管理人の書いた、乙女ゲーの二次創作保管庫です。
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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
このブログ内の文章の無断転載は、固くお断り致します。
また、同人サイトさんに限り、リンクフリー、アンリンクフリーです。
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「生徒志願」
悠々と歩いて行く広い背中は、遠目にもよくわかった。振り向いてほしくて、名前を呼ぼうとしたその時だった。
「ヴィクトール様!」
ロザリアの想いが声になる前に、誰かが彼を呼んだ。栗色の髪に黄色いリボンを付けた少女が、ヴィクトールの元に走りよっていく。足を止め、振り返ったヴィクトールは、その少女アンジェリークに微笑みかけ、肩を並べて歩き始めた。和やかに談笑しながら。
(ああ……行ってしまったわ)
機を逸したロザリアは、遠ざかっていくふたりの後ろ姿を、少し切ない思いで見送った。些細なこと、仕方のないことだと考えた。だが……恋しい相手が、自分がここにいることにまるで気づかず、他の女性に笑顔を向けて、行ってしまったというシチュエーションに、胸がきしまないわけにはいかなかった。
(仕方ないって、わかっているのに……)
ロザリアは、そっと胸に手を当てた。わき出した悲しみを、そこに押し戻すように。恋することで知りそめた様々な感情を、畳み込むように。
ロザリアが、女王候補たちの精神の教官であるヴィクトールと思いを通じ合わせたのは、ごく最近のことだった。女王試験の関係者の中で、最年長であるヴィクトールは、その実直で温かい人柄で、短時日で皆の信望を集めていた。
そんな彼の琥珀色の瞳が自分に向けられる時、包み込むような熱を帯びるのに、ある日ロザリアは気づいたのだった。
交わされる視線、言葉や態度の端々……その中に、自分に傾けられる彼の想いを一つひとつ感じ取るうちに、いつしか彼女も恋に落ちていた。
そうして穏やかに始まった恋は、あまりおおっぴらにできるものではなかった。
折しも新しく生まれた宇宙の女王を選ぶための試験中であり、ヴィクトールが聖地に召喚されたのは、正しくそのためだった。
一つの宇宙、そしていずれそこに育まれる生命のすべての運命が、この試験の結果いかんによって、左右される。ヴィクトールは、いずれそのどちらかが女王となる二人の候補を教え導く立場。彼は自分の使命の重さを、重々理解していたし、また補佐官として、日々この宇宙の女王を支えているロザリアにしても、それは身にしみてわかっていることだった。
宇宙の女王という、途方もなく重い責任を、少女たちに課そうとしている側の人間が、恋に溺れるわけにはいかない。それは、二人の間の暗黙の了解だった。
しかし、頭ではわかっていても、感情が納得しないということはある。息を潜めるように、わずかな二人の時間を捻出する自分に引き換え、公然とヴィクトールの側にいられる女王候補たちが、うらやましく思える時がある。
自分とさして年の変わらない少女たちが、その年齢にふさわしく、ヴィクトールに頼ったり、甘えたりする様を見ると、なおさらのことだった。
些細なことで、胸にわだかまりを覚えてしまう、自分は、そんな弱い人間だったのか……。時折自分が情けなくなったが、もろく揺れ動くそうした感情を否定する気にはなれなかった。それもこれも、ヴィクトールがくれたものだと思えたから……。
肯定こそしたが、ただそんな弱さを表には出すまいとは、思った。口にしても詮ないもやもやした感情を、ヴィクトールにぶつけて、困らせたりしたくはなかった。ロザリアの誇りであり、意地だった。
そんなある日、ロザリアはプライヴェートではなく、職務上の用件で、学芸館を訪れた。
「こんにちは、お邪魔しますわ、ヴィクトール」
軽くノックして入ってみると、女王候補たちも、部屋の主もそこにはいなかった。
「まあ、留守なのね……」
