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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
このブログ内の文章の無断転載は、固くお断り致します。
また、同人サイトさんに限り、リンクフリー、アンリンクフリーです。
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先日、2周年記念のキリ番、9913を踏んで下さった、
宏菜さんのリクエストにお応えしたものです。
やっと、でけた。何だか長くなりました。

実は、三つ希望カップリングを挙げて下さっていて、
そのうちどれか一つ、男性のかわいさが感じられるものをとのことでした。
で、この場合、ジュリアスなわけですが、
果たして、これ、かわいいんでしょうか……?
はなはだ不安ですが、まあ、ご一読頂ければと思います。

なお、この小話は、ご本人のみお持ち帰りOKでございます。
宏菜さん、リクエスト、ありがとうございましたV

あ、そうそう、先日、拍手4連打して下さった方、ありがとうございましたV
リーカーの方かどうかわかりませんが、お楽しみいただければ、幸いです。

拍手



「淑女が駆け出す時」

 いつもながら、優美で、きちんとした筆跡は、彼女の人となりを表していると、ジュリアスは思った。女王補佐官の職務は、繁多を極める。そのため、報告や連絡などの書類の作成は、ロザリアがじかに手を下すことはなく、ほぼ担当の文官がやっているはずである。だがロザリアは、ほとんどの書類に、彼女の目線で気づいたことや、意見を、こまめに肉筆で書き添えていた。
 聡明さと細やかさを感じさせる、その筆跡をたどることは、いつしかジュリアスの楽しみになっていた。
 女王候補だった頃から、ロザリアは努力家で、真摯に物事に取り組む姿勢を持っていたが、女王補佐官になっても、それは変わらなかった。女王となるべく育てられて来た彼女が、女王補佐官という異なる道を受け入れ、精励している姿は、ジュリアスには、いじらしくも思える。そんな彼女が、これから先も、自分の選んだ道を、悔いなくまっすぐに歩んでゆけるように、力になってやりたいと考えていた。
 申し分ない内容の書類の束を、集中して読み通すと、さすがに軽い疲れを覚えた。軽く目頭を揉みながら、ふと顔を上げると、窓辺の花瓶の花が、日射しを求めるように、伸び上がっている様が目に入った。
「花にも、そして私にも、日光が必要なようだな」
 そう独りごちると、ジュリアスは書類の束をまとめ、机の上をざっと片付けた。息抜きに、少し散歩でもしようと、思い立ったのだ。
 執務机を離れる前に、戻って来た時に、またすぐに仕事に取りかかれる状態になっているか、ざっと目を走らせ、よしと頷くと、ジュリアスはゆっくりと歩み始めた。
 このところ、宇宙に特に大きな問題もなく、聖地での職務も順調に流れている。柔らかな陽光は、調和と平和の象徴のごとく、ジュリアスの心を明るくし、心穏やかに昼下がりの休息を楽しめる……はずだった。

