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管理人の書いた、乙女ゲーの二次創作保管庫です。
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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
このブログ内の文章の無断転載は、固くお断り致します。
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第二話です。


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 頼久が後を追っているとも知らず、あてもなく走り続けるうち、あかねは人気の少ない堀端に行き着いた。柳の古木の幹に背中を預け、あかねは荒らぐ呼吸を整えようとした。
 胸が言いようのない痛みに締めつけられていた。そう、あかねは、つるに贈り物を返されて、初めて気づいたのだ。自分にとって居心地のよかったあの京の下町。イノリがいることもあって、半分住民のような気分になっていたが、それは錯覚だった。自分の今の立場は、あの下町の生活とは、かけ離れたものであることを、思い知らされたのだった。
(……藤姫ちゃんみたいに、貴族のお姫様にもなりきれない。かと言って、庶民の人たちとも違う……。私は、私はこの京のどこであかねとして生きて行ったらいいんだろう? 友雅さん……友雅さん……! ただあなたの側にいたいから、京に残った……。だのに、どうして側にいてくれないの?)
 涙があふれてきて止まらなかった。怨霊との闘いの日々の中でも、流さなかった涙だった。いきなり京という異世界に放り込まれても、天真と詩紋がそばにいたからこそ、何とか耐えることができた。なぜなら彼らは、あかねが龍神の神子としての能力を開花させた後も、どこまでも変わらずに、友人のあかねとして見なし続けたからだった。
 そう長く生きているわけではない。だが、自分なりに悩み、迷い、考えて、これまで元宮あかねという人格を造り、十七歳の平凡な少女として生きてきたあかねだった。それがここへ来て、自分の存在を自分でどう位置づけたらいいのか、まるでわからなくなってしまった。
 確かにあると思えるのは友雅への思いだけだったが、今その姿を見、声を聞いて確かめないと、その思いをもってしても、自分を支えられそうになかった。
「お願い、友雅さん……。そばにいて……私をつなぎ止めていてよ……」
 涙の間から、ついにそんな言葉さえ、口を突いて出た。胸にこみ上げた不安が、堰を切ってあふれそうになったその時だった。
「……神子殿」
 ためらいがちに掛けられた声に、あかねは、はっとした。
「……頼久さん」
「申し訳ありません。神子殿のお申し付けに背きました。どうしてもおひとりにする訳にはいかず……追いかけてきてしまいました」
 深く一礼する頼久の姿を見た時、あかねの中で何かが弾けた。
「また、神子殿? あなたたち、寄ってたかって、私をそんなものにして! もう鬼はいなくなったのに、まだ私にそんな役割を押しつけるの? もう、たくさん! 私は……私はただの女の子なのよ! どうしてわかってくれないの?」
 叫ぶとともに、あかねは頼久の胸を、何度も小さな拳で打った。筋違いだと頭ではわかってはいた。頼久の性格、生き方からすれば、彼にそんなことを言い募っても、困惑させるだけだということも。けれど、一度弦から放たれた矢の勢いを、もう止めることはできなかった。
「私は、私は……ただのあかねなのよ! お願い……お願いだから、普通の女の子として扱ってよ!」
 あかねの激しい感情の噴出に戸惑い、打たれるがままになっていた頼久だったが、幼子のように泣きながらしゃがみ込んだあかねの肩に、ためらいがちに手を掛けた。
「神子殿……。それが神子殿のお望みなのですか」
 重い扉をこじ開けるように、その口から言葉が漏れた。
「そうよ! それが望みよ! ……な、頼久さん?」
 突然強く抱きすくめられて、あかねの頭は一瞬真っ白になった。しかし、巻き締める腕には、明確に男としての意志が込められていた。おびえに駆られて、あかねは必死に逃れようとした。
「や……! 離して、頼久さん……!」
しかし、か細い抵抗は、男の腕力の前には、ほとんど意味をなさなかった。
「いやっ! いやああっ!」
 せめて自由になる口で、拒絶の叫びをあげた時、ふっと力が緩められた。慌てて頼久の胸から身をもぎ離し、跳びすさったあかねだったが……。ふと見上げた頼久の瞳のあまりの暗さに、胸を衝かれた。
「よ、頼久さん……?」
「……ご無礼を致しました」
 頼久は、片膝を付き、深く頭を垂れた。
「……私は今、分をわきまえず、武士としてあるまじきことを致しました。どうか、お忘れください」
「………」
 あかねは、言葉もなく、まるで別の人間に会ったような気持ちで、目の前で臣下の礼を取っている頼久を、まじまじと見つめた。
(頼久さんが……私を普通の女の子として扱うっていうのは、そういうことなの?)
