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「百合の花、揺れて」
書類束を、白い指先が繰っていく。手入れの行き届いた桜色の爪。傷一つないこのたおやかな手は、刺繍針を持つのが一番似合うだろう。そんなことをぼんやり考えている時に、ふと名を呼ばれて、はっとした。
「ヴィクトール? どうかなさいまして?」
白い手の主、女王補佐官ロザリアが、怪訝そうに彼を見上げていた。
「あ……いえ、何でもありません」
「そう? ならいいのですけど」
ロザリアは、その瞳に一瞬怜悧な光を走らせたが、すぐに慎ましやかに目を伏せた。
「女王候補たちは確実に成長しているようですね。これからも宜しくお願いしますわね」
「はい」
自分よりずっと年下の、まだ少女といっていい年頃のロザリアだったが、今のヴィクトールにとって直属の上司といえるだろう。二人の女王候補の精神の教官として、聖地に招聘されて以来始まったこの上下関係に、ヴィクトールは戸惑わずにはいられなかった。
長年軍隊に身を置いてきたヴィクトールにとって、上下関係というものへの抵抗は無論ない。だが、従う相手が女性で、しかも武骨な軍人とはかけ離れたたおやかな佳人であるというのは、経験がなかった。
といって反感を覚えるというのでもない。女王補佐官という職務は、ロザリアに年齢に似ない落ち着きと、気品をまとわせていた。彼女は、自分とはかけ離れた別の次元に生きる女性としか思えなかった。そのためヴィクトールは、彼女に相対する時、敬意を抱くとともに、常に緊張せずにはいられなかったのだった。
「では、今日はこれで失礼します」
ヴィクトールの型どおりのあいさつに対して、ロザリアはちょっと眉をひそめた。
「あの……ヴィクトール」
「は?」
「その、職務の話はこれぐらいにして、少し他のお話をしませんこと?」
「他の話とおっしゃいますと?」
ヴィクトールが至極真面目に問い返すのに対して、ロザリアはどう答えたものかと、頭を悩ませた。このような堅苦しい雰囲気ではなく、もっとお互い親しみを増すような会話をしたい。それがロザリアの気持ちなのだったが、どのように切り出せばいいのか、わからなかった。なぜならロザリアにしてみても、ヴィクトールのような年長の、しかも軍人と関わるのは初めてのことだったからだ。
「ええと……」
突破口を開いてみたものの、次の手立てが見つからなくて、困惑していた時、救いの手のようにドアをノックする音がした。変に空いてしまった”間”から解放される絶好のタイミング。ほっとしたロザリアが「どうぞ」と応えるや否や、白い花の固まりが部屋に飛び込んできた。
「ロザリア、お待たせ! 百合が咲いたよ!」
香り高い白百合の大きな花束の中から、満面の笑みをこぼしたのは、緑の守護聖マルセルだった。
「あ、ヴィクトールさん。もしかして、僕、お話のじゃまをしちゃいました?」
ヴィクトールの姿を認めると、マルセルはすまなさそうな顔をした。マルセルの、そのあけっぴろげな感情表現に、ヴィクトールは微笑まずにはいられなかった。
「いいえ、定例の報告を終えて、今退出するところでした。それよりマルセル様、その花は?」
「きれいでしょ? ずっと前にロザリアに約束していた百合の花なんだ。今日やっと蕾がほころび始めたから、持って来たんだよ。ね、ロザリア?」
「ええ、そうですの」
ロザリアは、執務机の向こうから、いそいそとこちらに立ってきて、マルセルから花束を受け取ると、目を細めた。
「……いい香り。ありがとう、マルセル。実家にあったものと同じですわ」
百合の花束を抱えて微笑むロザリアを見て、ヴィクトールの脳裏に、ふっとある思い出がよみがえって来た。
『兄さん、どう? 似合ってる?』
故郷の夏至祭で、妹が十六歳の時に、初めて女王に選ばれた。百合の花を髪に、衣装に飾って、晴れやかに笑っていたその姿と、今目の前にしているロザリアとが重なる。
(ああ、夏至祭の女王のようだ……)
屈託なく笑い、浮かれ騒いだ祭りの夜。友がいて、家族がいた、懐かしくいとおしい、いくつもの夏……。ヴィクトールの心が、忘れていたあの和やかな美しい時間へと一気に遡っていく。
ふとロザリアは、ヴィクトールの視線に気づいて、目を上げた。
(え……?)
自分に注がれるその目のあまりのやさしさに、ロザリアの鼓動が一つ大きく打った。
(ヴィクトールがこんなやさしい目をするなんて……!?)
頬が熱くなるのを感じて、ロザリアの心は動揺した。平静を取り戻すために、ロザリアはヴィクトールに問いかけた。
「あの……ヴィクトール?」
ロザリアの声の響きに、困っている気配を感じて、ヴィクトールははっとした。
「こ、これは失礼しました。この花を見て、俺もつい故郷のことを思い出しまして」
(……花を見ていたのね)
ロザリアは、ヴィクトールの言葉に、ちょっとがっかりした。そしてがっかりしている自分に気づいて、はっとした。
(……? なぜがっかりしているの、私は?)
