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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
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年内にアップできました。
月日小話です。
月森のキヨラカなところが、私は好きですv

おぐらどらさんに、謹んでお贈り致します。
てか、例によって、遅くなって、すみませんっっ!!

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「赤い靴」


 冬の晴れた日の空気は、もし弾くことができるなら、澄んだ高音域の音を立てそうだと思った。見上げる空は冴え冴えと青く、それを映す海の色も深く……。時折冷たい風に頬を刺されても、月森はずっとその場に立ち、飽かず眺め続けていた。気候のよい時分には、散策を楽しむ人の姿が絶えない臨海公園だが、さすがに真冬には人影もなく、空の青も海の青も、月森が独占しているかのようだった。
(そう……独り、だな)
 他人にわずらわされない時間、空間は、月森にとって心地いいものだったはずである。だが今は、あながちそうとも言いきれないようだった。
 この場所に、二人で来ることに、いつしかすっかり慣れてしまっていた。荒削りながら、耳を惹き付ける音と、それを奏でる香穂子の柔らかな笑い声が、今ここにないことが、こんなにも寂しい。
(君が、傍にいないことに……慣れなくてはならないな。この先、ずっと……)
 何度も自分に言い聞かせる。寂しさも恋しさも、これまで知らなかった感情が、胸の中でうねり、高まるたびに。
 柵に掛けた手の上に、額を伏せた月森の耳に、汽笛が響く。促されるように、顔を上げると、白い瀟洒な客船が、ゆるゆると港を出て行くところだった。遠い異国の次の港を目指して。別れの挨拶に、再び汽笛が鳴る。単調だが、力強く、空気を震わせるその音は、月森に決意を思い出させた。
(……それでも、俺は君を置いて、海を渡る。俺の音楽のために)
 ヴァイオリンしか、自分にはない。遠い少年の日、そう思い定めた時から、細く険しい道であることはわかっていた。留学先としてウィーンを選び、いよいよそこへ足を踏み入れることは、月森の中で、譲れない、動かせない決定事項だった。
 だが、これまでまっすぐに見つめて来た自分の行く先が、ここへ来て、これほど苦しい選択になろうとは、思わなかった。香穂子の手を離したくない。傍にいたい。自分でも信じられないほどの強い思いに揺さぶられる。
 この一年足らずの間に、香穂子は、月森の中で、それほど大きな存在になっていた。音楽とまるで縁のなかった彼女が、魔法のヴァイオリンをきっかけに、眠っていた才能と愛情を呼び起こし、ついには自分自身の選択と努力で、自分の音を響かせるようになった。その過程は、正に目をみはるような、魔法そのものだった。
 だが、おとぎ話の魔法と違うのは、香穂子がよく笑い、時に涙を流す、血肉を備えた少女だったことだ。
 これまで他人の感情の動きなど、まったく興味がなかったのに。彼女の喜び、悲しみ、焦り、傷心は、なぜか月森の心に触れた。それは、恐らく奏でる調べに、香穂子という少女の感情、人格、個性が乗っていたからだと思われる。
 香穂子の音に惹かれること、それはすなわち、彼女自身に惹かれることに他ならなかった。そして……それを“恋”と呼ぶのだと、月森が気づいた時には、別れの時期が近づきつつあった。
 思い決めた道と、香穂子への想いと、心が二つに引き裂かれる苦しみ。けれど、出会わなければよかったとは思わなかった。一つひとつ積み重ねた思い出は、誰に奪われることなく、胸の中にあり続けるだろうから。
 次から次へとわき上がる思いを追っていた時、腿の辺りに何かがとんとぶつかるのを感じて、月森ははっとした。
 振り返ってみると、2、3歳の小さな女の子が、まんまるな目をして、ぺたりと座り込んでいた。
「みいちゃん!」
 母親らしい女性が、急ぎ走り寄って来た。
「どうも、すみません」
 月森にまず頭を下げ、母親は女の子を抱き起こした。
「勝手に走って行っちゃダメでしょ、めっ!」
 たしなめながら、抱え上げると、女の子は安心したように母親の首にしがみついた。その小さなからだをゆすり上げ、母親はもう一度月森に会釈をして、ゆっくりと歩み去って行った。何となく親子の姿を見送っていると、母親の歌う声が、風に乗って運ばれてきた。
『赤いくつ はいてた 女の子……』
 途切れ途切れの歌を聴いているうちに、月森の脳裏に、ある場面が甦って来た。
(あの時、君は……赤い靴を履いていたな)
 二人で出掛けたコンサートの帰り。ドレスアップをした香穂子は、慣れないハイヒールで靴擦れを作ってしまった。手近なベンチに彼女を休ませておいて、コンビニを探して、カットバンを買って来た。手当をするために、彼女の前に膝をついた時、細い足先から滑り落ちたのは……確か赤い靴だった。