 激しい混乱が、彼女を襲った。
(私、私……そんなつもりじゃなかった……。頼久さんが、私のこと、そんな風に思っているなんて、少しも気づかなかった……。もしかしたら、私の方こそ、どこまでも主として接してくれる頼久さんに甘えて……そのラインに安心して、この人を傷つけていた……?)
 渦巻く感情の奔流に耐えかねて、あかねはよろよろと柳の幹にもたれ、そのまま地にずり落ちた。
「 神子殿? 神子殿っ! どうなさいましたか?」
 慌てて抱き起こそうとする頼久の腕の中で、あかねはかすかに身じろぎした。
「ダメよ……ごめんなさい。私が欲しいのはあなたの腕じゃないの……。ごめんなさい」
 目の前にふうっと黒い霧がかかるような気がした。意識を失う直前に、あかねは恋しい友雅の姿を見た気がした。
「友……雅……さん」
 差し伸べようとした手は、中途でぱたりと落ちた。

 あかねが再び目覚めたのは、見慣れた私室の床の上だった。
「あ? 私、いつの間に館に戻ったんだろう?」
「気がついたかね、姫君」
 深い男の声に、あかねの全身が反応した。
「友雅さん…友雅さんっ!」
 無我夢中で、あかねは焦がれていた男の首に、かじりついた。
「おっと、そう興奮してはいけないよ。貧血で気を失ったばかりなのに。さあ、いい子だから、落ち着いてもう少し休みなさい」
 そう言いながらも、友雅は一瞬あかねのからだを柔らかく抱き、髪をかき撫でながら、彼女をもう一度床に寝かしつけた。
「友雅さん、どうしてここに?」
 おとなしく床に入ったものの、一瞬たりとも恋人の姿から目を離すまいとしながら、あかねは問うた。
「ああ、行幸も無事済んで、ようやくからだが空いたもので、早速君に会いに来たのだよ。そうしたら、イノリの所へ行ったという話だったから、どうしても今日のうちに、君に会っておきたかったし、あの下町まで行ってみた。折良く出くわしたイノリに聞いたら、君はもう帰ったと言う……」
 ここで友雅は一度言葉を切り、笑みを深くした。
「イノリが、気にしていたよ。君がもしかしたら、ひどくがっかりしているんじゃないかって。ふっ、大事な姫君に沈んでいてほしくなかったからね。すぐに藤姫の館に取って返そうと、思ったのだが……。何となく……君がまだ近くにいるような気がしてならなくてね。辺りをぶらぶらしていたら、君の姿を見つけたというわけさ。私の第六感も捨てたものではないね。おかげで、君の調子の悪い時に、こうして側にいてあげることができたんだからね」
 言いながら、友雅はあかねの手を取り、軽く唇を当てた。
「……会いたかったよ、姫君」
「友雅さん、友雅さん……!」
 あかねの感情が求めていた受けとめ場所を得て、一気に噴き出した。すがりつくように、友雅の手を取り、頬をすり寄せた。ぱたぱたと落ちる熱い涙が、手を伝い流れて、友雅の袖を濡らした。
「おやおや、そんなに泣かれるほど、私は不義理をしてしまったのかな?」
 友雅は、そっと手を差し伸べ、少女の頭を自分の胸に収めた。こらえかねた嗚咽と、涙が胸を濡らすのを感じながら、なだめるように柔らかな髪を繰り返し撫ぜた。
(気丈なあかね殿が、こんなにもろく泣き崩れるとは……)
 せっかく用意した祝いの品を、受け取ってもらえなかった、というてん末は、イノリから聞き及んでいたが、友雅にしてみれば、その程度のこと……であった。それよりむしろ、そこは恋の手練れの直感というべきか、先刻あかねに行き会った時に、一瞬頼久が自分に向けた光る眼の方が心に引っかかっていた。
(あの感情を表に出さない男が。もしや私が出会う前に、あかね殿と何かあったのでは……?)
