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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
このブログ内の文章の無断転載は、固くお断り致します。
また、同人サイトさんに限り、リンクフリー、アンリンクフリーです。
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久々の、小話更新です。
さして内容があるわけでもないのに、
何か長くなってしまいました。
オスカー×エンジュ前提で、ヴィエ様とリュミ様が出て来ます。
需要、なさそうですね^^;
(実は、あるお方に「書く」と約束したものなのですが、
喜んでもらえるか、それもビミョウ)
エンドマーク付けられたからいいやという、
自己満足感だけは、いっぱいですv ←

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「甘いお酒を、あなたに」

「ここには、ないようだな……」
 昨日休憩した四阿(あずまや)の内と外をくまなく見回ったオスカーは、眉を曇らせた。愛用の銀製の小瓶が、見当たらないことに気づいたのは、今朝のことだった。遠乗りの時に、この小瓶に酒を詰めて行くことが、最近ささやかな楽しみになっていた。小瓶は、肩から下げられる革製のホルダーケースに入れて、持ち運ぶようにしている。ところが、今朝見ると、ケースの中に収まっているはずの小瓶がなくなっていた。
 オスカーは、昨日の自分の行動を振り返ってみた。見晴らしのいい丘まで、馬を一駆けさせた後、この四阿で一息入れて、酒を一口飲んだ。この時までは確かに小瓶はあったのだから、なくしたとすれば、この四阿に忘れたか、ここから館までの帰り道で落としたか、そのどちらかだろう。
 だが、きちんとサイズを合わせて作らせたホルダーケースから、小瓶が飛び出すとは、考えにくかった。四阿に置き忘れた可能性が、もっとも高いと考えたのだが、辺りをつぶさに調べてみても、小瓶は見つからなかった。
「帰り道で、落としたのか……」
 ここから館までの道のり、かなりのスピードで馬を駆った。その道中で落としたのであれば、発見はもう難しいかもしれない。そう思うと、気持ちが下り坂にならざるを得なかった。愛用品だったのはむろんだが、他にも思い入れる理由があったためだ。
 可能性は低いが、昨日の帰り道で探してみようと、腰を上げた、その時だった。
「はあい、オスカー」
「こんにちは、オスカー」
 振り返ってみると、オリヴィエとリュミエールが、連れ立って、こちらに向かって近づいて来るところだった。
「なんだ、おまえらか」
「おや、ごあいさつだね。せっかく届け物をしに来てあげたっていうのに」
「届け物?」
「オスカー、これはあなたの物ではありませんか?」
 リュミエールが懐から取り出したのは、正しくあの銀の小瓶だった。
「それは……確かに俺の物だ。今、ちょうど探していたんだ。恩に着るぜ」
「ほら、やっぱりオスカーのだったろう?」
「ええ、オリヴィエ、あなたの推察通りでしたね」 
 微笑みを交わすオリヴィエとリュミエールから、小瓶を受け取り、手の中で改めてみた。小瓶は、幸い紛失する以前と変わりなく、手にしっくりと収まって、いぶし銀の輝きを放った。蓋を開けてみると、酒の香りがぷんと立ち上った。
 安堵の表情を浮かべるオスカーに、オリヴィエが言葉を継いだ。
「リュミエールが庭園で拾ってね。見覚えがあったし、中身が酒だったから、あんたのだろうって当たりをつけたんだけど。その酒、何? シードルかい? そこだけあんたらしくないもんだから、ちょっと迷っちゃったよ」
 オリヴィエの言葉で、オスカーは、はっとした。そう、帰宅後しばらくして、また庭園に出掛けた。その時確かに小瓶を持ち出したことを、なぜ失念していたのか。思い当たると同時に、庭園での心楽しいできごとが、ふわりとオスカーの胸に甦り、自然と笑みが浮かんだ。
「なに、ニヤニヤしてんのさ?」
