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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
このブログ内の文章の無断転載は、固くお断り致します。
また、同人サイトさんに限り、リンクフリー、アンリンクフリーです。
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アンジェ仲間のSさんへのお誕生日祝いに
書いたものです。
(大幅に遅れちゃったけど・汗)

SP2設定、シリアスめです。

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「天使のスープ」


 パチパチと音を立てて、野営のたき火が炎を上げる。見渡す限り、家一つない荒野、しんしんと冷え込む夜。だが、そのたき火の回りには、血気盛んな若者たちの顔があり、一丸となって、任務に取り組む連帯があった。
「隊長、スープができました」
 使い込まれて、形が少々いびつになった金属の食器に、熱いスープがたっぷり注がれて、手渡される。その場にいる全員に、同様にスープが供され、食事を前に期待が高まってくる。食器から手のひらに伝わる熱、立ち上る湯気、そして若い隊員たちの談笑。それらを感じながら、一さじ食べようとした、その時。
 ジリリリリと目覚ましの音が響き、朝の光がまぶたに落ちて来て、ヴィクトールを目覚めさせた。
「む……? 時間か……」
 身を起こしてみると、そこは風の吹きすさぶ荒野ではなく、清潔であたたかなベッドの上だった。
「夢だったのか……」
 額に手を当て、意識をはっきりさせるために、頭を軽く振った。たき火のぬくもりや、スープの香り……。過去の一場面を再現した、夢の中の感触があまりにリアルで……胸が詰まる思いがした。あの時間も、あの場にいた人々も、もう二度と戻って来ないのだ……。
 たくさんの傷跡が走る手を、白い肌掛け布団の上で、ぐっと握りしめ、ヴィクトールはこみ上げて来る感傷をやり過ごそうとした。
(ここは……聖地だ。そして、俺は、今、ここでやるべきことがある)
 もう一度大きく頭を振ると、ベッドから抜け出した。窓から差し込む朝の光が、目にまぶしい。苦しい夢の残滓を払い落として。胸の底に疼く痛みに蓋をして。新しい一日が始まろうとしていた。


