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乙女ゲーとか映画とか書物を愛する半ヲタ主婦。
このブログ内の文章の無断転載は、固くお断り致します。
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20000のニアピンを踏まれました、縞太さんのリク
による「ヴィクロザ小話」です。
ルヴァリモ前提だったりしますが、ルヴァ様は出て来ません^^;

縞太さん、お待たせしました。
楽しんで頂ければ、幸いです。

なおリク下さったご本人のみ、お持ち帰りOKでございます。

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「あなたの言葉で」


 日が次第に高く昇って来ていた。床に落ちた窓枠の影が短くなっていることに、目を止めたロザリアは、そろそろお昼かしらと考えた。
「陛下、もうお昼ですわ。午前中の作業は、この辺で切り上げましょう」
 向かい合った執務机で、書類に目を通している女王アンジェリークに、声を掛けてみたが、一向に返事がない。
「陛下?」
 自分の執務机から立ち上がって、アンジェリークの正面まで行ってみると、立て掛けた書類の陰で、女王の金色の頭は、完全に机に突っ伏していた。
「まあ、あきれた! 陛下! 陛下! 起きて下さいな」
 軽く肩を揺すると、アンジェリークは、むにゃむにゃ言いながら、うっすらと目を開けた。
「う……ん……ロザリア? おはよう」
「おはよう、じゃありません! まったく、その様子では、どれだけの書類に、ちゃんと決済をしたんだか!」
するとアンジェリークは、目をこすりながら反論した。
「ちゃんと、やったわよぉ。でも、ルヴァの報告書読んでたら、眠くなっちゃって……」
 その言葉にロザリアは苦笑せずにはいられなかった。ルヴァの書く文章は、内容が濃くて、読み慣れれば興味深い。だが、いささか冗長に過ぎるとの、ちりばめられた専門用語のために、かなりハードルの高いものになっているのも事実だったからだ。
 とはいえ、守護聖の提出して来る報告書を読まないのでは、女王としての職務が成り立たない。ロザリアは、アンジェリークが手にしたまま、寝入ってしまった書類を手に取って、表題を見た。アンジェリークに回す前に、ロザリアも目を通したものだった。
「これは、N-y3星域の地のサクリアの変動についてのレポートですわね? ここと、それからここ、後、この部分が重要ですから、それだけでも読んで下さいな」
 いくつかの重要ポイントに、赤ペンでアンダーラインを入れて示すと、アンジェリークは、うふふと笑った。
「ロザリアってば、先生みたい。でも、こうしてくれると助かるわ。うん、ここだけは頑張って読むようにするわ」
「もう、アンジェったら」
「それにしても、ルヴァってば、時々くれる手紙は、そうでもないのに、どうして公式書類だと、こんなに難しくなるのかしら?」
「え? 手紙?」
 アンジェリークがぽろっと洩らした一言に、ロザリアは目を丸くした。そんなロザリアの反応に、アンジェリークは、自分の口に手を当て、ぱあっと頬を染めた。そして、がたがたと立ち上がった。
「そ、そろそろ、お昼よね! 私、お腹空いちゃった! 今日のランチは何かしら?」
「どうぞ、先にダイニングに行って下さいな。わたくしは、少し片付けをして、後で行きます」
「そ、そう? ごめんね」
 そそくさと室を出て行くアンジェリークの後ろで、ロザリアは笑みをこぼした。
 アンジェリークとルヴァが、最近想いを通じ合わせたことは、当人から打ち明けられて、知っていた。立場上、あまりおおっぴらにはできず、また二人のおっとりした性格もあって、この恋はひっそりと、穏やかに進行している様子だった。
 とはいえ、先ほどの言動からも見て取れるように、アンジェリークは、およそ隠しごとのできるタイプではなかったから、何人かの守護聖は、既に気づいているのではないかと、ロザリアは推測していた。恐らく、皆気づいたとしても、自分と同様、そっと温かく見守ろうとしているのだろう。
(あの二人と来たら、見ていてじれったいぐらいだものね。それにしても、あのルヴァが手紙って!)
 一体、どんなラブレターを書くのだろうと、ロザリアは微笑まずにはいられなかった。少しばかり癖のある、けれど丁寧にまとまったルヴァの筆跡が、頭に浮かぶ。きっと彼らしい、控えめな、それでいて温かい言葉が綴られていることだろう、恋人への最大の想いをこめて。
 愛しい相手から、そんな手紙をもらったら、どれほど胸ときめき、嬉しいことかと、少々うらやましく思えた。
(いいわね、アンジェリークは……)
 ロザリアは、小さなため息をついた。
(あの人は……無理だわね、とても……)
 一瞬、自分の恋人と引き比べかけたロザリアだったが、すぐにその考えを打ち消した。彼女の相手は、ルヴァより一層、到底そういうことをするとは思えないタイプだったから。
 軽く頭を振り、ロザリアは気持ちを切り替えた……はずだったが、うらやましい、寂しいという思いが、ほんの少し胸の片隅に残ってしまった。恋する乙女としては、まことに無理からぬことだった。

