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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
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以前に、共通の友人を介してのご縁で、結花さんにリクエスト頂いて書いた継×花です。
(いや、どっちかと言うと、花×継というべきか)
リクエストがなかったら、多分自分では書かなかったと思います。
(そこらへんが醍醐味。結花さん、ありがとうございました)
季節も、ちょうどいいので、泰継さん好みの石蕗(つわぶき)の花の写真を飾ってみました。
いつにも増して長い話なので、畳みますね。




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「秘密」


「神子、ここで力の具現化を試してみるか」
「それがいい。やってみたまえよ」
二人の男の言葉に、花梨は素直に肯いた。
「はい、やってみます」
土地の力を高め、神子の五行の力を増すために、今日も花梨と八葉は京の諸方を巡っている。安倍泰継と翡翠を同行者とし、石原の里で、難なく怨霊を封じた後、泰継は花梨に力の具現化を勧めた。今後の怨霊との戦いに於いて、一枚でも多く、花梨に有利な札を持たせたかったためである。というのも、これまでの戦闘の様子から、泰継は、花梨に対して、一抹の危惧を抱かざるを得なかった。
(神子は相当力を蓄えているはず……。であるのに、なぜあれほど“混乱”に陥りやすいのか?)
 泰継は、花梨とともにした闘いを振り返り、思わず額を押さえた。
戦闘中、花梨の視線を感じて、何気なく振り返ると「きゃ、いや〜ん」という意味不明の発声とともに、花梨の気の塊が飛んで来たり、怨霊・齋姫の霊に憑依されると、「もお〜! 許せない!」という怒声とともに、花梨から攻撃を受けたりするのである。
 無論、花梨は情況に応じて、回復を行ってくれるが、戦闘離脱しかけたことも、半ばにして倒れてしまったことも、一度や二度ではない。
(ともかく、あれでは、いくらでも回復札が入り用だ)
 そんな泰継の内心を知ってか、知らずか、花梨は
「今日は何かうまくいきそうな気がするんですよねー」
と、やる気満々の風情だった。しかし。泰継は軽いため息を吐いた。泰継の知る限り、花梨は力の具現が苦手だった。同行の八葉が手を貸しても、いつも一枚か二枚の札を入手するのがやっと、という有様。
 力の具現には、高い集中力こそ肝要なのであるが、見たところ、花梨は、どうも気を散じていた。泰継が様子をじっと見守っていると、なぜか彼女は赤面、動揺して、気もそぞろになってしまい、失敗するのであった。
 ところが、陰陽寮の仕事などで、紫姫の館に赴けない日が何日かあると、いつの間にか花梨は、種々の札をしっかり蓄えていたりする。自分がいない時に花梨に同行した、他の八葉に聞いてみると「お見事でしたよ、神子殿は」とか「全部の札を手に入れるとは、さすがです」などという返事が返って来るのだった。
 なぜ自分は、花梨が神子としての力を発揮する場面を、目撃できないのだろう? それは、泰継にとって、いくら考えてもわからない謎だった。
 そんな考えをとつおいつしている間に、花梨は静かに集中力を高め始めていた。その集中が頂点に達したところで、気を解き放ち、土地の力を札にして納めるのだ。神子の清浄な気が満ちたところで、彼女は「えいっ!」と気合いを放った。すると、その手に一枚の札が出現した。
「やったあ! 今日はやっぱり調子いいみたい。……あれ? でも、これって、気力回復の札でもなければ、土地の力を増す札でもないですよね?」
「見せてみろ」
 泰継は、花梨から札を受け取り、あらためてみた。翡翠も、その泰継の手元を覗き込んだ。
「これは……」
「侍従の香だ。何ともよい香りだね」
翡翠が、上機嫌な笑みを口元にたたえた。
「ジジュウノコウ? って何ですか?」
「ああ、姫君は異国の人だから、知らないんだね。夜になったら、焚いてごらん。願わくは……」
 翡翠は、ここで意味ありげな流し目をしてみせた。
「私をこの香りで迎えてくれると、嬉しいね」
(今のこの京の情勢の中で、何をほざいているのだ、この男は)と、冷たい視線をくれたくなった泰継だったが、花梨はまじめに受け取って、首を傾げてみせた。
「夜、ですか〜? うーん、この頃ほんと早寝早起きなんですよね〜。もう、疲れちゃって、夜になると目を開けてらんないって感じで。翡翠さんのリクエストに応えられるかなあ?」
「“りくえすと”とは、なんだ?」
花梨の使う、耳慣れない言葉には、持ち前の探求心から、泰継はつい反応してしまう。花梨は、泰継の問いに嬉しげに目を細めると、適当な答えを探した。
「あ、ええと、リクエストっていうのは〜、何て言ったらいいんだろ? そうそうご要望にお応えしますってことですよ」
(翡翠の要望に応える……?)
 それは、非常に危険なことに、泰継には思えた。
「そんな要望に応えるより、よく休養を取ることが、必要だ。お前は正しい。そのまま早寝早起きを続けるとよい」
「おやおや、それはまた、随分と味気ない。花咲ける年頃の乙女に言う言葉とは思えないね。姫君、どんな状況下でも、ものごとを楽しむゆとりを持つのは大切だよ。それがまた、次への活力へとつながるのだよ。私でよければ、後でゆっくり教えてあげるからね」
 翡翠の晴れやかな笑みに釣られて、花梨はにっこりと微笑み返した。
「もお〜、翡翠さんたら」
(……)
 泰継の胸に、何やら穏やかならざるものが、わき上がった。その暗いものが、思いもかけない言葉を、泰継に言わせた。
「……おまえには、ほとほとあきれ果てた。私は先に帰る」
 くるりと踵を返し、すたすたと歩き始めた泰継の背を、花梨の声が追いかけてきた。
「え……? 泰継さん。そんな、いやあ〜!!」
「!?」
 悲鳴のような呼びかけとともに、なぜか飛んで来た花梨の攻撃を、泰継はすんでのところでかわした。思わず振り返り、花梨に強い視線を当てる。
「無駄に力を使うな。その力は、闘いの時にふるえ!」
「泰継さあん……」
 半泣きになっている声に、翡翠のなだめるような声が重なる。
「まあまあ、姫君、感情をそのまま形にしてはいけないよ……」
 それ以上は、もう耳に入れる気にもなれず、足音も荒く立ち去った泰継だったが、翡翠の言葉は、苦笑気味に、こう続いていたのだった。
「……まったく、姫君は泰継殿が相手だと、むきになってしまうね。もう少し、雅な表現のしかたを覚えた方がいいよ……」