ちょっと思案して、メモを残しておくことにした。あいにく筆記具を持っていなかったので、ヴィクトールの執務机にある物を借りようと考えた。机に近づき、ペン立てから一本抜いて、メモを書こうとした時、ふっと広げられた書類に目が行った。それはヴィクトールが、女王候補たちの指導のために作った資料だった。
ロザリアは、メモを書き終えると、机を回って、その資料に目を走らせてみた。そこには、彼らしい力強い手蹟で、びっしりと指導内容が綴られ、ところどころに傍線や矢印を引いて、注意書きもしてあった。ヴィクトールが、いかに指導に力を傾けているかが、その資料一つからでも見て取れた。
「あの方らしいこと……」
ロザリアの唇に、笑みが浮かぶ。そして、ふと顔をあげてみれば、いつもヴィクトールが掛けている位置から、女王候補たちが学習の時に使う座席が、正面からよく見えるということもわかった。
ロザリアは、何となく自分をその立場に置いてみたくなって、女王候補たちの座席に掛けてみた。女王候補たちは、いつもこうしてヴィクトールから、熱のこもった指導を受け、時には質問したり、談笑したりもするのだろう。
(……もう少し時期がずれていたら、私がここに座っていたということも、あったかもしれないわ……)
そんな思いが、ふと胸をよぎる。教官と生徒として巡り会っていれば、いっそ無邪気に、ヴィクトールに甘えることができただろう、と。
ロザリアの頭に、ふとある考えがひらめいた。誰かに見られることはないか、周囲を見回した。窓の外に人影はなかったし、振り向いて見た執務室のドアはしっかり閉まっていた。それにノックをせずに、部屋に入って来るような無作法な人間は、まずこの聖地にはいないはずだった。
ロザリアは、安全を確認すると、その心楽しい思い付きを、実行に移すことにした。
まず片手を挙げて「はい!」と言ってみた。そう、かつてスモルニイ女学院にいた頃のように。
「ヴィクトール様、質問です!」
すると、心に思い描いたヴィクトールが、執務机の向こうから、応じた。
(おう、なんだ、ロザリア?)
温かい琥珀色の瞳が、注がれる。
「些細なことで、動揺しないようになるには、どうしたらいいのでしょうか?」
空想の中のヴィクトールが答えた。
(そうなる自分の心の中の要素を、よく見つめて、少しずつでも乗り越えることだな)
「原因はわかっているのです。お話しても宜しいでしょうか」
(かまわんぞ。俺で役に立てることなら、力になろう)
ロザリアは、そこから先を口に出すのに、少々ためらった。ほんとうのヴィクトールには、とうてい言えない言葉……。だが、たとえ空想の中のヴィクトールにであれ、確かに胸が痛んでいることを、告げてみたかった。
「……わたくし、ヴィクトール様をお慕いしております。そのために……他の生徒にヴィクトール様が笑顔を向けたり、親切になさるのを見ると、仕方がないことだとわかっていても、動揺してしまいますの。……そんな心の弱さを乗り越えるには、どうしたらいいのでしょうか」
と、その時、ロザリアは、肩に温かいものが触れるのを感じた。
「な、何……?」
振り返ると、そこには彼女を見つめる琥珀色の瞳があった。
「ロザリア様」
「ヴィ、ヴィクトール!? いつからいらしたの!?」
ロザリアは仰天して椅子から飛び上がった。誰かがこの部屋に来れば、必ずノックするだろうと思っていた。だが当のヴィクトールが、自分の執務室に入るのに、ノックなどするはずがないことを、彼女は完全に失念していた。
生徒になりきるという子供じみたふるまいを見られ、また本心をヴィクトールに知られてしまったという情況に、ロザリアは混乱した。
ヴィクトールは、そんなロザリアの肩を抱くようにして、もう一度椅子に座らせ、正面から向き合った。
「驚かせて、すみません……。部屋に入って来たら、あなたの後ろ姿が見えて……。悪いとは思ったのですが……、その、あなたの様子があまりにかわいらしかったもので」
ロザリアは、恥ずかしさと怒りで、首筋まで真っ赤に染めた。
「まったく……ひどい方ね! もう、知りません!」
憤然と立ち上がり、部屋を出て行こうとするロザリアのからだを、ヴィクトールの強い腕がさえぎった。
「な、何をなさるの……!?」
そのまま広い胸の中にしっかりと抱え込まれて、ロザリアはか細い抗議の声を上げた。ヴィクトールは、ロザリアが身動きできないように、腕に力を添えると、そっとささやいた。
