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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
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「アンジェリーク・ヴァレンタイン・パーティー 2009」さんに
提出したものです。「ユーイにこんなことして欲しいよなあ^^」
という気分で書きました。

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「風と、星と……」

「……という感じで、惑星マヤンナは、見違えるほど発展していました」
 弾む声で、エンジュは報告を終えた。瞳を輝かせ、サクリアを届けた惑星の情況を語るその様子に、彼女がエトワールの使命に、やりがいと手応えを感じていることがうかがえた。朝も早いうちから、こうして執務室へ来て、報告をするその姿に、自分まで活力を与えられるようだ、とティムカは思った。
「そうですか。私の、水のサクリアが役に立っていると思うと嬉しいです。あなたのおかげですね、エンジュ」
 微笑みながら答えると、エンジュは笑って首を振った。
「いいえ、もっともっと、頑張ります! すべての人の希望を叶えることはできないけど、みんなが楽しそうに笑顔で暮らしているのを見ると、私もすごく嬉しいんですもの」
 一点のかげりもない言葉を、エンジュが発したその時だった。
「お〜い、ティムカ〜。いるか〜? 明日の会議のレジュメ……」
 ノックもなしに、一陣の風のように、部屋に入って来たのは、ユーイだった。
「ああ、ユーイ。前にも言ったと思いますが、部屋に入る時は、ノックをして下さいね。今のようにお客様がいらしていることもありますし」
「ああ、ゴメン。つい忘れちまって。って、お客様って、エンジュか……」
 ユーイがエンジュに目を向けた時、なぜか緊迫した空気が流れた。
(おや?)
 不審に思ったティムカは、二人を見比べ……エンジュの顔に浮かぶ険しい表情に驚いた。
「あの、エンジュ?」
 どうなさったのですか? と尋ねる前に、エンジュはぴしりと言った。
「では、ティムカ様。これから研究院にも行かないといけないので、失礼します!」
「エンジュ?」
 慌てて言葉をかけようとするティムカに付け入る隙を与えず、またユーイには一瞥もくれず、エンジュはさっさと部屋を出て行った。後に残されたティムカは、あっけに取られて、その背中を見送ったが、しばらくすると疑問が頭の中に渦巻き始めた。
 あまりにも、らしくない態度。快活で、それでいて、礼儀をわきまえたエンジュにしては、あり得ないと言ってもよかった。それにティムカの見たところでは、エンジュとユーイは、普段とても仲が良かった。お茶会などで同席すると、二人が肩をぶつけあうようにして、楽しげに笑い崩れる様を、よく見かけたものだ。
 そうした印象があるのに、エンジュの態度はなんとも解せなかったのだが。ついさっきまでは、あれほど楽しそうだったのだから……原因をユーイに求めるしかなかった。そのユーイはといえば、これまた憮然とした表情で。エンジュが出て行ったドアを睨みつけていた。
「あの……ユーイ? エンジュと何かあったのですか?」
 ためらいがちに声を掛けると、ユーイは苛立ちを隠せない様子で、髪をかきむしった。
「あ〜、アイツ、まだ怒ってるのか? オンナってのは、ホントにわからない!」
「ユーイ……。その、私でよかったら、相談に乗りますよ?」
 するとユーイは、それが特徴のまっすぐな瞳を、ティムカに向けた。
「ほんとか? 聞いてもらってもいいのか?」
「ええ。まあ、立ち話も何ですから。そこに掛けて下さい」
 促されてユーイは、どかりと来客用のソファに腰を下ろした。
「お茶でもいかがですか」
 ティムカは、いつでもお茶が飲めるように、保温力のある水差しに、熱い湯を入れて、部屋に常備している。顔が映りそうなほど、磨き上げられたステンレスの水差しから、ティーサーバーに湯を注ぐと、ふわりと南国の花の香りが、広がった。故郷をしのんで、特に取り寄せている香り高いお茶には、神経がぴりぴり張りつめた時や、心がささくれた時、ほっと安らがせる効果があるのだった。
 ユーイも、湯気の立つカップを受け取り、一口すすると、厳しく寄せていた眉根をほっと開いた。
「これ、うまいな。すごくいい匂いだ」
「ありがとう」
 ティムカは微笑んだ。その聡明な黒曜石の瞳が、せかすでもなく、穏やかに自分が話し始めるのを待っているのを感じて、ユーイはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「……2月に、アイツが聖地に帰って来た時のことだ。お土産だって言って、甘い菓子と貝殻細工を持って来てくれた」