 
「こんにちは、ロザリア様」
 執務の間の息抜きに、庭園を散歩していたロザリアに、挨拶する者があった。振り返ってみると、二人の女王候補、アンジェリークとレイチェルが、こちらに向かって近づいて来ていた。
「こんにちは、アンジェリーク、レイチェル。二人とも元気そうで、何よりだわ」
 するとレイチェルは、長い金の髪を揺らして、それが彼女の特長である、自信にあふれた笑みを閃かせた。
「はい、ワタシは元気です! 育成も学習もバッチリです!」
「そう、頼もしいわね」
 頷きながら、アンジェリークの方に視線を向けると、温和な栗色の髪の女王候補は、少し困ったような顔をした。
「ええと……私は、その……ちょっと行き詰まってしまって……」
 虚勢を張らずに、正直に現状を話した彼女に、ロザリアは逆に好感を持った。そこで、彼女を萎縮させないように、穏やかに言った。
「まあ、そうなの。わたくしが相談に乗ってあげられることがあるかもしれないわ。気が向いたら執務室へいらっしゃい」
 するとアンジェリークは、はにかんだ笑顔を見せた。
「はい、ありがとうございます」
 二人の会話を見守っていたレイチェルが、口を挟んだ。
「そうだね。アナタはワタシと違って、天才型じゃないんだから、いろんな人に相談に乗ってもらった方がいいよ。みんなきっと力を貸して下さるし。さっきもらったヴィクトール様の通知簿にも、びっしりアドバイスが書いてあったじゃない」
「うん、そうだよね。」
 ここで出て来た恋人の名前に、ロザリアはどきりとした。彼女とヴィクトールの恋は、女王とルヴァ以上に、慎重に進んでいた。懸命に試験に取り組んでいる女王候補たちには、二人を教え導く立場にある教官と女王補佐官が、恋愛関係にあることは、極力伏せておきたかったためである。
 もちろん二人は、ヴィクトールの生徒なのだから、彼のことが話題に上っても、何ら不思議はない。だが秘しておかねば、という意識とともに、実はヴィクトールの名前を聞くだけで、心が勝手に動いてしまうのを、ロザリアは何ともしようがなかった。
(まったく……名前が出ただけで、いちいち動揺してどうするの!)
 内心自分を叱咤したロザリアだったが。
  レイチェルの言葉に素直に頷いたアンジェリークが、嬉しそうに、
「ヴィクトール様に、すごく励まされちゃった」と話す表情を見て、心穏やかではいられなかった。教官であるヴィクトールが、アンジェリークを気に掛けるのは、至極当たり前のことだとわかってはいても。
「通知簿って?」
 さりげなく問うと、二人が、これまた嬉しそうに交互に説明してくれた。
「毎週ヴィクトール様は、ワタシたちに、通知簿というか、学習の進み具合の評価表を下さるんです」
「厳しいことも書いてあるけど、とっても丁寧なアドバィスや、励ましの言葉があって。それを読むと、また頑張ろうって気持ちになれます」
「ね〜!」と頷き合う二人の少女に対して、心ならずも、ロザリアは嫉妬を覚えた。
「まあ、そうなの。彼は、熱心な教官なのね」
 気持ちを押し隠して、何とか微笑んでみせると、アンジェリークは実に無邪気に「はい」と頷いた。それとともに、彼女の頭に何か考えが浮かんだようだった。自分たちの教官の素晴らしさを、女王補佐官にわかってもらいたい、より高く評価してもらいたい。そういう健気な思いから、アンジェリークは思い切った行動に出た。
「恥ずかしいけど、お見せします。ほら、こんなに……」
  抱えていた書類ばさみの中から自分の通知簿を取り出し、ロザリアに広げてみせたのである。
「まあ、ほんとね……」
 アンジェリークの通知簿は、ヴィクトールの力強い筆跡で、筆も黒々と、埋め尽くされていた。
 二人の言った通り、学習の進み具合に対する適切な評価や、アドバイス、そして温かい叱咤激励の言葉が、書き連ねられていた。
『結果というのは、すぐに出るものじゃない。だが、投げ出さずに努力を続けていれば、きっとついてくる』
『昨日より今日、今日より明日、おまえは必ず前へ進んでいる』
 自分に向けられている励ましではないのに、ロザリアは何だか胸が熱くなった。それと同時に、驚きと怒りと寂しさが、ないまぜになったような感情が、噴き上げてきた。
(どうして、あの人の、このメッセージを受け取るのが、わたくしではないのかしら?)
「あの、ロザリア様?」
 恐らく複雑な表情を浮かべていたのだろう。アンジェリークが心配そうに声を掛けて来た。
〈私の成績があんまりひどいんで、ロザリア様は怒ってらっしゃるんじゃないかしら?〉と顔に書いてあった。不安げな彼女の様子に、ロザリアは自分の感情とは別に、微笑まずにはいられなかった。
「ありがとう、アンジェリーク。あなたが、よく努力していること、そして、ヴィクトールが、あなたがたによい影響を与えていることが、この通知簿から十分見て取れてよ」
「そ、そうですか?」
「ええ。だから、結果を焦らずに、努力を続けて欲しいわ。あなたなら、大丈夫。宇宙の意志に選ばれた女王候補なのですもの」
「あ、ありがとうございます! ロザリア様」
「頑張ってね。さて、わたくし、そろそろ行かなくてはならないわ。ごきげんよう、アンジェリーク、レイチェル」
「あ、はい、失礼します、ロザリア様」
 女王候補たちに背を向け、ゆっくりと足を運び、二人から十分に距離を取ると、ロザリアはほっと息をついた。アンジェリークに対して、適切な対応ができてよかったと、まず思った。彼女たちの前では、どこまでも女王補佐官であらねばならない。
 だが、しかし。ロザリアは頭をそびやかし、きっと眉を上げた。恋人に対しては、ある程度の配慮を求めても、許されるはずである。
 ロザリアは、振り向いて、女王候補たちの姿がないことを確かめると、ハイヒールを鳴らして、方向転換をした。目指す先は、学芸館。立ち向かう相手は、もちろんヴィクトールだった。足早に歩くロザリアの顔には、必勝の決意が満ち満ちていた。
 

