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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
このブログ内の文章の無断転載は、固くお断り致します。
また、同人サイトさんに限り、リンクフリー、アンリンクフリーです。
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先月からかかっていたのが、やっとできました。
なので、その分、時期外れに^^;
ちょっと切ない話になりました。
スマソ……鷹通さん。

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「恵みの雨に」

 小雨がしとしとと降り続いている。雨の季節。道がぬかるんだり、衣服が濡れるわずらわしさは、あるけれど。牛車から降り立った鷹通は、手のひらで雨粒を受けるようにしながら、空を仰ぎ、穏やかな笑みを浮かべた。
(今年の雨の量は、十分なようだ)
 鷹通の脳裏には、数日前に見回った桂の荘園の風景がある。水を満々とたたえ、稲がすっくりと伸び上がった美しい田。秋の収穫を期待できるその田を、あかねに見せることができると思うと、鷹通の胸は弾んだ。
「少丞様?」
 館の門番の男が、控えめに声を掛けて来た。
「ああ、すみません。通らせてもらいますよ」
 鷹通が応えると、門番の男は、安堵したように少し笑い、からだを端に寄せて、鷹通が通れるように、道をあけた。門の中に、一歩足を踏み入れると、庭木の緑が、鮮やかに目に飛び込んで来る。
(いつ見ても、美しいな)
 母屋に続くまでの小道も、前庭も、いつも心を込めて手入れされている。内裏勤めで、贅をこらした庭を見慣れた鷹通の目にも、ことのほか美しく見える。
 遠く故郷を離れた龍神の神子を、少しでも慰めようという、藤姫の真心が、木々の一本いっぽんにまで照り映えているためだろうと、推察したりする。
 すでに先触れがなされていたと見え、鷹通はすぐに奥に通された。この館の中でも、もっとも美しく整えられた庭に面した部屋で、花のような二人の少女が、彼を待ち受けていた。
「神子様をお迎えに来て頂いて、ありがとうございます」
 藤姫が、大人びたしとやかなしぐさで、頭を下げた。
「いいえ、お役に立てて、何よりです」
 その横で、あかねが、楽しげに言った。
「鷹通さん、宜しくお願いします。ええと、桂に行くんですよね? 楽しみです」
 そんなあかねに対して、藤姫がたしなめ顔で言った。
「まあ、神子様ったら。鷹通殿は、神子様の方違えのために、お忙しい中、自らお迎えに来て下さったのですよ」
「そうでした。ごめんなさい」
 小さく舌を出すあかねに、鷹通は笑みを返した。
「いいえ、神子殿をお迎えするのは、当家にとって、光栄なことですよ」
(それに、私にとって、大きな喜びです)と、鷹通は、心中そっと付け加えた。
 方違えは、外出などに際して、その方角が縁起のよくない時期に当たる時に、一旦別の方角に向かい、一泊して、目的地に向かうようにするという風習である。
 あかねは、明日、洛中に新しく建立される寺院の落成式に参列することになっていたが、藤姫の占いにより、方違えをする必要があるという結果が出た。
 そのため、適当な宿泊場所を探していたところ、鷹通が藤原家の所有する邸の提供を申し出た、というわけだった
「鷹通殿、神子様をくれぐれもお願い致しますわね」
 話がまとまった時に、藤姫はひたと鷹通を見つめて、言ったものだ。あかね本人は、今日見たところ、どうやら雨に降り込められて退屈していたところへ、外出の機会を得たことを、単純に喜んでいるようだったが。鷹通には藤姫が真摯に頼み込む気持ちが、よく理解できた。
