来てくれたんですね」
「いえ、私は、尼君のご好意で、この先の源泉 から……」
言いかけて、永泉は、あ、と口を押さえた。
「やっぱり、特別に尼君さまに頼んでくれたんで すね。ありがとうございます」
「あの、このことは、どうかご内密に……」
指を口の前に当てて、しいっというしぐさが、 子供のようで、あかねは笑わずにいられなかった。 「はい、秘密ですね」
「ええ、そのようにお願いします。では、参りま しょう」
そう言って、傍らを歩き始めた永泉の横顔を眺め ながら、あかねは、嘘のつけない彼の純粋さが いとしくて、胸を締め付けられる思いだった。
(どうしよう? 私……この人が好き……)
水汲み場から少し奥へ進んだところには、 ちょっとした門と柵が巡らされ、武士が二人、 門番に立っていた。そこで一旦制止されたが、 永泉が身分と目的を告げると、武士は丁重に 頭を下げ、門を通してくれた。
かくしてあかねは、 一般の者は入ることを許されない、尼君の庵への 道に、足を踏み入れることになった。 緑濃い木立の中を、永泉はあかねを先導していく。 歩きやすいように、下草は刈ってあったが、 梢の見えない太い木が、道の両側にいくつも現れ、 太古の森にさまよいこんだような錯覚に陥りそう になる。その木々の合間から、蝉の声が降ってくる他は、 まったく静かだった。 木々のもたらす涼気と緑の匂いを浴びていると、 全身がのびやかになる気がして、あかねは幾度も 息を深く吸い込んだ。
と、さらさらと水が流れる音が聞こえて来た。 更に先へ進むと、木々が切り払われた、ぽっかりと 明るい空間が、目の前に開けた。野花を植え込んだ 小径の先に、柴垣を周囲に結い回した、簡素ながら 美しい庵があった。
「あちらが尼君の庵です。そして……」
永泉は、ゆるい斜面を下りてくる小さな流れを指した。
「この流れの先が、源泉です。先に使いをやって、 尼君にお断りしてありますので、庵の中以外は、 自由に歩き回られて結構ですよ。では、お一人にして 申し訳ないのですが、私は尼君にご挨拶して参りますので」
「はい、いってらっしゃい、永泉さん。待ってます」
笑顔で言われたその言葉に、永泉はほんのり頬を 上気させ、一瞬あかねを見つめると、ささと身を返し、 庵の方へ歩み去った。
永泉の後ろ姿を見送り、一人になったあかねは、 この俗世から切り離されたような場所を、 ゆっくりと歩き回った。 笹舟を作って流してみたり、花にとまった蝶を追って みたり。 はかない遊びに興じた後、流れをたどり、泉にも行って みた。
青々とした夏草に縁取られた泉をのぞくと、水底の 金色の砂粒を揺らして、澄んだ水がこんこんと湧き出 しているのを、見ることができた。
(ほんとにきれいな場所……)
人目がないのをいいことに、あかねはいつしか青草の 上に身を横たえていた。木々の緑の梢に額のように 縁取られた青空に、真っ白な雲が流れていくのを眺め ているうちに、いつしか眠りに落ちていた。
「……神子。神子」
柔らかな声が、あかねを呼んだ。水底から浮かび 上がるように、徐々に眠りから抜け出しかけたあかねの 目に入ったのは、慕わしい少年の、花のかんばせだった。
「ん……永泉さん? うふ、睫毛長〜い」
言いながら、そっと永泉の頬に手を伸ばした。
「あの、神子……」
寝ぼけているとはいえ、突然頬に触れられ、 永泉は驚き、慌てた。けれど、あかねの指先の感触は、 羽のようにかろく、心地よくて……。 また、目覚めきっていないあかねの とろんとした表情は、子供のようにあどけなくて……。 そのまま身動きもできずに、あかねを見つめていた。
「永泉さん……」
あかねの指は、永泉の頬から耳をかすめて、髪の中に すべりこんだ。
「きれいな髪……だいす……」
