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管理人の書いた、乙女ゲーの二次創作保管庫です。
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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
このブログ内の文章の無断転載は、固くお断り致します。
また、同人サイトさんに限り、リンクフリー、アンリンクフリーです。
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一周年リクエスト期間中に、拍手にてヴィクロザの続きを
期待するとのありがたいお言葉がありました。
ですので、リクエストという風に、拡大解釈させて頂きました^^

もっとも前の「ヴィク×ロザ小話」の続き、というよりは、
同じ路線の話、という感じになってしまいましたが(汗)
ですので、前のお話を読んでいなくても、大丈夫ですので、
初めての方も、お気軽にご賞味下さい。

舞台設定はSP2で、ヴィクトールがまだ精神の教官だった頃の
お話です。クサイ注意報を発令しておきます、念のため^^;

拍手




「いっそ、無邪気に」

「今日も上天気ね」
 日差しのまぶしさを和らげるために、額に手をかざしながら、ロザリアは呟いた。親友である女王アンジェリークのサクリアに護られた聖地は、基本的にいつも好天で、穏やかな気候だ。
 時折「雨(雪)も、いいわよね」と、アンジェリークが気まぐれに降らせる以外は。
 いや、気まぐれに見えて、実は聖地の住人の目には見えない緊張やストレスを、アンジェリークが敏感に感じ取って、必要に応じてやっていることを、ロザリアは承知している。それが彼女の女王たる所以なのだ。
 ロザリアは額にかざした手を下ろして、そっと頬に当て、目を伏せた。聖地の穏やかさは、今のロザリアの心境にはそぐわなかった。時にさざ波のように、渦巻く潮のように、最近心が騒いで仕方がないのだ。下手をすると、補佐官の職務も手に付かないほどに。
 女王アンジェリークに、できれば今の自分の不安定さを悟らせたくはない。宇宙全体の調和を一身に担っている彼女に、よりによって補佐官たる自分が、よけいな心配を掛けたくはない。しかしその反面、隠しおおせるはずがないこともロザリアにはよくわかっていた。
(……まったく、脳天気なくせに、変にカンだけはいいんだから、あの子は)
 ロザリアの憂いは深かった。
 と、その時、日差しをさえぎるような長身の誰かが、彼女の前に立ち現れた。
「こんにちは、ロザリア様」
 低い声で名を呼ばれて、ロザリアのからだは小さく跳ねた。恐る恐る目を上げると、不安定の元凶がそこにいた。
「こ、こんにちは、ヴィクトール」
 ジョギングの途中なのだろう。トレーニングウェア姿のヴィクトールは、至極リラックスした様子だった。
 ところが、相対するロザリアは、そうはいかなかった。最近、どうもヴィクトールに会うと、気持ちが上がったり下がったり、心中穏やかならざる自分を持て余しているのだ。また、そんな動揺を押し隠そうとすると、自然態度も表情も緊張せざるを得ない。
「ロザリア様?」
 ヴィクトールの穏やかな金色の瞳が、心配そうにロザリアを見つめる。授業中はすこぶる厳しいと評判の精神の教官は、一旦学習の場を離れれば、誰にでも、気さくに接する。
 そんなヴィクトールも、聖地に来た当初は、戸惑っている風に見えたが、今はすっかり馴染んで、守護聖たちや教官仲間のみならず、聖地の住人にも親しまれている。
 ロザリアもまた、しかり。彼女よりずっと年長の男性であるヴィクトールには、親愛とともに、自分にはない視点を期待して、意見を求めたりすることも多くなっていた。
 だが、最近そのロザリアの様子が、どうもおかしいように、ヴィクトールは感じていた。そもそも聡明で有能な女王補佐官は、ヴィクトールが聖地に馴染めるよう、何くれとなく心配りもしてくれていたはずなのに。
 優美な中にも、羞じらいの見え隠れする、あの笑顔を見せてほしい。ヴィクトールは、心中それを願いつつ、ロザリアに言葉を掛けた。
「顔色がすぐれないようですが、お体の具合でも?」
「い、いえ、そんなことはありません。ご心配には及びませんわ」
「そうですか……」
「……」
「……」
