管理人の書いた、乙女ゲーの二次創作保管庫です。
カテゴリー
フリーエリア
最新記事
(08/27)
(05/22)
(09/26)
(08/03)
(07/20)
(06/28)
(06/10)
(05/26)
プロフィール
HN:
コマツバラ
性別:
女性
自己紹介:
乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
このブログ内の文章の無断転載は、固くお断り致します。
また、同人サイトさんに限り、リンクフリー、アンリンクフリーです。
このブログ内の文章の無断転載は、固くお断り致します。
また、同人サイトさんに限り、リンクフリー、アンリンクフリーです。
ブログ内検索
最古記事
(09/13)
(09/14)
(09/14)
(09/14)
(09/14)
(09/14)
(09/14)
(09/18)
アクセス解析
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
最後のフレーズを終えようとした時、アズマ王子は、ふとフルートを口から離した。つい先日会ったカホコ姫の言葉が耳に甦ってくる。
『音楽は……音楽は人をしあわせにするわ! その音楽のしあわせを世界に広めることこそ、セイソウの魂。一の姫の名にかけて、その魂を守ってみせる!』
凛と張った涼やかな声。迷いのないまなざし。カホコ姫の気迫に、ちょっと心を動かされたがゆえに、ユノキ国にとって、さして益のない条件を提示してやった。
ほんとうのことをいえば、セイソウのような小国一つ占領することなど、大国ユノキの軍事力をもってすれば、赤子の手を捻るも同然なのだ。ただ、セイソウには広く巷間に知れ渡った伝説があり、それをもって音楽の聖地と仰がれている。世界中に鳴り響くその名声こそ、ユノキ国がカホコ姫とアズマ王子の政略結婚を考えた理由だった。
ユノキ国の影の最高実力者であり、祖母でもある皇太后は、ある日アズマ王子を召し出してこう言ったものだ。
『軍事的にも、経済的にも、今のユノキは、どこの国にも引けは取らない。けれど、世界に冠たる一流国として、認められるためには、もう一つの要素が必要です。それは洗練された文化国家というイメージです。アズマ、わかりますね? そのためにセイソウ国の姫を娶りなさい』
幼い頃から、第三王子として、兄たちを支え、ユノキ国の繁栄、栄光のために生きよと、言われ続けて来たアズマ王子である。自分の結婚にも、国家の思惑が絡むのは、重々承知していた。従って、今回持ち上がった政略結婚に関しても、予想よりは早く来たなという程度の感想しかなかった。
だが、相手がセイソウ国の姫と聞いて、多少の興味が動いた。その楽の音は、聴く者の魂を清めるとまでいわれるヴァイオリンの名手とは、一体どんな姫なのか。またほんとうに噂通りの腕前なのか。ちょっと確かめてやろうという気になったのだ。
実際に会ってみると、カホコ姫は、噂から想像していたような神秘的美少女ではなかったが、きかん気で、自分の信ずるところを迷いなくぶつけてくる、その反応が面白かった。
アズマ王子の唇に、笑みがのぼる。
「さて。あれだけ大見得を切ったあの姫が、どれほどの音楽を聴かせてくれることやら……。まあ、しばらくは楽しめそうだな」
そういえば、この前会った時は、肝心のヴァイオリンの音色を聴けなかったことに、思い当たった。アズマ王子はフルートをそっと傍らの小さな円卓の上に置くと、窓辺に寄って、セイソウ国のある南西の方角を見やった。