「ああ、いや。何でもない。これは林檎酒だ」
「林檎酒? 確かにフルーティな香りだと思ったけど、へえ、あんたがそんな物飲むとはね。おいしいの、それ?」
「まあな」
「ふうん?」
 嬉しさを隠しきれないオスカーの様子に、オリヴィエとリュミエールは顔を見合わせた。目まぜで、お互いの意図を確認しあうと、リュミエールが、微笑みながら切り出した。
「よほどお気に召しているお酒なのでしょうね。今、そんな顔をなさっている……」
「まあ、そうだな」
 目を細めるオスカーに、オリヴィエが畳み掛ける。
「そうだね〜。強い酒一辺倒のあんたが、そんなに気に入る酒って、興味あるね〜。ちょっと味見させてよ」
 言うがはやいか、オリヴィエは、オスカーの手の中から、小瓶を抜き取った。
「こら、オリヴィエ! 何をする! 返せ!」
 慌てるオスカーを尻目に、オリヴィエは小瓶の蓋を取り、中の酒を口に含んだ。そして、軽く目を瞠った。
「あんた、これ……」 
 驚いたオリヴィエに、一瞬生まれた隙を、オスカーは見逃さなかった。さっと手を伸ばし、早々に小瓶を取り戻した。
「まったく油断も隙もない」
 蒼氷色の瞳が、剣呑な光を帯びて、オリヴィエを刺す。
「届けてくれたことには、感謝するが、人の物に勝手に口を付けるとは、たいした行儀だな」
「ああ、わかった。悪かったよ」
 オリヴィエは軽く両手を挙げ、あっさりオスカーに詫びた。ことの成り行きを、心配そうに見守っていたリュミエールが口を挟んだ。
「オスカー、オリヴィエも反省していることですし、どうかその辺で……」
 リュミエールの顔にも、ちかりときつい視線を当てると、オスカーは、小瓶を肩から掛けたケースに手早く収めた。
「見つけてくれたことで、今日はチャラにしとくが、今度やったら、ただじゃすまさないぜ」
「はいはい、ごめんよ」
 長年の付き合いで、お互いの沸点と引き際は、承知している。オリヴィエの言葉の響きに、謝意をくみ取ったオスカーは、ふんと軽く鼻を鳴らし、矛先を収めた。
「気をつけるんだな、極楽鳥。じゃあ、俺は、もう行くぜ」
 そう言い置くと、オスカーは踵を返し、その場を立ち去った。
 小さくなって行くオスカーの後ろ姿を見送ってから、リュミエールはオリヴィエに尋ねた。
「それで、あのお酒は、何だったのですか? それほど驚くような、珍しい物だったのでしょうか?」
「そうだね。珍しいといえば、珍しいかもね。あれは、多分売り物じゃない。個人の家庭で林檎を漬け込んで作ったものだよ」
「ということは、オスカーが、まさか自分で?」
「アイツが、そんなマメなことするわけないだろう。きっと誰かからもらったんだよ。それが誰か、ちょっと興味のあるところだね」
「なるほど。大切にしている様子でしたものね……」
 リュミエールは、たおやかな、そしていささか含みのある微笑を浮かべた。オリヴィエは、自分の口元にも同種の笑みがのぼっているのを自覚しながら、リュミエールも恐らく同じ“誰か”を想定しているのだろうと思った。
「……場合によっちゃ、アイツに一杯おごってもらわないといけないかもね?」
「そうですね。抜け駆けは、感心しませんから」
「アイツ、確か、レア物のウイスキーを隠し持ってるはずなんだよね〜」
 カンのいい二人は、底深い笑みをかわしながら、どうやって推測を裏付ける証拠を握るか、それぞれ考えを巡らせ始めた。オスカー秘蔵のウイスキーの封が切られるまで、そう長くはかからないようだった。


「まったく、冗談じゃないぜ」
 オリヴィエとリュミエールの姿が見えなくなってから、オスカーは改めて小瓶を取り出した。
「うっ……。口紅が付いてるじゃないか。今に始まったことじゃないが、あのバカ、化粧が濃すぎだ」
 ハンカチで飲み口を拭き、ため息を一つ吐いた。そして、我が手に戻って来た愛用品を、再度とっくりと眺めてみた。いや、彼にとって、それは、愛用品以上の特別な意味を持つ物になっていた。
「オスカー様、お誕生日、おめでとうございます」
 それは、数カ月前のこと。弾むような声と、笑顔とともに、この小瓶は贈られた。