頭の中が疑問符でいっぱいになってしまったロザリアを後目に、マルセルがにこにこと問い返した。
「ヴィクトールさんの故郷にも、こんな百合が咲くんですか?」
「ええ、これほど立派なものではありませんが。ちょうど夏至の頃に咲く野の百合で、夏至祭の女王を飾る風習があるんです」
「わあ、すてきですね! ね、ロザリア?」
「え? ええ……!」
懸命に疑問を追究しているところに、マルセルに突然話を振られて、ロザリアは慌てた。しかしそこは、女王補佐官の威厳で取り繕ってみせた。
「……私の実家の方でも、夏至の時分に百合を部屋に飾りますの。以前、そんな話をマルセルとしたことがあって、その時した約束を覚えていてくれたのですわ。ヴィクトールの故郷にも、そんな風習があるなんて、偶然ですわね」
「そうですな」
ヴィクトールの目元が更にやわらぐ。
「夏の始まりは、どの星の住民にとっても、心弾むものなのかもしれません。お二人のおかげで、俺も故郷を思いだして、懐かしかったです」
「ヴィクトール……」
ロザリアもマルセルも、初めてヴィクトールの素顔に触れたような思いで、彼を見つめていた。すると彼は、はっとしたように、表情を引き締めた。
「俺の用事はもう終わりましたし、明日の授業の準備がありますのでこれで……。マルセル様、どうぞごゆっくり」
「うん、じゃあ、またね、ヴィクトールさん」
「……」
マルセルはにっこり笑い返したが、ロザリアはせっかく開きかけた扉が、目の前でばたんと閉められたような気がして、胸が痛かった。
ヴィクトールは軽く会釈し、退室しようとしたが、ふっと動きを止め、もう一度ロザリアに目を当てた。そしてしばらく、何事かを逡巡している様子を見せた。
「? ヴィクトール?」
「あ……いえ、何でもありません。では失礼致します」
ヴィクトールは、結局何も口に上せることなく、一礼して出ていった。
「ヴィクトールさん、何か言いたそうだったね」
マルセルが首を傾げた。
「ええ、そうですわね……」
ロザリアはマルセルに同意しつつ、心の中に薄雲がかかるのを感じていた。ヴィクトールは、何を言いたかったのだろうか。
「でも、百合の花がきっかけで、お話できてよかった。今まであんまりヴィクトールさんと話したことなかったから、僕、嬉しかったな」
そんなマルセルの無邪気さを、どこかうらやましく思いながら、ロザリアは、自分の中にわき上がってくるもやもやを持て余していた。
そのもやもやは、言うならば”不完全燃焼”というものだった。そうマルセルと違って、ロザリアは今の会話では満足できなかった。あのやさしい目の意味を知りたい。もっとヴィクトールの胸の内を知りたい。そんな思いが芽を吹き始めていたのだった。
それから数日後、ロザリアはもやもやを更に募らせることになった。それは執務室にやってきたランディが、何げなく口にしたことからだった。
「そう言えばヴィクトールさん、この頃学習がない時は、学芸館の裏の林によく出掛けてるみたいだな」
「学芸館の裏の林?」
なぜ、また、そんなところに? というニュアンスをこめてロザリアは聞き返した。そのこんもりと繁った林は、時折管理人が病虫害などが出ていないか、見回りをする程度で、聖地の住人もほとんど足を踏み入れることのない場所だったからだ。
「うん。ロードワークかトレーニングにでも行ってるのかなって思ったんだけど、そうでもないみたいでさ。どう俺に言ったらいいのか困ってる感じだったから、深くは聞かなかったんだけどね。何しに行ってるんだろうなあ」
と言いながらもランディは、さして強い関心がある様子でもなく、さっさと別の話を始めたので、ロザリアはそれ以上ヴィクトールの話を聞き出すことはできなかった。
中途半端な情報を知ると、かえって好奇心をそそられるものである。ランディから聞いて以来、ヴィクトールがひとりで林で何をしているのかということがロザリアの頭から離れなかった。とうとう職務も手に付かなくなって来て、これではまずいと感じ始めた。
「こんなことでは、ダメだわ……。なぜこんなに気になるのかわからないけれど……。とにかくヴィクトール本人に聞くのが一番だわ」
一旦結論が出た後の行動は、迅速だった。林に行く時間を捻出すべく、ロザリアは、早速職務の段取りを効率よく組み始めた。
くるぶしがすっかり埋まるほど伸びた下生えの草を踏みしめて、ヴィクトールは林の奥に入って行った。この場所であるものを見つけて以来、毎日のように通っている。それは、日頃心を砕いて女王候補たちに指導をしているヴィクトールをほっと和ませるものであり、また時期が過ぎれば見られなくなるものでもあった。
「まだ、咲いているな」
深い木立の中に、群がり咲く白い野百合。それがヴィクトールの見つけたものだった。それは以前ロザリアの執務室で見た園芸種より一回り小さかったが、ヴィクトールの故郷の森に咲いていた花によく似ていた。
あの日、ロザリア、マルセルと話をしてから、ヴィクトールは急に故郷の百合が見たくなって、聖地の中でも咲いていないものかと、あちらこちら探してみた。すると、そんな彼の思いを叶えるかのように、この林の中に野百合の群落を見出すことができたのだった。