 途切れた会話が、ロザリアを焦らせる。このままだとヴィクトールは、行ってしまう。できれば……できれば、もう少し言葉を交わしていたい。ロザリアは必死に言葉の接ぎ穂を探した。
「ヴィク、トールは、ジョギング中ですの?」
「いや、もう一走りして来て、休憩を入れようと思っていたところです、庭園のカフェテラスで。よければ、ロザリア様も一緒にどうですか?」
「わ、わたくしも?」
「ええ。ここは少し日差しが強いようだ。冷たいものでも飲んで、休まれた方がいいですよ」
 ヴィクトールの手が差し伸べられ、ロザリアの肩をふわりと包んで、促す。その手が触れた瞬間、ロザリアの動悸は高まったが、大きな手のひらから伝わるぬくもりに、ふうっと緊張がほどけていった。
 ロザリアは、そのぬくもりに押されるまま、歩き出した。雲を踏むような気持ちで……。
 カフェテラスの座席に腰を落ち着けると、ウェイトレスがきびきびと注文を取りに来た。
「いらっしゃいませ」
「おう、今日も元気そうだな」
「はい」
 すでにヴィクトールと顔なじみらしいウェイトレスは、営業用より少々テンションが高めのようにロザリアは思われた。
「いつものになさいますか?」
「おう、そうしてくれ」
「かしこまりました。補佐官様は何になさいますか?」
「わ、わたくしは……」
 ヴィクトールとウェイトレスのやりとりに、注意を払っていたロザリアは、自分に振られたこのしごく当たり前な問いに、戸惑ってしまった。
「わたくしは、その……」
 日頃はありえない、はっきりしない対応になっていることに、ロザリア自身がいらだっていた。
(こんなことで、何をおたおたしているの!)
 自分を叱咤しつつ、しかし、それ以上に”いつもの”が何であるのかが、気になった。
「”いつもの”って何ですの?」
「何、レモネードですよ。運動した後に飲むとすっきりするもので。また、ここのはうまいですしね」
「では、わたくしも、それで結構ですわ」
「そうですな」
 ヴィクトールは肯き、じゃあ、それで頼むと、ウェイトレスに取り次いだ。そして、ロザリアの方へ向き直ると、あたたかく彼女を見つめた。
「ロザリア様は、やはり少しお疲れではありませんか。ビタミンCやクエン酸は、疲労回復に効きますよ」
「え、あ、はい」
 その慈父のようなまなざしに包まれると、動悸は高まるのに、全身はほわりと温かくなる気がする。ロザリアの唇に、自然と笑みが浮かんだ。
「そうですわね。心配して下さって、ありがとうございます」
すると、ヴィクトールは大きく笑みを広げ、肯いた。
(ああ、ロザリア様が、やっと笑ってくれた……)
 ほっとするのと同時に、心の奥底から、熱い泉のように思いがわき上がって来る。
(そう、あなたには、いつもそんな風に笑っていてもらいたい……)
 言葉には出さなかったが、そのまなざしには熱が宿った。
「ヴィクトール……?」
 ひたと見つめられて、鼓動が更にはやくなるのと同時に、甘やかな痛みがからだの深みを走るのを感じて、ロザリアはふるえながら目を逸らした。
「あ、いや……。すみません」
 ロザリアの動揺を、自分の不躾な視線ゆえと解釈したヴィクトールは、視線を外し、彼女に対する気持ちを、どうやら不用意に表に出してしまったことを、反省した。年に似ない聡明さを備えているが、初心な少女である彼女を、脅かしてはならないのだ、と。
 幸い気まずい間が空く前に、よいタイミングで、オーダーした飲み物が運ばれて来た。
「ああ、来ましたよ」
 先ほどのウェイトレスが、冷えて白くなったグラスを、二人の前に供した。ヴィクトールの前には、グラスだけではなく、小さな包みも置かれた。
「何だ、これは? 注文していないが?」
 ヴィクトールが問うと、ウェイトレスはにっこり笑って答えた。
「この間のお礼です。運動の後って、甘いものがいいんじゃないかと思って。クッキーなんですけど、受け取って下さい」
「なんだ、礼なんかいいのに。気を遣わせたな。ありがとう」
「いいえ」
 ぺこりと頭を下げて、ウェイトレスは立ち去った。それを見送ったヴィクトールは、ふと不穏な空気が向かい側の席から流れてくるのを感じた。振り向くと、ロザリアが、何やら先ほどからのとは明らかに違う緊張感を漂わせ、つんと頭をそびやかせて彼を見つめていた。
「ロザリア様? どうかなさいましたか?」
「いえ……。先ほどのウェイトレスさんとのやりとりが、わたくしにはよくわからなかったものですから……。この間のお礼というのは、何ですの?」
「ああ、それは失礼しました。恐らくこの間、彼女の帽子が風に飛んで、木に引っかかったのを取ってあげたことでしょう」