「何を差し上げたらって、迷ったんですけど、セレスティアのショップで見つけた時、ああ、これだって、思ったんですよ」
 お下げを揺らして、エンジュは笑った。星々を巡る使命を帯びた彼女は、文字通り、流星のように、オスカーの前に現れた。そしてその屈託ない笑みは、オスカーの心を和ませ、明るくさせた。
「これは、酒を持ち歩くのにいいな。お嬢ちゃん、ありがたく受け取らせてもらうぜ」
「あ、やっぱりお酒入れるんですね。私の父も、外で作業をする時に、よくそうやって持って行ってました。あ、でも、過ごしたら、からだに毒ですよ!」
「ふっ、母親みたいな言いようだな。だが、俺の母親を気取るより、もっとお嬢ちゃんにふさわしいポジションがあるんじゃないのか?」
「何ですか、それ?」
 オスカーは、軽く脱力した。多少気のある女性なら、大抵ここでぴんと気づくところなのだが、この天真爛漫な少女には、そんな遠回しな物言いは一切通じないようだった。朝早くから、わざわざ時空を超えて、プレゼントを届けにやって来るのだから、オスカーに好意を持っているのは、ほぼ間違いない。
 だが、彼女には、愛情や労力を、惜しみなく分け与える性向があり、どうもそれは特定の誰かへの方向性があるものではないらしい。
 その明るい笑顔に、胸を射抜かれる男が、オスカーの知るところでは、自分を含めて数人では足りないにも関わらず、だ。
(まったく、罪作りなお嬢ちゃんだぜ……)
 オスカーは、内心嘆息したが、エンジュが続けて言った言葉で、その憂いは吹き飛んだ。
「ええと、それで……。こっちも受け取ってもらえますか? 母が漬けた林檎酒なんですけど。よかったら、その小瓶に詰めて下さい」
「お嬢ちゃん、いいのか? そんな大切な物を……」
 エンジュは、もう半年以上も、親元を離れて、使命を務めている。そんな彼女にとって、母の林檎酒は、故郷や家族のぬくもりをたぐり寄せる品に違いなかった。
 だがエンジュは、オスカーの気遣いに対して、笑って首を振ってみせた。
「いいんです。ていうか、オスカー様に飲んで頂きたいんです。父が育てた林檎で、母が作った林檎酒を……」
 そこで言葉を切り、不安そうな視線をオスカーに当てた。
(ご迷惑ですか?)と、その目は問うていた。
 無論、迷惑であろうはずがない。この贈り物には、当のエンジュが意識しているかどうかはわからないが、意味があると、オスカーは感じた。それは恐らく、この聖地で出会うまでの、彼女のバックグラウンドー愛する両親や故郷—を、オスカーに理解してもらいたいという気持ちの現れ。
 エンジュが、それだけオスカーを真面目に意識しているという証。
 胸の底が、喜びで震えた。だがオスカーは、それを顔には出さずに、鷹揚に見えるように、笑いかけた。
「ありがとう、お嬢ちゃん。ご両親の愛情のこもった林檎酒、喜んで頂戴しよう」
「ほんとですか?」
 エンジュが嬉しそうに差し出した林檎酒を受け取った時、彼女の心の一部を託された気がした。以来オスカーは、休日、野外に出掛ける折りには、この銀の小瓶を携行するようになった。大事にしまいこむのではなく、日常使ってほしいという、エンジュの望み通りに。
 日光を浴びながら、からだを動かした後に飲む一口の林檎酒は、喉をすうっと流れ、さわやかな香りが、身も心もリセットしてくれるようだった。
 そうして酒を味わいながら、エンジュが聞かせてくれた故郷の話を思い出す。
 農園主の父親が、畑仕事の合間のこの一口を、ことのほか楽しみにしていたこと。汗を拭いながら、酒を口に含んだ時の笑顔。その父が心血を注いだ果樹園から、秋には真っ赤な林檎が収穫され、その林檎で、毎年母が新しい林檎酒を作っていたこと……。
 幼い頃からずっと見て来たローテーション、穏やかな農園の明け暮れ……。淡い金色をしたこの酒は、そんな故郷でのくらし、そのものだった。
 であればこそ、それを贈ってくれたエンジュの心同様に、オスカーは大切に思い、少しずつ飲んでいたのだが。
 さすがに残り少なくなって来た頃に、言づてがあった。故郷から、今年作った新しい林檎酒が届いたので、お分けします、と。