白くやさしい花姿、立ち上る香り。それらはヴィクトールに、故郷の夏を思い起こさせた。きらめく陽光、青々とした麦畑、そして飾り付けた高い柱の周りで、夜通し踊る夏至祭。祭りの主役である華やかな女王。
さながら百合の化身のような清らかな女王の顔は、最初は妹だったのだが……いつの間にかロザリアになっていた。
『ヴィクトール』
ヴィクトールのイメージの中で、女王に扮したロザリアはあでやかに微笑みながら手を差し伸べる。
『ヴィクトール、さあ、夏の始まりよ』
その白い手を取り、踊りの輪の中へ……。
そんな夢想を、いつしか思い描くようになっていた。
振り返れば、王立派遣軍の軍人として、長い年月あちらこちらの惑星を渡り歩き、災害救助など厳しい任務につくことが多かったヴィクトールは、ゆっくり故郷のことを思い返す暇とてなかった気がする。
そしてあの大災害により、多くの部下を失ってからは、なおのこと自分を罰するように、厳しく律してきた。
そこを買われて、今回女王候補たちの精神の教官という役目が回って来たのだが。美しく平和な聖地に来て、純真な女王候補たちを教え導く仕事をしているうちに、責任の重さはあれど、殺伐とした思いから随分と解放されてきたのも事実だった。そんな中で、あの百合の花を見た時、押し殺して来たヴィクトールの感情が、一気に動き出した。
忘れていたあたたかな思い……美しいものへの憧れ……それを取り戻すきっかけになったのが、あの百合であり……そしてロザリアだったのだ。
もっともヴィクトールは、そうした感情を表に出すことは、よしとしなかった。自分のような武骨な男が、そんな感情を抱いていることなど、まるで似合わしいとは思えなかったし、ましてロザリア本人にそれを気づかせるなど、もってのほかだった。
(任務を終えて、聖地を去る時まで、そっと仰ぎ見るだけでいい……)
そうして、あの美しい面影を、自分は胸の中に畳み込んで生きていける……そう思っていた。この林の中は、いつしかロザリアという心の女王を秘かに想うための、彼の神殿となっていたのだった。
と、その時だった。背後に軽い足音がした。
「ヴィクトール?」
鈴を振るような声で名を呼ばれて、振り返ったヴィクトールは、まだ自分が夢想の中にいるのだと思った。ほっそりとあでやかな、ヴィクトールの憧れそのもののようなその姿。しかし軽やかにドレスの裾をさばいて、彼のもとへ歩んでくるロザリアは……まぎれもなく本物だった。
「ロ、ロザリア様……」
うめくように呟いた後、ヴィクトールは言葉も出ないほど、狼狽した。全身の血がどっと逆流するのを感じる。どんな危険な現場にあっても、常に勇猛果敢に飛び込んでいったヴィクトールが、今たった一人の乙女の前で、指一つ動かせず、立ちすくんでいた。
そんなヴィクトールに対してロザリアは、一体何ごとかという不審と、もしかしたらとんでもない失敗をおかしたのではないかという不安を同時に抱いた。
(あんなに強ばった顔をして……)
ロザリアはヴィクトールのその強ばった顔が、怒りの表情に変わることを、泣きそうな思いで恐れながら、それでも勇気をもって口火を切った。
「あの……ヴィクトール。驚かせてごめんなさい。あなたがよくここへいらっしゃるとランディに聞いて……少しお話したいような気がしたもので、来たんですの。その……不愉快な思いをさせたのなら、ほんとうにすみません」
ロザリアの語尾のかすかな震えが、ヴィクトールを我に返らせた。自分の未熟さゆえの対応で、彼女の心を痛めさせてはならない。
「こちらこそ申し訳ありません、ロザリア様。その……急にいらしたもので、みっともなく慌ててしまいまして。しかし、ロザリア様が俺に謝られることなど、一つもありませんので、どうかお気に掛けられませんよう」
胸に手を当て、深く頭を下げた。いつも通りのその態度と深い声音に、ロザリアは安堵を覚えた。
「……それなら、いいのですけれど。ええと、では、お聞きしてもよろしくて?」
「何でしょう? 俺に答えられることでしたら、何なりと」
「ここによくいらっしゃるそうだけれど、一体何をしていらっしゃるの?」
「な、何をと言われましても……」
いきなり一番知られたくないところに切り込まれて、ヴィクトールのせっかく取り戻した落ち着いた態度は、もろくも崩れかけた。まさか、貴女のことを想っていましたなどと言えるはずもない。頭から湯気が出そうなほどのぼせ上がりながら、ヴィクトールは必死に適当な答えを探した。
「ああ〜、その〜、つまり……は、花を見ていました」
その答えを受けて、ロザリアは初めてヴィクトールの背後に目をやった。
「花? ああ、この百合の花を、ですのね? きれい……。こんなところにこんなに咲いているとは、少しも知りませんでしたわ」
ロザリアの関心が、まっすぐ花に向かったのを見てとって、ヴィクトールはひとまず胸をなで下ろした。後は矛先がヴィクトールの抱いている特別な感情に向かわないように、慎重に振る舞わねばならない。努めて冷静を装いながら、言葉を接いだ。
