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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
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「VD2011」に提出したものです。
企画で、ティムカ率が低かったので、書きました。
後、少なめだったユーイのSSも、何とか一本提出したのですが、
メルの分を提出できなかったのが、ちょっと心残り。
(我ながら、これってアリかよ? というネタだったので、
企画でもなければ、まず読んでもらえないだろうな、と。
でも、いつか書き上げて、自分のとこにアップしたいです)

ティムカ様は、生真面目さとエロさが同居してるところが、
好きですv

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「心に描く絵」


 彼からは、南国の花の香りがする。甘く、柔らかく、彼のまわりに透明なヴェールのように、まといつくその香りは、今は遠くなってしまった、あの日々、そして遠い夢を、鮮やかに甦らせる。
 
 
 初めて会った頃、彼は私の教官で、そしてまだほんとうに少年だった。王族として、身に備わった気品と、洗練された、人を逸らさない態度。おとなびた振る舞いに似合わないようで、それでいて彼らしい、あどけない笑顔。
 彼から学ぶことは、多かった。薄紫の香の煙が揺れる彼の部屋で、黒檀の机に向かって、毎日ペンを走らせた。学習の成果が上がると、手放しで褒めてくれる、あの笑顔が見たかったのだ。
 休日の庭園で、緑のささやきを聞きながら、二人、歩いた。花壇の花を見て、故郷に咲く、もっと鮮やかな色を懐かしんでいた黒い瞳。ちょっとした言葉のやりとりの中で、弾ける笑い声。そんな彼が好きだった。
 
 尊敬する先生で、親しい友で、仲のいい弟のようで……。
 
 私の中の彼を位置づける、もう少し別な気持ちがあるような気もしたけれど。
 ずるい私は、そこには、目をつぶってしまった。女王候補であること、宇宙を育てること。一生懸命やらなければ、きっと非難される。つまり、叱られるのが怖くて、私は自分の心をよく見つめようとしなかったのだ。
 でも、彼は……年下であっても、私よりも、責任や立場について、ずっとわかっていたはずの彼は、違っていた。
 女王試験の行く末が、そろそろ見えて来たと、皆が思い始めた頃だった。育成の度合いは、レイチェルの方が、私より勝っていた。はっきりと口に出さなくとも、試験の関係者の大半が、彼女が新宇宙の女王になると思っていただろう。そんな中、森の湖の辺りを、散歩していた時、不意に彼は言った。
『あなたが、好きです。僕のお嫁さんになって下さい』
 恋をするにも、立場と王国の未来を考えなくてはならない彼の、それは最大の誠意。けれど私は “お嫁さん”を現実のものとして、考えられなかった。
 あの時、あいまいに笑いながら「今すぐには考えられません」と答えた自分が、どれほど卑怯だったか、私は知っている。
 彼は、少し悲しげに、でも笑って『では、時間をかけて、考えてみて下さいませんか』と言った。私は……その言葉に甘えて、ごまかしてしまったのだ、彼を、私自身の気持ちを。
 真摯に向き合うことを避けたツケは、すぐに回って来た。不調だった私の育成が、ある日を境に、スイッチが入ったように、ぐんぐんと伸び、レイチェルを追い越してしまったのだ。覆った情況。しかも、その勢いは止まらなかった。
 何もなかった宇宙に、次々と生まれてゆく星星。その星星が、たくさんの命を育むステージとなるのだと、試験が始まった時から繰り返し言われていた。
“お嫁さん”よりも更に重い “女王”になるという現実が、私に突きつけられた。逃げも、ごまかしもきかない。まるごと受け入れるしかない現実と思えた。ここで、私が手を引いてしまったら、その先、この宇宙がどうなるか、誰も正確に答えることはできなかったから。
 あの日、ただの女子高生だった私のもとに舞い降りて来たアルフォンシア。心を通じ合わせながら育んだ宇宙。その運命がどうなってしまうのか……。先行きを見定めずに、手を離すわけにはいかなかった。
  
 そして、私は選んだのだ、彼ではなく、新しい宇宙を。
 
 私の決めたことを、彼は尊重してくれた。それを私が告げる前に、彼は心構えをしていただろう。けれど……もしかしたらと、かすかな望みも持っていたかもしれない。
 唇をぐっと一瞬引き結んだ後、笑みさえ見せて、彼は言った。
『……そうですか。やはりあなたは、新しい宇宙の女王になられるのですね。……あなたの未来が、輝かしいものであるよう、僕、ずっと祈ってます』
 声が詰っていた。涙をこらえているのがわかった。生まれてから多くの人の願いと期待を背負ってきた、この誠実でやさしい人を、今、私は失うという実感が、胸に迫った。
 ……あの時、いいえ、それ以前から、この人に対する自分の気持ちを、しっかり見つめていれば……もしかしたら、この手を取ることだって、できたかもしれないのに……。
『ごめんなさい……』
 後悔に心を塗り潰されながら、彼の前で頭を垂れるしかなかった。すると、髪に何かがそっと触れた。
 はっとして顔を上げると、彼が私の髪に、いつも付けている青い羽を飾っていた。
『あなたと過ごせた時間は、僕にとって一生の誇り、宝となるでしょう。……どうかこれを。あなたと、あなたの宇宙に、たくさんのしあわせがありますように』
『ティムカ様……!』
 こらえきれない涙が、ふきこぼれてしまった私から、そっとその目はそらされた。彼が歩み去った後、私は、声を上げて泣いた。泣いて、泣いて、泣き尽くした。……やっと気づいた恋心を、そのまま葬り去るために。