言い終わる前に、一瞬、永泉の理性は飛んだ。あかねの 手に、自分のそれを重ねると、そっと引き下ろして、 唇を当てた。手のひらに柔らかな感触を感じて、 あかねの中の何かが反応し、意識を明確にさせた。
「え……? ええ〜〜〜〜〜っ!?」
自分の現状を把握したあかねは、瞬時に跳び起き、 その弾みで永泉の口からあごにかけて、思い切り頭突きを する格好になってしまった。
「え……永泉さん! ごめんなさい!」
あまりの痛みに、声もなく口を押さえてうずくまる 永泉を前に、あかねは心配と申し訳なさでいっぱいに なった。
「お願いだから、ぶつけたところを見せて!」
「だい……じょうぶです、神子。ご心配には及びません」
こちらに半分背中を向けながら、かろうじてそう言う 永泉の唇から血がにじんでいるのを、あかねは見逃さな かった。懐から、ハンカチ代わりに持ち歩いている布を 取り出すと、泉の水を浸して絞り、永泉の正面に回った。
「永泉さん、顔を上げて下さい。冷やしますから」
冷たく濡れた布を、永泉の口元に押し当てるうちに、 あかねの目に、涙が盛り上がって来た。
……大好きな人を、 自分が傷つけてしまった、と。
「神子、神子、どうか泣かないで下さい。私は、ほら、 もう平気ですから」
「ごめんなさい、ごめんなさい〜〜〜」
泣きじゃくるあかねの背中を撫でるうちに、そのからだは 永泉の胸に、次第に寄りかかって来た。永泉はためらったが、 神子が落ち着くまではと、そのままあかねの体重を受け止め ていた。 しばらくして、ようやくあかねの嗚咽は収まった。
「落ち着かれましたか?」
「ごめんなさい、永泉さんにけがさせた上に、泣いたりして」
あかねは永泉の胸の中から彼を見上げ、泣き濡れた目で、 ひたと見つめた。
「……お願い、私のこと、嫌いにならないで?」
永泉は、意志の力を総動員して、あかねを抱き締めたい 衝動に耐えた。そして、そっとあかねのからだを押しやる ようにしながら、何とか微笑んでみせた。
「私が神子を嫌いになど……なるはずがありません」
すると、あかねはいやいやをしながら、再び永泉の胸に 倒れ込んできた。
「……だったら、離さないで!」
何事にも限界というものがある。また、いとしく思う 少女に ここまで言われて、突き放せる情強さを、 永泉は持ち合わせていなかった。
「神…子…」
抱き締められて、唇が重ねられた時、あかねは龍神の 鈴の音を聞いた。
『私の神子、汝の思うがままに……』
初めての口づけの後は、お互い何とも面映ゆく、 少し離れて座った。二人とも、なんと口火を切ったものか、 きっかけを探すのだが、なかなか見つからない。 あかねは、思わず空を見上げ、ようよう最初の一言を 押し出した。
「あの、永泉さん。ごめんなさい、私、あの空を眺めている うちに、つい眠っちゃって」
あかねの言葉につられるように、永泉も空を見上げた。
「ああ……夏雲が楼閣のように、輝いておりますね。 ずっと眺めていたくなる神子のお気持ちがわかります」
永泉は、一旦言葉を切り、思いを巡らせるように、 目を閉じた。
「……あなたは、いずれ、あの雲の峰の向こうにお帰りに なる方。そのあなたに、私は分をわきまえず、失礼を致し ました……」
「……失礼だなんて……。そんなこと、言わないで。 それに永泉さんこそ、この京の雲上人じゃないですか。 その……ほんとだったら、ここの尼君様みたいに、 私なんか傍へも寄れないほどの」
あかねの言葉に、永泉は、ためらいなく澄んだ目を 当てた。
「私は、一介の僧に過ぎません。それに、何よりも、 あなたの貴いお身をお守りし、お助けする役目を授かった 八葉です。そして、あなたは苦難を乗り越え、京を救って 下さった。いくら感謝しても足りません」
「永泉さん、それって……」
永泉は、更に自分自身に言い聞かせるかのように、 言葉を継いだ。