「ご無礼、申し訳ありません……。ですが、俺は……あなたの心のうちを聞けて、嬉しかったんです……」
「ヴィクトール……」
ロザリアは、目を閉じ、抱擁に身を委ねた。ヴィクトールの熱っぽい言葉は続く。
「俺が誰に笑いかけようと、俺にとって、ただ一人の女性は、あなただけであることを……どうか信じて下さいませんか?」
「ええ……もちろん、信じます……。あなたのことを、わたくしが信じないはずがありませんわ……」
「ロザリア様……」
広く温かい胸から、真摯な思いが自分に流れ込んで来るように、ロザリアは感じていた。
(ほんとに、些細なことだったのだけれど……。受け止めてもらえるというのは、こんなにもしあわせなことなんだわ……)
そしてひたとからだを押し付けながら、そっと心の中で、ヴィクトールに語りかけた。
(わたくし……なかなか自分の気持ちを素直には出せないかもしれない。でも、あなたも信じて下さい。わたくしが、あなたをお慕いしていることを……)
「では、宜しくお願いしますわね」
先ほどまで、潤んだ瞳をしていた少女とは思えない、てきぱきとした口調で、ロザリアは言った。恋人の抱擁をほどいた彼女は、補佐官に戻り、当初の目的である職務上の用件をヴィクトールに伝えたのだった。
「承知しました、ロザリア様」
ヴィクトールの言葉に、ロザリアはうなずいた。そして、ふと思い出したように言った。
「そうそう、わたくしもあなたにお詫びしないといけないことがありますの」
「なんでしょう?」
「机の上に置いてらした、指導用の資料を、勝手に見てしまいましたの。すみませんでしたわ」
「ああ、見られて不都合があるものではないから、机の上に出していたんです。気になさらんで下さい」
「そうですわね。あの資料を拝見して、いかに女王候補たちの成長を促すために、あなたが心を砕いていらっしゃるか、よくわかりましたもの」
ロザリアは微笑み、そしてためらいがちに続けた。
「その……あなたの熱心な指導を受けられる女王候補たちが、うらやましいほどに……」
ロザリアのその言葉に、ああ、それであの時、生徒のまねごとをしていたのかと、ヴィクトールは腑に落ちた。誇り高い女王補佐官であるロザリアのそんな一面を見られたのは、幸運だった、と。
(ほんとうに、なんてかわいい人なんだろう)
いとしさを募らせながら、ヴィクトールは言った。
「生徒ではない、あなたにこそ、教えてさしあげたいことがあるのですよ」
「まあ、それは、何ですの?」
ロザリアが目を丸くして、問い返した。そこでいささかのぼせていたヴィクトールは、はっとして、つい自分が漏らしてしまった言葉の内容に、赤面した。つまり生徒相手には、絶対にしないようなことを、という意味だったのである。
ヴィクトールは、軽く咳払いした。
「あ〜、それは、その、今度休日にお会いした時にでも、追々と」
「そうですの? では、楽しみにしていますわね」
無邪気に言うロザリアに、後ろめたい気持ちと、一層抱きしめたい気持ちの間で、煩悶するヴィクトールなのだった。
ヴィクトールの執務室を出たロザリアは、廊下で二人の少女に行き会った。
「こんにちは〜、ロザリア様」
アンジェリークとレイチェルは、口々にあいさつを述べた。
「こんにちは、アンジェリーク、レイチェル。今から学習?」
「はい。今日はこれから二人でヴィクトール様のところへ行こうって。ね?」
「うん」
はつらつとしたレイチェルの言葉に、アンジェリークがにこにことうなずいた。
「そう、二人とも熱心ね。素晴らしいことだわ。お互い励まし合って、学習したら、より大きな成果が得られることでしょう」
ここで、ロザリアはくすりと笑った。
「ヴィクトールに、鍛えてもらいなさい。あのひとは、素晴らしい教官だから」
「はあい、頑張りまあす」
「行ってきます、ロザリア様」
二人の少女が、楽しげにヴィクトールの執務室へ向かっていくのを、ロザリアはしばらく見送った。
(教官としてのあのひとは、あの子たちのもの。でも、それ以外は……)
自分だけの思いを抱きしめ、ロザリアは、自信に満ちた足取りで歩き始めた。
(それにしても、わたくしに教えたいことって何なのかしら?)