 そのまま、もう二度と会うことはないと思っていたのだけれど。運命は、気まぐれのように、再び私と彼の時間を結びつけた。
 神鳥の宇宙の危機を救うために、星星を巡って、闘った旅。その中で、私は彼が愛してやまない白亜宮の惑星に立つことができた。
 彼が話してくれた通り、熱い日射しと、極彩色の花が香る南国。イルカの遊ぶ紺青の海と、時折黒雲を巻き起こして、スコールを降らせる抜けるような大空。胸の奥底にしまっていた痛みが、戻って来た。
 この美しい星で、彼とともに暮らすことも、できたかもしれない、と。
 もちろん、そんな想いは、口に出せるはずもなく。長く苦しい旅が終わると、私たちは、それぞれの場所へ戻ったのだ。彼は、自分の王国へ。私は、自分の宇宙へ。
 私の胸には、一つの絵が出来上がった。楽園で、多くの国民に慕われながら、王として生きる彼。鮮やかで……せつない絵……。傍らに立つことはできなくても……ずっと彼のしあわせを祈りたかった。


 そして、三たび巡り合った時。彼は、もう、立派な王様になっていた。すらりと伸びた背、以前から備えていた気品に、威厳が加わった。女王候補だった頃と同じように、彼から指導を受けられるようになったけれど。成長した彼は、まぶしくて、傍にいると、胸苦しくて、以前と同じように話すことなどできなかった。

 彼の姿を見るだけで、心が乱れてしまう。限られた日の中で、育成を行わなくては、このアルカディアという大陸は消滅してしまうのに。
 
 できるだけ彼を避け、接触を必要最低限にとどめるようにした。時折、彼の視線が、もの問いたげに、私に注がれるのを感じたけれど……。より美しく、魅力を増した彼に接して、忘れようと努めた恋が、一層激しく炎を上げそうで……怖かった。
 日射しはやさしかったけれど、アルカディアの澄み渡る空と海の青さは、白亜宮の惑星のそれを思い起こさせた。彼が護り、慈しんでいる故郷。そして、アルカディアもまた、多くの住民にとって、かけがえのない故郷だった。私が、直接、白亜宮の惑星に力を注いであげられる機会は、恐らくないだろう。だから……アルカディアをなぞらえることにした。
 護りたい、美しい故郷。彼が愛するように、私もこのアルカディアを愛し、眠る大地の力を目覚めさせ、解放しよう。
 
 アルカディアの、そして遥か遠い未来の宇宙が救われ、また別れの時が訪れた。勝手な思い込みだったけれど……彼の故郷を愛するつもりで、つとめを果たせた私は、ようやく彼の目を見ることができた。
『アンジェリーク……。よく頑張りましたね。僕が、幾分かでもあなたのお役に立てたなら、よかったのですけれど』
 穏やかなまなざしに……悲しみの色が混ざっていると感じたのは、私のうぬぼれだろうか。この胸にずっと畳んできた想いを……取り出してみせられるなら……!
 けれど、私は、ぎりぎり女王としての自分を保つことができた。
『ティムカ様は……いつも私の支えになって下さいました。女王候補だった時から、ずっと……』
『アンジェリーク』
 視線がぶつかる。なんて……なんて美しい黒い瞳……! 
 魅せられてしまった私は……一瞬ひた隠していた自分の心を出してしまった。
『アンジェリーク?』
 何かを悟った彼が、私の視線をとらえ、意味を探ろうとする。
 ……ダメ! ダメなの! 私には、もうあなたを恋する資格はない。あの時、宇宙を選んでしまったんだもの!
 目を伏せて……表情がわからないようにして、別れを告げた。
『さようなら、ティムカ様。ありがとうございました』
『アンジェリーク!』
 後を見ずに、その場から、できるだけ急いで離れた。あのまま、彼の前にいたら……別れられなくなる。ともに生きることなど、できないのに……! 
 今更あなたを好きだなんて、言わないから。私と違う時間、違う人生を、どうかしあわせに生きて……! 心の中で叫び続けていた。


 運命は、皮肉で残酷だ……。彼を再び、私のもとへ連れて来るなんて。それも、守護聖として、だなんて。彼は……そのために、あの美しい星を、愛する故郷を捨てなくてはならなかった。いいえ、もしかしたら……私が引き寄せてしまったのかもしれない。
 彼から贈られた青い羽根を何度も捨てようとして、できなかった。私は、彼を忘れられなかったのだ。
「私、ティムカは、水の守護聖として、陛下に永遠の忠誠を誓います」
 私の前に頭を垂れて、宣誓を行う彼を、呆然と見ていた。彼のいるべき場所で、しあわせになってほしいと、ずっとそう願い続けて来たのに……これは一体、何の冗談なのだろう?
 