「役目を終えられたあなたを、本来なら元の雲の向こうの 世界に、お返しするのが筋ですのに……。あなたばかりで なく、ご友人たちを京の運命に巻き込んだために、 あなたはまだここに止まっていらっしゃる。申し訳ないこと だと思います」
それは天真が未だ妹のランの行方を捜していることと、 詩紋がセフルの行く末を案じるあまり、京を離れられない でいることを指していた。つまり永泉は、友人たちとともに 帰還するために、あかねが京に止まっていると考えている のだった。
と、自分でも思っていなかった反論が、あかねの口を突いて 出てきた。
「……違います」
「え?」
「違います。確かに天真くんと詩紋くんのことは 気に掛かるけど、二人とも自分の理由、自分の意志で ここにいるんです。それは、私の理由じゃありません」
「神子……?」
「私が、私がここにいるのは、あなたと離れたくない からです!」
(言っちゃった〜〜)
いざ口に出すと、恥ずかしさのあまり、顔を上げること ができない。うつむき、顔を背けたあかねの耳に、 しばしの沈黙の後、永泉の言葉が届いた。
「……数ならぬ私のような者を、そのように思っていて 下さったとは……。ありがとうございます」
永泉は、その先の言葉を探しているようだったが、 すうっと深呼吸をする音がした。
「神子、こちらを向いて頂けませんか?」
乞われて、おずおずとあかねは、永泉の方へ向き直った。 澄んだまなざしが、彼女をとらえる。 「……私も、あなたのお傍にいたい。ただ、今の私の立場、 その他を熟慮する時間を頂けませんか。最善の道を探します。 その……あなたと共にいられるように」
「永泉さん、それって……?」
花のかんばせに、光が差したような微笑みが広がった。
「あなたを、お慕いしております」
その晩、あかねはなかなか寝つけなかった。 暑さのためもあったが、あの清らかな泉のそばで、 永泉に言われた言葉がぐるぐると頭を巡っている。
「夢じゃない……よね? 今日が終わったら、 全部なかったことになってるとか?」
考えてみれば、この京へ来たこと自体が、 夢のようなあり得ないできごとだった。 けれど、積み重ねた思い、育んだ人との絆は、 うたかたではない、確かなものだと、 あかねは言い切ることができた。 初めて人と触れ合った唇に、そっと指を当ててみる。
「私が、あの人を好きなことも……。 夢や幻なんかじゃない」
と、あかねの耳に、あの時聞こえた龍神の鈴の音と、 声が甦ってきた。
『汝が思うがままに』
ここへ私が呼ばれたのは龍神様の意志だけど、 運命を紡ぐのは、私の意志。そう、思い決めると、迷いがすうっとなくなるのを 感じた。
「あ、でも……」
あかねは、ある問題に気づいて、眉をちょっと寄せた。
「一生、夏にタンキニと短パン、着られなくなるかも しれないんだ?」
これから幾度となく巡ってくる夏をどう乗り切るか、 行く末を思いやり、小さいが深いあかねのため息が、 紙燭の灯を揺らし、夏の夜は更けていった。
(終わり)
実は「舞一夜」の永泉エンディングにときめいて、書いたという(笑)
もっと受け受けしい永ちゃんにしたかったのですが、 こんなことに。
(まあ、受けには違いないですが・笑)
しかし、こんなまともな永泉×あかねを書く日が 来ようとは、思いませんでした。
最初PS版でプレイした時は、永ちゃん、まるっきり私の守備範囲ではなかったので^^;
池の鯉が銀鱗をひらめかせて、跳び上がった。
「鯉はいいなあ。涼しそうで……」
思わず呟いたあかねの額には、玉の汗が浮かんでいる。 あかねが京に来てから、季節は移ろい、夏にかかろうとしていた。 藤姫の館には、むろん冷房はないが、予想していたよりは過ごしやすい。 庭木の緑の繁りや、池を渡ってくる自然の風が、涼をもたら してくれるためだ。