「また、ちょっと、からかいに行ってやるか」
そうつぶやくアズマ王子の顔は、めったにないほど、楽しげにやわらいでいた。
さきぶれのトランペットの音が響くと、それに呼び覚まされるように、ヴァイオリンの音が立ち上がり、チェロとピアノが低音部を支える。
異なる音色が絡まり合う中で、カジは自分のヴィオラだけが、わずかに浮いているのを感じていた。やはり音楽の都たるセイソウ国で宮廷楽師を務める他の面々と自分とでは、技量も経験も開きがあるのだと、実感せざるを得ない。
そうした”ついていけていない”感触は、当然他の奏者たちにも、伝わっていた。
「カジ、6小節目はアレグロモデラートだ。もう少しピッチを細かくして、メリハリを付けてほしい。今、ここに姫はいないが、その方が姫の奏でる主旋律も生きるだろう」
ツキモリが言えば、シミズも肯いた。
「そうですね。譜面にある指示は、演奏に反映させるべきだと思います」
「あ……うん。ええと、少し時間をもらってもいいかな。その部分は、装飾音が多くて……正直、音をさらうので、いっぱいいっぱいなんだ。独りで練習して来るから」
「ああ、そうしてくれ。だが、カジ、わかっているだろうが、コンサートまであまり時間がない。足並みを揃えて、アンサンブルの完成度を上げたい」
ツキモリのすげない言葉にツチウラが反応した。
「へえ〜、足並みを揃えて、ね。ご自慢の技巧で独走しているのは、誰だっけな」
ツキモリが、眉根を険しくした。
「情緒過多の独りよがりな演奏よりは、マシだと思うが?」
「なんだと!?」
「二人とも〜、まあ抑えて、抑えて」
険悪な空気をヒハラが取りなす。
「こんなことでもなければ、このメンバーでアンサンブルを組むことなんて、ないんだしさ。楽しくやろうよ。カジ君、ここはいいから、納得いくように練習してきなよ」
「はい、ありがとうございます」
ヒハラの言葉に後押しされるように、カジは部屋を出た。後ろ手でばたんとドアを閉めたところで、思わず深いため息がでた。
(……このセイソウ国で、宮廷楽師として認められた彼らと僕では、違いすぎる……。姫のためには、僕はアンサンブルに参加しない方がいいんじゃないだろうか)
コンサートが成功を収めなければ、カホコ姫は、望まぬ政略結婚をさせられる。……そんな非情な運命に姫を追いやることは耐え難い。というより、身分が違い過ぎるため、カジはおくびにも出さなかったが、本音を言えば、姫を誰であれ、他の男になど渡したくはない。
姫を守るための最大の手段は、コンサートを成功させること。だが、自分には、そのためのアンサンブルを支えるだけの力がない。
(叶うことのない身の程知らずな恋でも……せめて姫を助けるだけの力があればいいのに)
そんな考えをとつおいつしながら歩くうち、カジはいつしか宮殿の庭園へと続く回廊に来ていた。と、その時。
「私は、約束は守るわ!」
(今のは……姫の声!)
カジが聞き間違えるはずのないカホコ姫の声は、庭園の小径の先から聞こえてくるようだった。誰かと話しているようだが、先ほどカジの耳にまで届いたその声の調子からすると、かなり興奮し、きりきりと張りつめているようだった。
(誰と話してるんだ?)
もしや、何かカホコ姫にとって、好ましからぬ事態に陥っているのではないか。そう思うと矢も盾もたまらず、カジは小径を駆けた。道は瀟洒なあずまやへと続き……。そのあずまやに、確かにカホコ姫はいた。そして、丸屋根を支える柱を背にしたカホコ姫を、両腕で囲い込むようにしているのは……。
(あれは……ユノキの王子……!)