 優美な円柱の建ち並ぶ、正殿の回廊を歩いていた時、ジュリアスの耳は、ふと聞き慣れた声をとらえた。
「……だな。……どうして……」
(オスカー?)
 日頃から、右腕と頼む腹心のいる気配に、誘われるように、声のする方へ顔を向けた。すると回廊から下りられるようになっている中庭の、背の高い木の傍らに、見慣れた背中と、それに隠れるようにして、誰かもう一人の人物がたたずんでいるのを、認めることができた。
(誰と一緒なのだろう?)
 疑問の答えは、すぐに出た。
「……なさって。………ましてよ」
 言葉の内容は、よく聞き取れなかったが、鈴を振るような声と、オスカーの背中の向こうに垣間見える、ほっそりとした立ち姿は、ロザリアのものに他ならなかった。心なしか、いつも聞くロザリアの声のトーンよりいささか高く、強くなっているようだ。
 そう感じた時、ジュリアスの心は、意外な方向へ振れた。二人の間で、今一体どんな会話が交わされているのか、その内容が、妙に気になり始めたのだ。
 だがジュリアスは、そっと近づいて、会話を立ち聞きしようなどとは、思いもよらなかった。二人に声を掛けて、直接すことにしたのである。
 もしかしたら、ほんとうのところは聞けないかもしれない、つまり不都合な会話が、二人の間で交わされている可能性については、つゆほども考えなかった。それはオスカーとロザリア、二人ともを、深く信頼しているためでもあった
 そこでジュリアスは、声を張り上げなくても、自分の呼びかけが二人に聞こえる位置まで、移動することにした。
 長の年月、毎日通って来たこの聖殿の内部のことなら、目をつぶっても歩けるほど熟知している。確か十数メートルほど先に、中庭へ続く階段があったはずである。
 特に急ぐ理由もないのに、ジュリアスは、なぜかいつもより少し早足になった。階段を下り、二人がいると思われるあたりまで、せわしく青草を踏み分ける。何にそんなに急かされるのか、わからないままに。
 もしかしたら、ロザリアの声の響きが、ジュリアス自身も知らなかった、鋭い感覚を呼び覚ましたのかもしれなかった。論理的な思考の持ち主であるはずの彼の胸が、わけもなく波立っていた。
 何かに衝き動かされるように、忙しく歩を進め、行く手を見透かすと、オスカーの鮮やかな髪の色が、目に飛び込んで来た。
(いたか……) 
 目測を過たなかったことに、小さな満足を覚えつつ、今しも口を開いて、声を掛けようとした、その時だった。風に乗って、オスカーの言葉が聞こえて来た。
「まったく……。頑なところは、女王候補の頃から変わらないな。けれど、補佐官とはいえ、君が花咲ける乙女であることには、変わりないぜ? ……そして、乙女を輝かせるのが、恋だってこともな」
 普段、ジュリアスに対する時とは違う、くすぐるような響きを、その声は持っていた。
(なるほど、これが対女性用、なのだな)
 オスカーが、女性に対して、口舌を駆使して、関わりを持ちたがることは、ジュリアスももちろん承知していた。女王候補時代の現女王やロザリアにも、おかまいなしに、歯の浮くような台詞を連発していたものだ。
 さすがに新女王体制ができあがってからは、女王と、その補佐官に、浮ついた言葉を掛けたりはしなくなったと見ていたのだが。今、耳にした様子からすると、そういうわけでもなさそうだった。
 オスカーの言葉は、更に続く。
「想いを閉ざすんじゃない。花が萎れてしまうように、君の輝きがくすんでしまうのを、俺は見たくないんだ」
 正しく、甘い台詞。だが、どこか真摯な響きを滲ませている。そこが彼のプレイボーイたる所以なのだろう。
 常のジュリアスなら、苦笑して聞き流すところだ。オスカーのそうした言動は、主に彼一流のサービス精神の延長に基づくもので、さしたる弊害もないことを、ジュリアスは十分理解していたのだから。
 ……だが、今、この時に限って、オスカーが、よりにもよってロザリアに対して、そうした言葉を投げかけることに、ジュリアスは少なからず不快感を覚えていた。これまで、気にも掛けたことなど、なかったのに。何やらもやもやとしたものが、こみ上げてきて、それ一色に、胸の内が塗りつぶされるようだった。
 道理にかなった問題解決をすることには、余人より秀でているジュリアスだが、この正体のわからないもやもやは、道筋が見えない分、対処のしようもなく、それが一層不快さを増幅させていた。
 胸の中で渦巻くそんな感情を持て余しながら、ジュリアスは、オスカーに相対するロザリアに目を向けた。ロザリアは、こうした甘い言葉に対して、一体どんな対応をするのだろう?
 するとロザリアは、頬を紅潮させ、オスカーに、正面きって反論してみせた。
「あなたに……そんなことを言われる筋合いは、ありませんわ!」
 語気は鋭かった。だが、押さえようもなく震えた語尾が、彼女の動揺を物語っていた。そして……彼女のそんな様子は、ジュリアスの心に化学変化を起こした。