「俺もつい最近見つけまして。その……この百合は、俺の故郷に咲いていたのとよく似ているんです」
「ああ、それで。ここで故郷をしのんでいらしたのね」
「まあ、そういうことです……」
「そう……」
肯きながら、ロザリアは眉をひそめた。
「……そんなに故郷を恋しく思われるなんて……。ヴィクトールにとって、この聖地はそれほど居心地の悪い場所なのかしら」
ロザリアが憂わしげな表情をするのを見て、ヴィクトールはまた慌てた。
「いえ、それは違います。仕事にもやりがいを感じていますし、ここでは過ぎるくらい厚遇してもらってますし、居心地が悪いなどということは、けっして!」
「では、どうして?」
ロザリアが、きっと柳眉を上げて、ヴィクトールを見つめる。
「どうして、私たちにもっとうち解けて下さらないの?」
「ロザリア様……」
引き結ばれた唇。青く澄んだ瞳にうっすら浮かぶ涙。その問いが彼女にとって、重要なものであることを物語っていた。
その涙を見た時、ロザリアに対して構えていたヴィクトールの心に、潮が満ちるように、共感が広がっていった。
(俺は、この方を自分とは違う次元で生きている、かけ離れた存在だと思ってた。でも、それはどうやら間違っていたようだ……。このひとは、こんなにも心柔らかく、やさしい……。俺と同じところに立とうとしてくれている……)
そう気づいた瞬間、胸の中にこれまでとは違ったいとしさが込み上げて来た。
(俺は、このひとと、思いを分かち合いたい……。大切に思うこと、美しいと思うことを……)
ヴィクトールは、わきあがる思いをそのまま瞳に映して、ロザリアを見つめた。
「……許して下さい。俺は、貴女のことを雲の上の人だと思って、距離を置いていた。でも、そうじゃないんですね」
「ヴィクトール……」
「少しずつ、俺のことを知って下さい。そして、貴女のことも教えて下さい」
「ヴィクトール……ええ!」
ロザリアの白い頬に、涙が転がる代わりに、笑みがこぼれた。ヴィクトールも微笑みを返し、ちょっとためらったが。足元に咲いていた百合をそっと一輪摘んで、ロザリアに差し出した。
「これを髪に挿してもらえませんか。夏至祭の女王のように。貴女にきっとよく似合う……ずっとそう思っていたんです」
「ええ……これで、いいかしら?」
白い百合を、艶やかな髪に飾り、ロザリアはちょっと恥ずかしげにヴィクトールを見上げた。ヴィクトールは、その初々しく咲いた花のようなかんばせを心に刻みこんだ。女王試験が終わり、聖地を離れる時が来ても、この面影が胸から消えることはない、と。
「ありがとうございます。……よく似合います」
「そ、そう?」
日差しを溶かしたような、金色の目で見つめられて、ロザリアは全身が熱くなるのを感じた。高鳴る胸をそっと両手で押さえながら、思い切って言った。
「その……あなたの大切な思い出につながる場所だと思うのですけど、私も時々ここに来てもかまいませんこと?」
「ええ、もちろん」
「で、では、また、ここで。今日は失礼しますわ」
ロザリアは、咳き込むように別れの言葉を告げると、そそくさと身を返そうとした。
「ロザリア様、お待ち下さい。お送りしますよ」
「だ、大丈夫ですわ。ごきげんよう」
そう言うと、ロザリアはほっそりしたからだを鹿のように翻して、去って行った。残されたヴィクトールの胸には、ほわりとした温もりが残った。だが同時に、うっすらと懸念が兆してきた。万が一にも、ロザリアが自分を異性として意識するようになったら、と。
年齢に似ない有能さと聡明さを備えているとはいえ、初心な少女である。身近に接する男に、親近感から、そういう感情を抱くようにならないとも限らない。
ヴィクトールは思い決めた。いずれ聖地を去る身である自分が、これからも長く女王補佐官として歩んでいく彼女の心に、下手に入り込むようなことがあってはならない、と。気楽に話せる父のような年長の友人、その辺りが適当な位置だろう。ヴィクトールは冷静にそう見極めた。
だが、その冷静さとともに、大切に、大切に、ロザリアの心を守りたいという想いもわき上がってくる。白い百合は、そんなヴィクトールの胸の内を知るように、微風の中で肯いていた。
(終わり)
ということで、何やら思わせぶりになってしまって、すみません(汗) 恋の予感、うふっ♪ という終わりにしようかとも思ったのですが、ヴィクトールさんの年齢と性格考えたら、そう浮かれることもできないんじゃないかって。
ヴィクロザは、双方とも自制心があるゆえに、ためらいがあるのではないかというのが、私的萌えポイントの一つです。(他にもいっぱいある・笑)
レオナードやアリオスだったら、ぶっちぎりそうなところを、一歩踏みとどまるのが、ヴィクトールさんじゃないかと思うのです。
んで、そのためらいをいかに脱ぎ捨てていくか。そこを詰めていくのが楽しいですね〜、でも書き手の腕が要りますね〜、チャレンジャーですね〜。
(↑ この話も、アラがあるの、自分でわかってます。未熟者で申し訳ない……)
十分書ききれるか、自信ないのですが、このブログやオフで、少しずつ二人のお話を書いていきたいと思っています。エトワール編もいいなあ^^
