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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
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何とか完結にこぎ着けました。

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「この頃、カジ君、いい感じじゃない?」
 ヒハラが、それが特徴の、屈託のない笑顔で言った。宮殿奥の楽器準備室。コンサートを間近に控え、ヒハラ、ツキモリ、ツチウラ、シミズが、調弦や楽器の手入れにいそしんでいる。
「こう、何て言うか、聴いてて、ここの辺りがきゅうんとなる感じ。姫のヴァイオリンにも、ぴったり合ってるしさ」
 胸に手を当てて、ヒハラが言うと、シミズ、ツチウラもこもごも同意した。
「そうですね。よく弾き込んで、音も正確になったと思います」
「もともとかなり弾けるヤツだからな。そうだな、それに前よりずっと情感豊かな音になった気がする。どうだ、ツキモリ? 最近のカジの演奏には、さすがのおまえも、文句のつけようがないんじゃないか」
 ツチウラのやや挑発するような問いかけに、ツキモリは眉一つ動かさず答えた。
「ああ、異論はない。……ただ」
「ただ?」
「カジの上達は、カホコ姫に対する特別な感情のためだろう」
 ツチウラが眉を上げた。
「いいじゃねえか、それでも。あいつの音からは、姫のためにっていう気持ちが、びんびん伝わって来るぜ?」
「悪いとは言っていない。ただ、彼が音楽をやるモチベーションの多くが、姫に起因するものならば、どこまでそれでやっていけるのか、ということだ」
「あ〜、わかりにくいが、つまりカジのことを心配してるっていうことか?」
「今回はともかく、この先、姫に縁談が持ち上がることはいくらだってあるだろう。……そうして、彼の恋が破れてしまった時、彼の音楽……というより、彼自身がどうなるのか、危ういような気がする」
「……」
 ツチウラは、しばらく頭を掻いて、ツキモリの言葉を吟味した。そして口角をにっとつり上げた。
「……それさえも、あいつにとっちゃ、本望じゃねえか? 俺に言わせりゃ、女でも何でも、そこまで自分を賭けられる人生ってのも、悪くないと思うぜ」
「!? 本気で言ってるのか?」
「おまえにとって、音楽が自分のすべてを賭けて惜しくないものであるように、カジにとっちゃ姫がそうなんだよ」
 二人のやりとりを見守っていたヒハラが、口を挟んだ。
「あ〜、男のロマンって感じ? カジ君、かっこいいなあ〜。でも、できたらうまくいくように、応援してあげたいよね」
「応援……?」
 いぶかしげなツキモリに、ヒハラがあたたかみのある笑顔を向けた。
「少なくとも、今度のコンサートを成功させれば、姫はユノキの王子と結婚しなくていいわけじゃん? 後がどうなるかは、姫の気持ちもあるから、わかんないけどさ。俺は、二人とも好きだから、うまくいったらいいなって思う。それじゃ、ダメ?」
「ダメとは言いませんが……」
 そんな単純なものでもないだろうという言葉を、ツキモリは飲み込んだ。すると、黙々と楽器の手入れをしていたシミズが、ふっと顔を上げて言った。
「……恋をしたら、カジさんみたいに、音の深みが増すんでしょうか? それって、何なんでしょうか……?」
 その言葉に、ツチウラが苦笑した。
「まあ、色恋に関しちゃ、俺もよくわからんが。あいつの一途な気持ちが姫に通じればいいとは思うぜ。どんな立場や身分であれ、人を好きになるのは自由だからな」
「……そういうものなのか?」
「ああ、そういうもんだ、きっとな」
「……」
 黙って考え込む風のツキモリに、ツチウラがにやっと笑ってみせた。
「それにしても、おまえがカジのことを、そんな風に気に掛けるとは、思わなかったぜ」
「いや、そういうわけでは……」
「カジ君が頑張ってるから、ツキモリ君も応援してあげたいんだよね。よおし、みんな、カジ君のためにも、コンサートを成功させよう、えいえいおー!」
 戸惑い気味の反論を、ヒハラが勢いで押し流してしまった。釣られてつい拳を突き上げながら、ツキモリは思った。
(技術や音楽性で、劣るとは思わない。……ただ、俺にはカジのような音楽への取り組み方はできないし、あのような音色を生み出すことはもできないだろう……)
 カジ本人の知らないところで、小さな変化が起き始めていた。