「……それだけ、ですの?」
「ええ。わざわざ礼をするほどのことでもないのに、律儀な子ですね」
 和やかな話題として、軽く笑ったヴィクトールは、ロザリアのまとう雰囲気が、一層緊張、というより険悪さを増したことに当惑した。
「ロザリア様……?」
 全身から冷たい炎のようなエネルギーを放射しながら、ロザリアは言った。
「ヴィクトール……」
「は、はい」
 ロザリアは艶然と微笑んだ。繊細な彫刻のような美貌に浮かぶ、凄いような笑みが、ヴィクトールを圧倒する。
「今後、あなたが運動後に飲むレモネードは、わたくしがお作りしますわ。かまいませんこと?」
「えぇ?」
「ビタミンCにも、クエン酸にも配慮した、最高のレモネードをご用意しますわ。ですから、宜しいわね?」
「それはありがたいことですが……。ロザリア様のお手をそんなことでわずらせるわけには……」
「いいえ。女王候補たちの教育をお願いしている教官の健康に気を配るのは、補佐官として当然のことですわ。明日もジョギングはなさいますの?」
「は、はあ、そのつもりですが」
「わかりました。早速準備しますわ。今日はこれで失礼します。明朝、お届けしますわね」
 言うや否や、ロザリアはすっくと席を立ち、頭を昂然と上げて、店を出て行った。
「ロザリア様、ちょっとお待ちを!」
 呼び止めようとしたが、ロザリアの”有無を言わせない”意志に満ちたまっすぐな背中は、振り向くことなく、ずんずん遠ざかって行くのだった。
「一体、どうしたんだ、ロザリア様は……」
 あっけに取られて、たたずむヴィクトールの背後から、くくくっと笑い声が上がった。聞き覚えのある声に振り返ったヴィクトールは、オリヴィエが飲み物を前にして、掛けているのを認めた。
「これはオリヴィエ様、いらしたんですか」
 夢の守護聖の華美な姿に、今までまったく気づかなかったことに驚きながら、ヴィクトールは声を掛けた。
 オリヴィエは、椅子の上で、からだを折らんばかりにして、それでも笑いをかみ殺しながら、言った。
「ああ〜、ヴィクトール、ほんとに面白いもの、見せてもらったよ」
「面白いもの、とは?」
「やるじゃないか、あのロザリアを本気モードにさせるなんてさ。ああなった以上、そりゃもう、明日までに比類なく完璧なレモネードを完成させるだろうね」
「!? なぜ、そこまで?」
 目を丸くするヴィクトールの様子に、こらえかねたように、オリヴィエは笑い出した。
「オリヴィエ様! 何がそんなにおかしいんですか?」
「ああ、ごめん。ごめん。怒んないでよ。理由を教えてあげるからさ。でも、ここで大きな声で言えないから……こっち、こっち」
 自分にはよくわからない理由で笑われて、不快感を覚えたヴィクトールだったが、オリヴィエがすまなさそうな笑みを浮かべて手招きをするのに、ついつり込まれて歩み寄った。オリヴィエは、ヴィクトールを店の端まで連れて行くと、耳元に口を付けるようにして言った。
「ロザリアが、あんなに必死になるのは、あんたをこの店に来させたくないからだよ、もちろん」
「はあ? この店に来させたくないって、一体、なぜです?」
「ほら、大きな声、出さない! 店に迷惑だろ! ああ〜、それにしても、あんた、ほんとにわかんないの? まあ、いいか。この際、詳細に解説したげる」
 オリヴィエは、更に声を低め、核心に触れた。それを聞いているヴィクトールの顔に、次第に血が上ってきた。
「しかし、そんな、まさか……!」
「まさかって、あんた、それしかないっての! ウソだと思うなら、明日、ロザリアに聞いてみな」
「しかし……」
「しかしも、かかしも、なぁい! た・だ・し〜、これだけは言っておくよ」
 オリヴィエは、ヴィクトールの首に、がっしりと腕を回した。
「ロザリアはね〜、私たちにとって、補佐官である以上に、大切な仲間だからね。下手に泣かしたら、守護聖全員と、何より陛下を敵に回すことになるから、そこは覚悟しな?」
 凄みを効かせた声でささやくと、オリヴィエはにっと笑った。
「じゃあ、まあ、頑張ってよ。今後の展開を楽しみにしてるから〜」
 そうして、心安だてにヴィクトールの肩をぽんぽんと叩くと、からだにまといつくひらひらした衣装をさばきながら、さっさと行ってしまった。オリヴィエの残したトワレに香りにむせながら、ヴィクトールは、まだ今聞かされたことを、信じられずにいた。
(まさか、そんな……)
 否定しながらも、ヴィクトールの胸の奥の温度は、静かに上昇していくのだった。