 それというのも、昨年、鬼の脅威を退け、京の穢れを一掃した直後から、あかねはすっかり消耗して、床に伏してしまったからだ。
 安倍泰明の見立てでは、多くの穢れに当たった上に、龍神を召喚するのに、神子としての神力も、体力も、使い切ってしまったためだろうとのことだった。
 一時は、ただ、こんこんと眠り続け、このまま目覚めないのではと、危ぶまれたほど。床上げをするまでに、実に三ヶ月あまりもかかったのだ。
 このような経緯から、藤姫はことのほか、あかねの体調に心を砕いている。健康上の配慮はもちろん、穢れや縁起のよくないものから、極力あかねを護ろうと努めている。今回の方違えも、藤姫の強い意向があればこそ、の計画だったのだ。
 まだ幼い藤姫の心配りが、いじらしくもあり、また男子たる自分が、引けを取るわけにはいかないと、鷹通は考えていた。
「神子殿、では、そろそろ参りましょうか」
「はい、鷹通さん。じゃあ、行って来るね、藤姫ちゃん」
「いってらっしゃいませ」
 ちらと目を合わせると、藤姫の瞳が訴えかけて来た。
(どうぞ、宜しく、お願い致します)
 それに対して鷹通は、力強く頷いてみせ、あかねに付き添って、室を出た。牛車に乗り込み、しばらくすると、さあっと雨の音が聞こえ始めた。
「あ、また降り出したみたいですね」
 あかねが、ほんの少し小窓を開けてみると、白い雨脚が絶え間なく空から降り注ぐのが見えた。雨の勢いは強く、わずかな隙間からも、車の内に降り込んできそうだったので、あかねはすぐに小窓を閉めて、言った。
「やっぱり梅雨だから、よく降るんですね」
「ええ、神子殿のおかげです」
「私の? どうして?」
 きょとんと目を見開いたあかねに、鷹通は微笑みかけた。
「昨年の今頃は、鬼の撒いた穢れのために、ほとんど雨が降らず、池も川も、京の水は干上がる寸前にまで追いつめられていました。今年こうして、例年通り雨が降るのは、神子殿が穢れを祓って下さったおかげです」
「ああ」
 あかねは、納得したように頷いた。
「でも、それだったら、私のせいじゃなくて、龍神様のおかげですよ」
「確かにそうですが、龍神の力を取り戻して下さったのは、神子殿のお力なのですから、やはり神子殿のおかげです」
 頑として自分の主張を譲らない構えの鷹通の顔を、あかねはまじまじと見返したが、やがてころころと笑い出した。
「神子殿? 私は何かおかしなことを申しましたか?」
「おかしなことなんて、言ってませんよ。ただ、鷹通さんらしいなと思って」
「はあ、私らしい……?」
「ええ。でも、鷹通さんが、いつもそうして、京を救うのは、神子である私だって、言ってくれたから、頑張れた気がします」
言いながらあかねは、手に頬を預け、考えを巡らせるしぐさをした。その手が、透けるように細く、白いことに気付いて、鷹通ははっと胸を突かれた。
健康そのものだったあかねが、三月も寝込むほど消耗したのは、龍神の神子として鬼と対峙することが、いかほどに厳しいものであったかを物語っている。
 そして自分は、京を思う余り、あかねに一心に期待を掛け、それを言葉にすることで、彼女に負担を強いてしまったのではないだろうか。
考えれば、元々あかねは、この京とは無縁の別世界の住人なのである。京を救う義理も、またそれによって、からだを壊さねばならないような理由もなかったはずである。
(神子殿……)
 細い肩をして、あどけなく笑う目の前の少女に対して、改めてすまないという気持ちが、わき上がって来る。体調を崩さなければ、恐らくあかねは、もう故郷へ帰っていたはずなのだ。そこまで考えた時、まったく予想していなかった強い痛みに、鷹通の胸は締め付けられた。
「鷹通さん? どうしたんですか? 黙り込んじゃって」
 あかねが不審げに、小首を傾げて、問うて来た。
「いえ……何でもありません」
(一体私は、どうしたというのだろう? 神子殿が元の世界に帰還するのは、当たり前のこと。それなのに、なぜ……?)