 ショウコ姫の素直な髪を、カホコ姫の手が、そっとくしけずっていく。
「さあ、これでいいわ」
「ありがとう、お姉さま」
 鏡の中では、花のような二人の姫が、微笑み合っていた。
「コンサートの時は、どんな風にする? お花で髪を飾るのもいいかもしれないわね」
「私に、似合うでしょうか……」
「ええ、きっと似合ってよ。カジに頼めば、きっとすてきなのを作ってくれるわ。私もコサージュを作ってもらうし」
「そうなんですか」
 姉の言葉に、ショウコ姫は小さな笑いをこぼした。
「なあに? 私、何か変なことを言った?」
「いいえ。ただ、お姉さま、カジの話をする時、嬉しそうだなあって」
「そ、そお? そんなことないわよ。ああ、ええと、身支度も済んだし、練習室に行かない? きっと、もうみんな待っているわ」
 頬を染め、慌てて話題を変えるカホコ姫を、ショウコ姫は温かく見つめた。
(お好きなんですね、カジのこと……)
「行くわよ、ショウコ!」
「はい、お姉さま」
 ぱたぱたと部屋を出て行こうとするカホコ姫の後に続きながら、ショウコ姫は思った。
(お姉さまのために……コンサート、必ず成功させよう)
 小さな胸の中、決意を固めるショウコ姫なのだった。

 そして。関わる者すべてが、それぞれの思いを抱きながら目指した、その日が来た。
 まだ日も明けやらぬうちにカジは起き出し、庭園へと向かった。姫との約束のために。はたして、薄青い朝靄のただよう庭園の奥に、カジは認めた。淡いピンクのアーモンドの花が、ほのぼのと咲き誇っているのを。
 カジは木の傍へ寄り、姫の胸元を飾るにふさわしい、新鮮な枝を探した。かねてから考えていたように、その枝をメインに、他の春の花もあしらい、思いを込めて、コサージュを作り上げた。
「姫……」
 出来上がった花束に、姫の面影を重ね、そっと唇を当てた。
「どうか……どうか、あなたを守れますように……!」
 カジは祈った。見えない何かに。自分の中に眠っているかもしれない力に。そして、何よりも彼の心のしるべであるカホコ姫に。
 ……ふと、どこかで玲瓏な澄んだ調べが響いた気がした。次の瞬間、すうっとカジの胸から焦りと不安が消えた。明確な根拠があるわけではない。しかし”きっと大丈夫だ”という確信が、足下から湧きあがって来た。
 そのままカジは、迷いない足取りで歩き始めた。その全力をぶつけるべき舞台へと。胸に抱いた、まだ露をとどめたコサージュが、 朝の光にきらきらと輝いていた……。


 コンサート会場となった国立歌劇場に、次第に人が入り始めていた。アズマ王子の肝いりで開催されることになったこのコンサートには、各国の王族の他、貴族、芸術家などが招かれ、一大国家行事の様相を呈していた。
 王宮でのレセプションを終えた招待客たちが、三々五々劇場へ集まりつつあったが、アズマ王子をはじめとする王族たちは、警護の都合上、まとまって移動することになっていた。
 500人を収容できる劇場の座席が、あらかた埋まった頃、いよいよ王族たちもロイヤルボックスに姿を見せた。この行事の主催者たるキラ王とアズマ王子の席は、同じボックスにしつらえられていた。これから始まるコンサートへの期待にざわめく劇場内を見渡しながら、アズマ王子は言った。
「いつ見ても、素晴らしい劇場ですね。さすが音楽の聖地セイソウ国の伝統を感じさせる……」
 キラ王は、口元に笑みを貼り付けて、答えた。
「お褒めにあずかり、光栄ですよ。この劇場で、このような国際的な催しを行えるとは、この劇場、いやセイソウ国にとって、またとない名誉。輝かしい歴史の一コマとなることでしょう」
 アズマ王子は、キラ王のその笑わない目元をちらと眺め、洗練されて隙のない態度で応じた。
「いえいえ、各国要人が”音楽”を楽しむために集う……かつてない文化的な催しを実現できたのも、セイソウ国の名声があったればこそですよ。若輩者の私の提案に快くご賛同を頂き、舞台を提供して頂いて、感謝に堪えません」
 優雅な微笑みを浮かべてみせながら、アズマ王子の頭は忙しく働いていた。
(そう、キラ王、あなたをはじめ、各国要人がこの催しをバックアップしたユノキの意図を量りかねている。ユノキの文化国家ぶりをアピールするってのは、皇太后にとっては、結構重きをなしているんだけどね。それ以上に、何か裏があるんじゃないかと、各国ともに考えることは想定できるし、実際、その裏の意図を探るために、いろいろ水面下で動き出している。その動きをつぶさに見れば、ユノキがどう見られているかや、どの国とどの国が協同体勢を取ったり、反目しあったりしているか、一目瞭然だ。それだけでも、ユノキにとって結構有用な情報になるのだけれど……)
 口角が、形だけでなく、くっきりと上がった。
(実は、俺が楽しみたい。ただ、それだけなんだけどね)
 アズマ王子は、まだ幕が下りたままの舞台を見やった。あの舞台で、これからカホコ姫が、妖精に愛でられしその才能で、こん身の演奏を披露することだろう。
(ここまでお膳立てしたんだ。見せてくれるよね、セイソウの魂ってヤツを……)
 心に浮かぶカホコ姫の気丈な面影に向かってアズマ王子は語りかけた。その口辺には、実に楽しげな笑みが浮かんでいた。