 朱に染まった頬、きらきらと潤んだ瞳、常に淑女らしい落ち着いたふるまいを崩さないロザリアの、柔らかな内面がこぼれ出たこの瞬間を目撃した時、ジュリアスの胸を、一つの言葉、一つの想いが、貫いた。
 なんと、美しい、と。見とれるほどに、心奪われるほどに、美しい、と。
 ロザリア以外の目に映るものを、一瞬忘れ去ったジュリアスを、現実に引き戻したのは、オスカーの叱咤するような強い声音だった。
「もっと、素直になれよ、お嬢ちゃん。でなければ、目の前にある欲しいものを掴めないぜ?」
 言葉とともに、オスカーの両手が、ロザリアの細い肩に掛かった時、ジュリアスの全身に血が駆け巡った。一瞬、ふつふつと、その血が煮えたぎるような気さえしたが、それを何とか押さえ込み、努めて冷静に、声を掛けた。
「何をしているのだ、オスカー?」
 抑制されてはいるものの、圧力をはらんだジュリアスの声に、オスカーも、ロザリアも、文字通りびくんと跳ね上がって、こちらを見た。
「ジュリアス様!?」
「……ジュリアス!?」
 思いもかけず、ジュリアスがその場に現れたことに、二人とも驚いたのは確かだったが、わけてもロザリアは、こぼれんばかりに、目を見開いた。首筋まで染まるほど赤面し、泣きそうに顔を歪めた彼女は、幼い子供がいやいやをするようにして、オスカーの手を振り払った。そうして、オスカーの手を逃れると、かろく身を翻して、ジュリアスのいる側とは反対側の、庭の奥に向かって、走り去って行ってしまった。
「おい、ロザリア!」
 オスカーの呼びかけも、まったく耳に入れない風情で、ほっそりした後ろ姿は、見る見るうちに遠ざかって行く。瞬きする間のできごとだった。
「行っちまったか……」
 オスカーは残念そうにつぶやき、ジュリアスは……ロザリアの姿が失われたことへの空白感と、何か悪いことをしてしまったような痛みを、胸に覚えていた。
 彼女のそうした行動の、そのわけを知りたい。責任の一端を確実に担っていると思われるオスカーの方へ、ジュリアスの矛先は向いた。
「一体、どういうことなのだ?」
 ぴしりとした問いかけに、オスカーの背筋がぴんと伸びた。少々の間を置いて、ジュリアスの方へゆっくり彼は向き直った、その顔には、やや困惑気味の気配が漂っていたが、ほぼ普段通りのオスカーだった。
「ロザリアと、個人的な話をしていたのですが、少々行き違いがあったようです」
 アイスブルーの瞳が、悪びれることもなく、ジュリアスを見返す。
「そうか。だが、随分とロザリアは動揺していたようだったが?」
 そう言うと、オスカーは、酢でも飲まされたような、それでいて面白がっているような、なんとも複雑な表情を浮かべた。だが、すぐに顔を引き締めて、逆に聞き返してきた。
「ジュリアス様は、話のどのあたりから聞いておられたのですか?」
 その問いには、立ち聞きに対する非難のニュアンスも若干含まれているようだった。礼儀を重んじるジュリアスは、そのあたりに敏感である。少し眉を険しくすると、淡々と答えた。
「そなたが、恋する乙女うんぬんと言っていたあたりだ」
 するとオスカーは、納得したように頷くと、苦笑いになりかけの笑みを、口元に浮かべた。
「では、ご自身でロザリアに確かめてみては、いかがですか? 俺が勝手に彼女の心のうちを忖度して、お話するわけにはいきませんので」
 そう言われてしまうと、もうそれ以上ロザリアの動揺した原因を、オスカーに追及するわけにはいかなくなった。それではと、オスカー自身のなぜ、どうしてへと、質問を変えようとした、その時だった。オスカーは、すかさず、胸に手を当て、騎士の礼をとってみせた。
「どうも見苦しいところをお見せして、申し訳ありません。俺自身としては、ロザリアとの間に理解を深めたいと考えて、取った行動だったのですが、どうも、力及ばなかったようです。ですから……」
 ここで、オスカーは顔を上げ、ジュリアスを正面から見つめた。
「ですから、どうかジュリアス様が、彼女のことを気にかけてやって下さいませんか」
 そう言うオスカーの目は、至って真面目だったが、そこにはジュリアスを気遣うような、逆にどこか挑むような、様々な色あいがないまぜになっていた。その瞳の色が何を意味するのかは、ジュリアスには量りかねたが、最終的には、オスカーに対して抱いている厚い信頼が、不審より勝った。
「……わかった。気にかけることにしよう」
 するとオスカーは、笑みを広げ「お願いします」とでもいうように、目で念を押した。そうしておいて「では、俺は執務に戻ります」と実に自然な態で一礼して、その場をすうっと辞してしまった。
 後に残されたジュリアスは、オスカーに託された事柄について、しばし沈思して、たたずんでいた。ロザリアの頬に、けざやかに差した美しい色と、駆け去って行った後ろ姿を、何度も思い返しながら……。