 鷹通は、自分の感情に、からだがこうも連動するという初めての経験に、戸惑っていた。しかし、自分に注がれるあかねの澄んだ瞳を見返した時、そこに自分の不可解な感情を解き明かす鍵があると感じた。一つずつ、一つずつ、確かめたい。鷹通は口火を切った。
「……神子殿、一つお尋ねしてもいいですか?」
「はい? 何ですか?」
「……神子殿は、もしやまだ完全に体調を回復してはいらっしゃらないのですか?」
 するとあかねは、目を丸くした。
「え? そんなことないですよ。もう、すっかり元気です! まだ病気みたいに見えますか?」
「いえ……、ただ、その、あなたの手が随分細くなってしまったように、見えたもので」
 あかねは、鷹通の言葉を確かめるかのように、自分の手を目の前にかざしてみた。
「言われてみれば、そんなような気もするけど……。病気のせいじゃないと思います」
「では、何が原因だと?」
 重ねて聞くと、あかねは苦笑いを浮かべた。
「ずっとお邸の中にいて、なんにもしていないせいですよ、多分。みんながお姫様扱いしてくれるから」
 あかねの答えは、それなりに納得できるものだった。八葉として、毎日のように傍にいた頃は、その必要があったとはいえ、彼女は実に精力的に動き回っていた。
 だが、この京では、身分のある女性は、むやみに戸外に出歩いたりしないものである。その習慣が、改めてあかねに適用されたこと、また藤姫が、病後の彼女を手厚く遇していること。それが言うところの“お姫様扱い”になるのだろう。
 と、ここまでは、納得したが、新たな疑問が、鷹通の胸に兆した。
(復調しているのならば、神子殿はなぜ京にとどまっているのだろう?)
はっきり意識にのぼせた時に、鷹通は認めた。これこそが、もっともあかねに聞きたいことだった。
「では……どうして、京にとどまっておられるのですか?」
 鷹通にとって、息詰まるようなこの問いに、あかねはくもりのない笑みで、答えた。
「ん〜と……。見届けたいから、かな?」
「見届けたい、とは?」
「私が京に来た時、どこに行っても、みんな暗い顔をして、不幸せそうだった。元々きれいなはずの場所も、すっかり荒れていて……。だから、鬼の穢れがなくなった今、みんなが笑えるようになっているか、元通りになっているか、自分の目で見届けたいって、病気をしている間も、ずっと思ってたんです」
「なるほど……」
 そうして、見届けたその後は……。鷹通は、言葉を飲み込んだ。聞くまでもないことだと考えた。見届けたその後は、元の世界に帰るのだろう、と。
 胸が痛い。だが鷹通は、核心に触れる問いを重ねようとはしなかった。答えがほぼ予想されるからではなく、あかね自身の口から“帰る”と聞かされたくなかったのである。
 鷹通は、胸の内を押し隠し、せいぜい取り繕ってみせた。
「桂は……すっかり元通りになりましたよ。その様子をぜひお目に掛けたいですね」
「ほんとですか?」
 あかねは、両手を打ち合わせた。その晴れやかな笑顔に、鷹通の心はぐっと重くなった。
(いっそ、まだ、荒れたままなら……、神子殿は、京にとどまって下さるのでは……)
 そんな歪んだ考えさえ、頭をかすめ、鷹通は、はっとした。
(私は、今、何を……!?)