 
 その頃、楽屋では、コンサートに出演するアンサンブル・メンバーが、円陣を組んでいた。カホコ姫の胸にはアーモンドの花のコサージュ、ショウコ姫の髪には淡い紫のスミレが飾られていた。カホコ姫が口火を切った。
「とうとう、その時が来たわ。今日、最高の演奏をするために、みんながこの一月の間、どれほど努力をしてくれたか、私は知ってる……。その努力と、みんなが込めた思いが、きっと聴衆の心を動かすと、信じています。さあ、行きましょう、セイソウのために!」
「セイソウのために!」
 声高らかに唱和した後、一同は舞台袖へと移動した。カホコ姫は、そっとカジの傍らへ寄り添うと、その腕に触れた。
「姫?」
「ありがとう、カジ。約束を守ってくれて」
 胸のコサージュに手を当ててみせた。
「……この花は、きっと私に勇気をくれるわ」
「姫……」
 微笑みを閃かせると、カホコ姫は背筋を伸ばして、まっすぐに自分の持ち場へと移動していった。アンサンブルは、3〜6人編成で、計5曲を演奏することになっていた。カジは4曲目と、最後の全員による演奏に参加することになっていた。
 カジは、カホコ姫のほっそりした姿が、泳ぐように舞台中央の、所定の位置につくのを見守っていた。唇を引き結び、緊張した面もちの姫の、コサージュを飾った胸元が、繰り返される深呼吸のために、上下するのが見て取れた。
(姫……!)
 自分の出番ではないために、すぐ傍で姫を支えられないもどかしく、やるせない。だが、とうとう開演のベルが鳴った。
 幕の前に司会が出て、このコンサートが開かれるにあたっての経緯など、口上を述べる。その間、姫の動悸が早鐘のように打っているのが聞こえるような気がした。
(姫……!)
 祈るような思いで見つめるうちに幕が開き、満場の聴衆の拍手に迎えられて、コンサートが始まった。幕が開く直前に、一瞬天を仰いだカホコ姫の目が、ためらいなくまっすぐに前に据えられた。そして、カホコ姫の弓が、最初の一音を響かせたその瞬間、目に見えぬ何かが、舞台に舞いおりた。
(……これが、妖精の祝福?)
 その何かが、姫とアンサンブルのメンバーが織りなす音の波に、金色の光の粒子をまといつけていくように、カジには思われた。
 うねり、重なり合うメロディ、一糸乱れぬテンポ。演奏が進むごとに、一曲が終わるごとに、音によって、感覚が、情動が揺さぶられ、高まっていくのを、その場で聴く者すべてが感じていた。舞台から放射される熱が客席へながれ、やがて会場全体が熱の塊へと変わっていくのが、舞台袖にいても感じ取れた。
 とうとうカジの出番がやって来た。舞台に上がり、カホコ姫の傍らの自分の位置に着くと、花のような笑顔で迎えられた。上気した頬、自らが、そして仲間が紡ぎ出した音の余韻をみなぎらせた細いからだ。輝く瞳が、無言で語りかけてきた。
(待っていたわ、カジ……!)
 その瞳に、精一杯の思いを込めて、微笑み返すと、カジは心の中で祈った。舞台に、客席に満ちる見えない何かに。
(僕に……力を……!)