 北山の庵に戻る道中で、泰継はすっかり考え込んでしまった。
(……私の存在意義は、神子を守ることにある。であればこそ、危険な闘いに身をさらす神子にとって、少しでも有利な材料を考え、整えるのが、もっとも優先されるべきだ)
それなのに。
(翡翠は、まったく八葉としての自覚に欠けているし、それににこやかに応じる神子も神子だ)
 頼りない神子だと思う一方で、神子が力を発揮できないのは、自分のせいか、とも考え至った。
(……やはり、私が泰明に及ばぬ八葉だということか。もしかしたら神子は、己の力を引き出せぬ私の不甲斐なさを、あのような攻撃の形を取ることで、叱咤しているのやもしれぬ)
暮れゆく京の空を、泰継は見上げた。
(……であるなら、私は一層気力を奮い立たせ、神子のための力となろう。神子の役に立つ道具であるために!)
 朱金色の雲間に姿を見せた宵の明星に、拳を握って、誓う泰継だった。

一方、紫姫の館に戻った花梨は、どんより落ち込んでいた。
(……また泰継さんに、あきれられちゃった……)
紫姫に疲労を訴えて、早めに取ってもらった床の中で、彼女は悶々としていた。
(今日は、割とうまくいってたのに……)
 去りがてに、泰継から向けられた険しい目を思い出すと、泣きたくなった。
泰継を前にすると、時にひどく情緒不安定になることを、自覚はしていた。自分を守り、同じ目的のために、戦ってくれる八葉の一人ひとりに感謝もし、それぞれに仲間としての親愛の情を持っていた。だが、こと泰継に関しては……。
(……あの瞳が、いけない)鳶色のガラスのような瞳に見つめられると、心の奥底まで見透かされそうな気がする。
(……あの手が、いけない)印を結ぶ、長い指の動きに、見とれずにいられない。
(……とにかく、泰継さんは……ダメ……)
 当の泰継が、常に冷静で、感情の変化がまったくと言っていいほど、表に出ないだけに、自分が一層道化めいて、恥ずかしくなる。
(私は……私は、こんなにもあなたに胸が締め付けられるのに、あなたは、どうしてそんなに平気なの?)
 かわいさ余って憎さ百倍とは、よく言ったものである。花梨の泰継に対する攻撃は、そんな苛立ちの現れでもあったのだ。
自分の感情を持て余す花梨に、翡翠は微笑みながら言った。
「姫君、君のその感情のほとばしりは、私にはかわいらしくも思えるが、それでは泰継殿には伝わらないよ。君のその花のような愛らしさを、柔らかい気持ちの揺れを、素直に出せばいいのだよ」
 だが、このアドバイスは、今一つ花梨にはぴんと来なかった。翡翠の言わんとするところはわかるのだが、泰継に抱いている感情は、自分でも驚くぐらい激しく、抑えが効かない時がある。そんな自分に、男心に触れるかわいらしさなど、薬にしたくもあろうはずがない。
 そう思い至って、花梨は、唇を噛んだ。
(……せめて、神子としての私を、泰継さんに認めてもらえるよう、強くなろう。闘いの場で、無様な姿は見せないようにしよう)
泰継の前では、むしろ心に鎧を着ることを、花梨は心に決めたのだった。

