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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
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加地企画「fleur」さんに提出した作品です。第2コンサート期間中という
設定のお題でしたので、そういう途中経過の話になっています。
初めて書いた地日でした。
この話と、ここのカテゴリー・コルダ2に収納している「加地君小話(2作目)」は、
アンコール発売前に書いた物です。
加地って”いじらしい子”と思っていたのと、であればこそ格好良く
書こうという意識がありました、アンコールプレイ前は。

ところが、アンコールプレイ後、加地はすっかり私の中で”いじり系イタイ子”に
変貌を遂げたもので、以降書いた物は、すべてそういう方向になってしま
いました^^; 今後、まともな加地が書けるのか、不安です(笑)

気の向かれた方は、アンコール前とアンコール後と、比較されるのも一興か、と。
あ、そう言えば、加地のネタ小話の続きをと、リクエスト頂きました。
(あんな思いつきのまま書いたイタイ話に、そういう要望があろうとは、思って
もみませんでした。やれ、ありがたや)
インテが終わったら、取りかかろうと思います。

では、今となっては懐かしい(?)まっとうな加地小話、どうぞ。

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「もう少しだけ」

 彼女の手提げの中から、携帯電話の着メロが鳴った。
「あ、ごめん。ちょっと待ってね」
 せき立てられるように、携帯電話を取り出し、僕に背を向けて応答する。
「うん、わかった。放課後、音楽室で、だね」
電話の相手に向かって、見えないのに、彼女はこっくりとうなずいた。その真摯さは、相手に対するものであり、そして……。
そして、一等大切なもののためであることを、僕は知っている。
 短い通話を切るなり、彼女は勢いよく振り返った。
「ごめんね、加地君。話の途中で……って、あっ!」
“すまない”っていう太字を貼り付けたような顔で、振り向いた瞬間、彼女は持っていたファイルを取り落とした。バサバサと広がるプリントの束。
「あん、もお〜」
 眉毛が八の字になる。こうして近くにいるようになって知ったけど、いつも一生懸命で、その分ちょっとあわてん坊なんだね。
 僕もかがんで、拾うのを手伝おうとしたら、彼女は散らばったプリントの上に、身を投げ出すようにして、かき集めた。
「見ちゃ、だめ〜〜っ!」
「あは、そう言われると、よけい見たくなっちゃうんだよね」
 彼女の腕の下から、素早く一枚を抜き取ってみて、僕は納得した。
「ああ、なるほどね」
それは、先週の古文の時間に行われた小テストだった。丸は、ちらほら……。あれだけ全力で隠すところをみると、他のテストも、似たり寄ったりの点数なのだろう。
「なるほどって……。そこで納得しないでくれる?」
「ああ、怒らないで。君は、やっぱりヴァイオリンの練習で、大変なんだろうなって思っただけだよ」
「そう! そうなのよ! ……はあ〜」
 照れ隠しの強弁と思いきや、彼女はほんとうに深いため息をついた。
「日野さん?」
「……人と、音合わせるのって、大変なんだね」
「アンサンブルのこと?」
「うん……。二人とも、真剣に取り組んでくれてるんだけど、こううまくかみ合わないっていうか……」
「……」
それは、そうだろう。彼女が、今アンサンブルを組んでいるメンバーの顔を思い浮かべて、僕は心の中でつぶやいた。ヴァイオリンが月森蓮で、ピアノが土浦梁太郎。二人とも技術は高いし、聴く者の耳を惹きつける自分の音楽の世界を持っている。
けれど、彼らが犬猿の仲で、しかもそれを取りつくろう努力を一切しないということは、知り合って間もない僕でも承知している。というか、この二人にアンサンブルを組むことを承知させただけでも、驚嘆に値する。
誰よりも清澄な音色を奏でる彼女が、なぜこの二人をはじめ、個性派ぞろいのメンバーと、アンサンブルを組むという難題に取り組んでいるのか。聞けば、この学院に住む音楽の妖精のためだという。
初めは冗談かと思った。けれど、彼女の態度は真剣そのものだったし、あの月森、土浦も、それを否定しなかった。コンサートメンバーだけに見えるというのは、どうやらほんとうのことらしい。そういえば、時折、彼女の周りに、うっすらと金色の帯のような軌跡が浮かび上がるのが、見える気がする。あれが、もしかしたら、妖精なのかもしれない。
それはともかく、彼女の眉が八の字になっただけでなく、眉間にたてじわが寄るほど悩んでいる姿は、見るに忍びない。……何か、僕が役に立てることはないんだろうか。
「ねえ、放課後の練習、聴きに行ってもかまわない?」
「え? うん、もちろん」
「じゃあ、それは後のお楽しみってことで。5時限目の英語の小テストのヤマかけ、今、さくっとやっとく?」
「……忘れてた。そう言えば、昨日、先生、そんなこと言ってたっけ。お願い、加地君、助けて〜」
「おまかせあれ。じゃあ、教科書、出して来て」
「うん!」
僕の促しに、弾かれたように反応して、教科書を取りに行く彼女の背中を、目で追いながら思った。
(僕ができることなら、何だってしてあげたい。君が笑顔になってくれるなら)