 再びカジの耳が聞こえるはずのない音色をとらえた。その朝、庭園で彼に訪れた玲瓏な調べだった。その調べに励まされたかのように、カジの足の震えが止まった。
 カホコ姫の奏でる旋律が、間近で流れ始める。
(なんて澄んだ音色……!)
 揺り動かされる心のままに、カジは姫の音に、他のメンバーの音に、自分の音色を重ねていく。一つになった音が、より高次な磁場を作りだし、客席の熱を高めるのを肌で感じる。一曲弾き終え、わき上がった拍手を浴びた時、カジは自分のからだにも、音楽のもたらすよろこびがみなぎるのを感じた。
(ああ……)
 ふと目が合うと、カホコ姫が力強く肯いてみせた。ツキモリ、ツチウラも満足げな笑みをたたえている。シミズは夢見るような表情で、目を虚空にさまよわせている。自分がこの場に立てることが嬉しいと、カジは思った。
 そして全員で奏でる最後の曲のために、ヒハラとショウコ姫が、舞台に入ってきた。
「セイソウ国国歌」。
 カジは彼の周りを囲む奏者たち一人ひとりに視線を当てた。いずれも音楽のもたらす恍惚を知っている者たちである。そして純粋であるがゆえに音楽が求めてくる苦しみからも、逃げずに目指すものに向かって、自らを削り、捧げることをいとわない、それが彼らセイソウの音楽家たちだった。そして彼らのもう一つの特徴は、自らの苦闘の果実を、演奏を、聴く者に惜しみなく与えることだ。
 カジの脳裏に、あの初めてカホコ姫のヴァイオリンを聴いた収穫祭の様子が甦ってくる。会場に集った人々の笑顔のために、一切手抜きはせずに、自分の中の音楽を表現してみせた姫。その音に酔い、歌い、踊り、音楽のもたらす感動、よろこびを存分に味わっていた、この国の人々。
 あんなしあわせな光景が、世界中にあるといい。そう思った時、カジは気づいた。……ああ、これこそが、カホコ姫がその身を張って、ユノキの王子に訴えたかった”セイソウの魂”なのだ、と。
 カジの胸には、もはやひとかけらの焦りも不安もなかった。今からこのヴィオラで、この仲間とともに”セイソウの魂”を歌い上げてみせる。
 小さな目配せが一同の間で交わされ、演奏が始まる。一人ひとりの奏でる音が、曲想の中に滑り入り、旋律に込められたエッセンスをあぶり出し、あふれさせ、聴衆に向かって解放していく。空気中に放出された見えない金色の粒子は、やがて鯨波のように会場全体を押し包んでいく。
 フレーズを、テンポを追いながら、カジは自分の音が皆を支え、また皆の音に支えられて、引き揚げられ、高みへとのぼりつめていくのを感じた。
 すべてを出し切った……と思った時、揺るがすような歓声と拍手の中で、カジはそれを見た。光をまき散らしながら、舞い踊る羽の生えた小さなものたちを。
(……妖精だ。ほんとうにいたんだ)
 演奏でエネルギーを出し尽くしたからだに、充実感と深いよろこびが満ちてくる。
(やり遂げることができたんだ……)
 胸に収まりきらなかった感動は、涙となってあふれ出したが、カジはそれを拭おうともせず、拍手の嵐の中にただ立ちつくしていた……。