「ちょっと待って下さい。2月にエンジュが帰って来た時と言うと……14日ぐらい、ですよね? あの……甘い菓子って、どんな?」
「ちょこれーとっていうヤツだ」
 ティムカは、やはりと、納得すると同時に、なぜエンジュが腹を立てているのか、おぼろげながら輪郭が見えた気がした。しかし、ことの次第をすべて聞かないことには、判断は下せない。ティムカは、2月14日に於けるチョコレートが何を意味するかをユーイに説明するのは、後回しにして、先を促した。
「それで、君は喜んで受け取ったのでしょう? どうしてエンジュが怒ることになったのですか」
「う〜んと、確か、貝殻細工を見たら、故郷のジーレを思い出すって、俺が言ったんだ。それで、魚のオイル漬けの話をしたんだよな」
「魚のオイル漬け、ですか」
「うん。ジーレのどこの家でも作る保存食だ。家によって、味付けや材料が少しずつ違って……ウマイものなんだ」
 ユーイは、懐かしそうに瞳を宙にさまよわせた。その気持ちは、ティムカにもよくわかる気がした。広々とした海に抱かれたティムカの故郷でも、それと似た料理はあったし、幼い頃から食べつけた味は、この聖地にあって、一層懐かしく思えるものである。
 ティムカが、共感のしるしに、深く頷いてみせると、ユーイは嬉しそうに白い歯をひらめかせたが、その先の展開は、どうやら楽しいものではなかったらしい。“難しい”と書いたような顔で、ユーイは話を続けた。
「そしたら、アイツが……私、背中の青い魚は食べられないんですって言ったんだ。それで俺は、一度食ってみたら、ウマさがわかる、堅いパンに挟んだのなんか、そりゃもうサイコーの朝メシだぞって、説明したんだけど。それでも、何か尻込みしてるみたいだったから、魚の油漬けを作れなかったら、ジーレじゃ嫁に行けないぞって言ったんだ。そしたら、怒って部屋を出て行っちまった。あれからまともに口を聞きもしないし、目も合わさない。一体どうしたっていうんだ?」
 言い終わるとユーイは、頭を抱え込んだ。その姿は気の毒ではあったが、同時にこれはエンジュが怒るのも、無理はないとティムカは考えた。
 ヴァレンタインに間に合うようにと、エンジュは贈り物の準備や、各惑星を巡る日程に、相当心を砕いたはずである。そうして、やっと帰って来たところへ、当のユーイにこんなことを言われたのでは……。ティムカは、どこからユーイに説明したものかと、考えを巡らせた。
 辺境の小さな港町で生まれ育ち、守護聖になるまで、そこから出たことのなかったユーイに、ヴァレンタインの行事や食習慣の違い(エンジュは、確か内陸の農業地帯の出身である)について、くだくだしく説明しても、すとんと心に落ちるとは思えなかった。ここは、直球に限ると、ティムカは判断した。
「ユーイ、一つお尋ねしますが……。魚のオイル漬けが作れなかったら、本当にお嫁には行けないと思ってますか」
 ユーイは、ばっと顔を上げ、目を丸くして、ティムカを見返した。
「いや、それは、ジーレでの話だ。だって、この宇宙には、いろんな星があって、それぞれの土地で、いろんな暮らし方がある。アイツは、それを俺に見せてくれたんだ」
「それがわかっているのなら、エンジュが魚を食べられなくても仕方ないとは思いませんか。彼女は農園で育ったのですよ。魚を口にする機会は、あまりなかったはずです」
「……確かに、そうだな。でも、俺、アイツには、ジーレの良さをわかってほしくて……」
「君がエンジュにわかってほしいと思うのと同じように、エンジュも君に自分のことをわかってほしいんですよ。それぞれまったく違う場所で生活して来て、違う感覚、考え方を持っている。でも、お互いが大切なら、それをすりあわせて、理解しあえるよう、努力できますよね」
「……そうだな。嫁に来てほしいんだったら、そういう努力はするべきだよな」
 ユーイが、大真面目に、何度も頷きながら言ったこの言葉に、ティムカは度肝を抜かれた。
「嫁に……って、ユーイ、君はそんな風に思ってるんですか!?」
「ああ。だって、アイツがエトワールになって、もう少ししたら一年経つだろう。アイツが使命を終えた後、一緒にいたかったら、嫁にもらうしかないんじゃないのか? だからこそ、魚のオイル漬けの話もしたんだ。……って、ティムカ、何、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔してるんだ?」
「い……いえ、何でもありません。ちょっと驚いたもので。そうですね。エンジュ自身がそう望むのなら……そういう方法もあるのかもしれません」