 それが、あの日、遠乗りから帰って来てからのこと。オスカーは、エンジュと庭園で待ち合わせをし、林檎酒を受け取るとともに、穏やかな夕まぐれの一時を、ともに過ごしたのだった。
 エンジュは笑いながら、言った。
「ウチの母ってば、守護聖様にプレゼントしたって、手紙に書いたら、大喜びで、1ダースも送ってよこしたんですよ。だから遠慮しないで、なくなったら言って下さいね」
「それは、ありがたいな。だが、一度にまとめてではなく、少しずつ分けてもらうことにしよう。そうすれば、こうしてお嬢ちゃんに会える口実になるからな」
「オスカー様ったら!」
 くつくつ笑う少女の笑顔には、無邪気な明るさとともに、匂うような艶がにじむようになって来た。そんな彼女から、ますます目が離せなくて……。
 鈴を振るような笑い声や、愛らしいしぐさを胸に刻んで、エンジュと庭園で別れ……。注意力散漫、いや、平たく言えば、すっかり浮かれていて、大切な小瓶を落としてしまったものらしい。公園に持って行ったことを忘れていたのも、そのためだろう。
(俺としたことが、まったく……。女の子と会って、ウキウキし過ぎて、落とし物をするなんざ、ランディがやりそうなレベルだぜ)
 つらつら経過を振り返るうちに、オスカーは、軽く自己嫌悪に陥った。しかも、その大切な小瓶を見つけたのが、リュミエールとオリヴィエだったとは。
 付き合いも長いうえに、カンのいい二人である。あの時のやりとりで、何ごとか勘づいたとしても、不思議はなかった。
 その点に思い至った時、背中に軽い悪寒が走った。
「いやな予感がするぜ……」
 つい独り言を口に上せてしまってから、オスカーは苦笑し、軽く頭を振って、あまり楽しくないその考えを追い払った。だが、悪い予感というのは、往々にして的中するものである。数日後、オスカーは、それを実感することになった。

 
 鮮やかに染められた爪が、執務机の上に広げられた書類を、ぴんと弾いた。
「まあ、とりあえず、優先する必要があるのは、これとこれじゃない? 長引かせると、あとあとまで響きそうだ。さくっと終わらせようよ」
 そう言って、書類を見つめるオリヴィエの頭の中では、どう問題を解決していくか、手順が素早く組み立てられているはずだ。
「そうだな、俺も同意見だ」
 オスカーが頷くと、オリヴィエは「じゃあ、こっちで下準備にかかるから」と、形のいい唇の端をにっと上げた。
(いつもながら、こいつは話が早くて助かる)
 同僚の有能さに、内心秘かな賛辞を送ったオスカーだったが、オリヴィエのその才は、職務以外の場でも、発揮されるのである。
「じゃあ、方針が決まったところで、仕事の話はこれで終わり。ところでさ〜……」
 オリヴィエの口角が“に〜っ”と音を立てそうに、つり上がった。
「なんだ?」
 まだ書類に目をやっていたオスカーは、この危険信号に気づかなかった。いや、気づいていても、手の打ちようは、なかったかもしれない。
「ロザリアがね、ある物を一生懸命探してるんだよね〜」
「ほう、ロザリアが? 一体何を?」
「なんでもね、今度、あっちの補佐官と一緒に催すお茶会用に、アップルパイを作ろうとしてるんだけど、風味を格別よくするために、酒を使いたいんだって。けれど、どの銘柄がいいのか、イマイチわかんなくて、困ってるみたい」
「そうか。残念ながら、そっち方面では、俺は彼女の役に立てそうもないな。菓子に使う酒については、あいにくと知識がない」
「何、言ってんのさ。この間、私とリュミエールが届けてあげた瓶の中身、あれ、林檎酒だろ? ロザリアが探してるのは、アップルパイに合う、林檎ベースの酒なんだよ」
「う……」
 ミサイルが投下された。オスカーは、一瞬言葉につまり、オリヴィエの顔を見直した。
「そう、あんたが飲んでるあの酒のこと、ロザリアに教えてあげたら、いいんじゃない? どこで手に入れられる、とかさ」
 悪魔のような笑みが、オリヴィエの口元に浮かんでいた。加えて、ダークブルーの瞳が、獲物をとらえる光を帯びて、オスカーに据えられていた。
(こ、コイツ……!)