今日ユノキの王子が突然セイソウ国を訪れ、その接待のために、カホコ姫はアンサンブル練習に加われないのだと聞いてはいた。だが、こんなところでこんな場面に出くわすとは、思ってもみなかった。一瞬驚いたものの、カホコ姫が追いつめられている現場を目の当たりにして、黙っているカジではない。
「その手をどけてください!」
たたきつけるように声を掛けると、カホコ姫とアズマ王子は、驚いたように、同時にこちらを見た。
「カジ!」
カホコ姫は、アズマ王子がカジに気を取られたすきをついて、じゃまな手を振り払い、カジの元へ駆けて来た。その目に涙が浮かんでいるのを見て、カジは腹の底から怒りを覚えた。姫を背中にかばうようにすると、きっとアズマ王子を睨みつけた。
「……他国の姫に、その宮殿で、このような無礼な振る舞いをするのが、ユノキのやり方ですか。良識を疑います!」
カジの抗議に対して、アズマ王子は薄い笑みを浮かべただけだった。
「そのヴィオラ……楽師か。俺は、その姫との間に交わした、ユノキとセイソウの外交上の取り決めを確認していたところだよ。楽師風情が出る幕じゃない。下がっていろ」
すると、カジの後ろからカホコ姫がずいと一歩踏み出し、言い放った。
「いいえ、カジにだって関係あるわ! だって、今度のコンサートのアンサンブルメンバーなのですもの」
「なるほど。じゃあ、この男はこの国最高の楽師の一人というわけだ。ちょうどいい。この妖精に愛でられし姫は、もったいぶって音色を聴かせてくれないからね。主君の姫に代わって、音楽の聖地セイソウの楽師の実力を見せてもらおうか」
「初見の、それもオーケストラ用の楽譜をいきなり持って来られて、弾けるわけないでしょう! カジ、弾くことなんてないわ! アズマ王子、私たちは、コンサートでちゃんとした演奏を聴かせてみせる。だから、音楽で人を試すようなことは、やめて!」
「勘違いをしてもらっては困るな。軍事力も資源もないセイソウが、国際社会で面目を保っているのは、その音楽のおかげだろう。言っておくが、今、ここで俺を納得させなければ、コンサートなんて開いても、恥をかくだけだぜ。もっともその楽師の演奏があまりにお粗末だったら、コンサートの話自体、白紙撤回だけどな」
「そんな……!」
「ユノキが縁組みしたいのは、あくまで音楽の聖地であるセイソウの姫だからな。それが有名無実だとしたら、肩入れする意味なんてない。となると、名声だけが取り柄のこのちっぽけな国は、どうなるだろうね?」
「……」
次々と吐かれるアズマ王子の酷な言葉に、カホコ姫の目から涙があふれ出した。その涙を見た時、カジは腹をくくった。
「……もう、やめて下さい。今、ここで、僕が……セイソウ国の音楽レベルを証明してみせます」
「カジ……」
カホコ姫がカジの腕をに手を添え、すがるような目で見上げた。その姫を、安心させるように、笑いかけた。
「大丈夫ですよ、姫さま。あなたの誇りを……お守りします」
「なかなかうるわしい忠誠心だ。それに免じて、好きな曲を弾かせてやるよ。さあ、始めるがいい」
「はい」
弓を構えるカジに、もう迷いはなかった。
「カジ、頑張って!」
カホコ姫の祈るような視線を一瞬受け止めて微笑み返した後、カジはヴィオラに集中した。選んだ曲は、セイソウ国の国歌だった。
この曲には、セイソウ国の伝説を盛り込んだ詩が添えられている。カジはその詩を、物語を、音で語らせ始めた。
『人々の心があまりに荒廃したために、魔法の力を失った妖精が、旅の楽師と出会い、救われる。楽師の純真な音楽への愛情によって、力を取り戻した妖精は、彼とともに、音楽のもたらすしあわせと平和を人々に伝える聖地となるべき町を築く。その町こそが、セイソウの礎であり、妖精はこの地と、王になった楽師に、感謝とともに、永久なる音楽の祝福を与えた……』
(姫……あなたはその祝福を受けた音楽の申し子。僕の……僕の女神。あなたを守れるなら、僕はこの命を失ったって、かまわない……!)
カジのそんな思いが、魂が、奏でる音に宿った。明るく清澄な旋律に気迫が加わり、聴いているカホコ姫とアズマ王子を圧倒した。
(カジ……!)
音に魅せられて、身動きもできないまま、カホコ姫は震える心のままに、滂沱と涙を流した。
(素晴らしいわ……!)