「修行が足りないんじゃないの?」
「そんな暇があるなら、敵をやっつけて!」
 花梨が戦闘中に泰継に投げかける言葉は、厳しいものとなった。そして、泰継に対して厳しい分、自身も全力で怨霊に立ち向かい、決して退くことはなかった。その姿に、かつて気を散らし、混乱、動揺をしていた頃の面影はまったくなかった。花梨のそんな様に接して、泰継も自分を鼓舞せずにはいられなかった。
(神子のため……。神子を守るため……)
 二人の研ぎ澄まされた気は、次々と難敵を倒した。みごと怨霊を封印し、花梨と達成感を分かち合うその時こそ、泰継にとって、最高のひとときだった。 泰継の賞揚に応える花梨の表情は、りりしく引き締まり、さながら戦さ女神のように美しかった。
(神子は、強くなっている。そんな神子の役に私は立っている)
その実感が、泰継を満たしていた。
だが。あることに気づいた時から、花梨を見るたびに、胸に一抹の痛みを感じるようになった。それは日を追うごとに強くなり、時に泰継の心情を蒼く染め上げ、支配することとなった。
(どうして?)
 泰継は考えた。
(どうして、神子は他の八葉に向けるような、くつろいだ態度を、私には取らないのだろう?)
 同年輩の彰紋やイサトとは、うちとけて話している。泉水や幸鷹の話には、まじめに、興味深そうに耳を傾けている。かと思えば、翡翠や勝真にからかわれて、ふくれて見せることもある。無口で無愛想なあの頼忠とさえ、なごやかに言葉を交わしているのに、なぜか自分に対する時の花梨は、びりびりと張りつめているように感ぜられる。
神子の気が充実しているのは、よいことだ、と思う反面、そこまで張りつめては、まだまだ先は長いのにもたない、とも思う。
(……いや、違う)
 泰継は、自分の中にもやもやとわだかまる不快さの、ほんとうの原因を追及した。
(……私は、神子のあの柔らかい笑みを、向けてほしいのだ)
 戦闘中の、気迫に満ちた花梨は、確かに美しい。神子として仰ぐにふさわしい力を発揮しているし、花梨なら必ず京を救えると、信じられる。だが以前の彼女は、戦闘を離れた時には、どこにでもいる普通の少女らしい、てらいのない物言いや、無邪気な笑顔を見せたものだった。
 頼りなくも思えたそれらの表情、しぐさが、今となっては懐かしい。また……ここが、もっとも引っかかる点なのだが、他の八葉に対しては、変わらず愛らしさを振りまいているのに、なぜか、泰継に対する時だけ、花梨の顔は、緊張で引き締まるのだった。
(……わからぬ)
自分でいくら考えてもわからぬことは、本人に聞くしかないだろう。泰継は、その機会を作ることにした。
「神子、上賀茂神社へ行くぞ」
 朝一番に、泰継から告げられた唐突な言葉に、花梨は一瞬戸惑いを見せたが、それでもおとなしくついてきた。京の北に位置する上賀茂神社は、水気を司っている。この地に流れる気を、自らを介して、花梨にたっぷりと注ぎこんだ。 
そのことを告げると、花梨は納得して肯いた、が、今日ここへ伴ってきた目的は、気の補充だけではない。
「どうしたんです、泰継さん?」
 不意に黙りこくってしまった泰継に、花梨は問いかけた。そしてひょいと泰継の顔を覗き込んだ。そう、かつての彼女のように、無邪気なしぐさで……。
 そのおかげで、実は、どう切り出したものか、逡巡していた泰継は、ほっと肩の力を抜いた。
(やはり、神子が張りつめていたのは、気が不足していたからなのだな。この地で気を送ってよかった……)
 と、内心肯きつつ、泰継は、口火を切った。
「おまえは、このところいつも気を張りつめているように見える。張りつめたままでは、糸はいつか切れてしまう。時には緩めることも、必要だ」
 花梨の目は一瞬驚きのために見開かれたが、彼の言葉が終わる頃には、再び厳しく眉を引き締めていた。
「気を張りすぎって……。泰継さんてば、前に翡翠さんが、同じようなことを私に勧めた時に“おまえにはほとほとあきれ果てた”って、言ったじゃないですか。だから私、あなたの前では、神子としてたるんだ姿はけっして見せまいと頑張ってきたのに……」
 花梨の思わぬ反論に、今度は泰継が戸惑った。言葉の内容はむろんだったが、むしろなごみかけた花梨の表情が、かえって険しくなったことに、少なからず痛手を蒙っていた。何とか、神子に気持ちを収めてもらいたい……。泰継は納得してもらえそうな言葉を、懸命に探した。
「神子は十分に力を着けた。だから今は、そう気を張らずとも……」
「気を張らないと、力を発揮できないんです、私は! そんなに器用じゃないの!」
 花梨は、泰継をひたと見据えた。
「……あなたに、せめて神子として認められるために、精いっぱい頑張ってるのに……。……あなたは、あなたは……」
 最後まで言えずに、花梨は泰継に背を向けると、その場から駆け去った。
「神子……」
 遠くなる後ろ姿を見送る泰継の胸は、生まれて初めて“さびしさ”“かなしさ”そして「傷つけてしまった……」という苦い悔いに痛んだ。
「私は、ただ、神子に微笑みを向けてほしい、と……」
 そのささやきを聞いたのは、上賀茂神社の木々の葉を揺らす、風だけだった。