 宵闇の中でも、滑らかな光沢を見せていた、赤い色。すまなさそうに、そして、痛みのために、ほんの少し眉を寄せた香穂子の表情。その時は、なぜ無理をして、慣れない踵の高い靴を履くのかと思ったものだが。……今なら分かる気がする。彼女は、背伸びをしようとしたのだ、恐らく月森のために……。
 切ないような、甘いような思いが、そっと舞い降りて来る。
『ありがとう、月森君』
 はにかんだ笑顔も、声も、昨日のことのように思い出すことができる。きっと……彼女も、切ないような、甘いような思いだったのだろう。
 月森は、もう一度、海と空に目を向けた。
(君は……俺のために、また背伸びをしてくれるだろうか?)
 そんな問いを、胸に住んでいる少女に投げかけてみる。狭く険しい道に向かって、海を越える自分。そんな自分を……香穂子は追いかけて来てくれるだろうか?
 無論、今の彼女の実力では、到底海外留学などおぼつかない。けれど、すでに頭角を現し始めた才能と、そして何より自分の音楽を追い求める心があれば。彼女が背伸びをし続けてくれれば。……いつかは、自分の歩く道と、彼女の歩く道が、重なることがあるかもしれない……。
(俺は……君を連れてゆくことはできない。君自身の赤い靴で、いつか海を越えて来てくれるだろうか?)
 虫のいい願いだとわかってはいる。彼女に、その願いを押し付けるわけには、いかないことも。けれど……香穂子なら、微笑んでうなずいてくれる気がした。
「香穂子、香穂子……」
 名前が、無意識に口を突いて出た、その時。
「はい」
 柔らかな声が、応えた。
「え……?」
 慌てて振り返ると、そこには今思い浮かべていた通りに、微笑んでいる香穂子がいた。
「……!?」
 驚きのあまり、一瞬言葉を失った月森の手を、香穂子は、自分の手の中に収めた。
「もう、こんなに手が冷たくなってるじゃない。ダメだよ、こんな寒いところで、じっとしてたら、風邪引いちゃう」
 言いながら香穂子は、月森に、使い捨てカイロを握らせた。
「あったかいところに行こ?」
 腕に手を掛けて促す香穂子に、月森はようやく問いを押し出した。
「なぜ、ここに……?」
 すると香穂子は、小首を傾げた。
「うんと……何となく? ここに来れば会えるような気がしたから」
「……そうなのか?」
「うん。……多分、会いたいって思ってたから、“月森君センサー”が働いたんだよ」
 おどけて見せた香穂子だったが、さらりと言った言葉の語尾が、わずかに震えた。それは、彼女がどれほど強く、月森を求めたかを、感じさせた。
「香穂子……」
 少しだけ自信を深めた。香穂子には、才能と、音楽を追究する心と、そして月森を強く求める気持ちがあった。
(告げても、いいのだろうか……?)
 胸に疼いている願いを。それは、香穂子を、終わりのない細く険しい道へ進めというのも同じことだった。だが月森は、たとえ自分という存在がなくとも、リリに選ばれ、音楽へと誘われた香穂子の運命、もしくは魔法を信じたいと思った。
「香穂子」
 名を呼ぶと「なあに?」というような、笑みが返って来た。
「……君に一つ確かめておきたいことがある」
 ゆっくりと口火を切った。香穂子は、冷たい風に髪を乱されながら、月森の言葉を聞き逃すまいと、じっと見つめている。月森は、自分の中にある想いのすべてを、賭けようとしていた。二人がそれぞれ歩む細く険しい道が、いつか交わる、その時を信じて。
 香穂子の瞳の色が深くなった。彼女もまた、想いのすべてをもって、月森に応えることだろう。寒風に言葉がさらわれそうになっても。離ればなれになる日が近づいていても。
 今、確かに、二人の間には、繋がる想いがあった。

 少女は、いつの日か、赤い靴で、海を越える。
 かけがえがないと、自らの心が選んだものに向かって。

                             (終わり)




ちょっと続編みたいな考えが、頭をかすめました。
月森に、もうちょっといろいろ動揺してほしいな、とか^^
でも、もうとりあえず、今年はこれで締めだ、うん。


以下、私信です。

>ちどりさん
秋に、ちどりさんに横浜のコルダ名所(笑)を、
ご案内して頂いた時に、この話のネタを考えていました。
そう、あのレンガ倉庫の辺りで。←バレバレ?(笑)
あの日見た風景は、心にばっちりストックしてあります^^
ほんとありがとうございましたv
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