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管理人の書いた、乙女ゲーの二次創作保管庫です。
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コマツバラ
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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
このブログ内の文章の無断転載は、固くお断り致します。
また、同人サイトさんに限り、リンクフリー、アンリンクフリーです。
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ポチを頂いて決めました、フリー創作の1本目です。
やっとできました。

ちょっぴり大人風味で、オリジナルキャラが登場しますので、
苦手な方は、ご注意下さい。

この作品は2012年1月半ばまでフリー配布致します。

ご自身のサイトなどに、アップされる場合は、コマツバラの
作品であることを、明記して下さいますよう、お願い致します。

フリー配布期間は、終了しました。

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「瞳の中にあるもの」 


 女の瞳の中には、いつも嘘と打算があると、友雅は思っていた。しなだれかかってくる、やわやわした肢体も、紅い唇も、すべて武器。帝のおぼえもめでたい、出世頭の男を取り込めば、己が身の安泰につながると、全力で誘惑してくる。
 そんな女たちの計算ずくの媚態が、友雅はけして嫌いではなかった。女が生きていくうえで、どのような男の後ろ盾、庇護を得るかは、死活問題であるし、向こうが打算で来るならば、こちらも相応の対応をすればいいだけのことで、かえって気楽だった。
 だが、そこは女たちもさるもので、打算をあからさまに態度に出すような稚拙な真似はしない。「私にはあなただけなの」と、男に信じこませるぐらいの手管は持っている。実際、手管ではあっても、そこにいくばくかの真情が乗っていれば、甘い言葉も真実味を帯びるというものだ。
 時に計算、時に恋情。様々なものが浮かんでは消える、女たちの瞳を覗きながら、虚々実々の駆け引きをするのは、友雅にとって、もはや習慣のようなものだった。靡いて来る女には事欠かなかったし、何に対しても冷めてしまっている友雅にとって、空虚な時間をやり過ごすのに、好都合でもあったのだ。
 だが、時に真剣に友雅に恋をする女もいる。すがりつく指の強さや、ひたむきな瞳に、それを感じると、友雅は少々げんなりするのが常だった。彼の中に、女の情熱に応える感情が湧くことは、絶えてなかったから。
 そんな場合の対処も、いつの間にか、身に着けてしまった。女が未練を残さずに次の恋へと進めるように、きっぱりと引導を渡す。冷たい男だと評判が立ったが、ずるずると未練が後を引くよりも、お互いのためだと、友雅は割り切っていた。
 それでも、女たちは、引きも切らず彼の前に現れて、甘い酒を飲むように、かりそめの陶酔を共有しては、行き過ぎてゆく。そんなことを幾度となく繰り返していた友雅の前に、ふいに舞い降りたのが、龍神の神子、元宮あかねだった。
 神子であるということを除けば、平凡な、初々しい娘。か細い肢体も、丸い頬も、まだ女にはなりきっていない。
 だが、そんなあかねの瞳を覗き込んだ時、友雅の心に触れるものがあった。くもりないその瞳には、嘘も打算もなかった。あるのは、映るものすべてに、素直に心寄せる、純な魂だった。
 年齢の割に幼いと言うこともできたが、かと言って、あかねに相応の魅力がないわけではない。乙女の華やぎを、そろそろ身に着け始めて、十分可憐だったし、笑い方も、話す声も、人を惹き付けるものがあった。