期待に胸をわくわくと膨らませる、そんなロザリアの顔は、女王補佐官ではなかった。職務も肩書きもない、恋のときめきに身を震わせる十七歳の少女に過ぎなかった。
そんな自分をロザリア自身が受け入れられるようになったこと、それはヴィクトールが促した大きな成長といえるだろう。彼が教官として果たす役割は、どうやら一つではなく。彼の愛した青く気高い薔薇は、今まさに花開こうとしているのだった。
(終わり)
SP2以降、ロザリアは、完全に物わかりのいい大人の役割を振られているのですが、見えない部分で、17歳なところもあるだろうということで。
うっかり調子こいたヴィクトールが、何を教えるやらって感じですね(笑)
私的にはそう簡単には、いかしゃしないから、せいぜい悶々するがいい〜〜(爆)
それしにても、なんか教条臭い結びになっちゃったのが、ちょっと自分でイヤかも……orz
悠々と歩いて行く広い背中は、遠目にもよくわかった。振り向いてほしくて、名前を呼ぼうとしたその時だった。
「ヴィクトール様!」
ロザリアの想いが声になる前に、誰かが彼を呼んだ。栗色の髪に黄色いリボンを付けた少女が、ヴィクトールの元に走りよっていく。足を止め、振り返ったヴィクトールは、その少女アンジェリークに微笑みかけ、肩を並べて歩き始めた。和やかに談笑しながら。
(ああ……行ってしまったわ)
機を逸したロザリアは、遠ざかっていくふたりの後ろ姿を、少し切ない思いで見送った。些細なこと、仕方のないことだと考えた。だが……恋しい相手が、自分がここにいることにまるで気づかず、他の女性に笑顔を向けて、行ってしまったというシチュエーションに、胸がきしまないわけにはいかなかった。
(仕方ないって、わかっているのに……)
ロザリアは、そっと胸に手を当てた。わき出した悲しみを、そこに押し戻すように。恋することで知りそめた様々な感情を、畳み込むように。
ロザリアが、女王候補たちの精神の教官であるヴィクトールと思いを通じ合わせたのは、ごく最近のことだった。女王試験の関係者の中で、最年長であるヴィクトールは、その実直で温かい人柄で、短時日で皆の信望を集めていた。
そんな彼の琥珀色の瞳が自分に向けられる時、包み込むような熱を帯びるのに、ある日ロザリアは気づいたのだった。
交わされる視線、言葉や態度の端々……その中に、自分に傾けられる彼の想いを一つひとつ感じ取るうちに、いつしか彼女も恋に落ちていた。
そうして穏やかに始まった恋は、あまりおおっぴらにできるものではなかった。
折しも新しく生まれた宇宙の女王を選ぶための試験中であり、ヴィクトールが聖地に召喚されたのは、正しくそのためだった。
一つの宇宙、そしていずれそこに育まれる生命のすべての運命が、この試験の結果いかんによって、左右される。ヴィクトールは、いずれそのどちらかが女王となる二人の候補を教え導く立場。彼は自分の使命の重さを、重々理解していたし、また補佐官として、日々この宇宙の女王を支えているロザリアにしても、それは身にしみてわかっていることだった。
宇宙の女王という、途方もなく重い責任を、少女たちに課そうとしている側の人間が、恋に溺れるわけにはいかない。それは、二人の間の暗黙の了解だった。
しかし、頭ではわかっていても、感情が納得しないということはある。息を潜めるように、わずかな二人の時間を捻出する自分に引き換え、公然とヴィクトールの側にいられる女王候補たちが、うらやましく思える時がある。
自分とさして年の変わらない少女たちが、その年齢にふさわしく、ヴィクトールに頼ったり、甘えたりする様を見ると、なおさらのことだった。
些細なことで、胸にわだかまりを覚えてしまう、自分は、そんな弱い人間だったのか……。時折自分が情けなくなったが、もろく揺れ動くそうした感情を否定する気にはなれなかった。それもこれも、ヴィクトールがくれたものだと思えたから……。
肯定こそしたが、ただそんな弱さを表には出すまいとは、思った。口にしても詮ないもやもやした感情を、ヴィクトールにぶつけて、困らせたりしたくはなかった。ロザリアの誇りであり、意地だった。
そんなある日、ロザリアはプライヴェートではなく、職務上の用件で、学芸館を訪れた。
「こんにちは、お邪魔しますわ、ヴィクトール」
軽くノックして入ってみると、女王候補たちも、部屋の主もそこにはいなかった。
「まあ、留守なのね……」
ちょっと思案して、メモを残しておくことにした。あいにく筆記具を持っていなかったので、ヴィクトールの執務机にある物を借りようと考えた。机に近づき、ペン立てから一本抜いて、メモを書こうとした時、ふっと広げられた書類に目が行った。それはヴィクトールが、女王候補たちの指導のために作った資料だった。
ロザリアは、メモを書き終えると、机を回って、その資料に目を走らせてみた。そこには、彼らしい力強い手蹟で、びっしりと指導内容が綴られ、ところどころに傍線や矢印を引いて、注意書きもしてあった。ヴィクトールが、いかに指導に力を傾けているかが、その資料一つからでも見て取れた。
「あの方らしいこと……」
ロザリアの唇に、笑みが浮かぶ。そして、ふと顔をあげてみれば、いつもヴィクトールが掛けている位置から、女王候補たちが学習の時に使う座席が、正面からよく見えるということもわかった。
ロザリアは、何となく自分をその立場に置いてみたくなって、女王候補たちの座席に掛けてみた。女王候補たちは、いつもこうしてヴィクトールから、熱のこもった指導を受け、時には質問したり、談笑したりもするのだろう。
(……もう少し時期がずれていたら、私がここに座っていたということも、あったかもしれないわ……)
そんな思いが、ふと胸をよぎる。教官と生徒として巡り会っていれば、いっそ無邪気に、ヴィクトールに甘えることができただろう、と。
ロザリアの頭に、ふとある考えがひらめいた。誰かに見られることはないか、周囲を見回した。窓の外に人影はなかったし、振り向いて見た執務室のドアはしっかり閉まっていた。それにノックをせずに、部屋に入って来るような無作法な人間は、まずこの聖地にはいないはずだった。
ロザリアは、安全を確認すると、その心楽しい思い付きを、実行に移すことにした。
まず片手を挙げて「はい!」と言ってみた。そう、かつてスモルニイ女学院にいた頃のように。
「ヴィクトール様、質問です!」
すると、心に思い描いたヴィクトールが、執務机の向こうから、応じた。
(おう、なんだ、ロザリア?)