 森の湖の方から、白い靄が流れて来る。小道にたたずむロザリアの耳に、タッタッと規則正しい足音がまず聞こえて来た。そして靄の向こうから、人よりぬきんでて高い、待ち人の輪郭が現れ、次第にこちらへ向かって近づいて来るのを確認できた。
「ヴィクトール!」
 その名を呼ぶと、ヴィクトールは走る速度を緩め、呼吸を整えながら、ロザリアの前にやって来た。
「ロザリア様……。こんなに朝早くから……ここで待っていて下さったのですか?」
「ええ、だって、わたくし、お約束しましたでしょう」
 ロザリアは、にっこり微笑むと、手にしたバスケットから水筒を取り出し、ヴィクトールに差し出した。
「これ、ですの。お口に合うといいのですけれど」
「ほんとうに、俺のために、わざわざ……」
 ヴィクトールは、一瞬言葉に詰まったが、こみあげてくるものをぐっと飲み込んで、水筒を受け取った。
「ありがとうございます。今、一口頂いてもいいですか」
「ええ、もちろん、どうぞ」
 コップに注ぐと、新鮮なレモンの香りが立ち上った。口に含むと、そのさわやかな香気と、ほのかな甘みが広がり、また水のようになめらかに喉を通っていった。
「これは……。こんなうまいレモネードを飲んだのは、初めてですよ」
 感嘆するヴィクトールを、ロザリアは上目遣いに見た。
「ほんとうに? お世辞ではなく?」
「俺は世辞なんて言えませんよ。ほんとにうまいし、からだがしゃっきりする気がします」
「よかった……。それなら……」
ロザリアは言いかけて、目を伏せた。ここから先が、ほんとうにヴィクトールに言いたいことなのだ。
(それなら、もうカフェテラスには行かないで。あの人には会わないで)
 言いあぐねて、もじもじしているロザリアに、ヴィクトールは笑いかけた。
「ロザリア様、すみませんが、このレモネードの作り方を教えてもらえませんか。そうしたら、俺は自分で作って、ジョギングの時でもいつでも飲むことができますし。わざわざ店に行く必要もなくなりますしね」
 その言葉に、ロザリアは弾かれたように反応した。
「作り方を教えて差し上げたら、もうあのカフェテラスには、行かない、そういうことですのね?」
「ええ」
 一番の気がかりが、どうやら解消されるとみて、ロザリアはほっと胸をなで下ろした。
「もちろん、お教えしますわ」
「はい、ありがとうございます」
「でも……」
 ロザリアは、一瞬ためらったが、思い切って口にした。
「でも、時折は、わたくしに作らせて下さいな。その……そうしたいんです」
 言い終えるとロザリアは、羞じらいにうつむき、うなじにまで色を上せた。その愛らしさ、いじらしさに、ヴィクトールの胸もとどろく。
 しかしヴィクトールは、自分と彼女の立場というものを考慮しないわけにはいかなかった。彼は自分の中で噴き上がってくる思いを、努めて押さえ込みながら、言葉を押し出した。
「それは、もちろん、作って頂けるのはありがたいですが……。ロザリア様……そんな風に、俺に肩入れされるのは、よいことではありません」
 ロザリアは顔を上げ、ヴィクトールを正面から見据えた。
「ご迷惑、ですの?」
 その語尾のふるえに、胸が痛むのを感じながら、ヴィクトールは言葉を接いだ。
「迷惑だなんてことはありません。そうではなく、貴女はこの宇宙の女王補佐官だ。何よりも、女王陛下の、そして守護聖の方々のために、そのお心やりを向けるべき方だと……」
 ヴィクトールが言い終わるより先に、ロザリアの瞳が蒼く燃え立った。
「あなたに言われなくても、補佐官としての責務を、わたくしは重々承知しています。そして、今までも、これからも、十分それを果たすことができると確信しておりますわ」
 たおやかに細いからだに秘めた、誇り。その輝きに打たれて、ヴィクトールは、思わず地に膝を付いた。
「申し訳ありません……。俺などが貴女に言う言葉ではなかった。身のほどをわきまえない差し出口、どうかお許し下さい……」
 頭を垂れ、非礼を詫びるヴィクトールの肩に、そっとロザリアの手が触れる。はっとしてヴィクトールが顔を上げると、ロザリアは唇を震わせながら、言った。
「それとも……あなたは、補佐官であるわたくしは、一人の方に思いを傾けてはいけないとおっしゃるの?」
「ロザリア様……」
 涙を流すまいとするのも、自分の真情を勇気を持ってぶつけてくるのもまた、彼女の誇り。押し殺そうとしたいとしさが、再び胸の奥底からつきあげてくる。自分の中に、譲れない確かな覚悟が固まるのを感じる。
 ヴィクトールは、ロザリアの手を取り、押し戴くようにしてから、自分の両手で包んだ。
「!? ヴィクトール……?」
「……今日から、貴女のお気持ちを、すべて俺は受け止めます。そして……俺の……心からなる思いを貴女に捧げます……」
「ヴィクトール……!」
 あふれ出した涙とともに、ロザリアの華奢なからだが、腕の中に飛び込んで来た。その匂うようなぬくもりを抱きとめながら、ヴィクトールは得がたい宝を、今手にしたことを実感していた。