 執務机に向かって、書き物をしていたヴィクトールの耳に、ノックの音が届いた。軽く三回、リズミカルに叩くそのやり方で、ヴィクトールは訪問者がロザリアであると、判断した。
「どうぞ、お入り下さい」
 声を張って呼びかけると、ゆっくりドアが開いて、彼にとって心の喜びである乙女が入って来た。
「お邪魔しますわ、ヴィクトール」
 いつも通りの優雅な微笑み。だが、赤らんだ頬と、少し忙しい呼吸が、彼女が急いでこの場にやって来たことを物語っていた。
「ロザリア様。何か急ぎの御用でしたか?」
 問い掛けると、ロザリアは一層頬を赤らめたが、つんと頭をそびやかした。
「いいえ、特に急ぎというわけでは……。でも、わたくし、あなたにお話があって参りましたの」
「何でしょう?」
 ヴィクトールは執務机から立ち上がり、ロザリアの傍へと移動した。正面に立って見つめると、ロザリアは、はにかんで一瞬目を伏せた。何度か長い睫毛をしばたたかせると、きっとした表情で、上背のあるヴィクトールの顔を見上げた。
「通知簿を下さいな」
「……は?」
 ロザリアと“通知簿”という単語がまったく結びつかず、面食らったヴィクトールは、やや間の抜けた反応しかできなかった。するとロザリアは、すうっと胸いっぱいに空気を取り込むと、一息に言った。
「先ほど、アンジェリークとレイチェルに会いましたの。アンジェリークは、あなたが彼女に出した通知簿を見せてくれましたわ。それで……わたくしも頂きたくなったんですの。あなたからの通知簿を」
「しかし、ロザリア様。あなたは俺の生徒ではないし、第一俺があなたのことをどうこう評価する立場では……」
 反論しかけたヴィクトールを、ロザリアは光る強い瞳で制した。
「……あなたにしか、評価できないではありませんか。女王補佐官ではない……あなたの前にいるわたくしは」
「?? それは一体、どういう?」
「ともかく! わたくしは、あなたからしか、そういう通知簿は頂きたくありませんの。宜しいわね?」
 指を挙げて決めつけると、ロザリアはくるりと踵を返し、退室して行ってしまった。後に残されたヴィクトールの頭には、巨大な疑問符しか浮かばなかった。だが、ロザリアが、心から望み、自分にぶつけて来たことは、わかった。
「ううむ……。一体、何なんだ? どうしたら、いいんだ?」
 頭を抱え込んだヴィクトールは、部屋の隅から聞こえるくすくす笑いに、はっとした。
「ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけどね」
 ソファの高い背もたれの向こうから顔を覗かせたのは、セイランだった。そう、今の今まで、すっかり忘れていたが、セイランは、ずっとそこに居たのだ、それぞれの担当教科に於ける女王候補たちの学習の進み具合や、指導の方向性を話し合うために。セイランは、手にした数枚の書類をひらひらと振りながら、言った。
「たまには、同僚の部屋を訪ねてみるもんだね。あなたの指導案は、なかなか興味深いし、それに珍しいものも見ることができたしね」
「セイラン!」
「ふふっ、通知簿か。確かにあんなロザリア様は、あなたの前でしか見られないだろうね」
「わかるのか? あの言葉の意味が?」
「というか、わからないのかい? ほんとに?」
 勢い込んで聞いたヴィクトールに、セイランはあきれたような視線をくれた。
 (ちなみにセイランは、ヴィクトールとロザリアが恋人同士であることは、先刻承知している。というより、カンのいいセイランには、早い段階で悟られてしまっていた)
 直感と洞察力に富んだ感性の教官は、やれやれと言うように、肩をすくめたが、その瞳に浮かぶ色は、それほど皮肉なものではなかった。
「女王補佐官でない、あなたの前の自分を評価してほしいってことは、つまり恋人としての彼女をどう思っているのか、教えてほしいってことだろう」
「ふむ、なるほど……」
「ざっくり言えば、ラブレターを書けばいいんだよ」
「ふむ……。ん!? いや、おまえ、今、なんて言った?」
「ああ、もう何度も言わせないでほしいな。ラブレターだよ、ラ、ブ、レ、ター」
「そ、そんなもの、俺に書けるわけないじゃないか!?」
 思い切り首を横に振ったヴィクトールに対して、セイランは容赦なかった。
「どうして? 彼女があれほど望んでることなのに」
「ぐっ……。しかしだな、セイラン。この俺が、そんな気の利いた、女性を喜ばせられるような手紙なんて、書けるはずがないだろう!」
 するとセイランは、強い視線でヴィクトールを見据えた。
「本筋を見失っちゃいけない。ロザリア様は、恐らくあなたらしからぬ美辞麗句は期待していないよ。彼女のことを、どんな風に思ってるのか、あなたの気持ちを、あなたの言葉で書けばいい」
「俺の気持ちを、俺の言葉で……。ううむ……」
 頭を抱え、唸りながらも、それでもヴィクトールは真剣に考え始めた。
「まあ、頑張りなよ。あなたにとって、彼女が大切な人であるのならね」
「ううむ……」
 もはや返事をするゆとりもないほど、自分の考えに没頭し始めたヴィクトールに、それ以上声を掛けずに、セイランは部屋を出た。
(一体どんなラブレターを書くんだろうね?)
 非常に興味が持てるところだと、セイランは考えた。そうして、髪をかきむしりながら、四苦八苦して愛の言葉をひねり出すヴィクトールの姿を思い浮かべ、くすくす笑いながら自分の執務室へと戻って行った。