だが、あかねを閉口させるのは、京の衣装だった。 布地が薄くさらりとした物になっているとはいえ、 婦人のたしなみとして、肌を出すわけにはいかない。 襟元をくつろげようとしたら、女房に咳払いされてしまった。
「タンキニと短パンが恋しい」
こっそり袖をたくし上げ、衣の裾をまくりながら、 つぶやくあかねだった。 と、その時、御簾の向こうに人が近づく気配がした。
「神子、少しおじゃましても宜しいでしょうか」
控えめな呼びかけは、永泉のものだった。
「あ、え? 永泉さん? えっと、ちょっと待って下さい」
慌ててあかねは、衣服をただし、髪を撫でつけ、 背筋を伸ばして座り直した。
「どうぞ」
取り繕ったという雰囲気が出ないよう、取り澄ました 声で言うと、永泉はいつも通りの楚々とした身ごなしで、 御簾の内に入って来た。
「ごきげんよう、神子」
汗一つ見せない涼しげなたたずまいの永泉に、 柔らかく名を呼ばれ、微笑みかけられて、 あかねの頬は熱くなった。
「こ、こんにちは。永泉さん」
うわずってしまった声が、不自然に思われたのでは ないかと内心大慌てのあかねを、どう見たのか、 永泉は美しい眉をひそめた。
「あの、神子」
「は、はい〜?」
「お顔が赤いようですが、このところの暑さがこたえて いらっしゃるのでは? いえ、京の夏の暑さは、 慣れない方には、きっと耐え難いものと思いまして」
今、あかねの頬を火照らせているのは、暑さではなく、 永泉の存在なのだが。気持ちを表に出す勇気のない あかねは、その解釈に従うことにした。 暑さにうんざりしているのも、また事実であったから。
「あ、ええと……確かに暑いですね」
あかねの答えに、さもありなんという風にうなずいた 永泉は、携えて来た包みを広げ始めた。
「神子のお役に立てばよいのですが……」
中から出てきた竹の水筒を、そっとあかねの前に 押しやり、勧めた。
「どうぞ。昔から暑気あたりに効くと言われている 清水です」
「頂いていいんですか? ありがとうございます」
暑気あたりうんぬんよりも、自分のためにという 永泉の気持ちが嬉しく、あかねは水筒を押し頂く ようにして、口を付けた。
「あ、おいしい……」
氷を入れているわけでもないのに、しんと冷たく、 柔らかい口当たりなのに、どこか水晶のような硬質の 個性を秘めた水は、全身にすずやぎをもたらすよう だった。
思わず喉を鳴らして、水を飲むあかねを見て、 永泉はほっとしたように微笑んだ。
「よかった……。そのお水は、きっと神子のお体に よいしるしをあらわすことと思います」
「ほんとに、からだの熱がすうっと引くみたい。 ありがとう、永泉さん」
「神子に喜んで頂けるのでしたら、また分けて頂いてき ますね」
「え……? あの、どこかで、わざわざ頼んで、持って来て くれたんですか?」
「ああ、いえ。ご縁のある方が尼になられて、 洛北で庵を結んでいらっしゃるのですが、その敷地内に、 泉が湧いておりまして。そこから水を引いて、誰でも利用 できるように、水汲み場を設けていらっしゃるのです」
「そうなんですか。とにかく、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるあかねに、永泉はにっこりうなずくと、 そろそろと腰を上げかけた。
「あれ、永泉さん?」
「申し訳ありません、神子。今日は、ちょっと所用があり まして。お水だけお届けしようと思って、参りました。 今日は、これにて御前を失礼致します」
「そうですか……。もう、帰っちゃうんですか」
がっかりしてうつむくあかねを見て、永泉は戸惑いつつ、 頬を染めた。そして、少しの間逡巡すると、思い切って 言いかけた。