「だろ? 今はそうじゃなくても、その気にさせてみせる。でも、俺の気持ちを押し付けるのも、よくないから、じっくりアイツと話をするよ」
 ユーイは、屈託なく笑った。
「ティムカのおかげで、すごくすっきりしたぞ。ありがとうな!」
 どこまでもまっすぐな、清々しいほどの姿勢。ティムカには、まぶしくさえ感じられた。
「いえ、お役に立てたなら、嬉しいですよ」
「じゃあ、早速、アイツに会いに行って来る!」
「ああ、ちょっと待って! それなら、何か贈り物を用意した方がいいですよ」
「贈り物? なんでだ?」
「それは、今日が3月14日だからですよ」
 ティムカは、ユーイにもよくわかるように、噛み砕いて、ヴァレンタインとホワイトデーについて、話して聞かせた。
「なるほど、そういうことだったのか!」
 ユーイは、目から鱗が落ちたというように、ぽんと手を打った。
「だから、よけい腹を立てたんだな? ありがとう、ティムカ。すごくよくわかったぞ。じゃあ、まず、セレスティアで何か探して来る」
「そうですね。それがよいでしょう」
「ほんとに世話になったな。じゃあ、俺、行くよ。サラバだ」
 ユーイはソファから勢い良く立ち上がり、部屋の出口に向かった。そしてドアのところで、思い出したように、ティムカを振り返った。
「なあ、ティムカ」
「はい? なんでしょう?」
「俺、今日の恩は忘れないぞ。もしおまえが、誰かを嫁にしたいと思ったら、その時は俺、目いっぱい協力するからな」
 ティムカは、微笑まずにはいられなかった。
「ありがとう。心強いですよ」
「うん、忘れるなよ! 俺はお前の仲間で、味方だ!」
 海に降り注ぐ太陽のような笑顔を残して、ユーイは出て行った。その曇りない明るさに、ティムカは心温まる思いだったが……。ふと過去の痛みが、胸にきりりと甦って来た。
『僕のお嫁さんになって下さい』
 あの時、そうはっきり言えたなら……もしかしたら運命は変わっていただろうか。海に囲まれた故郷の美しい町。白い大理石で造られた懐かしい宮殿で、両親、弟、そして愛する民に囲まれて……。彼女と共に起き臥し、見つめ合い、語り合い、故郷の未来を、築いていく……。それはもう、叶わぬ夢となってしまった。白き翼を戴いた少女は、白亜宮の王妃ではなく、宇宙の女王となり、自分は女王に仕える守護聖となった。
今の自分に出来るのは、彼女への思いを別の形に変えて、新しい宇宙と、そこに息づく命を、共に育んでいくこと……。うずくような痛みを、改めて強い意志で封じ込めながら、ティムカは独りごちた。
(ユーイ……。どうぞ言うべき時に、言うべきことを、大切な人に伝えて下さい。私のように戻せない時を、悔やむことのないように……)


 陽が西に傾き始めている。エンジュは、重い足取りで、アウローラ号への帰り道をたどっていた。昨夜一週間ぶりに聖地に戻ってから、いろいろやることはあった。女王補佐官レイチェルをはじめ、守護聖たちへの報告、王立研究院でのデータのチェックと、次回の育成へのプランニング、などなど。
 多忙ではあったが、エトワールの使命に関することでは、疲れや不満は感じなかった。自分のなした育成、流現が、目に見えて宇宙に影響を及ぼしていることを、実感できたからだ。
 従って、今エンジュの足を重くさせているのは、職務絡みの問題ではなかった。少し冷たい夕風が、ひゅうと髪をなぶった時、エンジュはふとうつむいていた顔を上げ、空を見上げた。遥か上空では、金色に縁取られた雲が、どんどん風に押し流されていた。自由に吹き抜ける、風の強い力。それをとらえることなど、きっと誰にもできはしない。
 そう思った時、ぽろりと涙が頬を伝い、とある名前が口をついて出た。
「ユーイ様……」
 今日も、まともに話をできなかった……。そう思うと、せつなくて、やるせなくて、たまらなかった。一月前のヴァレンタイン、ありったけの想いをこめて、贈ったチョコレート。ユーイがこの行事の意味を知っているとは思えなかったが(事実その通りだった)、言葉にはできない想いを、託した。ユーイは、喜んで受け取ってくれたが、その後が悪かった。
 彼が故郷の食べ物のことを懐かしそうに話した時、理不尽な反発を覚えてしまったのだ。ユーイが故郷で過ごした日々の中に、自分、エンジュはいない。彼を、愛してやまない故郷から連れ出すことで、二人の時間は重なったのだった。
 何だか、その出会い自体を否定されたような気がして、つい魚は食べられないと言い放ってしまった。それに対して、ユーイが言った “嫁には行けない”との言葉がまた……思いのほかショックだったのだ。
 好きだ、という強い気持ちはあったけれど、そこまで考えたことはなかったはずなのに、おまえは俺と一緒に歩く資格がないと、言われた気がした。
(人の……人の気も知らないで……!)
