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管理人の書いた、乙女ゲーの二次創作保管庫です。
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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
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2月の終わり頃から取りかかってたSSなのですが、
なんやかやとずっと手を着けられず、今日やっとできました。
(短いのに……)
内容的に、3月を過ぎると、もう時期外れになってしまう
ので、何とか仕上げないとって、ずっと思ってました。
間に合ってよかったです。

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「雪が降った朝」


 この地方で、雪が積もるなんてことは、めったにないのだけれど。この冬の寒さは格別で、一夜にして、町が白く塗り替えられている、なんてことが、何度かあった。そんな朝は、僕はいつもより早めに家を出て、君を迎えに行った。
 さすがに道路が雪に閉ざされるということはなかったけど、濡れたアスファルトは滑りやすい。ゆっくり歩いても、十分始業に間に合うよう、時間のゆとりは見ておかなくてはならない。
 白い息を吐きながら、君の家に向かう間、いつも心配していた。今日も、元気な顔が見られるだろうか、風邪なんか引いてないだろうか。君の家のチャイムを押して、返事が返ってくるまで、それは続く。君のお母さんの声も、もう、すっかり覚えてしまった。
「はい、ああ、加地君……」
 この後に続くのが「ちょっと待ってね」なら、君と一緒に登校できる。
「ごめんなさいね……」なら、何かの理由で、一緒には行けない。それが、ただの寝坊だったなら、いいんだ。でも、体調が悪いとか、熱があるとかだと、気がかりで仕方なくなる。すぐにでも、君の傍に行きたくなる。もちろん、実際に行動には移さないけれど。病床に臥せっている君の安静を、妨げるなんて、できないから。
 幸いなことに、今日の君は、元気みたいだ。玄関前の植え込みに積もった雪を眺めているうちに、がちゃりとドアが開いて。目をこすりながら、君が現れた。
「おはよー、加地君……」
「おはよう、香穂さん。今朝は、ちょっと眠そうだね?」
「うん、眠い……」
 小さなあくびを、手で覆い隠す、そんなしぐさも、かわいくて、目が離せない。でも、ずっと君に見とれているわけにもいかないから、そっと肩を押した。
「じゃあ、行こう。道、滑りやすくなってるから、気をつけて。急がずに行こう」
「うん」
 黒々と濡れた道以外は、すべてのものが雪化粧をしている。人の足がまだ踏み入ってない公園の地面が、白く覆われているのを見て、少しぐらいならスキーできるかな? と、君は笑った。
 ポストとか、ゴミ箱の蓋とか、ありふれたものにまで、もれなく清しい白をまとわせる雪。凍る空気は、僕を、ほんの少し安堵させる。
(まだ、冬だ。春が来るのは、先なんだ……)
 春が来たら、卒業。
 君は星奏大学の音楽科、僕は文学科、それぞれの道に進むから。もちろん、同じ大学だから、折々顔を合わせることはあるだろうけれど。同じ始業に間に合うように、朝の道を歩くことは、もうないだろう。一日同じ教室で、机を並べることも、もうないだろう。
 ……そう思うと、もう少し冬が続けばいいのに、なんて願ってしまう。
 けれど、時も君も、歩みを止めない。
 君が、その心から、その指先から奏でる音に導かれて、進むべき道を決めた、あの時の晴れ晴れとした笑顔は、僕の心に焼き付いている。
 僕が選ぶことができなかった、音楽への道を、これから君は、悩み傷つきながら、それでも歩んでゆくのだろう。
 ……僕は、そんな君の隣にいてもいいのだろうか?
 張りつめた冷気に、肌を刺されて、頬を赤くした君の横顔を見ながら、自分の胸に、問いを繰り返している。

 この緩やかな坂道をのぼり、下れば、学院の正門前に行き着く。朝日が雪に照り映える中を、ゆっくり歩いていた時、何かに気づいた君は、小さな声をあげた。
「あ……!」
「どうしたの?」
 君の見ている先を眺めてみると、そこには小さな鉢植えがあった。
「ねえ、加地君、この花の名前、知ってる?」
 積もった雪の中から、緑の茎を伸ばし、うつむくように咲く、純白の花。
「これは、スノードロップだね。日本語の名前は、待雪草」
「待雪草? これが待雪草なの?」
 君は目を見開いて、驚きを表した。
「うん、そうだよ」
 僕がうなずくと、君はさも嬉しそうに花と僕を見比べた。
「うふふ、そうなんだ?」
「何、その花が、どうかしたの?」
「名前だけ前から知っていて、実物がどんな花なのかは、今まで知らなかったの」
 
 スノードロップ、待雪草は、春のさきがけとして、雪を割って、真っ先に花開く。冬の終わりと、春の訪れを告げる使者。
……そうして、改めて僕は気づかされる。
 今日という日が、雪に覆われていても、スノードロップがもう咲き始めている。春は……僕らの道が分たれる春は、もう目の前なんだ、と……。