そして、放課後。僕は、彼女と一緒に音楽室に向かった。そこには、すでにピアノの前に座った土浦と、ヴァイオリンの準備をしている月森の姿があった。
けれど……。
(アンサンブルを組んでるっていうのに、何なんだろう、この……二人の間がぽっかり空いた雰囲気は……)
傍らの彼女の様子をうかがうと、多分同じことを考えたのだろう。困ったように眉が下がっている。でも彼女は、けなげにも何とか場を取り持とうと、ことさら明るい笑みを浮かべて言った。
「あ、ええと、お待たせ。私、遅れちゃったかな?」
「いや、そうでもない」
「おう、日野。なんだ、加地も一緒なのか」
「うん。アンサンブルの練習をするっていうから、ちょっと聴かせてもらおうと思って」
「それはかまわないが……」
 言いながら、土浦は月森にちらと鋭い視線を当てた。
「完成度、低いぜ? 誰かさんが唯我独尊で走ってるからな」
 土浦の棘のある物言いに、たちまち月森が反応した。
「俺はやるからには完璧を目指したいだけだ。自分のペースで振り回そうとしているのは、むしろ君じゃないのか?」
犬猿どころか、ゴジラ対キングギドラといった趣で、二人がにらみ合った時、果敢にも彼女が割って入った。
「あ、ええと〜。今日は、せっかく加地君も聴いてくれることだし。その辺り、客観的な意見も聞けると思うんだけど。ね、加地君?」
彼女の目が“ごめん、お願い”と訴えている。彼女は正しい。なぜって、僕はそのためにここに来たんだから。
「そうだね。僕は聴く専門だけど、いろんなオケやアンサンブルも聴き込んできた自信はあるよ。前のコンクールの録音、聴かせてもらったけど、君たち三人がどんな音を創りあげるか、とても楽しみなんだ」
“音を創りあげる”と言った時、月森も土浦も、そして彼女も何かぴんと来るものがあったようだ。そこで、もう一つ、笑顔付きで押してみた。
「言うなればこれは、地図のないところに新たな海路を切り開く、君たちの挑戦なんだよね?」
もやもやしているものを、言葉で具象化してやると、ポンっとスイッチが入って、事態が動き始めることがある。父に教わったことだけど、どうやらこの局面で効を奏したようだった。
「じゃあ、始めよっか」
彼女の言葉を皮切りに、三人がスタンバイする。流れ始めた旋律は「流浪の民」だった。二本のヴァイオリンが絡み合って紡ぎ出すエキゾチックな旋律を、ピアノが追いかけていく。みんな、かなり弾き込んでいる。技術に問題はない。このアンサンブルに必要なものは……きっと、それに向かって三つの音色を収れんしていく統一したイメージだ。
一曲、通しで聴いた後、僕は口火を切った。
「ねえ、これってジプシーのことを歌った曲だよね」
そんなことは百も承知だ、と言いたげな月森を、“まあ、聞いてよ”と目で制した。
「僕も、本物のジプシーを知っているわけじゃない。映画や本で、見ただけだ。ただ、こんな話が印象に残っているんだよね……」
それは、恋しい若者の心を手に入れるために、家族の魂を悪魔に売り渡し、ヴァイオリンに変えてしまった娘の話。僕が、この伝承を読んだ時に感じた、明日をも知れぬ流浪の身ゆえに、自分自身だけをたのみ、刹那の情熱に賭ける、そんな彼らの生き方について語ってみた。
「……まあ、あくまで彼らの一面に過ぎないんだろうけど。定住民にはあり得ない彼らの生き方に、シューマンは憧れとロマンチシズムを見たんじゃないかなって思うんだ」
三人の頭の中に、一つの映像が結ばれていくようだった。
深く、暗い森の中、ごうごうと燃えさかるたき火。酒を酌み交わし、哄笑する男たち。何代にも渡って、耳で受け継がれてきた旋律を、その腕を競うように楽人たちは奏で、音色に誘われて、大地を軽やかな裸足で踏みならす乙女たち。……そして翌朝、露を踏みしめて、彼らはまた、行方も知らぬ自由な旅の空の下に旅立っていくのだ……。
「ね? 音を通して、君たちは一時でも、彼らとともにあることができる。そして、聴く者も、あの宴の夜、旅立ちの朝に、連れて行くことができるんだ」
彼女が、夢見るように弓を取り上げた。土浦が、ピアノの前に座り直した。月森が軽く息を吐き、うなずいた。練習が再開された。