「あの、神子。実はさっきお話した尼君のところに うかがうのです。私の大叔母にあたる方なのですが。 もし、宜しかったら一緒に行かれますか? 尼君は、世を捨てられた方なので、限られた者にしか お会いになりませんが。涼しく、美しい場所ですので、 きっと気分転換になることと思いますよ」
「私も、行っていいんですか?」
「ええ。私の用事の間、少々お待ち頂くことになり ますが」
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて、行こうかな」
「では、私の牛車で参りましょう。お支度ができまし たら、いらして下さいね」
そう言うと、永泉は音もしない優雅な所作で、退出して いった。
「やった〜! 永泉さんとお出かけだ〜!」
小躍りして、しばしうれしさに浸っていたあかね だったが、永泉が待っていることに思いを致し、 慌ててゆるむ頬をはたいた。
「藤姫ちゃ〜ん、ちょっと出掛けるね〜」
そして、小半時—。
「お待たせして、ごめんなさい、永泉さん」
「ああ、神子。お召し替えなさったのですね」
「はい、藤姫ちゃんに話したら、その方がいいって。 おかしくないですか?」
浅葱色の小袿姿のあかねに、永泉は目を細めた。
「いいえ、よくお似合いです」
「よかった」
その衣装を着るに至るまでの経緯を思いだし、 あかねは藤姫の心遣いに、感謝した。
永泉の大叔母のところへ行くと告げると、 藤姫は目を丸くした。
「永泉様の大叔母君といえば、先の帝のお后さまの お一方ですわ。直接お目にかからないまでも、 もし神子様のお姿がお目に触れたら……」
全部言い終わらないうちに、藤姫は数人の女房を呼び、 有無を言わさず、あかねに見苦しからぬ衣装を着付けた のだった。
(永泉さんが控えめな人だから、普段は忘れてるけど……。 皇子様、なんだよね……)
雲上人とも称される、永泉の身分を思うと、 あかねの胸は、きゅんと痛んだ。
「では、参りましょうか」
永泉の後に続いて、下人の助けを借りて、 あかねは牛車に乗り込んだ。美しい織物が敷き詰めら れた内部は、思いのほか広かったが、永泉と間近に 差し向かいであることが、あかねにはうれしくも 恥ずかしかった。
「どうぞ、お楽になさって下さい。 それは、撫子ですね?」
「あ、ええと〜。おいしいお水のお礼をしたいなと 思って、お庭に咲いていたのを摘んで来たんですけど、 余計なことかも、ですね?」
「いいえ、尼君は花がお好きですよ。神子のお気持ちと 一緒に、私からお渡し致しますね」
「よかった〜。あ、永泉さんにも、もちろん、 今日のお礼をしないと。何がいいですか?」
思わず膝を乗り出したあかねだったが、 ふとお互いの息がかかるほど、接近したことに 気づいて、そのまま固まってしまった。
永泉も困ったように、うつむいてしまったが、 先ほどの撫子の茎を、懐から出した紙で包む動作を しながら、さりげなくあかねから距離を置いた。
「あり合わせですが、こんな紙はいかがでしょう?」
「あ? ああ〜、すてきです。花の色が引き立つみたい」
「神子のお気に召してよかったです」
「もしもし、永泉さん? 私より、尼君様に 気に入ってもらわないと」
「ああ、そうですね」
くすりと笑いあい、一瞬止まってしまった時が、 また動き出した。永泉は、そっと心の中でつぶやいた。
(あなたとこうして過ごすこのひとときが、 私には身に過ぎたご褒美です……)
そんなやりとりをしている間に、牛車は目的地に 着いた。
「着きましたよ、神子。ここからは徒歩になります ので」
促されて、牛車を降りてみると、先ほどの永泉の 話にあったように、水汲み場に老若男女が列をなしていた。 一般庶民もいたし、家来が水を汲んで来るのを、 日傘をさしかけた下で待っている貴族らしい姿も あり、ちょっとした市のように、にぎわっていた。