 それから君は、話してくれた。小学生の時に、学校で先生が読んでくれた本のことを。
 大みそかの晩、継母に言いつけられて、雪深い森に、春の花である待雪草を摘みにやられる少女の話。森の奥で、十二の月を司る精霊に少女は出会う。どの月の精も、少女がいかに働き者であるか、やさしい気だての持ち主であるかを知っていて、特別に一時間だけ、春を贈られることになる。降り積もった雪が溶け、見る見るうちに芽を吹き出す森の木々。雪の合間から、次々と頭をもたげる待雪草。かくして少女は、継母に命ぜられたように、籠いっぱいの待雪草を摘むことができた……。

「このお話に出て来る、森を春にしてくれる四月の精が、大好きだったの。やさしくて、王子様みたいで」
 瞳を輝かせる君を見て、僕はほんの少しその四月の精に、嫉妬してしまった。顔には出さなかったつもりだけれど、少々気のない返事になってしまったのが、自分でもわかった。
「……ふうん。じゃあ、さしずめその四月の精が、香穂さんの初恋ってところかな」
「あはは、そうかもね」
 笑い声を立てた君は、ふっと言葉を切り、僕の顔を見上げた。
「……でも、お話の中の王子様は、もう、私には必要がないの」
 君の手が、僕の左腕に添えられた。
「こんな雪の日にも、私を助けて……あったかくしてくれる人がいるから」
 腕が……巻き締められた。君のぬくもりが、僕を発熱させる。
「か、香穂さん!」
 慌てて、からだを離そうとしたけれど、君の腕は、よりしっかりと巻きついて、逃げを許さなかった。
「……加地君の傍でなら、私、きっと、いつだって春を見つけられる」
 からだをすり寄せ、ささやくように言うと、君は照れたように笑って、手を離した。そうして、今、歩いている道の先を見渡すようにして、はしゃいだ声を上げた。
「今まで、気づかなかったけど、待雪草、たくさんあるんだね! そこにも、ほら、あそこにも!」
 それは庭先に、それはフラワーベースに。香穂さんの指し示す先に、白い小さな花は、雪の中から、顔を見せていた。
 目をはしこく動かして、たくさんの待雪草を発見して、君はまぶしいほどの笑顔で言った。
「ほら! たくさん、見つけたよ! ……加地君がいてくれたから!」
「香穂さん……」
 この時、胸に押し寄せて来た感情を、なんと表現すればいいのだろう。僕は……僕は……君の傍にいていいのだ。許容された安堵、いや、それ以上に、君が僕を必要としてくれる喜び……。
 君に、君の音に出会ってから、ずっと僕の胸を占め続けていた憧れと、それに伴う胸の痛みと……。積み重ねた想いが、その喜びと一緒くたになって、僕はうっかり涙ぐみそうになった。
「ありがとう、香穂さん……」
 辛うじて、涙は押しとどめたけども、きっと僕は情けない顔をしていたのだろう。君は、手を伸ばして、僕の頬に手を触れた。
「……お礼を言うのは、私の方だよ、加地君……」
 ……君から紡ぎ出された、心からの言葉。それは、手のぬくもりとともに、今まで聞いたどんな声より、やさしく、胸に沁みた。


 坂をのぼりつめようとしていた。一番高いそこに立つと、白く染め上げられた町の向こうに、海が広がっていた。どちらからともなく手を繋いで、見下ろせば、星奏学院の正門、校舎、ほぼ全景を視界にとらえることができた。短い間だったけれど、同じ時間を過ごし、同じ目標に向かって、音を磨き、重ね合わせた場所。
 ぽつりと君が言った
「もう、卒業だね……」
 僕の手を握る力が、ぎゅっと強くなった。僕は黙って、その手を握り返した。

“離れない、離さない”

 言葉に尽くせない想いをこめて……。

 すると君は、はっとしたように、僕を見上げた。潤みかけていた瞳から、憂いが消えた。
「そう、だね……。そうだよね」
 涙を振り払うように、君は明るい笑みをひらめかせた。
「行こ。遅刻しちゃう」
「ああ、そうだね。でも、慌てないで。滑らないように、気をつけないと。ああ、でも、心配しないで。もし、香穂さんが転んでも、僕が助けるから」
「うん!」
 君の手が、信頼とともに、委ねられる。僕らは長い坂道を下り始めた。
 後少ししたら、予鈴が鳴るだろう。
 
 僕らの残り少ない、いとおしい一日が始まる……。

                              (終わり)
 




ごぞんじの方も多いと思いますが、作中に出て来るお話は、
ロシアの児童文学作家マ/ルシ/ャークが書いた「森/は生/きて/いる」
という戯曲です。今でも、時折上演されたり、ミュージカルになったりも
しているようですね。

昔、岩波少年文庫版を持っていて、大好きでした。
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