 術中にはめられたことを悟ったオスカーは、ごまかす手だてを、懸命に探した。
「あれは、だな……。その……」
 口ごもるオスカーに、オリヴィエは追い討ちをかけた。
「まさか、教えられない、なんてことはないよね〜? 私たちの補佐官が困ってるのに〜」
「……う……」
 ロザリアの菓子作りの腕はプロ級であり、また完璧主義者であるがゆえに、そこに傾ける探求心も並々ならぬものがあることは、守護聖なら誰でも知っている。
(やられた……! 極楽鳥め、そういう手で来たか!)
 ロザリアの名を出されたのでは、いい加減な答えはできない。なんとかうまくかわせないかと、オスカーが焦っていた、ちょうどその時。執務室のドアを、誰かがノックする音が響いた。渡りに舟、とばかりに、オスカーは声を張った。
「どうぞ、遠慮せずに入ってくれ」
 これでこの場はしのげる。うまくすれば、オリヴィエを退出させることもできる。そうして次に彼に会う時までに、適当な言い訳を練れば……と、素早く考えを巡らせたオスカーだったが。部屋に入って来た人物を見て、執務机の上に突っ伏したくなった。
(……なんで、このタイミングで来るんだ?)
 この場面に於いて、オスカーの窮地は、オリヴィエにとっての好機である。オリヴィエは、満面の笑みで、来客を迎えた。
「はあい、エンジュ。会えて、嬉しいよ」
「こんにちは、オスカー様、オリヴィエ様」
 何心なくエンジュは、笑顔を見せた。が、オスカーが顔色をなくしているのに、すぐ気づいたようだった。
「あの……オスカー様? お邪魔でしたか?」
「い、いや、お嬢ちゃん、そういうわけでは……」
 心配そうなエンジュに、オスカーが応じたその時、オリヴィエが強引に後を引き取った。
「邪魔だなんて、とんでもな〜い。正にグッドタイミングだよ、エンジュ。ちょうど、あんたに聞きたいことがあったんだ」
「オリヴィエ、おま……っ」
「なあに? 私がエンジュと話をして、何か不都合があるっての?」
「いや、別に不都合があるわけでは……」
「だよね〜。じゃあ、話、戻そう。エンジュ、あんたの実家って、確か農園やってるんだったよね?」
 オリヴィエの問いに、エンジュはにっこりと頷いた。
「はい、そうです」
「うんうん。それでさ〜、確かあんたの故郷って、林檎の名産地だったと思うんだけど、あんたんちも栽培してるのかな〜?」
「はい、ウチにも林檎の果樹園、ありますよ」
「やっぱりね〜。そこで聞きたいんだけど、アップルパイとか、お菓子に使う林檎酒も、あんたの故郷で作ってたりする?」
「ああ、アップルブランデーのことですね。はい、ウチの近くにも蒸留所がいくつかありますよ。長くて二十年ぐらい樽で熟成させるんだ、とか」
「へえ、そうなんだ?」
 そこまでエンジュに聞き出して、オリヴィエは微妙な表情を浮かべ、やきもきしながらなりゆきを見守っていたオスカーは、一息をついた。あの小瓶の中身を口にしたオリヴィエなら、無論わかったことだろうが、あれはアップルブランデーではなかったのだ。
 なんとなく空気が変わったのを感じたのだろう、エンジュが首を傾げてみせた。
「あの、アップルブランデーが、どうかしたんでしょうか?」
「いや、お嬢ちゃんは、何も気にしなくていいんだ。ロザリアが、アップルパイを作るのに、そのアップルブランデーを欲しがってるらしくてな」
「ロザリア様が?」
「そうそう、それで、そのアップルブランデーは、どうしたら……」とオスカーが、あくまでブランデーの話でまとめにかかった、その時だった。オリヴィエが、一気に攻勢に出て来た。
「そうなんだよ〜。それで、ロザリアのために、銘柄とか、どこで手に入るか調べてあげようと思ってね。それで、オスカーにも聞いてたところだったんだよ。こいつが、そういう林檎系のお酒を最近よく飲んでるみたいだからさ」
(オ、オリヴィエ〜〜〜!)