 にも関わらず、あかねは“男”というものを、ほとんど意識する様子がなかった。八葉の誰に対しても、怖じることも、媚びることもなく、公平に接する。
 あかねのそんな態度は、友雅に新鮮な驚きをもたらした。
(二心がないというか、清廉というか……。それもまた、神子なればこそ、というところか)
 人を恋う苦しさも辛さも未だ知らず、それゆえに、誰に対してもやさしく、親切に寄り添うことのできる少女。友雅のことも、無論特別扱いはしない。あかねが自分に向ける目と、幼なじみの少年、詩紋に対する目と、そう変わりはないことに気づいて、友雅は苦笑するほかなかった。
(あのかたい蕾は、いつ誰に向かって、花開くのやら……)
 距離を取りつつ、客観的に眺めているつもりだった。だが、八葉として彼女の傍にいるうちに、意に反して、友雅の感情の歯車が動き始めた。怨霊や鬼に真っ向から対峙して、傷つけられても、退くことなく、立ち向かうひたむきさ。惜しみなく、周囲に分け与えられるやさしさ。あかねのそんな姿に接するうちに、いつしか友雅の心も傾いていった。
 あかねへの思いを自覚した時、友雅が選んだのは、それを見つめるのではなく、目をそらせることだった。
(まったく……万事がきれいごとに過ぎるあの娘に、艶めいた話など、通じるはずがない)
 胸のうちで、そう断じて、ことさらあかねとの心理的距離を広げようとした。八葉のうちの何人かが、彼女に恋心を抱いていることに気づいても、余裕のある傍観者でいようとした。
 その立ち位置を維持するために、友雅は女たちとの恋愛遊戯へ逃げた。恋を知らない乙女に真剣に想いを寄せるという、不可解かつ未知な領域に足を踏み入れるより、自分自身が手慣れていて、統制できる情況の方を選んだのだ。それは友雅のずるさ、もしくは臆病というべきものだった。
 そうした流れの中で、友雅は、最近になって、藤姫の館に仕える女房の一人と深い仲になった。明野と呼ぶこの女は、やや盛りを過ぎた年頃だったが、その分、遊びは遊びと割り切る物わかりのよさがあった。要するに、友雅にとっては、好都合な相手だった。
 八葉として、あかねとともに京を巡り、藤姫の館に送り届け、その後、近くに借りた邸で、夜の訪れを待って、明野のもとにしのんでいく。そんな逢瀬が重ねられたが、胸に思い返されるのは、あかねのことばかりだった。ちょっとした言葉であったり、愛らしいしぐさであったり。明野を腕に抱きながら、いくつも思い浮かべてしまう。そんな心ここにあらずの友雅を、明野はどう思っていたのか。
「少将様」
 部屋から濡れ縁に出て、空を見上げていると、密やかな声が彼の名を呼び、柔らかな感触が寄まつわりついてきた。女の肩に手を回しながら、友雅は語りかけた。
「穏やかないい晩だが、月がないのが残念だね。君と一緒に眺める月は、さぞ美しいだろうに」
 やさしい言葉。だが、どこか上の空で気持ちがこもってないことを、明野は敏感に感じ取っていた。友雅の横顔を見上げて、彼女はそっと囁いた。
「そうですわね……。でも、少将様は、今どこかもっと遠くの月を、あくがれ見ていらっしゃるのではないですか?」
 友雅は、はっとして、明野の顔を見直した。
「君は……」
 すると女は、人差し指を友雅の唇に押し当てた。
「よいのです、それでも。あなたとご一緒する時間は、わたくしにとって、宝物ですもの……」
 明野は、ただゆったりと微笑む。
(あなたを、ひとときだけでも、独り占めできるだけで、しあわせ……)
 瞳に浮かぶ、口には上せない思いを、友雅は正確に読み取ったわけではない。だが、彼女のつつましさ、やさしさは、じわりと伝わってきた。
 唇に添えられた明野の指を、そっと口に含むと、彼女は陶然とした表情を浮かべた。そうして二つの人影が、重なり合いながら、部屋の奥へすべり込んでいった。月のない夜より深い、闇の中へ。