 春の日差しが、宮殿奥のこの部屋まで届いてくる。机を前にしたアズマ王子は、書類の束から目を離し、窓から射し込んだ陽光が、床に格子模様を描く様子を、しばし眺めた。きらきらと輝く光は、数日前にセイソウ国の国立歌劇場を満たしていた金色の粒子を思い起こさせた。……あの時、小さな羽の生えたものを見たような気がしたのは、目の迷いだったか。
 アズマ王子は目を閉じて、耳にまだ残っているあの日の旋律の余韻を呼び戻した。
(あれは……、あのコンサートは悪くなかったな。日頃は、音楽なんぞ、自分を偉そうに見せる儀式の小道具としか考えていない連中が、本気で感動していたっけ)
 あの場所、あの時間だけは、生臭い政治の駆け引きや、利害が忘れ去られていた。
(それだけでも、奇跡、かな。いいものを見せてもらったよ、カホコ姫)
 アズマ王子は、心の中のカホコ姫に微笑みかけた。
(だから、俺も約束は守るさ。ご褒美の、ね)
 アズマ王子は軽く髪をかき上げ、束ね直すと、再び書類へと目を戻した。あのコンサートの後、ユノキはセイソウとの間の不可侵条約に調印し、各国へも同様の条約を結ぶよう、今根回しを進めている。   謳い文句は「聖地を、聖地のままに!」である。各国の反応は悪くない。実際、資源のないセイソウ国一つを手中にするより、ユノキの音頭取りの下、各国と協調する方が益は大きいのだ。今、アズマ王子の手元に集まっているのは、各国の大臣クラスからの内々の応諾の返事であるが、やがては正式に調印、大々的に全世界に公布されることだろう。
(これもまた、ユノキの主導であることを、きっちり全世界へ向けて喧伝すれば、あの権威主義の祖母君も満足するだろうさ)
 軽く肩をすくめ、アズマ王子は次々と書類に目を通し、文書を作成する文官への指示も、メモ書きしていく。
(まったくやっかいな仕事だ。この俺個人に対する労働に対する報償をもらいたいものだね)
 アズマ王子は、くすりと笑った。
(そうだな、カホコ姫に、俺のフルートとデュエットでもしてもらうかな)
 フルートを吹きたいと思った。叶うものならば、あの会場のステージに、自分も立ちたかった、と。だが、アズマ王子は、心に浮かび上がってきたその思いを、瞬時に払い落とした。
(カホコ姫……音楽に愛し愛された君が、存分に打ち込めるようにしてやるよ……。あの日俺にくれた音楽のしあわせを、これからもずっと歌い続けていられるように。そうして、俺には許されなかった夢を歩む君を見続ける、それぐらいの楽しみはあってもいいだろう?)
 カホコ姫本人に、そんな思いを語る日が、いつか来るのだろうか。
(いや、多分ないな)
 苦笑とともに頭を軽く振ると、アズマ王子は再び書類仕事へと没頭していった。
 室の片隅では、主が触れるのをフルートが待っていた。純金の輝きと、主が醸し出す繊細にして華麗な音色を秘めて……。