 怒りと悲しみで、胸が押しつぶされそうになって、エンジュはユーイの前から逃げたのだった。
 それから一月……。エンジュは、なるべく聖地から遠い星系を巡るよう、日程を組んだ。ユーイに会ったら、感情のままに叫び出してしまうのではないかと思ったからだ。徹底的にユーイを避けるために、風のサクリアが必要な時には、神鳥の宇宙まで出向いて、ランディに拝受を願った。
 そうして、数回立て続けにランディの元を訪ねることが続いたある日。容姿は似ていないが、恋しい人と同じまっすぐな瞳をした神鳥の風の守護聖が言った。
「ねえ、エンジュ。聖獣の宇宙の、いくつかの星をこの間見て来たんだけど、伸びしろって言うのかな、まだまだ発展する可能性を持ってる感じだね」
「ほんとですか? ランディ様にそう言って頂けると、嬉しいです」
「うん。それでさ、こうして君が運んでくれている、俺の風のサクリアも、もちろん感じられたんだけど、俺のとは少し違う力も、働いているなあって、思えたんだよ。あれは、やっぱり、ユーイの風のサクリアなんだよな」
「……」
 ユーイの名前を聞いて、一瞬からだを強ばらせてしまったエンジュの様子を、ランディは、どう思ったのか。温かい声音で語り続けた。
「力強い鼓動のような、弾むリズムのような……。ユーイのサクリアは、やっぱり生まれたばかり聖獣の宇宙にとても似合っていると思うし、必要だと思うんだ」
 ランディは、一旦言葉を切ると、まっすぐな青い瞳を、エンジュに当てた。
「君だって、それはよくわかってるんじゃないかな。だって、君は俺よりずっと聖獣の宇宙に満ちる息吹や、サクリアを感じているはずだもの。ユーイの力は、宇宙に変化をもたらし、活力を与える。ユーイ本人だって、どんどん変わって、成長していってる。だから……」
 ランディは、にっこり笑った。
「後は俺が言わなくても、わかるよね? 君自身の胸の中に答えはあるはずだよ」
「ランディ様……」
気持ちのこもった言葉に、涙がにじみそうになったエンジュに、ランディは小さく拳を握ってみせた。
「頑張れ、エンジュ! 俺、いつだって、君のこと、応援してるよ!」
 そんな風にランディに言われてから、宇宙を巡る時、エンジュは努めて五感をすませるようにした、すると、確かに宇宙のそこここに、ユーイのサクリアの痕跡を感じることができた。
 荒れ地を切り開く人びとの歌声の中に、熱っぽく未来を語り合う若者たちの瞳の中に。ユーイの風のサクリアは、確かに息づいているのだった。そう思うと、本人に会いたくてたまらなくなったが、また別のためらいも生じた。
 そう、ユーイは、もはやまぎれもなく風の守護聖なのだった。出会った頃の、片田舎の少年ではない。聖地に来てからは、それまで発揮する機会のなかった、内面の力があふれだしているようだ。そんな輝きに見とれながら、それでも元々の純朴さは、少しも損なわれていない彼に、いつしか心を占められるようになってしまったのだが……。
 エンジュは、唇を噛んだ。
 そんなユーイを、奔放に輝く風を、自分のちっぽけな意地や独占欲で、とらえようとした……。叶うはずもないのに……。
 自分自身への怒りや、恥ずかしさ、それでも断ち切れない恋しさなどが、ないまぜになり、苦しみの固まりとなって、胸にせき上げて来た。涙とともに、口をついて出てしまったのは、やはり彼の名前だった。
「ユーイ様……」
 苦しい胸の内から、ついこぼれてしまったひとり言……のはずだった。ところが。
「おう、なんだ?」
 弾むような声が、応えた。思うあまり、彼の声を、幻で聞いたのだと、エンジュは思った。しかし。
「俺なら、ここにいるぞ!」
 目の前に、夏の日差しのような笑顔で立っているのは、まぎれもないユーイその人だった、
「ユーイ……様……」
 呆然と立ち尽くすエンジュの肩に、ユーイは手を伸ばすと、しっかりと抱き寄せた。
「会いたかったぞ」
 その一言で、息が詰まるほど、膨らんでいた悲しみや自己嫌悪、せつなさなどが、弾けた。
「ユーイ……様……」