 その翌朝。
「おはようございます、ジュリアス」
 執務室に現れたロザリアは、まったくいつも通りの彼女だった。完璧な淑女としての立ち居ふるまい、優雅な、そして隙のない笑み。
 そんなロザリアを、まさに女王補佐官にふさわしいと、ジュリアスは評価して来た。
 だが、今のジュリアスには、味のない薄いスープのように、物足りなく感じられた。なぜなら、ほんとうのロザリアを、感情のままに、怒ったり、赤くなったりする彼女の素顔を、知ってしまったから。
 あの時のような素のロザリアを、ぜひ引き出したい。そして、豊かに揺れ動く、その心のうちを、もっと知りたい。
 そんな想いが、ジュリアスの中に、募っていた。彼は微笑みかけるロザリアを見返し、軽く咳払いをした。そして、胸に高まる願いを叶える手段として、考え抜いた方法を、実行に移した。
「おはよう、ロザリア。……朝日の中で、微笑む君は、その……咲きたての薔薇のようだな。……ああ、ええ、その微笑みが、今日一日、私に活力をくれる……んだ……ぜ?」
 つっかえながら、ジュリアスが言い終えると、ロザリアはさながら鳩が豆鉄砲を食らったという風情で、固まっていた。やがて彼女は、きっと何かの間違いに違いない、とでもいうように、数度頭を振ると、改めてジュリアスに笑いかけた。
「ええと、ジュリアス? 今日午後の会議までに、こちらの資料に目を通しておいて下さいます? 先日の惑星L26からの陳情に関するデータですの」
「了解した……ぜ。君の、その……白い手になる資料とあれば……心して読まない訳には、いかないからな」
 ロザリアは、再び目を見開き、まじまじとジュリアスを見返した。だが、目の前で起こっていることが、いまだ信じ難い様子で、努めていつものペースで、先へ進もうとした。
「……宜しくお願い致しますわね。それと、こちらは、エルンストからの報告書です。辺境の星系で、少々サクリアの偏りが見られるとのことで、詳細なデータが上がっていますわ」
「承知した……ぜ。それにしても、君の……その鈴を振るような声は……たとえ、職務上の話であっても、私を和ませてくれる……。感謝する……ぜ」
 聞き流すことで、何とかこの場を乗り切ろうとしていたロザリアだったが、ここに至って、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「ジュリアス! ふざけるのも、いいかげんになさって! あなたがそんな方だとは、思いませんでしたわ。なぜ、オスカーの口まねなど、なさるの? 私を、私を馬鹿にしていらっしゃるのですか」
 赤々と燃える火が点じられた。目を光らせ、柳眉を逆立てるロザリアに、ジュリアスは一瞬見とれた。やはり、美しい、と。だが、むろん、ただ見とれているわけにはいかない。
 ジュリアスは椅子から立ち上がり、ロザリアの目の前まで、ぐるりとまわって来た。ロザリアは、ジュリアスの動作をずっと見守り、すぐ傍まで来た彼を、きっと見上げた。
「……すまない、ロザリア。そなたを馬鹿にするつもりなど、毛頭なかった」