カジの情熱をひそめた豊かな調べが、音楽のもたらす喜び、しあわせを高らかに歌い上げる。自分の持てるすべてを、カジはヴィオラに注ぎ込んだ。
たっぷり余韻を残して演奏を終えた時には、全力疾走をしたかのようにその息は上がり、あまりに集中した反動で、軽い虚脱状態に陥っていた。そのカジの耳に届いたのは、カホコ姫がうち鳴らす拍手だった。
「ブラーヴォ! ブラーヴォ! こんな素晴らしい国歌演奏を聴いたのは初めてだわ。ありがとう、カジ!」
ずっと黙って聴いていたアズマ王子も、口を開いた。
「そうだね。本来の曲想よりは、少々感情が前に出過ぎてたけれど……」
口元に、優雅な、そして満足げな笑みが浮かんだ。
「悪くない演奏だったよ。コンサート本番を楽しみにすることにしよう」
「……」
カジは、黙ってアズマ王子に一礼した。伏せたその瞳の中に、見てろよ! という気持ちを隠して。
「なかなか面白いものを見せてもらったし、今日はこの辺で失礼するかな。カホコ姫、またお会いできる機会を楽しみにしております」
言いながらアズマ王子は、カホコ姫の手を取り、優雅に一礼すると、二人を残して、小径の向こうへと消えていった。
「よかった! あなたの演奏がアズマ王子を納得させたのよ。それに、私、聴いていて、ほんとうに胸が熱くなったわ! あなたが今くれた音楽のしあわせを……私、ずっと忘れないわ!」
瞳をきらきら輝かせながら言うカホコ姫を見て、カジはやっと心の底から安堵した。今、この局面で、どうにか姫を守ることができたのだ、と。
「本番のコンサートでは、私もきっとアズマ王子を、そして各国の要人を納得させるような演奏をするわ。カジ、力を貸してね!」
「はい、姫さま……」
「じゃあ、戻りましょう! 今日はずっとあの陰険王子に付き合わされて、練習できなかったから、私、もう、うずうずしているの」
カホコ姫は、カジの腕に自分のそれを絡めた。
「姫……、いけません!」
「え? 何が?」
カジは頬を赤く染めながら、カホコ姫の腕をそっとふりほどこうとした。
「その……私のような者に、そのようなことをなさっては」
「カジ……」
カジのその表情としぐさで、カホコ姫は初めて自分の行動が、カジの羞恥を誘っていることに気づいた。そう意識すると、カホコ姫自身も、急に恥ずかしくなって来た。
「あ……ごめんなさい。はしたないことをして」
「いえ……」
「と、とにかく、戻りましょう! あなたがどんな風にアズマ王子を黙らせたのか、みんなにも話さなくっちゃ!」
「姫、それは、ちょっと……!」
「いいじゃない。みんなだって、きっと聞きたいと思うわ。それに……」
カホコ姫は、カジの瞳を見つめて、にっこりと微笑んだ。
「私、あなたがセイソウの誇りを守ってくれて、本当に嬉しかった。ありがとう」
「姫……」
カジの胸はとどろいた。その胸の高鳴りを、カホコ姫に気づかせないために、やっとのことで言葉を押し出した。
「先に……先に、戻っていて下さい。僕は、ここで少し調弦してから行きます」
「そう? わかったわ。じゃあ、後で練習室に来てね」
カホコ姫は、カジに向かって手を振ると、子鹿のように駆けて行った。その後ろ姿が消えるのを見届けると、カジはあずまやの柱に身をもたせかけた。
「姫……姫……、お慕いしています」
いつも押さえ込んでいる熱い思いが、涙と一緒にふきこぼれた。そうして、しばらく無言のまま涙を流していたカジだったが、やがてその目に狂おしいまでの光が宿り始めた。己の中に渦巻くやるせなさ、自己嫌悪、自身への怒りに拳を固く握りしめられていく。
「妖精よ、もしここにいるなら、僕に力をくれ! あの人を守りきれるだけの力を! お願いだ……お願い……!」
血を吐くようなその叫びに応える者はなく。地に身を投げ出して泣き続けるカジの上を、ただ風だけが吹き過ぎていくのだった。
(第三話へ つづく)
これを書いている途中で、「LaLa」4月号が発売され、
開けてビックリ!