 夜半に、友雅は明野の部屋をそっと抜け出した。彼女と交わした熱が、まだからだに残っており、肌に触れる夜気の冷たさが心地よかった。
(さて、戻るとしよう。明日、また神子殿と同行するために、少し休んでおかなくては)
 友雅は足音をひそめて廊下をたどった。そうして庭へ降り、誰に知られることもなく、仮住まいへと戻る心づもりだった。
 男が女のところへ通う場合、未明に退出するのが、世のならいだったが、友雅が明野の部屋で、その時間まで過ごすことはなかった。必ず闇も色濃い深夜に、立ち去るようにしていた。それは、同じ屋根の下にいるあかねに出くわすことを避けるためだった。
 この夜も、いつもの通り、こそりという音も立てず、友雅は庭へ出ようとしていた。ところが、ここで不測の事態が発生した。ふいに背後から淡い光が流れて来るのを感じて、はっとしたその時。
「友雅さん?」
 名を呼ばれて、友雅はどきりとした。その声は、この情況で、もっとも会いたくない人物のものに他ならなかった。
「びっくりした〜。今日、友雅さんが泊まってるなんて、ちっとも知りませんでした」
 振り返ると、紙燭を掲げたあかねが、親しみのこもった笑顔で、そこにいた。友雅がここにいる理由が、女がらみだなどとは、思いも初めないのだろう。あかねのひたすら無邪気な様子に、友雅はひとまずほっとした。
「たまには、この館の宿直でも務めようと思ってね。神子殿こそ、こんな夜遅くに、どうしたのかね? 十分な睡眠をとらないと、肌にさわるよ」
 ことさらゆったりと、言ってみた。するとあかねは、小さく舌を出した。
「藤姫ちゃんのお部屋で、一緒に絵草紙を眺めてたら、いつの間にか眠っちゃって。そのままいようかとも思ったんですけど、朝の準備もあるし、やっぱり自分の部屋に戻った方がいいかなって」
 照れたように笑うあかねを前に、ふいに友雅の胸に理不尽な怒りがわいた。
(なるほど、十歳の子供と、絵草紙を眺めるのが、神子殿の夜の過ごし方か。昼間、あれだけ魅力を見せつけて、男の心をかき乱しておきながら、一体いつまで子供ぶっているつもりなのだ?)
 友雅の瞳に、冷たい光が宿る。
「……では、さっさと部屋に戻るといい。子供は夜更かしするものじゃないよ。私は……私の宿直を必要とする女人のもとへ行くとしよう」
 揶揄するような口調に、あかねは戸惑う様子を見せた。
「友雅さん、それって……?」
「……こういうことだよ」
 あかねが手にした紙燭の火を吹き消し、彼女のからだをぐいと引き寄せた。
「友ま……!? や……!」
 容赦なく唇を奪い、貪る。あかねは、腕の中で懸命にもがき、くぐもった抗議の声を上げたが、その抵抗をすべてひしぐように、男の力で抱きすくめ、深い口づけを繰り返した。
 闇夜の中、せめぎ合いがどれほど続いただろうか。あかねにとっては、実際以上に長く感じられたに違いない。友雅がやや手荒に突き放すと、気力、体力を使い果たしたように、あかねはその場にへたへたと座り込んだ。
 放心したように、宙に瞳をさまよわせるあかねの耳に、友雅はささやきかけた。
「……こんなことをされる筋合いはないと思うだろう。だが……私には、君にこうする理由があるのだよ」
 あかねが息を飲む気配がした。
「友……雅さん?」
 驚きながらも、彼の真意を確かめようとする響き。だが、そんなあかねの呼びかけを無視して、友雅は袖を翻した。そして、もはや一顧だにせず、庭へ降り、足早にその場を立ち去った。
「友雅さん!」
 月もない暗い夜に、あかねの呼ぶ声は、虚しく吸い込まれていった。