「カジ〜、早く〜!」
 花々のあふれる庭園。小径の向こうで、カホコ姫が大きく手を振った。姫の姿に見とれながら歩くカジの足取りは、どうしても遅くなりがちなのだ。傍へ行きたいのは、やまやまなのだが、自由に舞う蝶のような姿を眺めていたいという気持ちも、カジの中にはある。そう、憧れは憧れのままに……。
 しかし、カホコ姫の思いは、どうやら違うところにあるようだ。
「もおっ! 何、やってるの!」
 焦れた叫びとともに、こちらに向かって姫が駆けて来る。
「ひ……姫っ!? そんなに走ったら、危ない! うわあぁあぁっ!」
 ドレスの裾を踏んで、思い切り前につんのめったカホコ姫のからだを、カジは両手を差し伸べて、抱き留めた。
「はあ……よかった……お怪我はありませんか、姫?」
「大丈夫よ……。驚かせて、ごめんなさい……」
 カジの腕の中で、カホコ姫は小さくうつむいた。だが、次の瞬間には、微笑みながらカジの顔を見上げた。
「……でも、私、わかってたわ。きっとカジが受け止めてくれるって」
 信頼に満ちたそのまなざしに、全身の血が沸き立つ心地がする。だが、カジは辛うじて自制し、姫のからだをそっと押し離そうとした。
「……ありがとうございます、姫。そのようにご信頼頂けるとは……身に余る光栄です」
 すると姫は、カジの腕をしっかりと抱き締め、離されまいとした。
「ひ、姫!?」
 慌てるカジの目を、姫をとらえて見据えた。何を前にしても退かない、あの強固な意志がその瞳に閃く。対するカジは……その意味を知りつつも、まだ信じ切れなかった。何よりも、姫に愛される自分というものを。
「カジ、ねえ、カジ! 離さないで? ずっと傍で弾いていてくれるって約束したじゃない」
「それは……楽師として、という意味では? いけません。僕のような者にそれ以上のことは……」
「私のことが、嫌いなの?」
 カホコ姫は、抱き締めたカジの腕を揺すりながら、訴えた。
「私を見て、ちゃんと答えて!」
「……そんなことは……。いえ、お答えできません」
「カジ! どうしてなの!?」
 姫の声音に、やるせない響きが混じり始めた。
「どうして……?」
「……」
 カジは姫の手をそっとふりほどくと、膝を地に落とし、深く頭を垂れた。
「……私は、元はといえば卑しい吟遊詩人。姫とは天と地ほども……」
 言い終わらぬうちに、姫のぴしりとした声が降って来た。
「……何を言っているの? おまえは、この私を、セイソウ王家を愚弄するつもりなの?」
「ひ……姫!?」
 予想外の言葉に、慌てて顔を上げると、目に涙を溜め、全身をわなわなと震わせる姫の姿があった。
「無礼は許さない! 答えなさい、カジ!」
「……愚弄するなどと、そのようなことは、けっして!」
「では、自分が吟遊詩人であったことを、卑下などしないで! なぜなら……このセイソウ国の礎を築いた私の父祖も、旅の楽師だったのだから!」
「姫……」
 そう言い放つ姫の目から、涙があふれ出した。先ほどあれほど誇り高く立っていたからだが、カジの前にがくんと折れて来た。姫は両膝を落とし、カジの頬を両手で挟むと、涙ながらに言った。
「ねえ、そうでしょう? 身分なんて、関係ない。カジが私のことを好きになれないっていうのなら、しかたない。でも、私を拒む理由が身分だけなのだったら……。お願い、どうか聞かせて! あなたのほんとうの気持ちを!」
 カジはしばらくの間、自分の中の最後の迷い、引け目、劣等感、すべてと向き合い、闘っていた。そしてそれらを自身で組み伏せた時、そっと自分の頬に添えられた姫の手を外し、口づけた。
「……姫、僕はあなたを愛しています」
「カジ……」
 細いからだが、投げかけられる。その温もりを受け止めながら、カジは思った。……たとえ、何が立ちはだかろうとも。自分を縛っていたすべてから、解き放ってくれたこのひとを愛することから、けっして逃げはしない、と。
「愛しています、姫……」
 繰り返される誓いには、カジのすべてがこもっていた。その時、どこからともなく、澄んで清らかな鐘の音が鳴り響いた。最初は一つだけだった音が次第に高まり、幾重にも幾重にもうち鳴らされる、それは妖精が二人に贈った祝福の鐘だった。波動となって、国中に響き渡っていくその音に包まれながら、カジは自らの信じられない幸福に胸をうち震わせていた。


 それから長きに渡ってセイソウ国は、妖精の祝福を受けた女王の治世の下、栄えたという。その黄金期を治めた女王カホコの紋章には、ヴァイオリンに、ヴィオラが組み合わされた意匠になっている。そのヴィオラは、女王の傍らに常にあって、彼女を支え続けた最愛の伴侶を表していると、後世の歴史家は記している。
 だが、その意匠に秘められた一人の男の物語。孤独な漂泊の末、そのヴィオラで、何にも代え難い愛と、未来を勝ち取った物語を知る者は、今はもう誰もいない。
                             (終わり)



何とか、終わりました。
かなり迷いつつ書いたものでしたが。
結局、自分の持っている材料でやるしかないので、音楽や楽器に親しんで
いらっしゃる方から見たら、「そんなものではない」とおっしゃりたくなる
点が多々あると思われますが、それを気にしてしまうと前へ進めないので、
自分のできる範囲で表現してみました。
少しでも楽しんで頂けましたなら、幸いです。

多分、年数が経ってからこれを読み返したら、ああ〜〜(汗)と思うことでしょう^^;
また、そう思う自分になっているよう、レベルアップしたいと願っています。

拍手などから、感想等頂けましたら、大変嬉しいです。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。


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