「よし、時間だ」
 腕時計の短針が予定の時刻を指したところで、ヴィクトールは生徒たちに声を掛けた。
 テストの緊張から解放された二人の少女は、ペンを置いて、ため息を吐いたり、思い切り伸びをしたりした。定期的に行っている小テストは、ヴィクトールの方針で、設定時間の割には、問題数を多くしてある。きちんと学習内容を理解したうえで、素早く書いていかないと、すべての回答欄を埋めることはできない。
二人の解答用紙を回収して、ヴィクトールは頷いた。ざっと見たところ、二人とも、概ね答えが書けているようだ。
「二人とも、努力しているようだな。このテストは、採点して明日返す。今日は、もう帰っていいぞ」
 ヴィクトールの言葉を受けて、二人の少女は帰り支度を始めた。
「ねえ、カフェテラスに寄って行こうよ」
「うん、いいよ」
「そうだ、テストも終わったし、アナタ、お誘いしてみたら?」
「え、でも……」
 机で、解答用紙のチェックを始めたヴィクトールの耳に、そんな会話が何となく入って来た。レイチェルが何ごとかを勧め、アンジェリークがそれに対してためらっているような気配。軽い押し問答の末、アンジェリークが声を掛けて来た。
「あの、ヴィクトール様」
「ん? なんだ?」
「えっと……よかったら、カフェテラスにご一緒しませんか?」
 おずおずと言いかけるアンジェリークの横で、レイチェルが言葉を添えた。
「新作ケーキのキャンペーンで、割引券をもらったんです。あそこのケーキって絶品ですよネ!」
 そう言われても、正直ケーキには関心がなかったが。今日のテストは、いつも以上に問題数が多かったにも関わらず、二人ともよく取り組んだ様子だったし、たまにはねぎらってやるのもいいだろうと、ヴィクトールは考えた。
「そうか。俺は、普段甘いものは食べないんだが、せっかくだから付き合おう」
「わあ、ホントですか? ありがとうございます〜。アンジェ、よかったじゃん!」
 レイチェルに軽く肘で小突かれながら、アンジェリークも、笑顔を見せた。
「うん……。ヴィクトール様、ありがとうございます」
「はははっ、そう喜ばれると、財布を当てにされているとしても、悪い気はしないな」
 すると二人は、口々に言い返して来た。
「ええ〜、違いますよ〜」
「私たち、ちゃんと自分の分は払います!」
 そんな調子で、にぎやかに会話しながら、カフェテラスに出向くことになった。はしゃいだ二人の少女に挟まれて歩くのは、少々面映かったが、意外と心楽しいものだった。
 カフェテラスで、目当ての新作ケーキを前にして、少女たちは歓声を上げた。しあわせそうにケーキを食べる彼女たちを、微笑ましく眺めながら、ヴィクトールは熱いコーヒーを口に運んだ。
 そんな彼に対して、アンジェリークが、ちょっと申し訳なさそうに言った。
「あの、すみません。私たちだけ、こんなにケーキで盛り上がっちゃって」
「いや、気にするな。おまえたちのそんな様子を見ているのは、楽しいからな」
「えっと……甘いものが苦手なんだったら、ヴィクトール様は、どんな食べ物がお好きなんですか?」
「俺の好物か? そうだな……」
 ヴィクトールの脳裏に、ふと今朝方の夢がよみがえって来た。
「熱い豆のスープだな。軍隊でよく食べた……」
 するとレイチェルが、相づちを打った。
「ああ! 豆は保存がきくし、栄養価が高いから、ずっと昔から軍用食に利用されて来たって、何かで読みました」
「その通りだ。よく知ってるな、レイチェル。長年食べ慣れてるんで、今、こうして軍を離れていると、ふと食べたくなるな」
 茶飲み話の一つとして、あくまで軽い調子で言った。そのスープにまつわる、懐かしくも辛い思い出を、教え子たちに語るつもりは、毛頭なかった。アンジェリークは、その大きな瞳でヴィクトールを見つめ、何ごとかを考えている風だった。


 それから数日経った、土の曜日のことだった。二人の女王候補が、それぞれの聖獣に会いに行くよう定められた日であり、ヴィクトールたち教官にとっては、休日だった。もっともヴィクトールは、土の曜日でも、学芸館の執務室にいることが多かった。平日には、なかなかじっくり時間を掛けられない、授業のための資料収集や、教材の準備にあてていたためだ。
 そんなわけで、そろそろ昼になろうかという頃合いに、アンジェリークが姿を見せた時、驚きをもって彼女を迎えた。
「なんだ、アンジェリーク。今日は、土の曜日だぞ。王立研究院には行ったのか?」
「はい、今日はもう、アルフォンシアに会って来ました。元気いっぱいで。ご機嫌でした」
「そうか、それはよかったな。ところで、今日はここで学習をするわけにはいかんのだが、何の用事で来たんだ?」
問われてアンジェリークは、恥ずかしげに、しばらくもじもじしていたが、思い切ったように言った。
「あの……ヴィクトール様、お昼、まだですよね? よかったら、これ、召し上がって下さい」
 後ろ手に持っていた何かを、ヴィクトールに向かって差し出すと、脱兎のごとく、駆けて行ってしまった。
「おい、アンジェリーク!」
 大声で呼びかけた時には、廊下を遠ざかっていく足音しか、聞こえなかった。ヴィクトールの手には、大ぶりのバスケットが残された。バスケットに掛けられた、赤いギンガムチェックの布を取ってみると、中にはたくさんのサンドウィッチと、ふた付きの保温容器が入っていた。
 一体何が入っているのかと、保温容器を取り出し、ふたを開けてみて、ヴィクトールは、はっとした。
「これは……。覚えてたんだな、あの時の話を」
 中身は、まだ湯気の上がっている、豆のスープだった。トマトベースで仕立ててあり、さいの目に切ったベーコンも入れてあるようだった。軍でよく食べたスープより、ひと手間もふた手間も掛かったものであることが、料理に疎いヴィクトールにも見て取れた。
「アンジェリーク……」
 ヴィクトールのために、心をこめて作られたスープ。だが、それは、彼の心を辛く、切なくさせた。
「……俺は、こんなことをしてもらえるような男じゃないんだ」
 拳を一つ、がっと壁にたたき込み、そのまま壁に手を付いて立ち尽くす。
ヴィクトールのまなかいに、様々な映像が浮かんでは消える。スープを作ってくれた部下の若い顔、荒れ狂う自然の猛威の中で見失った彼らの乗った飛行艇……そしてアンジェリークのはにかんだ笑顔……。
 葛藤にもがくヴィクトールの横で、アンジェリークの作ったスープはゆっくりと冷めていった。