 それから数日後、ロザリアは“通知簿”を受け取った。胸をときめかせながら、封を切ると、短い文面ではあったが、想いのこもった言葉がそこにあった。ロザリアは、しあわせを噛み締めながら、早速感謝の手紙をヴィクトールに送った。文末に書かれていた、週末をともに過ごす提案にも、もちろん応じる旨を書き添えて。
 約束の日時、ヴィクトールの執務室から続く私室を、ロザリアが訪れると、部屋の主は窓辺にたたずんで、外を眺めていた。
「ヴィクトール」
 名を呼ぶと、ゆっくりと振り返った。
「先日は“通知簿”をありがとうございました。嬉しかったですわ、とても」
 礼を述べると、ヴィクトールは視線をそらし、頬骨の辺りを落ち着かなげに、指で掻いた。
「いや、その……。あれでよかったんでしょうか? 何を書いたらいいのかわからなくて……」
「ええ、あなたのお心が、伝わりました。わたくし、大切に致しますわ」
 大切なものを抱き締めるように、胸の前で手を組み合わせたロザリアを見て、ヴィクトールは、報われた気持ちになった。実際、あの文面を書くのに、ヴィクトールは丸二日ああでもない、こうでもないと頭を悩ませたのだった。
 振り返れば、自分自身で滑稽に思える二日間だったが、よく考えると、ロザリアがこうして欲しいと口に出して言ったのは、これが初めてだったような気がする。それを叶えることができて、本当によかったと達成感を覚えるとと同時に、ヴィクトールはちょっとしたいたずら心を起こした。自分をさんざん困らせた恋人に対して、少しお返しをしたくなったのだ。
「それなら、よかったです。ところでロザリア様、内容は心に留めて下さいましたか?」
「ええ、それは、もちろん。あなたが下さった言葉は、この胸に刻みましてよ?」
 心外だと言わんばかりのロザリアに対して、ヴィクトールはにっこりと笑いかけた。
「御承知の通り、あれは“通知簿”です。あなたの現状と、そして達成して頂きたい努力目標について、俺は書いたつもりです」
「え、ええ。確かに……」
「目標を達成するには、実践あるのみです。早速やって頂きましょう」
「ええっ!? ちょっと待って下さいな。今、ここで、ですの?」
「はい。何の不都合もありません。むしろ、今やらないで、いつなさるおつもりですか?」
「……わかりました。その、ヴィクトール……。傍へ行っても宜しくて?」
「もちろんです」
 ロザリアは、おずおずとヴィクトールの傍へ寄った。そして少しの間躊躇した後、思い切ったように、彼の胸にからだを投げかけた。ヴィクトールは、小揺るぎもせずに、ロザリアの細身を受け止めた。
「……こ、これで、いいんですの?」
「はい、結構です。ですが、まだ遠慮なさっていますな」
「……」
 ヴィクトールの腕の中で、ロザリアは覚悟を決めたように、唇を引き結んだ。そうして彼女は、両腕を伸ばして、ヴィクトールの背中に回すと、囁くように言った。
「ヴィクトール、わたくしだけを見ていて。今だけでも、わたくしだけに、あなたのやさしさを……。たとえ女王候補であっても、あなたが他の女性に、やさしさを振り向けるのは、わたくしには……」
「ロザリア様……。今、あなたが俺だけのものであるように……。男としての俺は、あなただけのものですよ」
「ほんとうに?」
「誓って!」
「ヴィクトール……」
 きつく抱き締められ、幸福でロザリアは息もできないほどだったが、最後にやっと一言だけ洩らした。
「……愛してますわ、心から……」
 返事の代わりに、唇が下りて来た。夕闇の迫る室で、重なった二人のシルエットは、お互いへの想い同様、強く結び合っていた。闇が下りるまで、月が高く昇るまで、ずっと……。