他にもいろんなものに手を出しているので、とろい歩みになるでしょうけれど(汗)お付き合い頂けたら、幸いです^^
ところで、迷いの森って、学芸館の裏ではなかったですよね?(汗)
書類束を、白い指先が繰っていく。手入れの行き届いた桜色の爪。傷一つないこのたおやかな手は、刺繍針を持つのが一番似合うだろう。そんなことをぼんやり考えている時に、ふと名を呼ばれて、はっとした。
「ヴィクトール? どうかなさいまして?」
白い手の主、女王補佐官ロザリアが、怪訝そうに彼を見上げていた。
「あ……いえ、何でもありません」
「そう? ならいいのですけど」
ロザリアは、その瞳に一瞬怜悧な光を走らせたが、すぐに慎ましやかに目を伏せた。
「女王候補たちは確実に成長しているようですね。これからも宜しくお願いしますわね」
「はい」
自分よりずっと年下の、まだ少女といっていい年頃のロザリアだったが、今のヴィクトールにとって直属の上司といえるだろう。二人の女王候補の精神の教官として、聖地に招聘されて以来始まったこの上下関係に、ヴィクトールは戸惑わずにはいられなかった。
長年軍隊に身を置いてきたヴィクトールにとって、上下関係というものへの抵抗は無論ない。だが、従う相手が女性で、しかも武骨な軍人とはかけ離れたたおやかな佳人であるというのは、経験がなかった。
といって反感を覚えるというのでもない。女王補佐官という職務は、ロザリアに年齢に似ない落ち着きと、気品をまとわせていた。彼女は、自分とはかけ離れた別の次元に生きる女性としか思えなかった。そのためヴィクトールは、彼女に相対する時、敬意を抱くとともに、常に緊張せずにはいられなかったのだった。
「では、今日はこれで失礼します」
ヴィクトールの型どおりのあいさつに対して、ロザリアはちょっと眉をひそめた。
「あの……ヴィクトール」
「は?」
「その、職務の話はこれぐらいにして、少し他のお話をしませんこと?」
「他の話とおっしゃいますと?」
ヴィクトールが至極真面目に問い返すのに対して、ロザリアはどう答えたものかと、頭を悩ませた。このような堅苦しい雰囲気ではなく、もっとお互い親しみを増すような会話をしたい。それがロザリアの気持ちなのだったが、どのように切り出せばいいのか、わからなかった。なぜならロザリアにしてみても、ヴィクトールのような年長の、しかも軍人と関わるのは初めてのことだったからだ。
「ええと……」
突破口を開いてみたものの、次の手立てが見つからなくて、困惑していた時、救いの手のようにドアをノックする音がした。変に空いてしまった”間”から解放される絶好のタイミング。ほっとしたロザリアが「どうぞ」と応えるや否や、白い花の固まりが部屋に飛び込んできた。
「ロザリア、お待たせ! 百合が咲いたよ!」
香り高い白百合の大きな花束の中から、満面の笑みをこぼしたのは、緑の守護聖マルセルだった。
「あ、ヴィクトールさん。もしかして、僕、お話のじゃまをしちゃいました?」
ヴィクトールの姿を認めると、マルセルはすまなさそうな顔をした。マルセルの、そのあけっぴろげな感情表現に、ヴィクトールは微笑まずにはいられなかった。
「いいえ、定例の報告を終えて、今退出するところでした。それよりマルセル様、その花は?」
「きれいでしょ? ずっと前にロザリアに約束していた百合の花なんだ。今日やっと蕾がほころび始めたから、持って来たんだよ。ね、ロザリア?」
「ええ、そうですの」
ロザリアは、執務机の向こうから、いそいそとこちらに立ってきて、マルセルから花束を受け取ると、目を細めた。
「……いい香り。ありがとう、マルセル。実家にあったものと同じですわ」
百合の花束を抱えて微笑むロザリアを見て、ヴィクトールの脳裏に、ふっとある思い出がよみがえって来た。
『兄さん、どう? 似合ってる?』
故郷の夏至祭で、妹が十六歳の時に、初めて女王に選ばれた。百合の花を髪に、衣装に飾って、晴れやかに笑っていたその姿と、今目の前にしているロザリアとが重なる。
(ああ、夏至祭の女王のようだ……)
屈託なく笑い、浮かれ騒いだ祭りの夜。友がいて、家族がいた、懐かしくいとおしい、いくつもの夏……。ヴィクトールの心が、忘れていたあの和やかな美しい時間へと一気に遡っていく。
ふとロザリアは、ヴィクトールの視線に気づいて、目を上げた。
(え……?)
自分に注がれるその目のあまりのやさしさに、ロザリアの鼓動が一つ大きく打った。
(ヴィクトールがこんなやさしい目をするなんて……!?)
頬が熱くなるのを感じて、ロザリアの心は動揺した。平静を取り戻すために、ロザリアはヴィクトールに問いかけた。
「あの……ヴィクトール?」
ロザリアの声の響きに、困っている気配を感じて、ヴィクトールははっとした。
「こ、これは失礼しました。この花を見て、俺もつい故郷のことを思い出しまして」
(……花を見ていたのね)
ロザリアは、ヴィクトールの言葉に、ちょっとがっかりした。そしてがっかりしている自分に気づいて、はっとした。
(……? なぜがっかりしているの、私は?)