 よく眠れないまま、あかねは朝を迎えた。部屋に差し込む光はまばゆく、晴天を予想させる。天気のいい日は、精力的に洛中を歩き回ることにしているあかねだったが、今朝はその胸に影が落ちている。
(友雅さん……来るのかな?)
 昨晩のできごとは、あかねにとって、衝撃的だった。少々斜に構えているとはいえ、紳士的な大人の男性だと思っていた友雅に、強引に唇を奪われたこと、そして、その後に、友雅が残していった言葉。
(友雅さんは、どういうつもりで、あんなことを言ったんだろう? 私、私、何か怒らせるようなことを?)
 疑問がぐるぐると頭を回るのと同時に、じわじわと胸を蝕むものがあった。
(友雅さん、あの後、誰か女のひとのところに、行ったんだ。それって一体誰なんだろう?)
(その女のひとと、キスして、それから……)
 考えるだけで、かっと頬に血がのぼる。
(やだ……。そんなの……!)
これまで知らなかった、胸がじりじりするような感情を、あかねは持て余した。
(だめ! こんな気持ちで、友雅さんに会えない……!)
 悶々とした挙げ句、あかねは、藤姫に今日は外出できない旨を告げた。
「まあ、おからだの具合が? 薬師を呼びましょうか?」
 心配顔の藤姫に、首を振ってみせた。
「ちょっと疲れてるだけだよ。今日一日、休めば大丈夫。だから、心配しないで」
「そうでございますか」
 心配させて申し訳ないと思ったが、早々に藤姫のもとを辞し、自分の部屋で、床に入った。布団を頭からかぶって、一息つくと、急に眠気が襲って来た。眠りに落ちる直前に、あかねの頭をよぎったのは、友雅のことだった。
(友雅さん……どうして?)
 それから、どれほどの時間、眠っただろうか。布団をひっかぶっていたために、中に熱がこもり、寝苦しくて目が覚めた。
「うん……暑……」
 布団をはねのけた、その時。
「お目覚めかね、姫君?」
 床の傍らに座した人物を見て、あかねは心臓が止まりそうなほど、驚いた。
「友雅さん? なんで……?」
 慌てて布団をかぶり直し、友雅に背を向ける。すると友雅は、なだめるように、穏やかな声で言った。
「驚かせてすまなかったね。本来なら、ご婦人の枕頭になど、侍るべきではないのだが。君が不調だと聞いて、よく休めるように、眠り香を持参したのだよ。この香は、加減を間違うと、一昼夜眠ってしまうほど効力があるのでね。部屋の風邪の通り具合、湿度をかんがみて、ちょうどいい量に調節するために、特別に部屋に入れてもらったのだよ」
 言われてみれば、確かに心地よい香りが、息をするたびに、鼻に入って来る。友雅がここにいる理由は納得したが、彼の顔をまともに見る気にはなれずに、背を向け続けていると、小さなため息が聞こえた。
「私がここに来たのは、眠り香のためだけじゃない。昨夜の……君に対する無礼を詫びるためだ。すまなかった……」
 あかねは、布団から跳ね起きて、友雅の方へ向き直った。
「すまないって……。どういうことですか。昨夜、友雅さん、言いましたよね? そうする理由があるんだって。その理由って、何ですか?」
 すると友雅は、ふっと視線を落としたが、低い声で、聞き返して来た。
「理由、か。それを聞いてしまったら、もしかすると、神子殿にとって、不快で、不都合な事態を招くかもしれないが……それでも、知りたいかね?」
小暗い火をくすぶらせているかのような声音に、あかねはぞくりとした。
 