 京を守ることこそ、自らの務めと思い決め、今日まで精励して来たはずだったのに。鷹通は、自分の中の矛盾を恥じて、肩を落とした。

 そうこうしているうちに、牛車は、桂に到着した。
「足下に注意して下さい」
 鷹通に手を取られ、牛車から降り立ったあかねは、目をみはった。
「わあ……!」
 藤原邸の周囲には、一面青あおとした田が広がっていた。雨をたっぷり吸った稲は、天を突けとばかりに伸び上がり、時折吹く微風に、したたるように緑濃い葉をそよがせていた。
「すごい……! 桂は元々たくさんお米が穫れるところだって、藤姫ちゃんに聞いていたけど、ほんとですね! 去年見た時は、からからだった田んぼが、こんなに!」
 目を輝かせるあかねを、鷹通は複雑な思いで見つめた。ほんの数時間前までは、あかねとこうした喜びを共有したいと思っていたのに。今は、胸がひび割れて行くようだった。
 それでも鷹通は、何とか笑みを貼り付けた。
「そうです。今年は、例年以上の豊作が期待できそうです。民も、きっと喜ぶ……。神子殿、あなたのおかげです」
「また〜、違うって言ってるのに〜」
 あかねは、花びらを撒くように、笑った。桂に限らず、京が復興したことを実感するたびに、神子として課せられたくびきから、一つ、またひとつと解き放たれていくのだろう。そして鷹通は……その様を目の当たりにするたびに、あかねを失う苦しみに、心を暗く塗りつぶされていく……。
 そっと目をそらしながら、鷹通は言った。
「そろそろ、邸の中にお入りになりませんか」
「あ、はい、そうですね」
 あれほど激しく降っていた雨もすっかり上がり、風に吹き流されて薄くなった雲の層の間から、青空がのぞき始めていた。夏至を間近に控えて、長い昼の太陽も、そろそろ夜に向かう準備を始めたようだった。ほんの一佩き、夕方の紅の色をかぶせた青田に、あかねは名残惜しそうに視線を投げると、鷹通の後について、門をくぐった。
 邸の家令をはじめ、到着を待ち受けていた使用人たちが、一斉にあいさつに出て来た。
「ようこそ、お越し下さいました。さしたるおもてなしもできませんが、どうぞお寛ぎ下さいませ」
「あ、はい。お世話になります。宜しくお願い致します」
 年配の家令に丁重に頭を下げられて、あかねは少々面食らった。
「あの……鷹通さん」
 自分を大層な人物のように扱わないでほしいと、鷹通にそっと訴えようとした、その時だった。つんつんと、袖を引っ張る者があった。
「え……?」
 振り返ると、5、6歳の小さな女の子が、あかねをにっこり見上げていた。
「こ、これ! お客人に、なんと無礼な!」
 家令がとがめ、母親らしい女性が、使用人たちの列から走り出て来た。
「も、申し訳ございません」
 慌てて女の子を引き離そうとする母親を、あかねは押しとどめた。
「待って下さい! その子が、何か私に用事があるみたいだから!」
「そんな、滅相もない。身分も卑しく、尊い方のおそばに寄れるような子ではありません」
 その言葉に、あかねは、きっとなった。
「いいから! その子に話をさせてあげて下さい」
 ぴしりと言われて、母親は恐る恐る手を引いた。あかねは、母親の腕から解放された女の子に向かって身を屈め、視線を合わせて、話しかけた。
「こんにちは、私に何か御用?」
 すると女の子は、手にしていた一茎の花を、あかねに差し出した。
「これ、おひめさまに、あげる」
「わあ、きれいなお花! 私がもらっちゃっていいの? ありがとう!」
 釣り鐘のような形をした、紫色の花をあかねが受け取ると、女の子は嬉しそうに笑い、母親の元へと駆け戻って行った。
 女の子の贈り物は、あかねの心を和ませた。高貴な客人として、形式張った歓待をされるより、素直に向けられる好意の方が嬉しかったのだ。用意された部屋まで、あかねは大切に花を持って行き、邸の女房から花生けを借り受けて、飾った。
 その様子を微笑ましく眺めていた鷹通が言った。