 胸に兆した疑問を、友雅が検証しかけた時に、あかねが恥ずかしげに彼の胸から顔を離した。
「……ごめんなさい。子供みたいに泣いたりして。私、私、ちゃんと友雅さんにふさわしいような貴婦人にならないといけないのに」
「あかね殿」
 この言葉に、友雅は微笑まずにはいられなかった。
「何とかわいらしいことを言うのだろうね、この花のような唇は……」
 目の前の少女を、いとしいと思う気持ちに衝き動かされて、友雅はきゃしゃなからだを抱き寄せ、あごをとらえて、瞳をのぞき込んだ。
「貴婦人になど、無理にならなくともよいのだよ。今のままで君は十分に、私のたった一人のいとしい姫君なのだから」
「……ほんとうに? 今のままでもいいの?」
 それはここ数日のできごとで、あかねの胸を締めつけていた問いだった。
(何だか宙ぶらりんで、どうしたらいのか、わからないのに……!)
 腕の中の無垢な少女の可憐さに、夢中になっていた友雅は、日頃の明敏さに似ない誤りを犯した。すがりつくような目の色を、自分へのひたすらな思いの現れと解釈し、投げかけられたその問いの真率な意味を受け止め損ねたのである。
「もちろんだとも。罪な姫君だね、私をこんなにもとらえている自分の魅力を自覚していないんだからね」
「でも……あ、友雅さん…」
 胸に刺さっている思いを、更に頼みとする恋人に告げようとしたあかねだったが、その時、あどけない澄んだ声が、御簾越しに響いてきた。
「神子様、おかげんはいかがですか」
 あかねは、あわてて友雅の腕から、もがき出ようとした。友雅は、名残惜しげに彼女を解放した。
「まあ、まだ日も高いことだしね。しかし、いつになったら、月の光の下でゆっくり逢瀬ができるのだろうね」
「もお〜、友雅さんたら! 」
 あかねは赤面しつつ、髪と居住まいを正し、明るく声の主に答えた。  
「もう大丈夫だよ、藤姫ちゃん」
「それはようございましたわ。では、ちょっとおじゃま致しますわね」
 言葉とともに、藤姫がするすると部屋に入って来た。
「友雅殿が、神子様のお側についているとおっしゃったので、お任せしてしまいました。ほんとうに、すっかり顔色もよくなられて、安心致しましたわ」
「うん、もうすっかりよくなったよ。ごめんね、心配かけちゃって」
「いえ、そんな。神子様のお体を気遣うのは当たり前のことですわ。薬湯をお持ちしましたけれど、何か他にお入り用のものはございませんか。お腹がお空きになっているのでは?」
「あ、そういえば、ちょっとお腹空いたかな」
「では、後で軽いお食事をお持ち致しますわね。今はとりあえず、これを」
 藤姫が、薬湯をあかねに手渡そうとした時、友雅が手を差し出した。
「ああ、藤姫。それは私があかね殿に飲ませてあげることにしよう」
「では、お願い致しますわ」
 友雅は、薬湯を藤姫から受け取ると、あかねの肩を支えながら、手ずから彼女に薬湯を飲ませた。
「うっ、苦〜い、友雅さん」
「良薬は口に苦し、だ。残さず全部飲みなさい」
「はぁい」
 そんな二人の仲睦まじい様子を、微笑みながら眺めていた藤姫が、思い出したように告げた。
「ああ、そうそう。神子様、頼久がお目通りを願っておりますが、通しても宜しいですか。何でもイノリ殿から伝言がある、とかで」
「頼久さんが……?」
 その名を藤姫が口に上せた時、あかねの顔が一瞬強ばったのを、友雅は見逃さなかった。
「……イノリ君からの伝言があるのよね? いいわ、来てもらっても」
「では、頼久を呼んで参りますわね」
 藤姫は、あかねに一礼すると、退室していった。
「……」
 藤姫にそう答えたものの、憂わしげにうつむいてしまったあかねに、友雅はあえて「どうしたのか」と、尋ねることはしなかった。ただ、彼女の肩を自分の方に引き寄せた。
 あかねは、はっとしたように、友雅を見上げたが、その顔にはすぐに安堵したような笑みが広がり、からだの緊張も解けた。預けられた肩から、あかねの信頼が伝わってきた。
(……やはり頼久との間に何かあったとみえる。ふむ、しかし姫君にこんな顔をさせるとは、あまり面白くもない……)
 友雅が、そんな考えを巡らせているところへ、声が掛かった。
「頼久です。神子殿、失礼致します」
「……はい、どうぞ」
 室に入って来た頼久は、あかねのそばに友雅が寄り添っているのを見ると、さりげなく、しかし素早く目を伏せた。