「では、なぜですの?」
 自分を見つめる強い視線を直視できず、ジュリアスは少し横を向いた。
「それは……その……。素のままのそなたを見たいと思ったからだ」
「素のままの私? 一体、何のことですの?」
「……私の前では、そなたは、常に完璧な女王補佐官の顔しか見せぬ。だが、昨日、オスカーと相対していた時のそなたは、違った」
 昨日、オスカーと……という言葉が出た時点で、ロザリアの顔色が変わった。彼女は頬をかっと燃やし、視線を横に外すと、低い声で聞き返した。
「……オスカーとの話を、お聞きになったの?」
「いや、よくは聞こえなかった。だが、ずっと気になっている。あの時、何を話していたのか。そして、なぜ、そなたが走り去ってしまったのか……」
 ロザリアは、うつむいた。声のトーンは更に低くなった。
「……つまり、それを知りたいがために、オスカーのまねをなさった、と……?」
「まあ、そういうことになる……。そなたは、オスカーの前にいる時の方が、ありのままの感情を出しているように想えた……。だから……。ロザリア? どうしたのだ?」
 細い肩が小刻みに震えているのを見て、ジュリアスは、そっと手を掛けようとした。するとロザリアは、その手を払いのけ、ジュリアスを睨め上げた。
「……もう、ほんっとに、あなたという人はっ!」
「ロザリア? ほんとうに、どうしたのだ?」
 柳眉を逆立てるどころではない、噴火寸前の火山といった風情のロザリアを前に、ジュリアスは少々慌てた。
「馬鹿っ!! あなたなんか、大嫌いよっ!!」
 もしかしたら、ロザリアにとって、これが人生初めてかもしれない、腹の底からの怒声が上がった。そして、その言葉は、思いがけないほどの衝撃を、ジュリアスに与えた。
「大嫌い……?」
 頭をがんと殴られたような気がして、ジュリアスは呆然とした。その言葉だけが、頭を巡って、他のことを考えられなくなった。そんなジュリアスを、ロザリアは光る青い瞳で、鋭く一瞥すると、憤然として、室を出て行った。
 バタンとドアが閉じると同時に、カカカカッと鋭い靴音が、遠ざかっていった。その靴音が、ジュリアスを、常態へと戻した。ロザリアが、またしても走り去ってしまったことに気づいたからだ。
 昨日、ロザリアの背中を見送った時の痛みが、胸に甦って来た。
(……同じ轍は踏まぬ!)
 ジュリアスの中に、強い意志が、立ち上がって来た。必ず、ロザリアを確保する、と。
 頭の中に、聖殿内の立体見取り図を思い描き、ロザリアの移動する速さや、性格、行動パターンから推測して、彼女が行きそうな場所を、いくつか見当をつけた。そうして、その場所をまわる最短ルートまで、素早く頭の中で組み立てた。
 方針が固まると、ジュリアスは、ためらうことなく、走り始めた。ほぼ間違いなく、ロザリアを見つけられることを、確信して。
 傷つけてしまった花、彼の心をいつの間にか占めてしまった、大切な存在の姿を求めて。
 執務机の上では、主の代わりに、窓からの風が、忘れ去られた書類のページを、めくっていた。