「何なのよ〜〜〜、もおっ!」
 泰継と別れた後、花梨はまた布団のなかで、悶々としていた。いつにない泰継の誘いに、驚いたものの、でも嬉しかった。その誘いの目的が、気の補充と聞かされても……二人だけで時を過ごせることに、ときめいていた。少し舞い上がっていた、とも思う。けれど、花梨が、全身全霊をかけて彼の前で“完全な神子”をやってみせようとして来たのは、事実だった。
 そんな自分の努力を、一番認めてもらいたい泰継に否定されたようで、花梨はかなり頭に来ていた。
「ああ、もお〜〜っ!」
 怒りの余り、部屋の隅に枕を投げつけ(泰継を思うたびに流れた涙を吸って来た枕である)布団のへりを噛みしめる花梨だった。(これも夜な夜なやったために、実は布地が薄くなりつつある)
 しばらく思う様怒りの衝動に身を任せ、冷静さを取り戻してみると、今日の泰継の行動と言葉が、自分への思いやりから来たものだということは、十分理解できた。
(神子としての、ね……)
 どう考えても、泰継は、結局神子としての自分にしか、関心がないのだ……。その思いは、二律背反的に、花梨の心を切り刻んだ。ほんとうのところは……ひとりの少女としての自分に、関心を持ってほしい。あぶくのように、わき上がってくるその願いを押し殺して、完璧な神子であろうと努めて来たのだったから。
 ひとしきり涙にむせんだ後、花梨は、ふっと布団の中から抜け出し、部屋の隅にしつらえられている鏡台の前に座ってみた。そっと鏡を覗き込んでみると、そこには泣きはらした自分の顔が映し出された。
「やだ……ひどい顔」
 慌ててあり合わせの懐紙で、目の周りや頬をを押さえ、髪の乱れも整えた。そして、もう一度つくづく鏡の中を覗き込んでみた。
「……美人とまではいかないけど、そんなにひどくもないよね?」
 この世界に来るまでに、男の子から「付き合ってくれ」と申し込まれたことだってあるし、魅力がゼロというわけでもないだろう。……であるのに、これほどひたむきに思っている相手に、一向に自分の心が通じないのは、どうしたことなのだろう?  それは、彼が神子を守ることを使命とする八葉だからなのか。
 翡翠の言っていたことを思い出す。
『君のその花のような愛らしさを、柔らかい気持ちの揺れを、素直に出せばいいのだよ…』
 この言葉の中身を、もう一度検証してみる。
(……少なくとも、翡翠さんは、私のことをかわいらしい、と思ってくれるわけね)
 もっとも、翡翠の言うことだから、多分にリップサービスが含まれていることを、差し引かねばならないが。では、他の八葉たちには、どうなのか。自分の“花のような愛らしさ”というものが、通じるものなのか。
(……やってみよう。そのうちに、泰継さんに振り向いてもらえる方法だって、わかるかもしれないし)
 花梨は、鏡台の引き出しの中から、紅を取りだし、そっと唇にさしてみた。朱い紅は、花梨には、少々強すぎる色あいだったが、
(思い切りが肝心よね)
 鏡の中の自分に、言い聞かせた。