 涙があふれだした。するとユーイは、更に強くエンジュを抱きしめた、その腕の強さが、温かさが、心の奥底に触れ、エンジュの涙は、もはやとどまることを知らなかった。ユーイの腕は、ただずっと、その涙を受け止め続けていた。大地に力強く根を張った若木が、小鳥を抱くように、ずっと……。


「あの星を知ってるか?」
 ユーイが、ふと夜空を指して言った。ともに過ごしたひとときで、わだかまりが解けた二人。すっかり陽も落ちたので、ユーイはエンジュをアウローラ号まで送ることを申し出た。
 行く先に、アウローラ号の優雅なシルエットと、船室から漏れ出す灯りが、もう見えている。そのアウローラ号の高い帆柱の上方の夜空に、青白い星がきらめいていて、ユーイはその星のことを言ったのだった。
「いいえ。何という星なんですか?」
「あれはな、北の皇帝っていう星なんだ。いつも北の空のてっぺんにあるから、船乗りはあれを目安に、航海をするんだ」
「そうなんですか。目印のような星なんですね」
「ああ……」
 ここでなぜか、ユーイはふいに黙り込んでしまった。
「ユーイ様?」
 不審に思ったエンジュが、顔を見直すと、後ろ手で、何かごそごそしていたユーイが飛び上がった。
「うわああ〜っ、まだだ! まだダメだ!」
 「まだって、何が?」
「いいから、おまえ、ちょっと目をつぶってろ! 俺がいいって言うまで開けるな!」
「ええっ!?」
 突然何を言い出すのかとエンジュは驚いたが、ユーイが夜目にも赤い顔をして、必死に言うのに対して、応えないわけにはいかなかった。
「ん〜、よくわからないけど、これでいいですか?」
「そうだ、そうしてろ」
 目を閉じて待っていると、うなじにほんの少しひやりとした物が触れた。
(何? この感触?)
 疑問が膨らんできたところで、ユーイの声がした。
「いいぞ、目を開けて」
「ユーイ様、一体何を? え?」
 答えを求めるエンジュに対して、ユーイは笑いながら、彼女の胸元を指した。
「これ……ペンダント!?」
 星をかたどった銀のペンダントは、かすかな星明かりにも、輝きを放った。
「ユーイ様、これ……!?」
「今日はちょこれーとのお返しをする日なんだろ? だから、おまえに、それを……星をやる」
「あ、ありがとうございます……」
 (まさか、ユーイ様が、お返しのプレゼントを下さるなんて……)
 驚きと嬉しさで、感極まって、輝くペンダントを見つめ続けるエンジュの耳に、静かな声が届いた。
「どこを旅しても、その星を目安に、俺のところへ帰って来い。俺は……お前の港になるから……」
「ユーイ様!」
 弾かれたように顔を上げると、ユーイの姿は、もうそこにはなかった。
「え!? ユーイ様、どこ?」
  周囲を見回すと、今来た道を走っていくユーイの姿を認めることができた。
「今日は、これでサラバだ! また明日な、エンジュ!」
 大きく手を振るユーイに、エンジュも応えた。
「ええ、また明日! ありがとうございました〜!」
「おう〜!」
 そんな短いやりとりの間に、早くもユーイの後ろ姿は、小さくなっていった。
「素早い!」
 エンジュは見送りながら、苦笑した。もう少し、あの静かな声を聞きたかった、と。
(でも……)
 エンジュは胸にきらめくペンンダントを、そっと指で挟んだ。
(明日、また会える……。そして、いつでも、帰ることができる、ユーイ様の元へ……!)
 想いが込められた銀の星に、そっと唇を当てると、エンジュは歩き始めた。アウローラ号の灯りは、そんな彼女に「お帰り」というように、やさしく瞬いていた。

                                 (終わり)


野生児というより、生活力のありそうな、いいお父ちゃんになりそうなところが、私はツボなのですが。しかし、時々ウインクなんかするんだ、コイツは〜〜。
”天然タラシ”と呼んでます、個人的に。

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