「ここでは身分を問わず、順序さえ守れば、誰でも 水を汲んでよいことになっているのです。 それが尼君のご意向なので」
「じゃあ、永泉さんも、ここで並んであのお水を 汲んで来てくれたんですね」
「いえ、私は、尼君のご好意で、この先の源泉 から……」
言いかけて、永泉は、あ、と口を押さえた。
「やっぱり、特別に尼君さまに頼んでくれたんで すね。ありがとうございます」
「あの、このことは、どうかご内密に……」
指を口の前に当てて、しいっというしぐさが、 子供のようで、あかねは笑わずにいられなかった。 「はい、秘密ですね」
「ええ、そのようにお願いします。では、参りま しょう」
そう言って、傍らを歩き始めた永泉の横顔を眺め ながら、あかねは、嘘のつけない彼の純粋さが いとしくて、胸を締め付けられる思いだった。
(どうしよう? 私……この人が好き……)
水汲み場から少し奥へ進んだところには、 ちょっとした門と柵が巡らされ、武士が二人、 門番に立っていた。そこで一旦制止されたが、 永泉が身分と目的を告げると、武士は丁重に 頭を下げ、門を通してくれた。
かくしてあかねは、 一般の者は入ることを許されない、尼君の庵への 道に、足を踏み入れることになった。 緑濃い木立の中を、永泉はあかねを先導していく。 歩きやすいように、下草は刈ってあったが、 梢の見えない太い木が、道の両側にいくつも現れ、 太古の森にさまよいこんだような錯覚に陥りそう になる。その木々の合間から、蝉の声が降ってくる他は、 まったく静かだった。 木々のもたらす涼気と緑の匂いを浴びていると、 全身がのびやかになる気がして、あかねは幾度も 息を深く吸い込んだ。
と、さらさらと水が流れる音が聞こえて来た。 更に先へ進むと、木々が切り払われた、ぽっかりと 明るい空間が、目の前に開けた。野花を植え込んだ 小径の先に、柴垣を周囲に結い回した、簡素ながら 美しい庵があった。
「あちらが尼君の庵です。そして……」
永泉は、ゆるい斜面を下りてくる小さな流れを指した。
「この流れの先が、源泉です。先に使いをやって、 尼君にお断りしてありますので、庵の中以外は、 自由に歩き回られて結構ですよ。では、お一人にして 申し訳ないのですが、私は尼君にご挨拶して参りますので」
「はい、いってらっしゃい、永泉さん。待ってます」
笑顔で言われたその言葉に、永泉はほんのり頬を 上気させ、一瞬あかねを見つめると、ささと身を返し、 庵の方へ歩み去った。
永泉の後ろ姿を見送り、一人になったあかねは、 この俗世から切り離されたような場所を、 ゆっくりと歩き回った。 笹舟を作って流してみたり、花にとまった蝶を追って みたり。 はかない遊びに興じた後、流れをたどり、泉にも行って みた。
青々とした夏草に縁取られた泉をのぞくと、水底の 金色の砂粒を揺らして、澄んだ水がこんこんと湧き出 しているのを、見ることができた。
(ほんとにきれいな場所……)
人目がないのをいいことに、あかねはいつしか青草の 上に身を横たえていた。木々の緑の梢に額のように 縁取られた青空に、真っ白な雲が流れていくのを眺め ているうちに、いつしか眠りに落ちていた。
「……神子。神子」
柔らかな声が、あかねを呼んだ。水底から浮かび 上がるように、徐々に眠りから抜け出しかけたあかねの 目に入ったのは、慕わしい少年の、花のかんばせだった。
「ん……永泉さん? うふ、睫毛長〜い」
言いながら、そっと永泉の頬に手を伸ばした。
「あの、神子……」
寝ぼけているとはいえ、突然頬に触れられ、 永泉は驚き、慌てた。けれど、あかねの指先の感触は、 羽のようにかろく、心地よくて……。 また、目覚めきっていないあかねの とろんとした表情は、子供のようにあどけなくて……。 そのまま身動きもできずに、あかねを見つめていた。