頭の中が疑問符でいっぱいになってしまったロザリアを後目に、マルセルがにこにこと問い返した。
「ヴィクトールさんの故郷にも、こんな百合が咲くんですか?」
「ええ、これほど立派なものではありませんが。ちょうど夏至の頃に咲く野の百合で、夏至祭の女王を飾る風習があるんです」
「わあ、すてきですね! ね、ロザリア?」
「え? ええ……!」
懸命に疑問を追究しているところに、マルセルに突然話を振られて、ロザリアは慌てた。しかしそこは、女王補佐官の威厳で取り繕ってみせた。
「……私の実家の方でも、夏至の時分に百合を部屋に飾りますの。以前、そんな話をマルセルとしたことがあって、その時した約束を覚えていてくれたのですわ。ヴィクトールの故郷にも、そんな風習があるなんて、偶然ですわね」
「そうですな」
ヴィクトールの目元が更にやわらぐ。
「夏の始まりは、どの星の住民にとっても、心弾むものなのかもしれません。お二人のおかげで、俺も故郷を思いだして、懐かしかったです」
「ヴィクトール……」
ロザリアもマルセルも、初めてヴィクトールの素顔に触れたような思いで、彼を見つめていた。すると彼は、はっとしたように、表情を引き締めた。
「俺の用事はもう終わりましたし、明日の授業の準備がありますのでこれで……。マルセル様、どうぞごゆっくり」
「うん、じゃあ、またね、ヴィクトールさん」
「……」
マルセルはにっこり笑い返したが、ロザリアはせっかく開きかけた扉が、目の前でばたんと閉められたような気がして、胸が痛かった。
ヴィクトールは軽く会釈し、退室しようとしたが、ふっと動きを止め、もう一度ロザリアに目を当てた。そしてしばらく、何事かを逡巡している様子を見せた。
「? ヴィクトール?」
「あ……いえ、何でもありません。では失礼致します」
ヴィクトールは、結局何も口に上せることなく、一礼して出ていった。
「ヴィクトールさん、何か言いたそうだったね」
マルセルが首を傾げた。
「ええ、そうですわね……」
ロザリアはマルセルに同意しつつ、心の中に薄雲がかかるのを感じていた。ヴィクトールは、何を言いたかったのだろうか。
「でも、百合の花がきっかけで、お話できてよかった。今まであんまりヴィクトールさんと話したことなかったから、僕、嬉しかったな」
そんなマルセルの無邪気さを、どこかうらやましく思いながら、ロザリアは、自分の中にわき上がってくるもやもやを持て余していた。
そのもやもやは、言うならば”不完全燃焼”というものだった。そうマルセルと違って、ロザリアは今の会話では満足できなかった。あのやさしい目の意味を知りたい。もっとヴィクトールの胸の内を知りたい。そんな思いが芽を吹き始めていたのだった。
それから数日後、ロザリアはもやもやを更に募らせることになった。それは執務室にやってきたランディが、何げなく口にしたことからだった。
「そう言えばヴィクトールさん、この頃学習がない時は、学芸館の裏の林によく出掛けてるみたいだな」
「学芸館の裏の林?」
なぜ、また、そんなところに? というニュアンスをこめてロザリアは聞き返した。そのこんもりと繁った林は、時折管理人が病虫害などが出ていないか、見回りをする程度で、聖地の住人もほとんど足を踏み入れることのない場所だったからだ。
「うん。ロードワークかトレーニングにでも行ってるのかなって思ったんだけど、そうでもないみたいでさ。どう俺に言ったらいいのか困ってる感じだったから、深くは聞かなかったんだけどね。何しに行ってるんだろうなあ」
と言いながらもランディは、さして強い関心がある様子でもなく、さっさと別の話を始めたので、ロザリアはそれ以上ヴィクトールの話を聞き出すことはできなかった。
中途半端な情報を知ると、かえって好奇心をそそられるものである。ランディから聞いて以来、ヴィクトールがひとりで林で何をしているのかということがロザリアの頭から離れなかった。とうとう職務も手に付かなくなって来て、これではまずいと感じ始めた。
「こんなことでは、ダメだわ……。なぜこんなに気になるのかわからないけれど……。とにかくヴィクトール本人に聞くのが一番だわ」
一旦結論が出た後の行動は、迅速だった。林に行く時間を捻出すべく、ロザリアは、早速職務の段取りを効率よく組み始めた。
くるぶしがすっかり埋まるほど伸びた下生えの草を踏みしめて、ヴィクトールは林の奥に入って行った。この場所であるものを見つけて以来、毎日のように通っている。それは、日頃心を砕いて女王候補たちに指導をしているヴィクトールをほっと和ませるものであり、また時期が過ぎれば見られなくなるものでもあった。
「まだ、咲いているな」
深い木立の中に、群がり咲く白い野百合。それがヴィクトールの見つけたものだった。それは以前ロザリアの執務室で見た園芸種より一回り小さかったが、ヴィクトールの故郷の森に咲いていた花によく似ていた。
あの日、ロザリア、マルセルと話をしてから、ヴィクトールは急に故郷の百合が見たくなって、聖地の中でも咲いていないものかと、あちらこちら探してみた。すると、そんな彼の思いを叶えるかのように、この林の中に野百合の群落を見出すことができたのだった。