「お二人でおくつろぎのところを、おじゃまとは思いましたが……。不調法をお許し下さい」
 あかねは、すっと息を吸い込み、努めて平静に答えた。
「いえ、いいのよ、頼久さん。イノリくんの伝言って、何かしら?」
 その口調から、いつもの親しみのニュアンスがかなり減じていることを、あかね本人も含めて、その場にいる全員が感じ取っていた。
 頼久は、一瞬顔を上げかけたが、更に感情を押し隠すように、頭を垂れた。
「はい、イノリが言いますには、先刻神子殿が持って行かれた祝いの品のうち、守り袋を赤ん坊の母親が受け取った、と。神子殿の心づくしの品を返すようなことになり、非常に申し訳ながっていたそうです。また、守り袋はいつも赤ん坊の身に着けるようにする、心から礼を言う、とのことでございました」
 頼久の言葉を聞くうち、あかねの顔がぽっと灯がともったように、明るくなった。
「……よかった、あれを受け取ってもらえて」
 揺れ動く気持ちが素直に照り映える、生き生きしたあかねの表情を、いとおしく眺めた友雅だったが、横目でちらりと頼久の様子をうかがって、確信した。
(……どうやら同じなのだな、この男も)
 自分と同様、頼久も、この小さな少女の柔らかで純な心が、どのように動き、またそれがどのような愛らしい言葉、行動となって現れてくるのか、目が離せないのであろう、と。
(気持ちはわかるが、頼久、私とて、ようやく見つけたたった一人の姫君を譲る気など、毛頭ない)
(……また、この姫君は、気丈な反面、情にもろくて、やさしすぎる……。そんなかわいらしい笑みを、他の男に気安く向けてはいけない。まったく、できることなら、今すぐこの世のすべての男の目から隠してしまいたいものだな)
 それからそれへ、様々な思いが、あかねを見つめているうちにわいてくる。これほどまでに、この小さな少女に魅かれているのか、と自分自身に対して、やや自嘲気味の薄い笑みを刻むと、友雅はことさらやさしく、あかねに語りかけた。
「よかったね、あかね殿。君のやさしい気持ちが、通じたのだよ」
 肩をまた抱き寄せ、ついでに頼久に射抜くような牽制の視線を投げかけるのも、忘れなかった。あかねは、そんな友雅の所作にはまったく気づかず、無邪気に答えていた。
「やさしいっていうより、私が勝手につるさんの赤ちゃんに、何かしてあげたかっただけなの。それで、気遣いが足りなくって、かえって迷惑になるようなことをしちゃって……。でも、お守り袋は、私が縫って、前に泰明さんにもらった護符に、赤ちゃんが健康に育つようにっていう思いをいっぱい込めて入れたの」
「神子殿の清らかな祈りを込められたのなら、そのお守りは、きっと赤子を病気や災厄から守ることでしょう」
 友雅の視線を、たじろぐことなく受け止めた頼久は、微笑みながらあかねの言葉を受けて返した。その言葉には、あかねの傷にそっと手を当てるようないたわりがこもっていた。あかねの瞳が、一瞬戸惑いに揺れた。だが、もともと素直な性格の彼女に、自分に向けられたやさしさを拒むことなど、できようはずもなかった。
「……ありがとう、頼久さん」
 頼久の言葉に、それがどれほど男の心を騒がせるか、まるで自覚していない、清らかな笑みをもって、あかねは答えた。
 友雅の心中は、次第に穏やかならぬものになってきた。片手で弄んでいた扇をパチンと閉じると、彼はそれでも表面上はまったく変わらぬ態度で、あかねに微笑みかけた。
「さて、あかね殿も復調したばかりだというのに、長居をしてしまったね。そろそろ食事も来ることだろうし、私は失礼することにしよう。たくさん食べて、よく寝むといい」
 そして、頼久にちらりと視線を当てた。
「……頼久も、用は済んだことだろうから、出ないか。あかね殿を休ませてあげないとね」  
「そうですね。神子殿、ご不調のところ、長々おじゃまして申し訳ありません。どうぞ、ゆっくりお休みください」
 頼久は、深く一礼すると、立ち上がった。その所作は、臣下そのものだった。
 あかねは、そんな頼久を微妙な表情で見守ったが、友雅が去りがてに残した言葉に、頬を朱に染めた。
「明日、また来るよ。君の体調がよければ、出かけよう。見せたいものがあるからね」
「はい、待ってます、友雅さん。頼久さんも、どうもありがとう」