 
 細い腕にいっぱい抱えた書類を、ざっと整えながら、ロザリアは言った。
「……というのが、現在の進捗情況よ。報告書に目は通しておいてね」
 女王の執務室。有無を言わせない勢いで、書類の束をどんと目の前に置かれて、女王アンジェリークは、唇を尖らせた。
「ねえ、ロザリア。私が理屈より感覚で宇宙を理解してるって、知ってるわよね?」
「ええ、もちろん。貴女のその感覚が素晴らしいことは、よく知っていましてよ。でも、だからと言って、実情や具体的な数字を知らなくていいってことにはならないわ。それを把握することで、より一層理解も深まるし、宇宙を発展させるためのヴィジョンもはっきり描けるというものでしょう。ですから、陛下、ぜひお目通し下さいね」
 鮮やかな笑みをひらめかせると、ロザリアはちらと壁に掛かった時計を見た。
「まあ、もう、こんな時間。そろそろ研究院の方に出向かなくては。では、陛下、また後ほど」
 言いながら、手早く研究院に持っていく書類ばさみなどをまとめると、ロザリアは、ヒールをかつんと鳴らして部屋を出ていった。
 後に残されたアンジェリークは、げんなりと肩を落とした。
「ああ〜、もお、ロザリアったら」
そんな女王に、オリヴィエが笑いながら声を掛けた。
「張り切ってるね〜、ロザリアは」
 女王の執務机の近くにしつらえられた応接用のソファで、こちらは優雅にお茶を飲んでいるところだった。
 アンジェリークは、オリヴィエの横にとんと腰を下ろすと、自分用にティーカップにお茶を注いだ。
「はっきり言って、張り切り過ぎよ。おかげで、こっちまで、とばっちりだわ」
 ふくれながら、お茶を口に運ぶアンジェリークに、オリヴィエは苦笑した。
「まあまあ、一時みたいに、しょげているより、いいじゃないか」
 そう言われて、アンジェリークは、しかたなさそうに微笑んだ。
「確かにね。あの頃、ロザリアは苦しんでいて……またそれを私が気づいていることを意識したら、一層苦しむのがわかっていたから、なんにもしてあげられなかった。それを思えば、元気になってくれて、ほんとによかったわ。やっぱり、ロザリアは、ああじゃないと、ね」
「うんうん」
「それはいいとしても……ちょっと困るのも確かだわね」
 アンジェリークは、執務机の上に山積みになった書類に目を走らせて、ため息をついた。
「もお〜、こうなったら、ちょっと意地悪しちゃう。明日は雨! きまり!」
「え〜、雨なの? クローゼットの整理をしようと思ってたのに」
「明後日以降、いつでもできるでしょ」
「まあ、そうだけどさ〜。明日、雨、なんだ〜?」
「もう、決めたの!」
「そこを何とか……、あ、もう一杯、お茶、どお?」
 こうして、翌日の天気をあきらめきれないオリヴィエとの間に、こんにゃく問答が小一時間続いたために、宿題の書類仕事をこなすことができず、アンジェリークは後でロザリアの叱責を受けることになってしまった。それが彼女の小さな怒りを、より増幅させたことは言うまでもない。