白くやさしい花姿、立ち上る香り。それらはヴィクトールに、故郷の夏を思い起こさせた。きらめく陽光、青々とした麦畑、そして飾り付けた高い柱の周りで、夜通し踊る夏至祭。祭りの主役である華やかな女王。
さながら百合の化身のような清らかな女王の顔は、最初は妹だったのだが……いつの間にかロザリアになっていた。
『ヴィクトール』
ヴィクトールのイメージの中で、女王に扮したロザリアはあでやかに微笑みながら手を差し伸べる。
『ヴィクトール、さあ、夏の始まりよ』
その白い手を取り、踊りの輪の中へ……。
そんな夢想を、いつしか思い描くようになっていた。
振り返れば、王立派遣軍の軍人として、長い年月あちらこちらの惑星を渡り歩き、災害救助など厳しい任務につくことが多かったヴィクトールは、ゆっくり故郷のことを思い返す暇とてなかった気がする。
そしてあの大災害により、多くの部下を失ってからは、なおのこと自分を罰するように、厳しく律してきた。
そこを買われて、今回女王候補たちの精神の教官という役目が回って来たのだが。美しく平和な聖地に来て、純真な女王候補たちを教え導く仕事をしているうちに、責任の重さはあれど、殺伐とした思いから随分と解放されてきたのも事実だった。そんな中で、あの百合の花を見た時、押し殺して来たヴィクトールの感情が、一気に動き出した。
忘れていたあたたかな思い……美しいものへの憧れ……それを取り戻すきっかけになったのが、あの百合であり……そしてロザリアだったのだ。
もっともヴィクトールは、そうした感情を表に出すことは、よしとしなかった。自分のような武骨な男が、そんな感情を抱いていることなど、まるで似合わしいとは思えなかったし、ましてロザリア本人にそれを気づかせるなど、もってのほかだった。
(任務を終えて、聖地を去る時まで、そっと仰ぎ見るだけでいい……)
そうして、あの美しい面影を、自分は胸の中に畳み込んで生きていける……そう思っていた。この林の中は、いつしかロザリアという心の女王を秘かに想うための、彼の神殿となっていたのだった。
と、その時だった。背後に軽い足音がした。
「ヴィクトール?」
鈴を振るような声で名を呼ばれて、振り返ったヴィクトールは、まだ自分が夢想の中にいるのだと思った。ほっそりとあでやかな、ヴィクトールの憧れそのもののようなその姿。しかし軽やかにドレスの裾をさばいて、彼のもとへ歩んでくるロザリアは……まぎれもなく本物だった。
「ロ、ロザリア様……」
うめくように呟いた後、ヴィクトールは言葉も出ないほど、狼狽した。全身の血がどっと逆流するのを感じる。どんな危険な現場にあっても、常に勇猛果敢に飛び込んでいったヴィクトールが、今たった一人の乙女の前で、指一つ動かせず、立ちすくんでいた。
そんなヴィクトールに対してロザリアは、一体何ごとかという不審と、もしかしたらとんでもない失敗をおかしたのではないかという不安を同時に抱いた。
(あんなに強ばった顔をして……)
ロザリアはヴィクトールのその強ばった顔が、怒りの表情に変わることを、泣きそうな思いで恐れながら、それでも勇気をもって口火を切った。
「あの……ヴィクトール。驚かせてごめんなさい。あなたがよくここへいらっしゃるとランディに聞いて……少しお話したいような気がしたもので、来たんですの。その……不愉快な思いをさせたのなら、ほんとうにすみません」
ロザリアの語尾のかすかな震えが、ヴィクトールを我に返らせた。自分の未熟さゆえの対応で、彼女の心を痛めさせてはならない。
「こちらこそ申し訳ありません、ロザリア様。その……急にいらしたもので、みっともなく慌ててしまいまして。しかし、ロザリア様が俺に謝られることなど、一つもありませんので、どうかお気に掛けられませんよう」
胸に手を当て、深く頭を下げた。いつも通りのその態度と深い声音に、ロザリアは安堵を覚えた。
「……それなら、いいのですけれど。ええと、では、お聞きしてもよろしくて?」
「何でしょう? 俺に答えられることでしたら、何なりと」
「ここによくいらっしゃるそうだけれど、一体何をしていらっしゃるの?」
「な、何をと言われましても……」
いきなり一番知られたくないところに切り込まれて、ヴィクトールのせっかく取り戻した落ち着いた態度は、もろくも崩れかけた。まさか、貴女のことを想っていましたなどと言えるはずもない。頭から湯気が出そうなほどのぼせ上がりながら、ヴィクトールは必死に適当な答えを探した。
「ああ〜、その〜、つまり……は、花を見ていました」
その答えを受けて、ロザリアは初めてヴィクトールの背後に目をやった。
「花? ああ、この百合の花を、ですのね? きれい……。こんなところにこんなに咲いているとは、少しも知りませんでしたわ」
ロザリアの関心が、まっすぐ花に向かったのを見てとって、ヴィクトールはひとまず胸をなで下ろした。後は矛先がヴィクトールの抱いている特別な感情に向かわないように、慎重に振る舞わねばならない。努めて冷静を装いながら、言葉を接いだ。
「俺もつい最近見つけまして。その……この百合は、俺の故郷に咲いていたのとよく似ているんです」
「ああ、それで。ここで故郷をしのんでいらしたのね」
「まあ、そういうことです……」
「そう……」
肯きながら、ロザリアは眉をひそめた。