 昼下がりの女王執務室。金色の髪の女王は、またしても、強烈な眠気に襲われていた。
(……ルヴァの報告書より、強力だわ……)
 今、彼女が取り組んでいるのは、エルンストの手になる、新宇宙の観測レポートだった。ルヴァのそれは、ロザリアの薫陶もあり、また、ところどころ、彼特有の温かい目線が感じられることに気づいて、多少読めるようになったアンジェリークだったが。感情を廃し、冷静かつ緻密に組み上げられたエルンストの文章は、あまりにも難度が高過ぎた。
 アンジェリークは、そっとロザリアの様子をうかがった。すっかり自分の仕事に没頭している様子を見て、アンジェリークは考えた。
(あの様子なら、少しの間なら大丈夫かも)
 そう判断すると、分厚い書類の束を、ロザリアの席から壁になるように配置し、その陰で手を枕にして、顔を伏せた。
(……ふわあ。おやすみなさい、少しだけ……)
 しかし、アンジェリークが睡魔に誘われて、心地よい眠りに落ちた数分後のことだった。
「陛下!」
 静かだが、底知れぬ威力を秘めた声が、落ちて来た。アンジェリークの防衛本能がいち早く反応して、目覚めへと導いた。
「あ、あ、ロザリア。おはよう!」
 見上げた先には、婉然と微笑んではいるが、目はまったく笑っていない、迫力満点のロザリアが、すっくと立ちはだかっていた。
「おはよう、じゃありません! まったく、今日居眠りするのは、何度目ですの!」
「だって……エルンストのレポートってば、半端じゃない催眠効果があるんだもの〜」
 この言い草に、ロザリアは、吹き出しそうになった。その心情は理解できないこともないが、当のエルンストに、女王のこの評価が伝われば、ショックを受けるだろう。そこで、あえて強硬に出ることにした。
「いいえ陛下、部下たちの仕事に関して、そのようなことを言うものではありません。わかりました。今日これからの時間は、エルンストのレポートをしっかり読みこなせるよう、トレーニングして頂きます!」
「え、ええ〜〜? そんなあ〜〜〜!」
「やると言ったら、やるんです!」
 ロザリアの本気の気迫に、到底かなうものではなかった。
「はあ……ロザリアってば、このごろ、前よりも迫力が出て来たみたい」
 アンジェリークの泣き言に、ふとロザリア思い当たるものがあった。
(確かに……。以前より、気力が充実している気がするわ。……そう、それは、きっと……)
 ヴィクトールのせいだと、ロザリアは感じた。あの時“通知簿”でヴィクトールが彼女にしたアドバイス。それは、ヴィクトールの前では、思い切り甘えて、心のうちを預ける、ということだった。
 “人に甘える”というのは、ロザリアの性格上、なかなか難しいことだったが。ヴィクトールの温かいまなざしと、大きな手に包まれていると、少しずつ自分をさらけ出せる気がする。また、そういう安心できる場所があるおかげで、より自信を持って、職務にも打ち込めるということに、ロザリアは気づき始めていた。
(ありがとう、ヴィクトール。あなたは……やはりわたくしにとって、よき指導者で……最高の恋人ですわ)
 心の中にあふれる思いのままに、つい笑みを浮かべてしまったロザリアを、アンジェリークは見逃さなかった。
「ねえ、ロザリア。このごろ、にこにこしてるよね? 何かいいことがあったんでしょう? 私、その話が聞きたいなあ」
 ロザリアは、はっとして、アンジェリークの顔を見直した。金の髪の少女は、緑の瞳をくるめかせ、興味津々といった様子で、こちらを見つめていた。
(まったく、しょうがないわね)
 ロザリアは苦笑した。しかし、アンジェリークの無邪気な一言が、今の好調のきっかけになったのであるし、嬉しいことは、親友と共有したくもある。
「わかったわ。じゃあ、しっかりレポートを読んで……ディナーの後にでも、お話するわ」
「ええ〜? お預けなの〜? でも、その時になら、ちゃんと話してくれる?」
「ええ」
「わかった、約束よ?」
 指切りげんまんの後、眉間にかわいいしわを寄せて、書類とのにらめっこを始めたアンジェリークに、ロザリアは微笑まずにはいられなかった。
 