 明るい声に送られて、男二人は退出した。御簾を下ろし、あかねの視線が届かなくなった瞬間から、すでにつばぜり合いは始まっていた。肩を並べて歩くふたりの間の空気は、ぴんと張りつめ、手を触れたら青い火花を散らしそうだった。廊下を進み、あかねの耳に気配が届く気遣いのないところまで来て、口火を切ったのは、友雅だった。
「……頼久、少々尋ねたいことが、あるのだがね」
「何でしょう?」
「私が、あの京の下町で君たちに行き会う前、君と神子殿の間に何かあったのかね?」
「何か、とは? おっしゃる意味が、わかりかねますが」
 友雅は、頼久をきっと睨めつけると、低く激しく問いつめた。
「しらを切るのは、よしたまえ! 私の目は節穴だとでも、思っているのかね。君が部屋に来ると藤姫が言った瞬間から、あかね殿は動揺していた。それに、君に対して取った不自然な態度。私には、あかね殿が君に脅えているように見えたのだがね。……どういうことか、説明してもらおうか」
「……なるほど、少将殿は炯眼でいらっしゃるようですね……」
 頼久は言葉を切り、軽く目を閉じた。そして、再び目を開けた時には、正面から友雅を見据えた。
「神子殿が、ご自分を龍神の神子ではなく、普通の少女として扱ってほしいと、おっしゃいましたので……。そのように致しました。……あの時、はっきりと自覚致しました。私は神子殿をお慕いしております」
「……小細工のできない君らしい率直な答えだね。では、君は私の恋敵になろうというのだね」
「……」
 友雅の追及に対して、しばらく頼久は黙したが、やがて光る目を上げて、押し出すように言葉を紡ぎ出した。
「……そうだとも言えますし、そうでないとも言えます。……あの折り神子殿は、気を失いかけながらも、はっきりと私を拒まれました。ご自分に必要なのは、私ではなく少将殿なのだ、と。そのお気持ちに違うようなことは、私は二度としないつもりです。ですが……少将殿、あなたがもし、神子殿を悲しませたり、お気持ちを裏切るようなことをなさったなら、その時は……」 
「その時は…?」
「……私は少将殿の恋敵になると、そうお考え下さい」
 一途な目だ、と友雅は思った。武士としての生き方を、愚直なまでに貫いてきた頼久にとって、主と従者という一線は絶対に等しく、またとてつもなく高い垣根であったろうことは、想像に難くなかった。
(それができるほど、あかね殿への思いは、強かった……ということか)
 これが他の娘であるならば、彼の生き方そのものに基づくその高い垣根を、恋ゆえに飛び越えた頼久の情熱に驚嘆もし、後押しをしてやりたくも思ったかもしれない。だが、その相手が、自身のかけがえのない乙女であるがために、友雅の心中は何とも複雑であった。
 あかねなればこそ、頼久はここまで……という思いもあれば、またなまじ一徹な男であるだけに、その一途さに脅威を感じもする。その一方で、あかねはまず頼久になびかないであろうという自信もあるし、であるならば、頼久のひたむきな思いが報いられることはまずなかろうとも思う。
 自分自身のあかねに対する執着、あかねの純真さへの慈しみ、そして頼久への好感……様々な思いが入り乱れる中で、友雅の笑みは深いものとなった。
「……なるほどね。隙あらば、ということか。恐らく万に一つもその可能性はないと思うがね。君があかね殿の意思を尊重する気持ちに免じて、覚えておくことにしよう」
「……」
 黙礼する頼久の前から、友雅は悠然と歩み去っていった。友雅の後ろ姿が、廊下の曲がり角の向こうに消えると、頼久は、我知らずため息を漏らした。
(……まったく底の深いお方だ。言われる通り、望みなど一つもないかもしれぬな。だが……)
 頼久は、そっと腕を開いてみた。
(ほんのこれほどの細いからだだったな)
 あかねを抱きすくめた時の感触が、まだ腕に残っている。少し力を込めたら、折れそうなきゃしゃなからだ、その慄え、あらがい……。もう一度、感じることができるかどうかわからないその感触を、頼久は自分の中に封じ込めようとでもするかのように、我と我が身を抱いた。
(……それでも、私は神子殿を見つめ続け、お守りしよう。私のただ一人の心の主を……)
夕闇が深く落ち始め、召使いの往来も間遠な屋敷の奥深く、頼久の心情を読みとる者は、一人としていなかった。                          (続く)

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