「いい色だ。そのホタルブクロは、この部屋に映えますね」
「このお花、ホタルブクロっていうんですか?」
「ええ。ちょうど蛍の飛ぶ時期に咲く花なので、そういう名前が付いたのでしょうね」
「そうなんだ〜。素敵な名前ですね」
 あかねは、花生けの前に座りこむと、いかにも楽しげに花を見つめた。花ばかりが、あかねの視線を惹き付けていることに、ほんの少し嫉妬めいたものを感じた鷹通は、こんなことを言ってみた。
「もし、興味がおありでしたら、夜、蛍狩りに行きましょうか」
「ほんとですか? わあ、私、本物の蛍って、見たことないんです! ぜひ連れて行って下さい!」
「わかりました。では、夕餉の後に、出掛けましょう」
「わあ、楽しみです!」
 ささやかなことで喜ぶ、あかねの素直で柔らかな心が、いとおしかった。
(ずっと傍で、この心に触れていられたら……)
 胸の中で、願いが疼く。鷹通は一瞬目を閉じて、その願いに蓋をした。
「神子殿に喜んで頂けるのなら、何よりです」
 いつも通りに、さらりと言ってみせたが……自分のの気持ちをうまく隠す自信が、次第になくなってきているのを、鷹通は感じていた。

 月のない晩だった。蛙の鳴きしきる声が、田んぼから聞こえる。鷹通は、提灯を灯し、あかねの手を引いて、邸からほど近い小川へと案内した。せせらぎの音が近づくにつれ、一つ、二つと、薄緑の光点が見え始めた。
「あ、蛍ですね!」
 あかねが、小さく声を上げる横を、また一つ、すうっと飛びすぎて行った。そうして川辺に着く頃には、無数の光が、二人の周りを乱舞していた。
「う……わあ……!」
 あかねは、感嘆の声を一つ洩らすと、言葉もなく、目の前に繰り広げられる光景に見とれた。鷹通は、そんなあかねの足下に気を配りながら、自分も蛍の舞に目をやった。
(去年は、これほど蛍がいただろうか。蛍狩りなどする余裕がなかったのも、確かだが。……いや、やはり、そうだ。流れに水が戻って来たから、蛍も戻って来たのだ)
 龍神の息吹とともによみがえった清い水に生まれ育ち、今宵想いを燃やして、舞い狂う蛍……。いっそ自分も、狂ってしまえればと思う。そうすれば、募る思いのままに、あかねを求め、この腕の中に閉じ込めてしまえるのに、と。
「わ、こんな所にとまっちゃった」
 鷹通が、乱れる胸の内を懸命に抑制していた時、横であかねが声を落として、嬉しげに言った。見ると、その胸元に一匹の蛍がとまり、光を明滅させているのだった。見つめるあかねの白い頬に、その光は照り映え、澄んだ瞳にも映り込んでいた。
「鷹通さん、見て」
 清い光を抱くようにして、無心な笑みを向けられて、鷹通の胸は詰った。あかねは、今、目の前にある静かな喜びを、鷹通と分かち合おうとしているのだった。そんな思いが心に響いた時、鷹通の中で、出口を求めて荒れ狂っていた激情が、すうっと凪いだように、収束していった。……そして、一つの確信が胸に落ちる。
(このひとは……奪うものではない。護るべきものなのだ……)
 あかねは、胸元の蛍を囲うようにして、両手をかざしていた。まるで雨風やその他の害から、蛍を守るように。
しばらくすると、明滅する蛍は、何ものかの呼ばれたのか、それとも自分の身の内に燃える本能に従ったのか、ふわりとあかねの胸から飛び立ち、無数に飛び交う光の中に、紛れて行ってしまった。あかねは、しばし蛍の飛んだ方向を見やりながら、ひそりと言った。
「行っちゃった……。引き止めるわけにはいかないものね」
 その言葉は、鷹通の心に沁みとおった。
「……そうですね。飛び立つ羽をもぐわけにはいかない。……いとしいひとを、損なうわけにはいかない。けれど……」
 鷹通は、胸の上で、まだ包み込むような形をつくっていた、あかねの手を、自分の手の中に収めた。
「……あなたの手のぬくもりは、けして忘れません」
「鷹通さん、鷹通さん、……泣いて、いるの?」