温かい琥珀色の瞳が、注がれる。
「些細なことで、動揺しないようになるには、どうしたらいいのでしょうか?」
空想の中のヴィクトールが答えた。
(そうなる自分の心の中の要素を、よく見つめて、少しずつでも乗り越えることだな)
「原因はわかっているのです。お話しても宜しいでしょうか」
(かまわんぞ。俺で役に立てることなら、力になろう)
ロザリアは、そこから先を口に出すのに、少々ためらった。ほんとうのヴィクトールには、とうてい言えない言葉……。だが、たとえ空想の中のヴィクトールにであれ、確かに胸が痛んでいることを、告げてみたかった。
「……わたくし、ヴィクトール様をお慕いしております。そのために……他の生徒にヴィクトール様が笑顔を向けたり、親切になさるのを見ると、仕方がないことだとわかっていても、動揺してしまいますの。……そんな心の弱さを乗り越えるには、どうしたらいいのでしょうか」
と、その時、ロザリアは、肩に温かいものが触れるのを感じた。
「な、何……?」
振り返ると、そこには彼女を見つめる琥珀色の瞳があった。
「ロザリア様」
「ヴィ、ヴィクトール!? いつからいらしたの!?」
ロザリアは仰天して椅子から飛び上がった。誰かがこの部屋に来れば、必ずノックするだろうと思っていた。だが当のヴィクトールが、自分の執務室に入るのに、ノックなどするはずがないことを、彼女は完全に失念していた。
生徒になりきるという子供じみたふるまいを見られ、また本心をヴィクトールに知られてしまったという情況に、ロザリアは混乱した。
ヴィクトールは、そんなロザリアの肩を抱くようにして、もう一度椅子に座らせ、正面から向き合った。
「驚かせて、すみません……。部屋に入って来たら、あなたの後ろ姿が見えて……。悪いとは思ったのですが……、その、あなたの様子があまりにかわいらしかったもので」
ロザリアは、恥ずかしさと怒りで、首筋まで真っ赤に染めた。
「まったく……ひどい方ね! もう、知りません!」
憤然と立ち上がり、部屋を出て行こうとするロザリアのからだを、ヴィクトールの強い腕がさえぎった。
「な、何をなさるの……!?」
そのまま広い胸の中にしっかりと抱え込まれて、ロザリアはか細い抗議の声を上げた。ヴィクトールは、ロザリアが身動きできないように、腕に力を添えると、そっとささやいた。
「ご無礼、申し訳ありません……。ですが、俺は……あなたの心のうちを聞けて、嬉しかったんです……」
「ヴィクトール……」
ロザリアは、目を閉じ、抱擁に身を委ねた。ヴィクトールの熱っぽい言葉は続く。
「俺が誰に笑いかけようと、俺にとって、ただ一人の女性は、あなただけであることを……どうか信じて下さいませんか?」
「ええ……もちろん、信じます……。あなたのことを、わたくしが信じないはずがありませんわ……」
「ロザリア様……」
広く温かい胸から、真摯な思いが自分に流れ込んで来るように、ロザリアは感じていた。
(ほんとに、些細なことだったのだけれど……。受け止めてもらえるというのは、こんなにもしあわせなことなんだわ……)
そしてひたとからだを押し付けながら、そっと心の中で、ヴィクトールに語りかけた。
(わたくし……なかなか自分の気持ちを素直には出せないかもしれない。でも、あなたも信じて下さい。わたくしが、あなたをお慕いしていることを……)
「では、宜しくお願いしますわね」
先ほどまで、潤んだ瞳をしていた少女とは思えない、てきぱきとした口調で、ロザリアは言った。恋人の抱擁をほどいた彼女は、補佐官に戻り、当初の目的である職務上の用件をヴィクトールに伝えたのだった。
「承知しました、ロザリア様」
ヴィクトールの言葉に、ロザリアはうなずいた。そして、ふと思い出したように言った。