(……また、違う香を焚いている……)
 最近、花梨の部屋に近づくたびに、泰継の鼻腔は、違う匂いをとらえた。異世界から来た花梨は、香のことなど、まったく知らず、力の具現で手に入れても、首を傾げていたものだが、近頃は随分と関心を持っているらしい。また、前にも増して、八葉たちの出入りが多くなったようでもある。今も、泰継が歩む渡廊に、花梨の部屋から、談笑する声が響いて来た。
 京に仕掛けられた呪詛を払い、四神を解放していくうちに、八葉たちと神子との絆は、自然と深まっていった。それは泰継自身も感じていることだ。神子と自分は、つながっている、と確信できる。だが、最近の神子と八葉たちとの交流は、以前とは少し色合いが違って来ているように思える。どこが、と言っても、うまく理にかなった言葉にできるものではない。しかし、泰継がもどかしさを覚えるのは、その変化に当てはまる概念を見出すことができないためではなかった。
(……神子は、一体……?)
 解けない疑問を抱えたまま、花梨の部屋の前までたどり着くと、ちょうど退室してきた幸鷹に出会った。
「これは、泰継殿」
 涼しい笑みとともに、目礼を送って来た幸鷹は、わずかに上気して見えた。
「神子殿に同行されるために、いらしたのですか」
「ああ、そう言うおまえは、どこへ行くのだ?」
「私は、今日、内裏でどうしても外せない職務がありまして、同行できないことを、神子殿にお断りに来たのです」
 そう語る幸鷹の袖から、新鮮な薫りが立ち上るのを泰継は、気づいた。
「おまえが、そのように薫りを焚きしめているのは、珍しいな」
「ああ、これですか」
 幸鷹の頬に、更に血の色がのぼった。
「神子殿が、今、香を焚いて下さっていたので…それが移ったのでしょう。……私の好きな侍従の香りです」
「そうか……」
 花梨が幸鷹のために、香を焚いている……。その事実を知った時、泰継の胸の中に、黒い霧のような感情が、立ちのぼった。
 幸鷹が、“しあわせ”という書き文字を背負った風情で立ち去った後、泰継はもやもやとしたわだかまりを抱いたまま、花梨の部屋の御簾を上げた。
「神子、失礼する」
 足を一歩踏み入れた時、泰継は胸の中の霧が、一層暗く、濃くなるのを感じた。
「あ、泰継さん」
「ごきげんよう、泰継殿」
 室にいたのは、彰紋だった。青い煙が細く立ち上る香炉の傍で、花梨と彰紋は膝をつき合わせるほど近々と向き合い、なごやかに語らっていたのである。
「……神子、今日は外出せぬのか」
「あ、出かけます。泰継さんが来てくれて、ちょうどよかった。今日は幸鷹さんも彰紋くんも、一緒に出られないんで、一人で出るわけにも行かないし、他の人が来てくれるのを待っていたところなんです」
「彰紋は、同行しないのか?」
「ええ、僕、今日は、帝からお召しがあって、宮中に参内しなくてはならないんです。その前に花梨さんから頼まれていたものを届けるために、こうして寄らせて頂いたんですが……。つい長居をしてしまいました。泰継殿も来られたことですし、僕はそろそろ失礼しますね」
 言いながら、彰紋は腰を浮かせた。
「では、花梨さん、また新しい材料をととのえておきますね」
「うん、楽しみにしてるね。今日はわざわざ届けてくれて、ありがとう」
 この時、二人の間に笑みとともに交わされた視線には、何か秘密めいたものがあるように、泰継には感ぜられた。
 彰紋は、優雅な所作で、泰継に会釈すると、彼の脇を通り抜けて行った。彰紋が傍を通った瞬間、その袖から立ち上った菊花の薫りが泰継の鼻をかすめた。
(……よい薫りだ)
 彰紋が、調香に造詣が深いことは知っていたが、彼が自分で合わせたと思われるその薫りは、ひときわ高雅でゆかしかった。一瞬、その香に酩酊するような心地さえ覚えた泰継だったが、ふと見ると、花梨も夢見心地、といった表情で、彰紋を見送っていた。
(……神子?)
 その表情に、なぜか胸が引き絞られるように、痛んだ。
(……なんだ? この痛みは??)
 そんな泰継の心中を、知るよしもないだろう花梨の口から出たのは、追い打ちをかけるような言葉だった。
「彰紋くんの香って、ほんと深みがあるっていうか、すてきですよね……」
 泰継の胸は更にきりきりと痛んだ。
(なぜ……? 神子が彰紋の香をほめたからと言って、こんなに苦しいのだ? 私も、今、感嘆したものを)
「泰継さん?」
 無反応な泰継に、花梨は不審そうにに呼びかけた。泰継は、自らの動揺を悟らせないため、辛うじて応えを返した。
「……そうだな。……私も、菊花の香は、好ましいと思うが……彰紋の香は別……」
 泰継が、皆まで言い終わらないうちに、花梨の様子が一変した。
「今、なんて言いました?」
先ほどまでのうっとりした表情から、急に真顔になった花梨の、真剣なまなざしが泰継に注がれた。
「?? 神子、急にどうしたのだ? 私は、ただ彰紋の香は格別だと……」
「その前です! 確か泰継さんも菊花の香が好き、みたいなこと言いませんでした?」
「ああ、確かに……。私も好ましいと……。それがどうしたのだ?」
「いいえ、何にも!」
 花梨は、にっこり笑みを浮かべてみせた。
「??」
 花梨の態度の急変に戸惑いつつも、泰継は彼女に見とれずにはいられなかった。
(光を宿した神子の瞳は、美しい…)と。
 その光が、何を意味するものか、泰継は、知る由もなかったのであるが。この時の花梨の心情を一言で表すなら、まさに「よっしゃああ!」だったのである。