 
 中庭の奥まったところに、忘れ去られた古い噴水がある。水しぶきを上げることがなくなってから、相当の年月が経っていると見え、黒ずんだ石には、蔓草がからみついている。
 だが、涼やかな緑の木陰がいつも落ちているその場所は、ロザリアのお気に入りで、一人になりたい時など、折々に足を運んでいた。
 そして今、徹底的に一人になりたいロザリアが選ぶのは、もちろんこの場所しかなかった。
 聖殿からここまで、一息にやって来たロザリアは、胸を押さえて、草の上にぺたんと座った。噴水の石の壁面に体をもたせ、息を整える。だが、胸が破れそうなのは、全速力で走ったためだけではなかった。
「ジュリアス……」
 幾度となく、いとしく呼んだ名をつぶやいた時、頬に涙がこぼれ落ちた。
 昨日、偶然行き会ったオスカーに言われたのは、ずっと秘めて来た想いを、表に出せということだった。
 女王補佐官だから、恋をしてはいけない、などというのはナンセンスだ、人生でもっとも美しい季節を、無駄に過ごすつもりか、と。いつも軽口ばかりたたいている彼とは、まるで別人のような真顔だった。
 胸の奥にしまい込んで、しっかり鍵をかけたはずの秘密に、いつ、どうして、オスカーが気づいたのだろうと、そのことにまず驚いた。
 女王候補だった頃から、その身のサクリアそのままに、皆を導く光を掲げる首座の守護聖を、ロザリアを敬慕して来た。それが胸を苦しくさせるほどの恋心に変化したのは、いつのことだったろうか。
 だが、守護聖としての重責を担い、まっすぐにその道を見つめて歩んでいるジュリアスに、その想いが受け入れられるとは、到底考えられなかった。
 だからこそ、堅く想いを封印し、せめて女王補佐官として、ジュリアスの役に立ち、認められる存在であろうと、日々職務に精励して来たのだ。
 そんな胸の中の秘密を暴かれたようで、言いようもない怒り、羞恥がこみ上げて、オスカーに反論した。そこへ、よりにもよって、ジュリアスが現れたのだ。もう、ほとんどパニック状態に陥ってしまって、その場から逃げ出したい一心で、走り出していた。
 もちろん、後で、落ち着いてから、ジュリアスが不審がるだろうとは、思った。しかし、不安をねじ伏せられる材料があった。恐らくオスカーが、日頃やっているように、うまく取り繕うだろうと、推測できた。オスカーが、かなりその方法に熟達していることを、ロザリアは何度か目の当たりにしている。
 恐らく、ロザリアの名誉のためにも、ジュリアスに会話の内容を洩らすようなことは、まずしないだろう。そうであるなら、ことさら動揺を見せることなく、いつも通り淡々としてみせるのが、最善の対処といえるだろう。
 そうやって千々に乱れる心を、何とか一晩で整理して、出仕した翌朝だったのである。そんな時に、ジュリアスにおかしなまねをされたのでは、ほんとうにたまったものではなかった。
「馬鹿……。ジュリアスの馬鹿……。人の気も知らないで」
 唇から繰り言が転がり出すに任せていた、その時だった。
「……その馬鹿な男に、そなたの気持ちをぶつけてはくれぬか」
 突然、深い声が、頭上から、降って来た。ロザリアは、弾かれたように身を起こし、目の前に、彼女の心をかき乱す張本人が、立っているのを認めた。
「……ジュリアス。どうして、ここへ? この上、まだ私を苦しめたいの?」
 抑えようもなく、滂沱と流し続ける涙を、温かい手が伸びて来て、拭った。
「わがままかも知れぬが……。私は、そなたの心を知りたい。そして、許されるなら、預けて欲しいのだ。……大切な、いとしい、そなたの心を」
「ジュリアス……!」
 封印は解かれた。その柔らかな心で、出来うる限りに、高く堅く築いて来た砦が、今、崩れ去った。ロザリアは、飛び込んでいった。ずっと思い続け、慕い続けた、その腕の中へ。
 そして、しっかりと彼女を受け止めた腕の中で、ようやく真実の言葉を告げた。
「私、あなたを、お慕いしています」
 その言葉を受け取った、首座の守護聖は、降り注ぐ陽光のような笑みとともに、ロザリアの耳にささやいた。
「私もだ。今も、この先も、ずっとそなただけを、愛している」
 忘れ去られた庭園の片隅。生まれたての恋人たちは、しばし時を忘れて、手に入れたものの貴重さ、甘さを、確かめ合っていた。