「永泉さん……」
あかねの指は、永泉の頬から耳をかすめて、髪の中に すべりこんだ。
「きれいな髪……だいす……」
言い終わる前に、一瞬、永泉の理性は飛んだ。あかねの 手に、自分のそれを重ねると、そっと引き下ろして、 唇を当てた。手のひらに柔らかな感触を感じて、 あかねの中の何かが反応し、意識を明確にさせた。
「え……? ええ〜〜〜〜〜っ!?」
自分の現状を把握したあかねは、瞬時に跳び起き、 その弾みで永泉の口からあごにかけて、思い切り頭突きを する格好になってしまった。
「え……永泉さん! ごめんなさい!」
あまりの痛みに、声もなく口を押さえてうずくまる 永泉を前に、あかねは心配と申し訳なさでいっぱいに なった。
「お願いだから、ぶつけたところを見せて!」
「だい……じょうぶです、神子。ご心配には及びません」
こちらに半分背中を向けながら、かろうじてそう言う 永泉の唇から血がにじんでいるのを、あかねは見逃さな かった。懐から、ハンカチ代わりに持ち歩いている布を 取り出すと、泉の水を浸して絞り、永泉の正面に回った。
「永泉さん、顔を上げて下さい。冷やしますから」
冷たく濡れた布を、永泉の口元に押し当てるうちに、 あかねの目に、涙が盛り上がって来た。
……大好きな人を、 自分が傷つけてしまった、と。
「神子、神子、どうか泣かないで下さい。私は、ほら、 もう平気ですから」
「ごめんなさい、ごめんなさい〜〜〜」
泣きじゃくるあかねの背中を撫でるうちに、そのからだは 永泉の胸に、次第に寄りかかって来た。永泉はためらったが、 神子が落ち着くまではと、そのままあかねの体重を受け止め ていた。 しばらくして、ようやくあかねの嗚咽は収まった。
「落ち着かれましたか?」
「ごめんなさい、永泉さんにけがさせた上に、泣いたりして」
あかねは永泉の胸の中から彼を見上げ、泣き濡れた目で、 ひたと見つめた。
「……お願い、私のこと、嫌いにならないで?」
永泉は、意志の力を総動員して、あかねを抱き締めたい 衝動に耐えた。そして、そっとあかねのからだを押しやる ようにしながら、何とか微笑んでみせた。
「私が神子を嫌いになど……なるはずがありません」
すると、あかねはいやいやをしながら、再び永泉の胸に 倒れ込んできた。
「……だったら、離さないで!」
何事にも限界というものがある。また、いとしく思う 少女に ここまで言われて、突き放せる情強さを、 永泉は持ち合わせていなかった。
「神…子…」
抱き締められて、唇が重ねられた時、あかねは龍神の 鈴の音を聞いた。
『私の神子、汝の思うがままに……』
初めての口づけの後は、お互い何とも面映ゆく、 少し離れて座った。二人とも、なんと口火を切ったものか、 きっかけを探すのだが、なかなか見つからない。 あかねは、思わず空を見上げ、ようよう最初の一言を 押し出した。
「あの、永泉さん。ごめんなさい、私、あの空を眺めている うちに、つい眠っちゃって」
あかねの言葉につられるように、永泉も空を見上げた。
「ああ……夏雲が楼閣のように、輝いておりますね。 ずっと眺めていたくなる神子のお気持ちがわかります」
永泉は、一旦言葉を切り、思いを巡らせるように、 目を閉じた。
「……あなたは、いずれ、あの雲の峰の向こうにお帰りに なる方。そのあなたに、私は分をわきまえず、失礼を致し ました……」
「……失礼だなんて……。そんなこと、言わないで。 それに永泉さんこそ、この京の雲上人じゃないですか。 その……ほんとだったら、ここの尼君様みたいに、 私なんか傍へも寄れないほどの」
あかねの言葉に、永泉は、ためらいなく澄んだ目を 当てた。