「まあ、今日はこんなところだろうな」
最後の和音の余韻が消えた時、土浦が言った。
「そうだな。今日は有意義な練習ができたようだ」
月森も、満足げにうなずいた。
「ありがとう、加地君。加地君のアドバイスのおかげで、ずっとよくなった気がする」
……彼女の瞳が輝くのを見るのは、とてもうれしい。そのうれしさと、音楽ができあがっていく過程を目の当たりにした興奮が、つい僕に言わせてしまった。
「僕は、君の役に立てた? なら、いいんだけど。……ねえ、よかったら、僕も君のアンサンブルの仲間に入れてもらえない? ヴィオラだけど」
口に出した瞬間、しまった、と思った。けれど、彼女の目が大きく見開かれ、そして笑顔が広がった時、その後悔は消し飛んだ。
「もちろんだよ! 加地君が入ってくれたら、きっと、もっとすてきな音楽ができるよ!」
 すてきな音楽を生み出すのは、他でもない君なんだ。でも、君が望んでくれるのなら……僕はもう少しだけ踏み込んでもいいのだろうか。
「なんだ、加地。やっぱり、おまえ、弾けたんだな」
「ヴィオラが入ってくれると、音に厚みが出る。リリの楽譜の中から、適当な物を探そう」
僕の申し出を、あっさりと受け入れてくれた土浦と月森。……僕には、君たちのような才能はない。これからその現実を思い知らされることになるだろう。
「加地君、一緒に私たちの音楽を創っていこうね」
期待に頬を染めて言う君と、同じ夢を見たい。祈るような気持ちで、僕は答えた。
「うん……。僕が君の役に立てるのなら……」
「じゃあ、明日から、宜しくね。今日はお疲れさま。一緒に帰ろう?」
僕の腕に、ふわりと触れる温もり。今、君のそばにいるという現実に賭けてみたい。
(僕が、君の役に立てるなら……)
不安と決意、そんな思いを押し込めて、僕は笑ってみせた。
「嬉しいな、君と一緒に帰れるなんて」
「また〜、加地君は大げさなんだから」
 くすりと君が笑った時、声が掛かった。
「お〜い、何やってんだ? 帰るぞ。金やんにどやされる」
土浦と月森が、音楽室の入り口で、僕たちを待っていた。
「今、行くよ〜」
軽く手を挙げ、君とともに歩き始めた僕の耳に、さっき聴いた「流浪の民」のメロディーと、最後の一節が甦ってきた。

ねぐら離れ鳥鳴けば いづこ行くか流浪の民
いづこ行くか流浪の民……

僕の困難な海路が、今始まろうとしていた。
                               終わり
                           
※「流浪の民」の歌詞は、石倉小三郎の訳詞から引用しました。
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