 積み重ねて来た想いに反する現実を、受け止められなくて、儀式の後、そっと宮殿を出た。庭園の奥まったところにある東屋は、一人になりたい時に行く場所だった。ベンチに腰を下ろし、どうして? どうして? と、頭の中で繰り返していた。
 心に抱いてきた絵は、この年月の間に、成長した彼の姿に描き変えたり、アルカディアの空と海の色を加えたり、より鮮やかで大切なものとなっていた。それなのに、肝腎の彼が、その絵からいなくなってしまった。……私は、これからどんな絵を思い描けばいいのだろう?
 その時、頬を撫でるそよ風が運んで来た香りに、私の胸はざわめいた。
(この香り……!)
 目を上げると……彼がそこに立っていた。
「陛下」
「ティ……ティムカ、久しぶりね」
 ……なんて、間抜けな言葉! さっき儀式で会ったばかりだというのに。だが彼は、それを気にするでもなく、落ち着いた口調で言った。
「……少しお話をしたいのですが、お時間を頂いても、かまいませんか」
 私の心臓がどきんと大きく動悸を打った。この場所に、人影が見えることは、めったにない。……どこにも逃れることはできない。そして、物言いは丁寧だけれど、揺るぎないまなざしは“何としても”という決意を伝えて来た。……あきらめるほかは、なさそうだった。
「……少しの間なら、いいわ」
 そう言うと、彼はほっとしたように、まなざしに張りつめていた緊張を、少し緩めた。
「ありがとうございます……。では、早速ですが、お尋ねします。レイチェルに聞いたのですが、陛下は私が守護聖として召されることを望んでおられなかったと……。それはほんとうですか?」
 彼の言葉は、まっすぐに核心を突いてきた。私は、うなずくよりしかたなかった。
「ええ……。ほんとうよ」
「それは、なぜですか? 私のことを、お厭いだから、ですか?」
 そうだ、嫌いだと言えれば、よかった……。だが、聞きにくいことを、一歩も引かずに投げてくる、彼のまっすぐな瞳の前では、嘘はつけなかった。
「……違うわ。私、あなたを嫌ってなんかいない」
「では、どうして?」
 私は、目を閉じた。心の中で、大切に、大切にして来た絵が、がらがらと音を立てて、崩れ去っていく。
「……あなたに、故郷の惑星で、あるべき場所で、しあわせになってほしいとずっと思ってきたからだわ」
 願いが崩れ去るのと同時に。私の自制も壊れてしまった。心の奥深くしまって来た感情が、マグマのように噴き上がった。
「……そうよ! それ以外、私に何ができるの? あの時、あなたではなく、女王になることを選んだ私に……!」
「陛下……」
「……あの時、あなたを選ぶことができたんじゃないかって、何度も何度も思った。私、あなたの“お嫁さん”に、なれなかったことを……ずっと悔やんできたの!」
 全部、全部さらけ出してしまった。ためこんで来た後悔、悲しみ、自分に対する怒りのエネルギーが、私の全身を震わせ、とめどなく涙があふれてくる。
「陛下……いえ、アンジェリーク!」
 堅い、力強い腕が、崩折れた私のからだを、抱き締めた。……懐かしい彼の匂い。彼の胸の中で嗅ぐその匂いは……記憶していたよりも、もっと甘く、そして胸苦しくなるような男のエッセンスをひそめていた。
「アンジェリーク! アンジェリーク!」
 うわごとのように、私の名を呼び、私をかき抱く彼……。夢や幻ではなく、これほど彼が傍にいるのが現実なのだと、ようやく実感が湧いて来た。
「……ティムカ……様っ!」
 女王ではなく、彼に恋し続けてきた私を、初めて彼にぶつけることができた。

 もう、離れない……! 離したくない……!
 
 苦しいほどの熱情を、からだから出し切るまで。涙とたかぶりが、止まるまで。時を忘れて、私たちは抱き合っていた……。


 それからまた、私たちの時間は、流れ始めた。女王と守護聖として。恋人同士として。
 時々不安になって、私は彼に尋ねる。
「……ここにいることを、納得できる?」
 すると彼は、微笑んで答える。
「守護聖として召されたのも、あなたの傍にいることも、私の運命。今、私のあるべき場所は、ここより他にありません」
 確かなその言葉に、私は安心して、彼の胸に顔を埋める。そして、彼の匂いの中で、もう一度遠い夢を見る。降り注ぐ日射し、輝く空と海、美しい彼の故郷で……“お嫁さん”になる夢を。

 いつの日か、彼と手を携えて、帰ることができるだろうか。
それが現実になる日まで、どこまでも一緒に歩いていきたい。
 
 だから、私を抱き締めていて。心に思い描く絵に、もう悲しみや切なさの色はいらない。あなたの色で、匂いで、私を染めて。
 誰よりも美しく、輝かしい夢を描けるように。


                          (終わり)
 
 
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