 しれっと核心に迫るオリヴィエの格好のいい頭を、背後からこづきたくなったが、時すでに遅し。エンジュは、あっさりと答えたものだ。
「ああ、オスカー様が飲んでいらっしゃるのは、私があげた自家製の林檎酒です。母がホワイトリカーに漬け込んで作ったものなんで、アップルブランデーとは違います。そうですね、ロザリア様が探してらっしゃるんでしたら、私、故郷のブランドをお教えできると思いますけど」
「ああ、そう! ぜひ教えてあげてよ。ロザリア、喜ぶよ、きっと」
「はい、わかりました」
 ここに来て、オスカーは、思い切り脱力していた。エンジュが自分に向けた特別な好意の現れだと思えばこそ、オリヴィエには知られまいとしたのに、エンジュその人の口から、話してしまうとは。つまり、彼女にとって、それほど特別な意味のあることではなかったのか、と……。
 もはや口を挟む気力をなくしたオスカーを、続くやりとりが、更に打ちのめした。
「そっか〜。あんたのお母さんの自家製林檎酒だったんだ。お菓子に使うのも、そういう林檎酒かと、私、勘違いしちゃったよ。けど、オスカーが大事そうに飲んでるところ見ると、おいしいんだろうね〜」
「はい、おいしいですよ。あ、もし、よかったらオリヴィエ様にもお分けしましょうか。この間、実家からたくさん送ってくれたんです」
「おや、そうなの? ん〜、でも、そんな大事なものをもらっちゃって、いいのかい? そうだ、私はオスカーから、ウイスキーをもらうからさ。あんた、もしよかったら、その林檎酒、リュミエールにあげてよ。あのコ、そういうの好きだと思うからさ」
「あ、リュミエール様、お好きなんですか。わかりました」
 いくら何でも、これを聞き流すわけにはいかなかった。
「……ちょっと待て、オリヴィエ。なんで、俺がおまえにウイスキーをやるって話になるんだ?」
 するとオリヴィエは、また悪魔めいた微笑を浮かべ、オスカーの肩に手を回して、ひそひそと囁きかけた。
「なんで、だって? あんた、抜け駆けして、ただですむと思ってるのかい? まあ、その辺の話は、今度じっくりとしようよ、ね?」
「う……」
 オスカーが固まったところで、エンジュには、やさしい笑顔を向けた。
「じゃあ、私は、そろそろ自分の部屋に戻るね。エンジュ。あんたにいろいろ教えてもらえて、よかったよ」
「いいえ、皆様のお役に立てるのなら、嬉しいんです。ロザリア様には、私からお知らせしておきますね」
「ああ、頼むよ。あんたって、ほんといいコだよね」
 にこにこしながら、エンジュの頭を数回撫でると、オリヴィエは「じゃあね」と手を振って、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「おい、オリヴィエ! ……ったく!」
「うふ、仲いいんですね、オリヴィエ様と」
「……お嬢ちゃん、そう見えるのか、君には……」
 小首を傾げて笑う少女は愛らしい。だが、あの林檎酒に特別な意味はなく、彼女にとって、誰にでも、気安く分け与えられるものだったのだと思うと、
腹立たしくもあり、自分の自惚れを嘲りたくもなった。エンジュは、そんなオスカーの内心を読み取ったかのように、微笑んだ。
「あの、オスカー様。ウチから送って来た林檎酒には、お世話になってる皆さんにお分けするようにって、母からのメッセージが付いてたんです。それで……母みたいには、上手にできないんですけど、私、今、自分で林檎酒を作ってみてるんです。後、三週間ぐらい寝かせたら、できるんですけど。その……オスカー様、それを受け取ってもらえますか? 母が……父にしていたみたいに、私、オスカー様に作ってあげたくて……」
 次第にうつむき、赤面したエンジュの言葉の語尾は、小さくなって、途切れた。だが、オスカーの耳は、しっかりと彼女の声と想いを、聞き取った。
いじらしさに胸打たれながら、オスカーは、それでも問うてみた。
「では……君が俺にくれる林檎酒は、特別なものだと思っていいんだな?」
 うつむいた頭が、小さく縦に振られた。少女を抱き締めたい衝動に、オスカーは駆られたが、今いる場所が執務室であることを思い出して、辛うじて踏みとどまった。
 その代わり、身を屈めて、エンジュの耳に口を寄せると、そっと囁いた。