「私は、一介の僧に過ぎません。それに、何よりも、 あなたの貴いお身をお守りし、お助けする役目を授かった 八葉です。そして、あなたは苦難を乗り越え、京を救って 下さった。いくら感謝しても足りません」
「永泉さん、それって……」
永泉は、更に自分自身に言い聞かせるかのように、 言葉を継いだ。
「役目を終えられたあなたを、本来なら元の雲の向こうの 世界に、お返しするのが筋ですのに……。あなたばかりで なく、ご友人たちを京の運命に巻き込んだために、 あなたはまだここに止まっていらっしゃる。申し訳ないこと だと思います」
それは天真が未だ妹のランの行方を捜していることと、 詩紋がセフルの行く末を案じるあまり、京を離れられない でいることを指していた。つまり永泉は、友人たちとともに 帰還するために、あかねが京に止まっていると考えている のだった。
と、自分でも思っていなかった反論が、あかねの口を突いて 出てきた。
「……違います」
「え?」
「違います。確かに天真くんと詩紋くんのことは 気に掛かるけど、二人とも自分の理由、自分の意志で ここにいるんです。それは、私の理由じゃありません」
「神子……?」
「私が、私がここにいるのは、あなたと離れたくない からです!」
(言っちゃった〜〜)
いざ口に出すと、恥ずかしさのあまり、顔を上げること ができない。うつむき、顔を背けたあかねの耳に、 しばしの沈黙の後、永泉の言葉が届いた。
「……数ならぬ私のような者を、そのように思っていて 下さったとは……。ありがとうございます」
永泉は、その先の言葉を探しているようだったが、 すうっと深呼吸をする音がした。
「神子、こちらを向いて頂けませんか?」
乞われて、おずおずとあかねは、永泉の方へ向き直った。 澄んだまなざしが、彼女をとらえる。 「……私も、あなたのお傍にいたい。ただ、今の私の立場、 その他を熟慮する時間を頂けませんか。最善の道を探します。 その……あなたと共にいられるように」
「永泉さん、それって……?」
花のかんばせに、光が差したような微笑みが広がった。
「あなたを、お慕いしております」
その晩、あかねはなかなか寝つけなかった。 暑さのためもあったが、あの清らかな泉のそばで、 永泉に言われた言葉がぐるぐると頭を巡っている。
「夢じゃない……よね? 今日が終わったら、 全部なかったことになってるとか?」
考えてみれば、この京へ来たこと自体が、 夢のようなあり得ないできごとだった。 けれど、積み重ねた思い、育んだ人との絆は、 うたかたではない、確かなものだと、 あかねは言い切ることができた。 初めて人と触れ合った唇に、そっと指を当ててみる。
「私が、あの人を好きなことも……。 夢や幻なんかじゃない」
と、あかねの耳に、あの時聞こえた龍神の鈴の音と、 声が甦ってきた。
『汝が思うがままに』
ここへ私が呼ばれたのは龍神様の意志だけど、 運命を紡ぐのは、私の意志。そう、思い決めると、迷いがすうっとなくなるのを 感じた。
「あ、でも……」
あかねは、ある問題に気づいて、眉をちょっと寄せた。
「一生、夏にタンキニと短パン、着られなくなるかも しれないんだ?」
これから幾度となく巡ってくる夏をどう乗り切るか、 行く末を思いやり、小さいが深いあかねのため息が、 紙燭の灯を揺らし、夏の夜は更けていった。
(終わり)
実は「舞一夜」の永泉エンディングにときめいて、書いたという(笑)
もっと受け受けしい永ちゃんにしたかったのですが、 こんなことに。
(まあ、受けには違いないですが・笑)
しかし、こんなまともな永泉×あかねを書く日が 来ようとは、思いませんでした。
最初PS版でプレイした時は、永ちゃん、まるっきり私の守備範囲ではなかったので^^;
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