 先ほどまで天気だったのに、急に空が翳ってきた。そしてぽつりぽつりと雨粒が落ち、見る間に糸のように降り始めた。
「あら、雨だわ。アンジェったら、そんなこと言ってたかしら?」
 庭園の約束の木の下で、ロザリアは先ほどからヴィクトールを待っていた。葉をこんもり茂らせた枝は、雨をかなりさえぎってくれたが、次第に雨足は強まって来る。どうしたものかとロザリアが考え始めた頃、ヴィクトールが大急ぎで走って来るのが見えた。
「ヴィクトール!」
「お待たせして、すみません。ロザリア様。ここにいては、濡れます。どこか屋根のあるところへ……カフェテラスにでも……」
 言いかけてヴィクトールは、カフェテラスが鬼門であったことを思いだした。
「……ではなくて……学芸館の俺の部屋にでも。何のおかまいもできませんが」
「ええ、それがいいですわ」
 ロザリアが花のように微笑む。
「では、急ぎましょう。こちらへ」
 ヴィクトールは、自分の上着の前を開け、雨が掛からないようにロザリアを中に包み込むようにした。
「ヴィクトール……!」
 ヴィクトールの大樹のようにがっしりした体躯にかばわれる格好になったロザリアは、ほんのり頬を染めた。
「窮屈でしょうが、少し我慢して下さい。では、行きますよ」
 雨の中を、二人、走り出す。地面には、すでに水たまりができ始めていた。走るうちに、ロザリアの結い上げた髪は乱れ、ドレスの裾もしとど濡れた。でも、そんなことは少しも気にならない。ヴィクトールの心やりと体温に包まれているのだから。
(雨も……たまには悪くないわ)
 女王アンジェリークの思惑は、どうやら外れてしまったようだった。
「さあ、後少しですよ!」
 学芸館の瀟洒な建物が、行く先に見えて来た。
 ヴィクトールは、しっかりとロザリアの肩を抱き直すと、腕の中の彼女に微笑みかけた。
「中で、温かいココアでも、飲みましょう。作って下さいますか?」
 ヴィクトールの問いに、ロザリアは心からの笑顔で答えた。
「ええ、もちろん!」
「では、急ぎましょう」
 思い切りよく二人が踏み込む足音が、ばしゃばしゃと、いっそ小気味よく響き渡る。
楽しげに、てらいも体面も脱ぎ捨てて。
 降りしきる雨の中、その幸福な時間の目撃者となる者は、誰もなく。
濡れそぼつ無邪気な足音は、ただ二人の中に、一歩ごとに、確かに刻まれていくのだった。
                            