「ありがとう、エンジュ。君の“特別”を俺に託してくれたことを、決して後悔させない。天翔る流星を捕まえる代わりに、もっと輝かせてみせるぜ。俺の、この胸に燃える君への情熱で、な」
「オスカー様……!」
 面を上げた少女の瞳に、ぽっと熱っぽい光がともるのを、オスカーは認めた。流星は、今、確かに新たな輝きを、一つ加えたのだった。

 
 日射しと風がやさしい午後のテラス。オリヴィエとリュミエールは、お茶を片手に、親しく語らっていた。
「……ってことでさ。やっぱりあんたと私の読みは当たったよ。あんたの出してくれた、ロザリアカードは効いたよ〜。あのときのオスカーの顔ったら、なかったね。途中、酒の種類が違うことがわかった時は、ちょっと危うかったけど」
 オリヴィエは、軽く両手を広げて、その時の焦りを表現してみせた。
「わたくしも、林檎のお酒ならと、単純に考えてしまって、お菓子に使う種類が異なるものであるとは、思いもよりませんでした。奥の深いものですね」
「確かに。まあ、それでも、この私をごまかそうったって、そうは問屋は卸さないってね。戦利品のウイスキーもしっかりせしめたし、首尾は上々ってとこかな」
「ふふ、わたくしのところにも、エンジュから届きましたよ。おいしい林檎酒が」
「ほんと、律儀でいいコだよね〜。私やあんたでなく、オスカーに引っかかったってのが、玉に瑕だけどさ」
「オリヴィエ、それが彼女自身の選択なのですから。尊重してさしあげませんと」
「ああ、それは、もちろん重々わかってるよ。ただ、ちょっと悔しいだけ……」
 と、その時、甘く豊かな香りが、辺りの空気を満たした。
「随分、話が弾んでいるようですわね。わたくしのパイは、お二人のお茶のお供になりますかしら?」
「ロザリア! できたんだね、特製アップルパイ!」
 まだ湯気の上がっているアップルパイを運んで来たロザリアは、満足げな笑みを見せた。
「ええ、エンジュと、オリヴィエ、あなたのおかげで、どうやら満足のいく物ができたようですわ。試食して頂けます?」
「もっちろん!」
「喜んで頂戴しますよ、ロザリア。それにしても、なんとよい香りでしょう」
 ロザリアが切り分けてくれた、焼きたてのアップルパイの皿を受け取りながら、オリヴィエはふっと笑った。
「まあ、収穫がもう一つあったってことで。ん〜、しょうがないから、許してやるか」
「そうですとも、オリヴィエ」
 頷きあうオリヴィエとリュミエールを見比べて、ロザリアが不審そうに言った。
「? いったい何の話ですの?」
「ああ、ロザリア。何でもないのですよ。こんなにおいしいアップルパイを頂ける喜びを、オリヴィエと二人で分かち合っていたのです」
「そうだよ、ロザリア。ほんっと、このアップルパイってば、絶品! 本番のお茶会でも、大評判を取ること、間違いなしだね!」
 とびきりの笑顔付きで、二人に賛辞を贈られては、少々釈然としないものの、ロザリアも微笑み返すしかなかった。
「ありがとう、そう言って頂けると、自信を持って、当日持ってゆくことができますわ」
「そうとも、見せつけておやり! 我らの神鳥の女王補佐官は、職務だけでなく、パティシエとしても、超一流だってね!」
「まあ、オリヴィエったら!」
 ころころとロザリアが笑い、それを見やるオリヴィエとリュミエールの視線は、どこまでもあたたかい。
 そんな穏やかな時間が、緩やかに流れる、聖地の昼下がりだった。

                               (終わり)




アップルパイに使用するお酒とは、カルヴァドスのことです。
調べたら、フランスのノルマンディー地方で産するものだけを、
カルヴァドスという、とのことだったので、この名称は使い
ませんでした。
エンジュのお母さんのお手製と違う点は、蒸留酒であることです。
蒸留は、一般家庭では、まずできんだろうなということで、
ああいう展開になりました^^;

書いていて、ちょっと思ったのは、ヴィエ様をあんまり敵に回したく
ないなということでした(笑)
なんだかんだ言っても、みんななかよし、という感じが伝われば、
嬉しいですv
PR
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