公式でああいうネタが出るとは、思いもよりませんでした。
おかげで、アズマ王子のヴィジュアル・イメージはばっちり補完されました(笑)
それにしても、黒いばかりのアズマ王子^^;
(実は結構気に入っていたりしますが・爆)
次回で完結できるかどうかはわかりませんが、カジのことを
応援してやりたいと思っております、はい。
『音楽は……音楽は人をしあわせにするわ! その音楽のしあわせを世界に広めることこそ、セイソウの魂。一の姫の名にかけて、その魂を守ってみせる!』
凛と張った涼やかな声。迷いのないまなざし。カホコ姫の気迫に、ちょっと心を動かされたがゆえに、ユノキ国にとって、さして益のない条件を提示してやった。
ほんとうのことをいえば、セイソウのような小国一つ占領することなど、大国ユノキの軍事力をもってすれば、赤子の手を捻るも同然なのだ。ただ、セイソウには広く巷間に知れ渡った伝説があり、それをもって音楽の聖地と仰がれている。世界中に鳴り響くその名声こそ、ユノキ国がカホコ姫とアズマ王子の政略結婚を考えた理由だった。
ユノキ国の影の最高実力者であり、祖母でもある皇太后は、ある日アズマ王子を召し出してこう言ったものだ。
『軍事的にも、経済的にも、今のユノキは、どこの国にも引けは取らない。けれど、世界に冠たる一流国として、認められるためには、もう一つの要素が必要です。それは洗練された文化国家というイメージです。アズマ、わかりますね? そのためにセイソウ国の姫を娶りなさい』
幼い頃から、第三王子として、兄たちを支え、ユノキ国の繁栄、栄光のために生きよと、言われ続けて来たアズマ王子である。自分の結婚にも、国家の思惑が絡むのは、重々承知していた。従って、今回持ち上がった政略結婚に関しても、予想よりは早く来たなという程度の感想しかなかった。
だが、相手がセイソウ国の姫と聞いて、多少の興味が動いた。その楽の音は、聴く者の魂を清めるとまでいわれるヴァイオリンの名手とは、一体どんな姫なのか。またほんとうに噂通りの腕前なのか。ちょっと確かめてやろうという気になったのだ。
実際に会ってみると、カホコ姫は、噂から想像していたような神秘的美少女ではなかったが、きかん気で、自分の信ずるところを迷いなくぶつけてくる、その反応が面白かった。
アズマ王子の唇に、笑みがのぼる。
「さて。あれだけ大見得を切ったあの姫が、どれほどの音楽を聴かせてくれることやら……。まあ、しばらくは楽しめそうだな」
そういえば、この前会った時は、肝心のヴァイオリンの音色を聴けなかったことに、思い当たった。アズマ王子はフルートをそっと傍らの小さな円卓の上に置くと、窓辺に寄って、セイソウ国のある南西の方角を見やった。
「また、ちょっと、からかいに行ってやるか」
そうつぶやくアズマ王子の顔は、めったにないほど、楽しげにやわらいでいた。
さきぶれのトランペットの音が響くと、それに呼び覚まされるように、ヴァイオリンの音が立ち上がり、チェロとピアノが低音部を支える。
異なる音色が絡まり合う中で、カジは自分のヴィオラだけが、わずかに浮いているのを感じていた。やはり音楽の都たるセイソウ国で宮廷楽師を務める他の面々と自分とでは、技量も経験も開きがあるのだと、実感せざるを得ない。
そうした”ついていけていない”感触は、当然他の奏者たちにも、伝わっていた。
「カジ、6小節目はアレグロモデラートだ。もう少しピッチを細かくして、メリハリを付けてほしい。今、ここに姫はいないが、その方が姫の奏でる主旋律も生きるだろう」