 その日の授業の終わり際、ヴィクトールは生徒たちに言った。
「よし、かなり成果が出たな。今日は、これぐらいにしておこう。……アンジェリークは、この後、少し残ってくれ」
「あ、はい」
 なぜ? という表情で、ヴィクトールを見上げるアンジェリークに、レイチェルが耳打ちをした。
「きっと、昨日のバスケットのことだよ。ガンバって!」
「え……?」
 ウインクを一つアンジェリークに送ると、レイチェルは「じゃあ、ワタシはお先に失礼します〜」と元気よく挨拶をして、席から立ち上がった。
「おう、レイチェル。またな」
 軽く手を挙げるヴィクトールに、ぺこんと頭を一つ下げ、アンジェリークには、小さくガッツポーズをしてみせると、レイチェルは部屋を出て行った。
「あの、それで……?」
 ヴィクトールと二人きりになって、戸惑い気味にアンジェリークが問うた。するとヴィクトールは、アンジェリークたちの席からは見えない、自分の執務机の後ろから、何かを持ち出した。
「この間のバスケットを返そうと思ってな。うまかった、ありがとう」
「あ、いえ。あの……お口に合ったのなら、よかったです」
 受け取りながら、頬を染めるアンジェリークに、ヴィクトールは頷きかけた。
「ああ、あの後、ちょうどティムカとメルが来たんでな。一緒に頂いた」
 アンジェリークの顔に、驚き、続いて悲しみが浮かんだ。
(ヴィクトール様のために作ったのに……)という気持ちが、その表情から読み取れた。そんなアンジェリークに、ヴィクトールは噛んで含めるように、言った。
「おまえの心遣いには感謝する。だが、今後、こういうことはしてくれるな。俺は……おまえの好意を受け取るわけにいかんのだ」
 アンジェリークの唇が、微かに震えた。彼女にとって、胸にこたえる瞬間であったはずだが、その衝撃の中で、絞り出すように言った。
「……ご迷惑、でしたか?」
 青緑の瞳が潤んで、揺れた。
 ここで、迷惑だと答えれば、控えめな性格の彼女のこと、それを受け入れて引き下がるはずだった。だがヴィクトールは、一途な少女を前にして、真情とは異なる、その一言が言えなかった。
「いや……。迷惑なわけじゃない。……ただ、俺は、おまえの純粋な好意に値する男じゃないんだ」
 そのつもりはなかったのに、つい洩らしてしまった心の真実。ヴィクトールは、己の失態を恥じて、アンジェリークから顔を背けた。
「……すまん。もう、これ以上は……。今日のところは帰ってくれるか」
 その時、ふわりと空気が動き……あたたかな息づかいが、間近に感じられた。「?」
 向き直ってみると、アンジェリークが、彼の目の前にいて、そっと腕に触れていた。
「アンジェリーク、おまえ……」
 距離の近さに戸惑うヴィクトールの視線を、アンジェリークはとらえた。深く真摯な色を、その瞳にたたえ、彼女は言った。
「……そんなに、ご自分を卑下しないで下さい。お願いです!」
「アンジェリーク、しかし、俺は……」
 反論しようとすると、アンジェリークは、いやいやをするように、首を振った。
「……ここにいらっしゃるまでのヴィクトール様を、私はもちろん知りません。けれど……その過去があってこそ、今のヴィクトール様があって……そんなあなたを私は好きになったんです」
 言いながら、アンジェリークは、ヴィクトールの上着の袖を、ぎゅと握った。