 そして夕食後。ロザリアは、どっと脱力することになった。ベテラン刑事もかくやと思われるアンジェリークの厳しい追及に、洗いざらい白状させられてしまったからである。
 この熱意が、書類仕事に向けられれば、どれほどと思わずにいられなかったが。
「あなたのしあわせを、守れるように、私も協力するわ!」
 きらきらした瞳で言い放ったアンジェリークは、親友であるとともに、女王の力強い輝きを放っていたと思う。
(まったく、しょうがない女王様だけれどね)
 苦笑いを浮かべながらも、ロザリアは、自分に向けられる愛情に胸が満たされてゆくのを感じていた。ヴィクトール、アンジェリーク、そして自分を囲む人々に支えられているのだと、実感していた。


 そんなロザリアに、ただ一つ不満があるとすれば。ヴィクトールに「できれば、“通知簿”は、もう勘弁して下さい」と言われたことだった。彼にとって、どうやら相当な苦行であったと思われる。だがロザリアにしてみれば、一度きりなどと、あきらめられるものではなかった。
(あんな風に言われたけれど、でも……)
 ロザリアは、考えた。
(でも、もしかしたら、わたくしがもっと甘え上手になったなら、また“通知簿”を書いてもらえるかもしれないわ)
 目的を達しようとする時に、ロザリアが発揮するエネルギーは、半端なものではない。ヴィクトールが、再び髪をかきむしって、真っ白な便せんと格闘する日は、そう遠くはなさそうだった。

                             (終わり)




ヴィクロザ書いたの、考えたら、随分久しぶりでした。 
メインの二人だけじゃなく、他にも何人か登場させることが
できて、楽しかったです。

縞太さん、リク、ありがとうございましたv
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