ツキモリが言えば、シミズも肯いた。
「そうですね。譜面にある指示は、演奏に反映させるべきだと思います」
「あ……うん。ええと、少し時間をもらってもいいかな。その部分は、装飾音が多くて……正直、音をさらうので、いっぱいいっぱいなんだ。独りで練習して来るから」
「ああ、そうしてくれ。だが、カジ、わかっているだろうが、コンサートまであまり時間がない。足並みを揃えて、アンサンブルの完成度を上げたい」
ツキモリのすげない言葉にツチウラが反応した。
「へえ〜、足並みを揃えて、ね。ご自慢の技巧で独走しているのは、誰だっけな」
ツキモリが、眉根を険しくした。
「情緒過多の独りよがりな演奏よりは、マシだと思うが?」
「なんだと!?」
「二人とも〜、まあ抑えて、抑えて」
険悪な空気をヒハラが取りなす。
「こんなことでもなければ、このメンバーでアンサンブルを組むことなんて、ないんだしさ。楽しくやろうよ。カジ君、ここはいいから、納得いくように練習してきなよ」
「はい、ありがとうございます」
ヒハラの言葉に後押しされるように、カジは部屋を出た。後ろ手でばたんとドアを閉めたところで、思わず深いため息がでた。
(……このセイソウ国で、宮廷楽師として認められた彼らと僕では、違いすぎる……。姫のためには、僕はアンサンブルに参加しない方がいいんじゃないだろうか)
コンサートが成功を収めなければ、カホコ姫は、望まぬ政略結婚をさせられる。……そんな非情な運命に姫を追いやることは耐え難い。というより、身分が違い過ぎるため、カジはおくびにも出さなかったが、本音を言えば、姫を誰であれ、他の男になど渡したくはない。
姫を守るための最大の手段は、コンサートを成功させること。だが、自分には、そのためのアンサンブルを支えるだけの力がない。
(叶うことのない身の程知らずな恋でも……せめて姫を助けるだけの力があればいいのに)
そんな考えをとつおいつしながら歩くうち、カジはいつしか宮殿の庭園へと続く回廊に来ていた。と、その時。
「私は、約束は守るわ!」
(今のは……姫の声!)
カジが聞き間違えるはずのないカホコ姫の声は、庭園の小径の先から聞こえてくるようだった。誰かと話しているようだが、先ほどカジの耳にまで届いたその声の調子からすると、かなり興奮し、きりきりと張りつめているようだった。
(誰と話してるんだ?)
もしや、何かカホコ姫にとって、好ましからぬ事態に陥っているのではないか。そう思うと矢も盾もたまらず、カジは小径を駆けた。道は瀟洒なあずまやへと続き……。そのあずまやに、確かにカホコ姫はいた。そして、丸屋根を支える柱を背にしたカホコ姫を、両腕で囲い込むようにしているのは……。
(あれは……ユノキの王子……!)
今日ユノキの王子が突然セイソウ国を訪れ、その接待のために、カホコ姫はアンサンブル練習に加われないのだと聞いてはいた。だが、こんなところでこんな場面に出くわすとは、思ってもみなかった。一瞬驚いたものの、カホコ姫が追いつめられている現場を目の当たりにして、黙っているカジではない。
「その手をどけてください!」
たたきつけるように声を掛けると、カホコ姫とアズマ王子は、驚いたように、同時にこちらを見た。
「カジ!」
カホコ姫は、アズマ王子がカジに気を取られたすきをついて、じゃまな手を振り払い、カジの元へ駆けて来た。その目に涙が浮かんでいるのを見て、カジは腹の底から怒りを覚えた。姫を背中にかばうようにすると、きっとアズマ王子を睨みつけた。