                             (終わり)



もっとあっさりするつもりだったのですが、思いの他、長くなってしまいました。
どうやら、前回より少し進展した感じではありますね。
いずれギャグも書きたいんですけど、ダメですかね〜?
まあ、ぼちぼちと^^
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ストライクです!!!(萌)
ぎゃーーーーー!(絶叫)
こんにちは、コマツバラさん!ののんです!
なんですか、なんですか、このドストライクなヴィクロザはっ!!!
大人のヴィク(ちょい鈍)と、見た目の割りに初心なロザ!!!ロ、ロザが嫉妬してるよ!きゃ、きゃわいい…!!!(きゃ?) でもってヴィクが何気にモテ男になっている…!?(笑) そして、珍しいものが見れたといいつつ、釘をさすオリヴィエ…!!!(悶)
一粒で二度おいしいと言ったのは某G社のアーモンドキャラメル&チョコでしたが(古)、私にとっては幼い頃のその甘美な思い出までも凌駕しるほど美味なお話!二度じゃねーです!三度おいしいお話ですっ!!!(力説)

…はっ!すみません、興奮しすぎてかぶってた猫がどっか行きました(笑)

ああ、でも、本当に素敵なお話でした!ちょっぴりどころかめっちゃ進展しましたね!(当社比) ヴィクが大人な分、ロザから歩み寄る気配がないとなかなか進展しないCPだと思うのですよー。しかもロザってあんなだから「好き」をちゃんと自覚する前に言動に出るってあると思うんですよねー。カフェテラスに行かせたくないと咄嗟に申し出たレモネードの件も、「なぜ私、あんなことを…」とか後で恥ずかしく思っていたりするといいです。でも、やっぱり店員さんと仲良くしてるところを見ると「こちらにいらして!」とか言ってぷりぷりすればいいんだ…!(萌)←トリップ

…はっ!またしても!(バカ)
すみません。自分とこで悶えろよっちゅー話ですね。わかってるんです、わかってるんですけど、萌えすぎて…!(懲りてない)
しかし、真面目な話、本当に楽しく拝見させていただきましたv仰るとおりギャグもいいと思います!ツンデレと朴念仁のラブコメ!読みたいーーー!

それでは、いい加減コメント欄に書き込んでいい長さじゃなくなってきましたのでこの辺で!(超迷惑)
可愛くてきゅんきゅんなお話ありがとうございました!
ののん 2008/09/27(Sat)17:11:07 編集
よかったです〜^^
こんにちは、ののんさんV
拙作で、そこまで萌えて頂けるとは……。
道/頓/堀のGリコの巨大看板のごとく、晴れやかなバンザイ気分です(笑)

>でもってヴィクが何気にモテ男になっている…!?(笑)
え〜、自分がウェイトレスだったら、ヴィクトールが来るのを、
職場の心の潤いにしますよ〜ん? 
しかし、カフェテラスのウェイトレスさん、ちと相手が悪かったようですな^^;

>…はっ!すみません、興奮しすぎてかぶってた猫がどっか行きました(笑)
どうぞ、お気遣いなく〜^^ 猫は重いですよ、うん。

>ちょっぴりどころかめっちゃ進展しましたね!(当社比)
ののんさんのお宅のヴィクトールのように、いつの日かロザリアを
呼び捨てにさせることが目標なのですが、拙宅のヴィクトールには、
道はまだまだ遠そうです(笑)
 
>カフェテラスに行かせたくないと咄嗟に申し出たレモネードの件も、「なぜ私、あんなことを…」とか後で恥ずかしく思っていたりするといいです。でも、やっぱり店員さんと仲良くしてるところを見ると「こちらにいらして!」とか言ってぷりぷりすればいいんだ…!(萌)←トリップ
か、かわいい〜(><) ぷりぷり! 今後取り入れてみたい要素です〜。

>ツンデレと朴念仁のラブコメ!読みたいーーー!
そーゆーこと、おっしゃると、木に登っちゃいますよ?(笑)
←(From「ヤッ○ーマン」)
ラブコメというかわゆいカテゴリーに属する物が書けるかどうかは、
ナゾですが。また、拙宅の亀の歩みカップルにお付き合い頂ければ
幸いです。温かいメッセージ、ありがとうございましたV

【2008/09/28 00:33】
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