「……そんなに故郷を恋しく思われるなんて……。ヴィクトールにとって、この聖地はそれほど居心地の悪い場所なのかしら」
ロザリアが憂わしげな表情をするのを見て、ヴィクトールはまた慌てた。
「いえ、それは違います。仕事にもやりがいを感じていますし、ここでは過ぎるくらい厚遇してもらってますし、居心地が悪いなどということは、けっして!」
「では、どうして?」
ロザリアが、きっと柳眉を上げて、ヴィクトールを見つめる。
「どうして、私たちにもっとうち解けて下さらないの?」
「ロザリア様……」
引き結ばれた唇。青く澄んだ瞳にうっすら浮かぶ涙。その問いが彼女にとって、重要なものであることを物語っていた。
その涙を見た時、ロザリアに対して構えていたヴィクトールの心に、潮が満ちるように、共感が広がっていった。
(俺は、この方を自分とは違う次元で生きている、かけ離れた存在だと思ってた。でも、それはどうやら間違っていたようだ……。このひとは、こんなにも心柔らかく、やさしい……。俺と同じところに立とうとしてくれている……)
そう気づいた瞬間、胸の中にこれまでとは違ったいとしさが込み上げて来た。
(俺は、このひとと、思いを分かち合いたい……。大切に思うこと、美しいと思うことを……)
ヴィクトールは、わきあがる思いをそのまま瞳に映して、ロザリアを見つめた。
「……許して下さい。俺は、貴女のことを雲の上の人だと思って、距離を置いていた。でも、そうじゃないんですね」
「ヴィクトール……」
「少しずつ、俺のことを知って下さい。そして、貴女のことも教えて下さい」
「ヴィクトール……ええ!」
ロザリアの白い頬に、涙が転がる代わりに、笑みがこぼれた。ヴィクトールも微笑みを返し、ちょっとためらったが。足元に咲いていた百合をそっと一輪摘んで、ロザリアに差し出した。
「これを髪に挿してもらえませんか。夏至祭の女王のように。貴女にきっとよく似合う……ずっとそう思っていたんです」
「ええ……これで、いいかしら?」
白い百合を、艶やかな髪に飾り、ロザリアはちょっと恥ずかしげにヴィクトールを見上げた。ヴィクトールは、その初々しく咲いた花のようなかんばせを心に刻みこんだ。女王試験が終わり、聖地を離れる時が来ても、この面影が胸から消えることはない、と。
「ありがとうございます。……よく似合います」
「そ、そう?」
日差しを溶かしたような、金色の目で見つめられて、ロザリアは全身が熱くなるのを感じた。高鳴る胸をそっと両手で押さえながら、思い切って言った。
「その……あなたの大切な思い出につながる場所だと思うのですけど、私も時々ここに来てもかまいませんこと?」
「ええ、もちろん」
「で、では、また、ここで。今日は失礼しますわ」
ロザリアは、咳き込むように別れの言葉を告げると、そそくさと身を返そうとした。
「ロザリア様、お待ち下さい。お送りしますよ」
「だ、大丈夫ですわ。ごきげんよう」
そう言うと、ロザリアはほっそりしたからだを鹿のように翻して、去って行った。残されたヴィクトールの胸には、ほわりとした温もりが残った。だが同時に、うっすらと懸念が兆してきた。万が一にも、ロザリアが自分を異性として意識するようになったら、と。
年齢に似ない有能さと聡明さを備えているとはいえ、初心な少女である。身近に接する男に、親近感から、そういう感情を抱くようにならないとも限らない。
ヴィクトールは思い決めた。いずれ聖地を去る身である自分が、これからも長く女王補佐官として歩んでいく彼女の心に、下手に入り込むようなことがあってはならない、と。気楽に話せる父のような年長の友人、その辺りが適当な位置だろう。ヴィクトールは冷静にそう見極めた。
だが、その冷静さとともに、大切に、大切に、ロザリアの心を守りたいという想いもわき上がってくる。白い百合は、そんなヴィクトールの胸の内を知るように、微風の中で肯いていた。
(終わり)
ということで、何やら思わせぶりになってしまって、すみません(汗) 恋の予感、うふっ♪ という終わりにしようかとも思ったのですが、ヴィクトールさんの年齢と性格考えたら、そう浮かれることもできないんじゃないかって。
ヴィクロザは、双方とも自制心があるゆえに、ためらいがあるのではないかというのが、私的萌えポイントの一つです。(他にもいっぱいある・笑)
レオナードやアリオスだったら、ぶっちぎりそうなところを、一歩踏みとどまるのが、ヴィクトールさんじゃないかと思うのです。
んで、そのためらいをいかに脱ぎ捨てていくか。そこを詰めていくのが楽しいですね〜、でも書き手の腕が要りますね〜、チャレンジャーですね〜。
(↑ この話も、アラがあるの、自分でわかってます。未熟者で申し訳ない……)
十分書ききれるか、自信ないのですが、このブログやオフで、少しずつ二人のお話を書いていきたいと思っています。エトワール編もいいなあ^^
他にもいろんなものに手を出しているので、とろい歩みになるでしょうけれど(汗)お付き合い頂けたら、幸いです^^
ところで、迷いの森って、学芸館の裏ではなかったですよね?(汗)
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