  ♦   ♦   ♦   ♦   ♦
 
 傾きかけた日射しが、そろそろ一日の終わりを告げる夕暮れ、オスカーとオリヴィエは、庭に面したポーチの石段に腰を下ろしていた。日の曜日の昼下がり、オスカーの私邸を訪ねて来たオリヴィエは、たくさんの包みを抱えていた。
「なんだ、その大荷物は?」
 問うオスカーに、オリヴィエはにっと笑ってみせた。
「今日は、外界でショッピングを満喫しちゃった。疲れちゃったから、ちょっと休ませてよ」
「俺の邸は、休憩所じゃない」
 一応オスカーは怒ってみせたものの、気の置けない友人同士の二人である。それぞれ好みの飲み物を手に、ポーチで、なごやかに雑談を交わすこととなった。
「まったく……夜はレディたちと過ごす予定だってのに、何だっておまえと二人で居なきゃならんのだ?」
「ふん、そうしてマメにしなきゃ、女の子に忘れられてしまうんなら、あんたのプレイボーイ伝説も有名無実なんじゃないの?」
「うるさい。俺は、あまねくレディたちを、しあわせにするために、いそしんでいるんだ。わかったら、とっとと帰れ」
「ご挨拶だね〜。頼まれていたラム革の手袋、買って来てあげたのに」
「まあ、その点は感謝する」
「それなら、はい、お茶、おかわり」
 抜け目ないオリヴィエの言いように、苦笑しながら、オスカーはお茶の追加を使用人に言いつけた。
 香り高い紅茶に口をつけながら、オリヴィエが、思い出したように言った。
「日の曜日といえば、庭園でジュリアスとロザリアを見かけたよ。いい雰囲気だったね」
「そうか……」
「まあ、おかげで、最近ジュリアスがめっきり上機嫌だから、いろいろこっちは助かってるんだけど……あんたは、それでいいのかい?」
 オリヴィエの顔を、オスカーは見返した。
「何の話だ?」
「とぼけたって、私の目はごまかせないよ。あんた、ロザリアのことを、ずっと気に掛けてたじゃない」
 オリヴィエは、口元に笑みを乗せていたが、核心に触れていることを自覚して、隙のない構えだった。
 オスカーは、ふっと笑みを洩らした。
「むろん、気に掛けていたさ。俺は宇宙の全女性の騎士を自認しているからな。……花が萎れるのは、見るに耐えない。愛の光を浴びて輝いてくれるのなら、それでいい……」
 オリヴィエは笑みを広げ、穏やかな声で言った。
「ふん、無理しちゃってさ。まあ、あんたがそれでいいってんなら、私がごちゃごちゃ言う筋合いじゃないけどね。あんたの騎士道精神とやらに、敬意を表して、今夜は乾杯してあげるよ」
 オリヴィエは、片目を瞑り、いい酒を手に入れて来たんだと、付け加えた。
「そうだな、じゃあ、派手に乾杯してくれよ」
「了解! そうと決まったら、さあ、酒盛りの準備、準備!」
 オリヴィエは立ち上がって、軽く服を払うと、勝手知ったる様子で、邸の中に入って行った。入って行ったと思ったら、すっかりなじみになっているオスカー邸の執事を呼ぶオリヴィエの声が、聞こえて来た。
「ちょっと、執事さあん」
 オスカーは、思わず苦笑した。
「まったく、ここは誰の邸なんだ?」
 だが、オリヴィエの心やりは、胸に沁みた。ぱあっと飲んで、忘れてしまえ。そういうつもりで、恐らく彼は、今日オスカーを訪ねて来たのだろう。
「そうだ、それが一番いい……」
 あの薔薇が、萎れることなく、咲き誇っていてくれるのならば。熱く真摯な想いは、そっと畳み込み、胸の奥に鍵を掛けた。それが一番いいのだ、と……。
 そうしてオスカーは邸に入ろうとしたが、最後にもう一度振り返り、想う乙女の住む方向を、遠く望んだ。この木立の向こう、緑の野の向こうで、彼女は今頃、今日一日の逢瀬の余韻を楽しんでいるのだろうか。その傍らに、自分がいないことを、改めて認識する。
「あばよ……俺の薔薇。どうか、しあわせに……」
 そっとつぶやくオスカーの胸中は、凪いだ海のように、静まっていた。
 その時、オスカーの背後で、邸内の電灯がぱあっと一斉に灯った。忙しげに行き来する使用人たちのシルエットが、窓に浮かび上がり、オリヴィエが、その中心で、何やら指示を出しているのが、影だけでも、それとわかる。
「また、派手にやらかしてくれそうだな」
 くくっと笑い、オスカーは歩き始めた。
「おい、極楽鳥! あんまり人の邸を荒らすなよ」
 彼を包む、あたたかな喧噪の夜が、今、幕を開ける。一つの恋の終わりを告げる儀式が。
 
 そうして、夜の帳は、そっと下りていく。
 始まった恋、終わった恋を、包み込んで……。密やかに流された涙、吐息、心弾むときめきと、胸裂かれる痛み……それら一切を闇に溶かし込んで……。
 
 新しい息吹が吹き込まれる、輝く明日を、迎えるために……。
                            (終わり)




ジュリアス、これでは、かわいいというより、アフォになってしまっている気が(汗)
ええと彼は、恋愛感情というものを自覚するのが、相当手間も時間も掛かりそうだな、というのと、自覚したら、急転直下だろうな、と。まあ、そういう感じで。

エピローグが、必要以上に長いのは「オスカーをかっこよく書いてみよう」という、
私の最近トライ傾向の現れです。
ん〜、私の気分では彼は、もう少し肉食系で、もう少しおとぼけさんかなと、思ったりするのですが、難しいです、ほんとに。

ていうか、そういうのは、別のネタでやれ>自分……orz
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