 その後、やって来たイサトと共に、三人で外出したのだが、花梨は絶好調だった。怨霊を封印するその姿には、凛々たる気迫がみなぎっていた。そうした花梨の姿は、今の泰継には頼もしいというよりも、ある不安を抱かせた。
(そんな美しさを、無防備に見せては……)
 その不安が的中した、と泰継が感じたのは、戦闘中にイサトがふと洩らした一言だった。
「花梨って、かっこいいよな」
 それを聞いた瞬間、泰継の中で、何かが弾けた。
(……神子をそんな風に見つめていいのは、私だけだ)
 思いを自覚した時、からだが勝手に動き、イサトの背中目がけて(それでも、ぎりぎりのところで手加減をして)気を放っていた。
「痛ってぇ〜! 何しやがんだ、泰継!……って、おめえ、混乱してるのか? 目が据わってっぞ?」
「……」
(混乱……か。怨霊もなかなか役に立つ穢れを移してくれるな)
 以降も混乱した風を装い、泰継はイサトに数度攻撃をした。その際、気力、体力を吸収するまじないもかけて。
「大丈夫? イサト君」
 戦闘終了後、花梨は札を使って回復を行ったが、まじないのために、イサトは肩で息をして、立ち上がることさえ辛そうな有様だった。
「相当、消耗しているな。イサトは、今日はもう戦闘に臨まない方がいい」
「こ……これぐらい、どうってことないぜ」
 持ち前のきかん気で、強がってみせるイサトを、花梨は案じた。
「でも、イサト君、顔色悪いよ。無理しない方がいいんじゃ……」
「神子の言う通りだ。怨霊との闘い、先はまだ長い。ここで無理をすれば、後々まで響くことになるやもしれぬ。今日は、もう休め」
 根が素直なイサトは、花梨と、思いがけず泰継に掛けられたいたわりに、感じ入ったようだった。
「……わかったよ。二人がそう言うんなら、俺は今日はもう帰る。泰継、花梨のこと、しっかり守ってやれよ」
「無論だ」
「大丈夫? イサト君。一人で帰れる? お寺まで送っていこうか?」
 花梨の言葉に、二重唱がかぶさった。
「心配いらねーよ」
「その必要はない」
 泰継に強く言い切られて、強気に振る舞っていても、内心花梨のやさしさを喜んでいたイサトのほのぼのとした気分は吹き飛んでしまった。
(……なんだ? 今日の泰継は、妙な迫力がありやがるな。……殺気? まさかな)
「ともかく、俺、帰るわ。後はよろしくな」
 泰継の瞳の底にある剣呑な輝きに気圧されるように、イサトはそそくさと帰って行った。
「大丈夫かな、イサト君……」
「問題ない。あれも八葉、この程度のことで参ったりはしない」
(手加減はしたぞ)と内心泰継は、呟いた。
「そう……だよね。イサト君だもんね」
 ようやくイサトに対する心配をやめた花梨に、泰継はにっこり微笑みながら、言ったものだ。
「ところで、神子、これから二人でどこへ行くか、だが……」