「そうそう、わたくしもあなたにお詫びしないといけないことがありますの」
「なんでしょう?」
「机の上に置いてらした、指導用の資料を、勝手に見てしまいましたの。すみませんでしたわ」
「ああ、見られて不都合があるものではないから、机の上に出していたんです。気になさらんで下さい」
「そうですわね。あの資料を拝見して、いかに女王候補たちの成長を促すために、あなたが心を砕いていらっしゃるか、よくわかりましたもの」
ロザリアは微笑み、そしてためらいがちに続けた。
「その……あなたの熱心な指導を受けられる女王候補たちが、うらやましいほどに……」
ロザリアのその言葉に、ああ、それであの時、生徒のまねごとをしていたのかと、ヴィクトールは腑に落ちた。誇り高い女王補佐官であるロザリアのそんな一面を見られたのは、幸運だった、と。
(ほんとうに、なんてかわいい人なんだろう)
いとしさを募らせながら、ヴィクトールは言った。
「生徒ではない、あなたにこそ、教えてさしあげたいことがあるのですよ」
「まあ、それは、何ですの?」
ロザリアが目を丸くして、問い返した。そこでいささかのぼせていたヴィクトールは、はっとして、つい自分が漏らしてしまった言葉の内容に、赤面した。つまり生徒相手には、絶対にしないようなことを、という意味だったのである。
ヴィクトールは、軽く咳払いした。
「あ〜、それは、その、今度休日にお会いした時にでも、追々と」
「そうですの? では、楽しみにしていますわね」
無邪気に言うロザリアに、後ろめたい気持ちと、一層抱きしめたい気持ちの間で、煩悶するヴィクトールなのだった。
ヴィクトールの執務室を出たロザリアは、廊下で二人の少女に行き会った。
「こんにちは〜、ロザリア様」
アンジェリークとレイチェルは、口々にあいさつを述べた。
「こんにちは、アンジェリーク、レイチェル。今から学習?」
「はい。今日はこれから二人でヴィクトール様のところへ行こうって。ね?」
「うん」
はつらつとしたレイチェルの言葉に、アンジェリークがにこにことうなずいた。
「そう、二人とも熱心ね。素晴らしいことだわ。お互い励まし合って、学習したら、より大きな成果が得られることでしょう」
ここで、ロザリアはくすりと笑った。
「ヴィクトールに、鍛えてもらいなさい。あのひとは、素晴らしい教官だから」
「はあい、頑張りまあす」
「行ってきます、ロザリア様」
二人の少女が、楽しげにヴィクトールの執務室へ向かっていくのを、ロザリアはしばらく見送った。
(教官としてのあのひとは、あの子たちのもの。でも、それ以外は……)
自分だけの思いを抱きしめ、ロザリアは、自信に満ちた足取りで歩き始めた。
(それにしても、わたくしに教えたいことって何なのかしら?)
期待に胸をわくわくと膨らませる、そんなロザリアの顔は、女王補佐官ではなかった。職務も肩書きもない、恋のときめきに身を震わせる十七歳の少女に過ぎなかった。
そんな自分をロザリア自身が受け入れられるようになったこと、それはヴィクトールが促した大きな成長といえるだろう。彼が教官として果たす役割は、どうやら一つではなく。彼の愛した青く気高い薔薇は、今まさに花開こうとしているのだった。
(終わり)
SP2以降、ロザリアは、完全に物わかりのいい大人の役割を振られているのですが、見えない部分で、17歳なところもあるだろうということで。
うっかり調子こいたヴィクトールが、何を教えるやらって感じですね(笑)
私的にはそう簡単には、いかしゃしないから、せいぜい悶々するがいい〜〜(爆)
それしにても、なんか教条臭い結びになっちゃったのが、ちょっと自分でイヤかも……orz
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