「……他国の姫に、その宮殿で、このような無礼な振る舞いをするのが、ユノキのやり方ですか。良識を疑います!」
カジの抗議に対して、アズマ王子は薄い笑みを浮かべただけだった。
「そのヴィオラ……楽師か。俺は、その姫との間に交わした、ユノキとセイソウの外交上の取り決めを確認していたところだよ。楽師風情が出る幕じゃない。下がっていろ」
すると、カジの後ろからカホコ姫がずいと一歩踏み出し、言い放った。
「いいえ、カジにだって関係あるわ! だって、今度のコンサートのアンサンブルメンバーなのですもの」
「なるほど。じゃあ、この男はこの国最高の楽師の一人というわけだ。ちょうどいい。この妖精に愛でられし姫は、もったいぶって音色を聴かせてくれないからね。主君の姫に代わって、音楽の聖地セイソウの楽師の実力を見せてもらおうか」
「初見の、それもオーケストラ用の楽譜をいきなり持って来られて、弾けるわけないでしょう! カジ、弾くことなんてないわ! アズマ王子、私たちは、コンサートでちゃんとした演奏を聴かせてみせる。だから、音楽で人を試すようなことは、やめて!」
「勘違いをしてもらっては困るな。軍事力も資源もないセイソウが、国際社会で面目を保っているのは、その音楽のおかげだろう。言っておくが、今、ここで俺を納得させなければ、コンサートなんて開いても、恥をかくだけだぜ。もっともその楽師の演奏があまりにお粗末だったら、コンサートの話自体、白紙撤回だけどな」
「そんな……!」
「ユノキが縁組みしたいのは、あくまで音楽の聖地であるセイソウの姫だからな。それが有名無実だとしたら、肩入れする意味なんてない。となると、名声だけが取り柄のこのちっぽけな国は、どうなるだろうね?」
「……」
次々と吐かれるアズマ王子の酷な言葉に、カホコ姫の目から涙があふれ出した。その涙を見た時、カジは腹をくくった。
「……もう、やめて下さい。今、ここで、僕が……セイソウ国の音楽レベルを証明してみせます」
「カジ……」
カホコ姫がカジの腕をに手を添え、すがるような目で見上げた。その姫を、安心させるように、笑いかけた。
「大丈夫ですよ、姫さま。あなたの誇りを……お守りします」
「なかなかうるわしい忠誠心だ。それに免じて、好きな曲を弾かせてやるよ。さあ、始めるがいい」
「はい」
弓を構えるカジに、もう迷いはなかった。
「カジ、頑張って!」
カホコ姫の祈るような視線を一瞬受け止めて微笑み返した後、カジはヴィオラに集中した。選んだ曲は、セイソウ国の国歌だった。
この曲には、セイソウ国の伝説を盛り込んだ詩が添えられている。カジはその詩を、物語を、音で語らせ始めた。
『人々の心があまりに荒廃したために、魔法の力を失った妖精が、旅の楽師と出会い、救われる。楽師の純真な音楽への愛情によって、力を取り戻した妖精は、彼とともに、音楽のもたらすしあわせと平和を人々に伝える聖地となるべき町を築く。その町こそが、セイソウの礎であり、妖精はこの地と、王になった楽師に、感謝とともに、永久なる音楽の祝福を与えた……』
(姫……あなたはその祝福を受けた音楽の申し子。僕の……僕の女神。あなたを守れるなら、僕はこの命を失ったって、かまわない……!)
カジのそんな思いが、魂が、奏でる音に宿った。明るく清澄な旋律に気迫が加わり、聴いているカホコ姫とアズマ王子を圧倒した。
(カジ……!)
音に魅せられて、身動きもできないまま、カホコ姫は震える心のままに、滂沱と涙を流した。
(素晴らしいわ……!)