 イサトのこの一件を皮切りに、泰継の表に裏にわたっての“花梨囲い込み工作”は始まった。他の八葉たちは、札集めなどの必要不可欠な場合を除いて、花梨と行動を共にしようとするたびに、トラブルに見舞われたり、やっかいな用事が降って湧いたりするようになった。(これらのトラブルを引き起こすにあたって、泰継の陰陽師としての才能が、いかんなく発揮されたことは、言うまでもない)
 また辛うじて、花梨と同行することになったとしても、明王の課題などの、不可能な場合を除いて、泰継は抜かりなく花梨の傍を離れなかった。そして、イサトの時と同様、巧妙に他の八葉にダメージを与え、帰宅せざるを得ない情況に追い込むのだった。
 当然、他の八葉たちにしてみれば、次々と起こる不都合に、居心地の悪さや、苛立ちを感ぜずにはいられない。
「ったく、この頃、調子が悪いったらないぜ」
「そうですね。札集めそのものは、順調に進んでいるのですが。ことあるごとに、障害が生じるように思えます」
 仏頂面の勝真に、幸鷹が同調した。
「私の行いが、御仏の道にかなっていないから、このようなことになるのでしょうか…」
「いえ、けっしてそのようなことは…。しかし、確かに私も不都合を感じることが多うございます」
 うつむく泉水を慰める頼忠にしてみても、やはりフラストレーションは溜まっているのだった。
「そうだね、ここいらで何か手を打った方がいいかもしれないね」
「翡翠殿は、何か原因に心当たりがあるのですか?」
「まあ、なくはない、といったところかな」
 薄く笑う翡翠に、幸鷹は詰め寄った。
「それは、一体何なのです? 打つ手があるのなら、教えて下さい。私たち八葉一同に、小さいとはいえ、次々と問題がふりかかっているのですよ? ことによっては、神子殿にまで類が及ぶかもしれない!」 
「まあ、幸鷹殿、落ち着きたまえ。神子殿には、何も悪いことは起こらないよ。むしろ、彼女自身にも、好ましい事態だろうからね」
「?? 一体、どういうことなのです??」
「もったいぶらずに、はっきり言えよ!」
「……ほんとうに神子殿に、害がないと言い切れるのですか?」
「あの……翡翠殿?」
 一同の詰問を、まるで無視して、翡翠はため息を一つ吐いた。
「私としては、かなり不本意なのだが。姫君自身の望みでもあることだし、ね。」
 その後、翡翠は花梨の元へ足を運んだ。半刻ほどの間に交わされた語らいの結果は、数日後に現れることになった。

「これは……神子からの文?」
 胸の高鳴りを抑えながら、泰継は石蕗の花が添えられた淡香の紙を広げた。
「明日の物忌みを、私と過ごしたいと……」
 神子を穢れから守るため、物忌みの日に、八葉を傍に置くのは、至極当たり前のことと知ってはいても、花梨が自分を選んでくれたことが、うれしかった。
(それに……)
 泰継の思いは更に膨らむ。
(それに、物忌みの折りには、神子と二人きりだ……)
 泰継自身がそうであるように、他の八葉たちと花梨も、分かちがたい絆で結ばれている。つまり、いろいろ策を弄しても、他の八葉たちを花梨から遠ざけることは、なかなか至難の業なのである。その日一日、ついつい緩む口元を隠しきれなかった泰継に、同僚の陰陽師たちが本気で脅えていたことに、彼はまったく気づかなかった。(気づいたとしても、意に介さなかったであろうことは、間違いない)

 そして、翌日。
「神子、失礼する」
 花梨の部屋に一歩足を踏み入れた途端、泰継は軽い酩酊を覚えた。
(これは……この薫りは……)
 焚き込められた薫りは、正しく菊花の香だった。
(私の好きな香を、私のために……)
 そう思うと、ちょっと胸が苦しくなるくらい、うれしかった。
「来て下さって、ありがとうございます、泰継さん」
 微笑んで迎える花梨は、いつにも増して愛らしく見えた。光のある瞳がひたと泰継に注がれる。
「そこにどうぞ座って楽にして下さい。今日は、一日一緒にいてくれるんですよね?」
「ああ……物忌みの日の神子は、ことのほか穢れの影響を受けやすい。それゆえ、八葉が傍にいて、穢れから守る」
 そのまなざしがまぶしくて、泰継は少し目をそらし、強ばった声で答えた。
(どうしてしまったのだ、私は……。神子の顔がまともに見られない……)
 そんな泰継の心中を、知ってか知らずか、花梨は彼の傍に膝を詰めて来た。
「穢れ……」
「そうだ、神子は…神子は清らかでなくてはならない。その神力を発揮するためにも!」
 がちがちに緊張している泰継に対して、何を思ったのか、花梨の目元はふっとほころんだ。
「でも……私は、神子である前に女の子なんですよ」
 そう言うと、花梨はふわりと泰継の左腕に、頬を寄せた。
「!!」
 花梨の袖にも、菊花の薫りが焚きしめられていた……深く……濃く……。そして、泰継は、その香に酔い……溺れた。