「……私は、それが間違っているとは、思いません! だから……ご自分を否定しないで……!」
 大粒の涙が、溢れた。だが、アンジェリークが、ヴィクトールから目をそらすことはなかった。涙のヴェールをまとってもなお輝く、その強い想いは、まっすぐにヴィクトールに向けられていた。その強い意志は、さながら光のごとく、きゃしゃな全身から放射されていた。
「アンジェリーク……。おまえは、それほどまでに……」
 ヴィクトールの胸の奥底に、凝り固まっていた悔恨や、自責をも、その光は貫き、揺さぶった。
(……ほんとうに、いいのか。俺に許されるのか……?)
 ためらいというより、畏れに近い気持ちで、指一本動かせなかった。するとアンジェリークは、柔らかな笑みを浮かべた。放たれる光の粒子が分散して、強く直ぐなものから、包み込むようなあたたかいものへと移り変わる。
 そっとその身を、ヴィクトールの腕にすり寄せると、澄んだ声で言った。
「……あなたが好きなんです。ただ、それだけでは、いけませんか……?」
「アンジェリーク……!」
 腕にまといつく柔らかなぬくもりが、からだの中にしみ通ってゆく……。そしてそのぬくもりが、ヴィクトールがずっと抱えて来た、重いわだかまりをついに溶かした。
 ヴィクトールはからだの向きを変え、アンジェリークの小さな肩に手を掛けて、正面から向き合った。光を宿した瞳が、一片のくもりもなく、ヴィクトールを見上げる。その瞳を見つめながら、ヴィクトールは胸に広がっている想いを告げた。
「……ありがとう、アンジェリーク。……そうだ、ただ、それだけでいいと思える……。おまえが、傍にいてくれるのなら!」
「ヴィクトール様!」
 細いからだが、ためらうことなく腕の中に飛び込んで来た。壊さぬように、そっと抱き寄せながら、ヴィクトールは自分が生まれ直したような心持ちがしていた。小さな少女の一途な想いが、彼を過去から解き放ち、新たな世界へと導いたのだった。

(おまえは……まぎれもない天使だ)
 
 胸を締め付けるようないとしさ。それと同時に、ヴィクトールは予感した。自分を救ったこの天使の光が、いずれもっと広く、もっと多くのものに注がれるであろうことを。

(その日まで俺は……。俺の力も、心も、おまえのために尽くそう。だから、今だけは……!)

 ヴィクトールは、アンジェリークの頬を手で包み、仰向かせた。
「ヴィクトール様?」
 (どうしたの?)と問いかけるような、その初々しい顔に笑いかけ、そっと囁いた。
「もう一度、スープを作ってくれるか、俺だけのために」
 少女は輝くような笑みを広げて、答えた。
「はい! 喜んで!」
 
 その笑顔を、弾む声を、ヴィクトールは、心に刻んだ。この先、何があろうとも、それは自分だけのものである、と……。

 そうして、もう一度アンジェリークを抱き寄せた。あふれるほどの光とぬくもりを、腕に、胸に感じながら、彼は心の中で何度も繰り返した。

(ありがとう、アンジェリーク。俺の天使……)

                            (終わり)





糖度不足でスミマセン。
どうしても、手放しにハッピーエンドにできないあたりが、やはり糖度を上げられない要因かと思われます。ううむ……。
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