カジの情熱をひそめた豊かな調べが、音楽のもたらす喜び、しあわせを高らかに歌い上げる。自分の持てるすべてを、カジはヴィオラに注ぎ込んだ。
たっぷり余韻を残して演奏を終えた時には、全力疾走をしたかのようにその息は上がり、あまりに集中した反動で、軽い虚脱状態に陥っていた。そのカジの耳に届いたのは、カホコ姫がうち鳴らす拍手だった。
「ブラーヴォ! ブラーヴォ! こんな素晴らしい国歌演奏を聴いたのは初めてだわ。ありがとう、カジ!」
ずっと黙って聴いていたアズマ王子も、口を開いた。
「そうだね。本来の曲想よりは、少々感情が前に出過ぎてたけれど……」
口元に、優雅な、そして満足げな笑みが浮かんだ。
「悪くない演奏だったよ。コンサート本番を楽しみにすることにしよう」
「……」
カジは、黙ってアズマ王子に一礼した。伏せたその瞳の中に、見てろよ! という気持ちを隠して。
「なかなか面白いものを見せてもらったし、今日はこの辺で失礼するかな。カホコ姫、またお会いできる機会を楽しみにしております」
言いながらアズマ王子は、カホコ姫の手を取り、優雅に一礼すると、二人を残して、小径の向こうへと消えていった。
「よかった! あなたの演奏がアズマ王子を納得させたのよ。それに、私、聴いていて、ほんとうに胸が熱くなったわ! あなたが今くれた音楽のしあわせを……私、ずっと忘れないわ!」
瞳をきらきら輝かせながら言うカホコ姫を見て、カジはやっと心の底から安堵した。今、この局面で、どうにか姫を守ることができたのだ、と。
「本番のコンサートでは、私もきっとアズマ王子を、そして各国の要人を納得させるような演奏をするわ。カジ、力を貸してね!」
「はい、姫さま……」
「じゃあ、戻りましょう! 今日はずっとあの陰険王子に付き合わされて、練習できなかったから、私、もう、うずうずしているの」
カホコ姫は、カジの腕に自分のそれを絡めた。
「姫……、いけません!」
「え? 何が?」
カジは頬を赤く染めながら、カホコ姫の腕をそっとふりほどこうとした。
「その……私のような者に、そのようなことをなさっては」
「カジ……」
カジのその表情としぐさで、カホコ姫は初めて自分の行動が、カジの羞恥を誘っていることに気づいた。そう意識すると、カホコ姫自身も、急に恥ずかしくなって来た。
「あ……ごめんなさい。はしたないことをして」
「いえ……」
「と、とにかく、戻りましょう! あなたがどんな風にアズマ王子を黙らせたのか、みんなにも話さなくっちゃ!」
「姫、それは、ちょっと……!」
「いいじゃない。みんなだって、きっと聞きたいと思うわ。それに……」
カホコ姫は、カジの瞳を見つめて、にっこりと微笑んだ。
「私、あなたがセイソウの誇りを守ってくれて、本当に嬉しかった。ありがとう」
「姫……」
カジの胸はとどろいた。その胸の高鳴りを、カホコ姫に気づかせないために、やっとのことで言葉を押し出した。
「先に……先に、戻っていて下さい。僕は、ここで少し調弦してから行きます」
「そう? わかったわ。じゃあ、後で練習室に来てね」
カホコ姫は、カジに向かって手を振ると、子鹿のように駆けて行った。その後ろ姿が消えるのを見届けると、カジはあずまやの柱に身をもたせかけた。
「姫……姫……、お慕いしています」
いつも押さえ込んでいる熱い思いが、涙と一緒にふきこぼれた。そうして、しばらく無言のまま涙を流していたカジだったが、やがてその目に狂おしいまでの光が宿り始めた。己の中に渦巻くやるせなさ、自己嫌悪、自身への怒りに拳を固く握りしめられていく。
「妖精よ、もしここにいるなら、僕に力をくれ! あの人を守りきれるだけの力を! お願いだ……お願い……!」
血を吐くようなその叫びに応える者はなく。地に身を投げ出して泣き続けるカジの上を、ただ風だけが吹き過ぎていくのだった。
(第三話へ つづく)
これを書いている途中で、「LaLa」4月号が発売され、
開けてビックリ!
公式でああいうネタが出るとは、思いもよりませんでした。
おかげで、アズマ王子のヴィジュアル・イメージはばっちり補完されました(笑)
それにしても、黒いばかりのアズマ王子^^;
(実は結構気に入っていたりしますが・爆)
次回で完結できるかどうかはわかりませんが、カジのことを
応援してやりたいと思っております、はい。
PR
この記事にコメントする