 ひたと自分を見据える友雅の目が怖い。頭のすみで警報が鳴り響いている。 それなのに、魅入られたように、友雅の目を離すことができない。
 
 あかねの口が、ほとんど無意識に返事をした。
「知りたい……です」
 “あっ”と思わず口を押さえた。だが、もう、後の祭りだった。友雅の目がすっと細められ、指があかねの顎にかかった。
「友雅さん……」
 距離を詰められて、身じろぎをし、後ずさろうとするあかねの手を取り、逃げられないようにしたうえで、友雅は言葉を押し出した。
「……なら、答えないわけにはいくまい。……私は、君に想いを懸けているのだよ」
 あかねの瞳が、大きく見開かれた。
(想いを懸けてるって……。私が好きってこと?)
 友雅に、いつものからかうような表情はなく、その瞳には暗い熱がこもっていた。あかねは、その熱に本能的に脅えるとともに、強い怒りを覚えた。ないまぜになった感情が、胸にせき上げて、押しとどめることができなかった。
「うそ……でしょう?」
 あかねのなじるような言い方に、友雅の目がちかりと剣呑な光を帯びる。
「うそ? つまり、私の言葉を信じないということだね。それとも……」
 あかねの顎から手を外し、すっと身を引いた。
「私が、君にそういう感情を抱くことを、神子として、認めたくないということか」
 冷たく張りつめる空気に、あかねは別の恐れを抱いた。このまま、友雅に突き放されてしまうのではないか。そう思った時、あかねは声を張り上げていた。
「違います! そうじゃなくて、友雅さん、あの時、女の人のところへ行ったんでしょう? なのに……私のこと、好きって……。そんなのって……」
 激しくかぶりを振ると、ふいに友雅の胸に、抱き寄せられた、
「いや……!」
 なおも首を振り、腕の中からもがき出そうとしたが、身動きできないほど、強く押さえ込まれた。友雅のささやきが、頭上に降ってくる。
「君は……もしや、嫉妬しているのか?」
 あかねは、はっとした。昨夜から、ずっと胸にあった、じりじりと煎られるような、やるせない感情の正体が、やっとわかった気がしたのだ。もがくのをやめて、あかねは、友雅の腕の中から、彼の顔を見上げた。
 自分自身の直感を“まさか”と疑っているらしい友雅を、まっすぐに見つめて、あかねは告げた。
「そうです……。今、わかりました。私は……私は、嫉妬してるんです。……友雅さんが会っていた女の人に……!」
「……」
 正面切って、言い放ったあかねに、気圧されたように、友雅はしばらくの間、黙っていたが、やがてふっと笑みをこぼした。
「まったく、君には敵わない。そんなことを言われたら、馬鹿な男は、期待してしまうよ? それでも、いいのかい?」
 そう言われて、あかねは、しばらく友雅の言葉の意味を考えた。自分は、果たして一人の男性として、友雅を見ているのか。
(友雅さんは、今日まで、ずっと着かず離れず、傍にいてくれた。からかわれたり、皮肉を言われたこともあったけど、いつも、傍に……)
(それが、当たり前になってて……。昨日、友雅さんが離れていってしまうんじゃないかって思った時、すごく怖かった……)
(他の人のところになんか、行かせたくない。私の傍にいてほしい!)
 そこまで考えて、あかねは大きくうなずいてみせた。
「かまいません。私、多分友雅さんのこと、好きなんだと思うから」
「あかね殿……ほんとうに?」
 友雅は、あかねの両頬を包むようにして、念を押した。
「はい」
 迷いなく答える少女を、再びしっかり腕に抱き締めて、友雅は言った。
「……君は、なんと正直で、勇敢なのだろうね。君の前にいると、自分が恥ずかしくなる」
「友雅さん……」
 包み込む胸の温度が、友雅の真情を、あかねに伝える。
「君にだけは、私も正直でいたい。あかね殿、心底君が愛しいよ……」
 無理矢理押し込められ、ねじ曲げられていた情熱が、解放されて、緩やかに流れ出す。あかねは、それに身を任せながら、自分の中にも、同種の情熱が噴き出すのを感じていた。
(友雅さんが、好き……。今までの誰とも違う、好きな人なんだわ)
 
 あかねの瞳を再び見つめ直した時、友雅は見たことのある色を見いだすことだろう。自分を恋う女の目。だが、それは、求めた相手のものであれば、疎ましいどころか、喜びにつながるものであることを、再発見するだろう。
 お互いにとって、初めての愛の旅路は、今、始まったばかりであった。