 それから小半刻後、泰継は、はっと我に返った。
「わた……私は何ということを……。神子を穢れから守るべき八葉が、神子を……」
 激しく動揺する泰継の肩を、花梨はしっかと掴み、その瞳を覗き込んだ。
「大丈夫です、泰継さん。私は神子の力を失ってなんかいません。むしろ、パワーアップしたんです」
「ぱわーあっぷ、とは??」
「神子の力の他に、もう一つの力を手に入れたんです」
「?? そんなことは、泰明の残した書き付けにも、どの書物にも載っていなかったが?」
 頭を抱える泰継に、花梨は見惚れるほどの、鮮やかな笑みを向けた。
「書物に載っていなくても、私自身が感じているんです。それは、女の子が持つ力……大好きな人を守る力です」
「大好きな人……。それは、神子……もしかして私のことか?」
「泰継さん以外の誰だって言うんです? それとも、私を疑うんですか?」
「神子を疑うなど……あり得ない……」
「なら、私を信じて下さい。神子の私も……女の子としての私も……。すべてあなたのために、私は強くなれるんだもの!」
「……神子……」
 深く心を揺さぶられて、泰継は花梨に手を差し伸べた。一層深まった絆を確かめ合うように、二つのからだは再び折り重なった…。

 
 しんしんと冷え込む朝、翡翠は花梨を訪ねた。ところが、部屋には彼女の姿はなかった。
「紫姫、神子殿は、どちらかな?」
「ようこそ、翡翠殿。神子様は、庭に出ていらっしゃいますわ」
「そうか、では、回ってみるよ」
 昨夜から降り積もった雪を踏みしめて、翡翠は庭に花梨の姿を探した。そして、立木の下でしゃがみ込んでいるきゃしゃな後ろ姿を見つけた。
「神子殿、何をしているのかね?」
「あ、翡翠さん、いらっしゃい。花を見ていたんです」
「花? 今時分に? ああ、石蕗の花だね。なるほど、寒さに負けない強い花だね」
「ええ、この花、泰継さんが好きだから、摘もうかと思ったんですけど、このままにして見せてあげた方がいいかなって、今考えてたんです」
「ほう?」
 翡翠は、すっと手を伸ばして、花梨のあごを指先で持ち上げた。
「ひ、翡翠さん……」
「すっかり美しくなって……。恋する乙女の華やぎが、内から満ちあふれるようだね。その美しさが、私ゆえでないことが、何とも妬ましいよ」
「もお〜」
 頬を朱に染めながら、花梨はすっと身を引いた。その身のこなしに、えん曲な、しかし明確な拒絶の意志を、翡翠は感じ取った。
「やれやれ、男を遠ざける術まで、身に着けられたか。すっかり恋の手練れになったようだね」
「知りません!」
「ははは、そんなに怒らないでくれたまえよ。私は自らの手で、最愛のものを勝ち得た姫君に、敬意を抱いているのだから」
 翡翠の心から楽しげな笑いに、花梨もつられて微笑まずにはいられなかった。
「からかってばっかりなんだから」
「いやいや、冗談抜きで、後学のために、伺いたいのだがね。あの物忌みの前に、私は、姫君に泰継殿の心が傾いていることを告げたが……。どうやって、あの泰継殿から、恋心を表に引き出し、通じ合わせたのだい?」
 真顔で尋ねる翡翠への答えに、花梨は目を泳がせた。
「それは……」
「それは?」
「乙女のヒミツです」
 一瞬、あっけに取られた翡翠だったが、すぐに頭をそらせて笑い出した。
「はははは、姫君、やられたよ。完敗だ」
 翡翠の豊かな笑い声を聞きながら、花梨は心中こっそり答えていた。
(私自身、ああもうまくいくとは思わなかったんだけど……。彰紋くんに、感謝、感謝だよね)
 そう、あの物忌みの日に焚きしめた菊花の香は、皇族に伝わる媚薬の材料を、彰紋が念入りに調合したものだったのである。
(彰紋くんと私のヒ・ミ・ツ)
 微笑む花梨の名を誰かが呼んだ。
「……ここにいたのか」
 愛しい男の声に、花梨の笑顔が一層輝く。
「いらっしゃい、待ってたんですよ、泰継さん!」
                                (終わり)


長い話に、ここまでお付き合い、ありがとうございました〜。
花梨ちゃん、本気モード全開ってことで^^
泰継さん相手では、押し倒すしかないでしょう、うん。
何とか八葉全員を出せたのが、自分としては、嬉しかった作品でした^^

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