 歌うように、あかねはささやき、手を握られたまま、そっと鷹通の胸に身を寄せた。
「神子殿……」
 鷹通の胸の鼓動が高鳴る。あかねは顔を上げ、澄んだ瞳を鷹通に当てると。自分の中にある鷹通へのもっとも強い気持ちを、言葉にした。
「……ありがとう」
「神子殿……!」
 眼鏡を外し、顔をそむけた。あかねは、ずっと寄り沿っていた。鷹通の頬を伝う涙が止まるまで。痛みが洗い流されるまで。
 二人の周りを、無数の蛍が舞い狂っていた、一夜の想いに、身も焦げよ、とばかりに……。

 明くる朝、また、雨が降っていた。音も立てぬような、小糠雨。それでも、髪に、頬に、細かな雫が溜まる。あかねを濡らす雨を少しでも遮ろうと、鷹通は頭上に袖をさしかけて、歩いた。
「ありがとう、鷹通さん」
 感謝をこめて見上げるあかねと、このままずっと歩いていたい、そんな思いがふと胸をよぎる。
 しかし邸の門の外には、あかねを迎えるために差し向けられた牛車が、すでに待機していた。あかねの姿を認めた御者が、入り口に踏み段を用意した。袖の傘の下から、あかねが踏み出した時、鷹通は一瞬引き止めたい衝動を覚えた。伸ばしかけた手をぐっと握りしめると、そんな心中を読み取ったように、あかねが振り向いた。見交わすお互い目の中に、答えはあった。
(……わかっています。どうぞ、飛び立っていって下さい)
 決意を視線に込めると、あかねはうなずき、ふわりと微笑った。その微笑は、昨晩、鷹通の胸に寄り添った時と同じ、慈しむようなぬくもりに満ちていた。鷹通は、一瞬あかねの手に包み込まれるような感覚を味わった。
 形は少し異なっても……あかねが鷹通を思う気持ちは、確かにそこに存在しているのだった。自分の胸が、あたたかく満たされていくのを鷹通は感じた……一抹の哀惜とともに。
 牛車に乗り込む前に、あかねは、鷹通と、見送りに出て来た邸の使用人たちにぺこりと頭を下げた。
「鷹通さん、皆さん、お世話になりました」
 その手には、昨日のホタルブクロが、しっかり携えられていた。
「神子殿、どうぞ道中お気をつけて」
「ごきげんよろしゅう、姫さま」
 口々に言われる別れの言葉に、あかねはあちらこちらへ会釈を返した。そして鷹通に少しだけ手を預けて、踏み段を身軽にのぼり、車上の人となった。腰を落ち着けると同時に、小窓を開けて、顔をのぞかせた。
「さようなら、ありがとう」
 ゆるゆると牛車が動き始めた。しばらく見送った後、使用人たちは、それぞれいつもの持ち場へ戻って行った。だが、鷹通だけが、ずっとそこに立ち続けていた。小窓からのぞく花のような顔が、やがて見えなくなっても。轍だけを残して、牛車の姿が、ずっと遠く、小さくなっても。
 あかねの乗った牛車が消えた道の向こうまで、見渡す限り広がった田に、けざやかな緑の稲がそよぐ。
 彼がずっと愛して来たものを、天から遣わされた清い乙女は、甦らせてくれた。それならば、もたらしてくれた、大きなあたたかいものを、この胸に抱きしめ、守り抜いてゆこう。
 天を仰ぐと、身に、心に、恵みの雨が降り注ぐのが感じられた。眼鏡を外して、頬に流れる水滴を拭う。そうして鷹通は、踵を返し、ようやく邸に戻って行った。
 
 雨脚が、また、少し強くなったようだった。

                              (終わり)





実は、去年書こうと思って、時期を外したお話でした。
鷹通さん→やっぱり蛍 で、当初は蛍がメインで、
ハッピーエンドのはずでしたが^^;
まあ、このあかねちゃんは、誰とも結ばれずに、
元の世界へ帰ると思います。
彼女は普通の女の子ですが、やはり神子として、
”降りて来ていた”部分があるのでは、と。
そういうことを考えていたら、こーゆー結果に。
スマソ、鷹通さん。でも、君は理想の夫になれると、
思う、きっと。
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