 月の美しい晩だった。
「こちらへ来て、ともに月を眺めないか」
 友雅が手を差し伸べると、明野は微笑んで、膝を進めて来た。煌煌と輝く望月は、あまねく夜を満たして、いくら見ても見飽きないほどだった。ほどなくして、明野がぽつりとつぶやいた。
「月を……手に入れられたのですね」
「今、なんと?」
 友雅が聞き返すと、明野は顔を上げて、ゆっくりと言った。
「今夜のあなたは、今までになく、おやさしい……。これが最後だからなのでしょう?」
「明野……」
 言葉を連ねようとする友雅の唇を、指で押しとどめた。
「何も、おっしゃらないで。真実、愛する方と出会ったからこそ、わたくしのことも、いたわって下さるのでしょう。でも……」
 穏やかな口調の中にも、きっぱりと明野は言った。
「でも、わたくしだって、女、ですのよ。ほしいのは、二番手へのいたわりや情けではなく、わたくしをこそ求める情熱ですの」
「明野……」
 明野はうつむき、黒髪で顔を隠したが、やや早い口調で、たたみかけるように言った。
「……それでもいいと、甘んじていれば、これからもあなたとお会いできるのかもしれない。ですが……それは、あなたのいとしいお方も、わたくしのほんとうの気持ちをも裏切ることになります。ですから……今日を限りに致しましょう。わたくしたちの逢瀬を、美しい夢のままにできるように」
「く……」 
 明野をいじらしく、切なく思う気持ちを押さえ込みながら、友雅はそっと彼女の肩を抱いた。
「……ありがとう。君ほど……感謝と尊敬に値する女人に出会ったことがない」
 すると明野は、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「少将様ともあろう方が、なんて無粋なことをおっしゃいますの。感謝、尊敬……。そんな真実よりも、せめて、最後まで、美しい嘘をつき通して下さいませ」
 黒髪をかきわけ、友雅は明野の耳に、そっとささやいた。
「冷たい月の光に照らされても……君の心もからだも、こんなにもあたたかい……。君のこのぬくもりを、私にくれた愛を、忘れない……」
「少将様……」
 明野の頬を涙が伝う。月光に濡れたその涙は、美しい夢の幕引きにふさわしかった。彼女を腕に抱きながら、友雅は“ありがとう”を繰り返していた。


「さあ、今日も頑張りましょう」
 朝の光の中で、あかねが笑顔を見せる。これから一日、京を巡り歩いて、怨霊と戦うというのに、微塵も苦にする様子はない。それこそが、龍神の神子の証であることを、八葉たちは知っている。土地を浄化した分、解放された力が、あかね自身に還って来るのだから。翳りない陽の力で、京の闇を払い、照らしていくことが、少しずつ結果となって現れ、荒れていた京が、回復しつつあるのだから。
「行きましょう、友雅さん」
 呼びかけに答えて、友雅は、あかねに軽く手を挙げてみせた。自分を見る瞳に、これまでなかった艶が感じられる。だが、今、京はあかねを必要としており、あかねはそれに精一杯応えようとしている。
(一人の女として、君を望むことができるのは、まだまだ先のことなのだろうね……)
 あかねが神子としての使命を終えた、その時には……。胸の中で、決意をあたためる。
(その時には、きっと君を離さない……!)
「友雅さあん、何してるんですか〜?」
 呼ばわる大きな声には、艶も色気も、微塵もなかった。にも関わらず、心弾み、からだの底から力が湧いてくる気がして、友雅は苦笑いを浮かべた。
(私も、存外、真面目な男だったのだな)
 吹き抜ける風を胸いっぱいに吸い込み、友雅は、愛しい龍神の神子に向かって、歩き始めた。

                            (終わり)




友雅さん、情熱ないってわりには、まめに女口説いてそうなんですけど(笑)
当初の予定では、もう少しエロ方向にいくかなと思ってたんですけど、
踏みとどまりました(笑)
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